はせがわクリニック奮闘記

糖質制限、湿潤療法、Bスポット療法で奮闘中です。
パーキンソンの点滴治療もしています。

囲碁

2016年09月15日 | 日記
きっかけは忘れたのですが、私が囲碁を覚えたのは大学時代です。
安物の折りたたみ碁盤と碁石を購入してオフクロの指導を受けました。
オフクロは幼い頃に彼女の父親から碁を習っていたそうです。
振り返れば当時のオフクロの棋力は6級くらいだったのでしょうが、私は全く歯がたちませんでした。
そこで囲碁の指南書を買い込んで勉強を始めました。
それでもオフクロに勝つようになるには2ヶ月を要しました。

さて私に負け始めたオフクロは意外な行動にでます。
なんと近所の囲碁教室に通い始めたのです。
そこで定石や手筋を覚えてきては私よりも優位に立ちます。
しかし私も、やがては、その手筋に慣れて、”その手は桑名の焼き蛤”とばかりに不利な展開を回避できるようになりました。
勝って喜び、負けて悔しがるという麻雀みたいな囲碁を繰り返し続けていました。

そんな私でしたが、20代の終盤に転機が訪れます。
ふとしたことから、長崎県の佐世保市で整形外科を開業している10歳先輩の岡先生と知り合いになりました。
そして毎年のGWには、先輩のお宅へ泊まりがけで遊びに行くことが恒例になっていた時期がありました。

先輩の父君は歯科医で、”岡歯科”を開業しておられました。
その近所にはライバルである、”歯科田中”がありました。
その二軒の看板がならんで立ててあるポイントがあったのですが、
地元の人たちはそれを、”岡歯科ばってん歯科田中”と読んでいたそうです。

先輩には弟さんがおられて、やはり歯科医でしたが近所に住まわれており、夕食時には奥さんと二人の子供たちを伴われて現れました。
両親と岡先生ご夫婦と、その4人の子供たち全員で夕食を食べます。
総勢12人のにぎやかな夕食です。
3人での母子家庭に育った私にとっては不思議な眺めでした。

さて、食事が終わると、先輩と父君と弟さんとで囲碁が始まります。
3人とも熱心で、毎月プロを招いて講義を受けるとのことでした。
(このプロは当時としては未だ無名でしたが、若かりしころの彦坂直人九段だったのです。)
そして、私はその3人の対局風景に驚かされました。

とにかく上品で優雅です。
穏やかで、互いに相手を認めて、” なるほど、そういう手がありましたか。”などとつぶやきます。
普段、オフクロと切った張ったの喧嘩みたいな囲碁に慣れきっていた私は反省させられました。
それ以来、先輩たちに憧れをいだいた私は、それをまねているつもりです。

オフクロは私が開業してからも、午後になると、しょっちゅう押しかけてきては囲碁を打ちました。
おそらくは10年近く前までは来ていましたので、80歳を越えていたと思われます.....

私はオフクロと数千局もの碁を打っています。
では、オフクロ以外とはどうかといえば、10人にも満たないのです。
妹とも、せいぜい数十局しか対戦していません。
つまり、わたしの囲碁の99%はオフクロとの対局だったのです。



今回、このソフトを購入して、はまってしまいました。
棋譜は記録に残せるのですが6月27日に始めて既に212局も打っています。
相手の強さを指定できるので、4級から始めてすぐに2級までいきました。
2級でもほとんど勝つのですが、勉強になるので、しばらくは、このレベルで修行を積むつもりです。

オフクロ相手の退屈な囲碁を続けていた私にとっては夢のようなソフトです。
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