自作の俳句

長谷川圭雲

0809健太郎日記・勝手に春樹讃歌「騎士団長殺し・顕れるイデア編―2」ー長谷川圭一

2017-06-14 10:27:41 | 自作の俳句

        勝手に春樹讃歌「騎士団長殺し・顕れるイデア編・2」

                   ― 長谷川圭一

 

「2」の表題はーみんな月に行ってしまうかもしれないー、である。まさに春

樹節の真骨頂である。

 妻から突然切り出された離婚の一方的な通告。それは妻の見た夢に起因していた。

「どんな夢?」、と主人公は妻に問う。

「悪いけど、その内容はここでは話せない」

「夢というのは個人の持ち物だから?」と、主人公は真面目に問う。

 まさにこういった個所が、作品の一服の清涼剤となる。

 妻は他の男と寝ていて、それを主人公である夫に告げるが、「でもそれはいろんなものごとのうちのひとつに過ぎない」と言う。そして、この部分は殆ど漢字が使われていない。作者が作品で意図するものが隠されているのかもしれない。

 そして主人公はその日のうちに家を出て行く。夫が出て行こうとドアノブに手を置いたとき、妻はぽつりと言葉を投げた。

「もしこのまま別れても、友達のままでいてくれる?」

 主人公は妻の意図を掴めないまま家を出て行く。行く当てもないままに。

 使い古した車を走らせながら、ホテルや旅館に泊まりながらただただ車を走らせ、新潟、秋田、青森、そして北海道まで来てしまった。

 途中主人公の生業(なりわい)である、肖像画描きの代理人から電話が入るが、仕事を断わって、持っていた携帯を川の中に投げ捨て、次の様に心の中でつぶやく。

「(代理人にたいして)申し訳ないが、あきらめてもらうしかない。月に行ったとでも思ってもらうしかない。」

 苫小牧の床屋で久しぶりにテレビのニュースを見ていて、キノコ採りをしていた老人が熊に襲われて死んだことを知る。

「熊に惨殺された老人に対する同情心はなぜか湧いてこなかった。その老人が経験したであろう痛みや恐怖やショックを思いやることもできなかった。というか、老人よりもむしろ熊の方に共感を覚えたくらいだった・・」

 この部分に恐らく読者はショックと共に嫌悪を覚える。だが、作者は言う「おれはどうかしている・・・」。

 まさに作者は読者の嫌悪感を承知した上で、主人公の心の中の状況を表現したものと思われる。

 そしてこの物語の隠れた核となる、三歳違いの十二歳で死んだ妹の思い出を話す。そして妻との関係。

「妻の名前は柚(ゆず)といった。料理に使うゆずだ。ベッドで抱き合っているとき、私は冗談でときどき彼女のことを「すだち」と呼んだ。・・・彼女はそのたびに笑い、でも半分本気で腹を立てた。

「すだちじゃなくて、ゆず。似ているけど違う」

 主人公は一ヶ月半の放浪から、東京に戻り、住む家を探し、小田原の今は空き家になっている友達の家を紹介され、そこに住むことになった。いよいよ物語の中へと入って行く。

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 0809健太郎日記健太郎の... | トップ | 0809健太郎日記・勝手に... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。