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ときめきの日々を過ごしたい

廃村近い馬曲部落

2017-06-15 11:00:40 | Weblog

 

            薫風や去り行く部落淋しけれ

                                                                                       

  

 左の写真は、婆ちゃん(家内)の生まれ在所を上の畑から見た家々です。まだ潰さず形を成していますが、誰も住んでいない家が沢山あります。もう五十年近くなりますが、家内と結婚したころは、四十八戸以上の人達が住んでいましたが、今では、数えるほど十戸を満たなく淋しくなりました。この馬曲部落は平家の人々が源氏に追われて逃げてきて下の本部落から見えない所に部落を形成していたようです。ここは、奥山ですので雪が多く住むに大変なことから、時代が進むにつれ部落離れ雪が少ないか、雪のない地方へ移り住むようになった。御多分にもれず、家内の実家も須坂へ越して三十年近くになります。今は義兄さんの息子達夫婦と、既に三人の孫たちは独立して家から離れましたが、一時は我が家と同じの七人家族で生活していました。  

 

 

                          青嵐ただ茫然の我が生家

      

    

 

 

 右の写真はもうほとんど住むことが出来なくなった家内が生まれ育った家である。私もこの家には沢山の思い出があります。既に三十年以上住んでいないため、傷みが激しくなったと思う。義兄夫婦は年を重ねたためもう十年以上雪を下ろさなくなったため、雪の重みの為傷みが激しくなり写真のような状態になった。私はこの家の傷みが進むごとに写真にしてきた。

 

     

 

   

     

 

        

             

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2 コメント

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そんなに! (桐の花)
2017-06-15 21:45:16
* びっくりしました。「郷の家」近辺は、家屋も多いように思いましたが。
紙すき職人さんもお住まいだったし、押し花作家さんの別荘もあったし、蕎麦屋「山愚」や温泉施設があるのに!

何年か前に「田舎に泊まろう」番組で、素敵な家族を田中健さんだったかが訪問しました。

* 俳句の会オフ会、よかったですね。同好の者同士たちまち親しくなれましたね。

* 掛川さんの自筆のお手紙を見ると、緑茶は余り飲まなくなっても、お断りしにくいですね。
Unknown (マーヤン)
2017-06-29 18:06:06
遅くなって誠にすみません。今度からコメント必ずチェックいたします。家内の実家である馬曲部落は過疎が益々進んでいます。馬曲に訪れる度に思うことは、家内は良くこんな山から南高へ通ったなと思います。

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