佐倉市議会議員はしおか協美
安心・満足・信頼のまちづくり
 





佐倉市戦没者追悼式では、ご本人が7ヶ月の時にお父様が出征し戦死なさったので、

お父様のお顔も知らないとおしゃるご遺族の方のごあいさつがあり、戦中戦後の厳しい日々の体験を語られました。

初節句のお雛様を大雪の日にお父様が買いに行ってくれたそうですが、ひな祭りを迎える前に出征した事をお母様から聞いたそうです。

私を含めて物が溢れる戦後生まれの我々は、平和を守るために戦中戦後のこのようなお話を何度も伺い、語り継ぐことが大切です。

これまでの戦争で亡くなられた方々の追悼式に参列させて頂く意義を重く感じながら献花させていただきました。

式典最後には、小竹小学校合唱部の美しい歌声が献歌されました。

戦没者追悼式に小学生が参列し、72年前の大戦はじめ数々の戦争ついて学ぶことが、

平和に繋がっていくと願っています。



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佐倉市平和式典に参列させて頂きました。

黙とうに続き、市長挨拶、平和の鐘点鐘。

中学生による佐倉市平和使節団の発表がありました。

「佐倉平和使節団」は市内の各中学校の代表が被爆地を訪れ、戦争や原爆の悲惨さと平和の尊さを学ぶ

の活動です。

今年度の佐倉市平和使節団は、市内中学生の代表12名の団員が8月8日から8月10日の日程で

長崎市を訪問いたしました。

長崎で全国ピースフォーラムや慰霊平和式典に参列した中学生の報告では、

レンガを一つ一つ積み重ねて30年がかりで再建した浦上天主堂はじめ、

長崎の町が原爆による高温と爆風で跡形もなくなった72年前の8月9日の

人々の思いと願いを聴くことが出来たそうです。

中でも全国の同世代との意見交換の時間では、戦争という重い話題を同世代で学び、

話す経験をし、意見がそれぞれ違っていても

被爆者を出したくないという同じ思いを共感出来、過去があって今があり、

教訓忘れず、一人一人が考え、話し合いで解決する力を養うことこそ

私たち世代がやらなければならないことだと結びました。

平和使節団の目的は被爆地を訪問するだけではなく、現地で学んだことを学校の集会で発表することで

戦争と原爆の悲惨さと平和の大切さを伝えることにありますので、各中学校での発表が楽しみです。

式典参列前に忠霊塔を参拝し、平和を祈念いたしました。





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平成29年8月15日(火)午前11時55分~佐倉市平和式典が開かれます。

参加希望のかたは、午前11時50分までに市役所1号館2階にお越しください。

8月15日に全国戦没者追悼式に合わせ、正午の時報を合図に1分間の黙とうを行い、

式典では「佐倉平和の鐘」を鳴らし、戦没者の追悼と世界平和を祈念します。

また、市内の各中学校の代表が被爆地を訪れ、戦争や原爆の悲惨さと平和の尊さを学ぶ

「佐倉平和使節団」の活動報告を行います。

今年度の佐倉市平和使節団は、市内中学生の代表12名の団員が8月8日から8月10日の日程で

長崎市を訪問いたしました。

平和使節団の目的は被爆地を訪問するだけではなく、現地で学んだことを学校の集会で発表することで

戦争と原爆の悲惨さと平和の大切さを伝えることにあります。

 

 

 



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手前の黄色いバラは「ピース」 戦争を止めるタイミングが何度もありながら

広島、長崎に原爆が落とされ尊い命が失われたことが悔やまれます。

昨年のリオ五輪では、

日本時間の午前8時15分頃、広島に原爆投下された時間に合わせて、

日系移民が登場する演出がされ、約100万人いる日系移民について、

ブラジルの歴史に盛り込まれました。

平和のスポーツの式典で、広島への鎮魂のメッセージが発信されました。

毎年、被爆地に平和使節団として中学生を派遣している佐倉市には、

平和条例があります。 広島、長崎に原爆を落とされた日を正確に答えられた割合は、

3割以下という調査結果もありますので、きちんと歴史を知り、

条例を守る佐倉市にする取り組みを進めていきます。



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本日、第6回平和首長会議国内加盟都市会議総会「ピース フロム 佐倉」が、

佐倉市民音楽ホールで開催されました。会長の松井広島市長から、情熱と連帯で核廃絶に

取り組みましょうとご挨拶があり、副会長の田上長崎市長からは、長崎の高校生の平和への取り組みで

「我々の力は微力ではあるが、無力ではない」の言葉を紹介し、広島、長崎だけで核廃絶を主張しても

かえって核廃絶から遠ざかってしまうので、どうぞ一緒に平和を呼び掛けていきましょうとご挨拶がありました。

また、佐倉市の平和使節団に対して2000万円を寄附された、故山本昌司さんが、広島で被爆された体験を

使節団に出発する中学生に生前話されたことがあり、そのDVDも流されました。

平和使節団の中学生の報告、小学生の合唱を通じた平和メッセージとともに、心に響くものがありました。

桑山紀彦先生の地球のステージは、「ルワンダ、ガザ50日戦争、ヒロシマ・ナガサキ、佐倉にあった第57連隊(先の大戦でレイテにて玉砕)

について、映像と歌と語りで、現在に至るまで紛争が続いている現実と、桑山先生が現地で救命救急医として、そして心のケアの精神科医として

の厳しい現実を踏まえ、戦争をしないためには、まずは身近な人と対立しない努力、共存する努力をして下さいと

メッセージを発せられました。

素晴らし内容でしたので、佐倉市の小中学校はじめ市民の皆様に広くご覧く機会がつくりたいと思いました。



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