ある人々は、誰とも打ち解けられない。周囲はみんな敵。世界の中にたった一人、孤独にたたずみ、今まで誰の助けも求めず一人で戦ってきた。そして精根尽き果ててうつになる。
なぜ、そのような性格になったのだろうか。著者の考えでは、その人の幼少の育てられ方、親の責任である。親が、無償の愛で、無償の母性で、その子を育てなかったからである。いつも、親から見捨てられる不安があったのである。それが、成人後の人間関係にまで及ぶ。
自分を主張できない。主張して、見捨てられるのが不安だから。心に葛藤があるから、人と打ち解けられない。心に葛藤があるから、常に不安を感じ、そんな状態であるから物事の本質を見極められない。不安を不安がるようなもの。祖のような人は、真面目に努力しているつもりでも、周囲に好かれない。人望がない。
それでは、そういう人がどのようにすればいいかについては、著者は書こうとしているのだが、あまりかかれていない。結局、今の自分、心に葛藤がある自分を認めること。そういう人は、好きなことがないのが常だが、その中でもどうにかすきな事を見つけ、それを実行する。匂いをかぐ、おいしいご飯を食べる。そういうことに時間を注ぐ、無駄と思わない、日々を大切に生きる問いうことだ。好きな服を着る、おしゃれをする。そんなことでもいい。今まで、過酷な環境の中でどうにか一人で生きてきた自分の強さを認める。自分の弱点を認める。弱点があっても、人は人を好きになれることをしる。いま、ここからである。性格を変えるのは難しくても、考えと行動を変えることは可能である。それを実行することだ。