続平成太平記

アジアの中の日本

文在寅政権は対北「月光政策」? 国際社会で通用するか

2017-05-14 17:08:37 | 日記
2017.5.13 09:00更新

【黒田勝弘の緯度経度】

文在寅政権は対北「月光政策」? 国際社会で通用するか

左翼、右翼という言葉の由来は、18世紀のフランス革命後の国民議会で、議長から見て左側の議席に座ったのが急進派で右側に座ったのが保守派ということからきている。

韓国の大統領選で当選した文在寅(ムン・ジェイン)氏は日本では左翼とか革新系とされているが、日本人からはよく「韓国で左翼と右翼を分ける基準は何か?」と聞かれる。

答えを簡単にいえば北朝鮮に対する考え方の違いだ。

左翼(革新系)は北朝鮮を同族として支援や協力の相手と考え、話し合い重視で融和的な姿勢なのに対し、

右翼(保守系)は北朝鮮を人権無視のひどい独裁体制だとし否定の対象と考え、対決や制裁などで打倒すべきだという姿勢だ。

過去、金大中(キム・デジュン)・盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権(1998~2008年)が左翼・革新政権だった。

したがってこの2人の大統領は当時の北朝鮮の最高指導者・金正日(ジョンイル)総書記と南北首脳会談を開催し、

対北支援・協力として南北共同の金剛山(クムガンサン)観光事業や開城(ケソン)工業団地開設を進め、支援の“手土産”を持った民間団体の訪朝も活発だった。

この時の対北融和策は金大中氏の提唱で「太陽政策」と称された。

これはイソップ寓話(ぐうわ)の「旅人のマントを脱がすには強く冷たい北風ではなく暖かい太陽の方が効果がある」というたとえ話からきている。

つまり北に対しては対決や締め付けではなく支援・協力をした方が北の警戒心を和らげ変化や開放に導くことができる-という考えだった。

しかしその間、結果的に北は核兵器・弾道ミサイルの開発を進めるなどマントを脱ぐ気配はなく、

次の右翼・保守系の李明博(イ・ミョンバク)・朴槿恵(パク・クネ)政権(08~17年)になって金剛山観光は中断され開城工業団地も閉鎖された。

北による韓国哨戒艦撃沈や延平島(ヨンピョンド)砲撃など軍事挑発も相次いだ。

今回、左翼・革新系の政権奪回で文在寅・新大統領はあらためて対北融和策に回帰しそうだ。

就任演説では「平壌も訪問したい」つまり南北首脳会談に早くも意欲を示している。

文政権の来るべき対北融和策については「月光政策」なる言葉が登場している。

米紙が金大中氏の「太陽政策(サンシャイン・ポリシー)」をヒントに文氏の名前の英語表記「MOON(ムーン)」が「月」に通じるため「ムーンシャイン(月光)・ポリシー」と名付けたからだ。

「月光」は本来の英語は「ムーンライト」で穏やかなソフトイメージだが、対北国際包囲網が強まっているなか文氏の「ムーンライト・ポリシー」がどこまで国際社会で通用するか。

文氏が仕えた盧武鉉氏は退任後「左翼陣営は能力に比べ目標が高すぎる」とし、自らは「中道実用主義者」だったと回想している。

反米的だった彼も最後は左翼系の反対を抑えイラク戦争への大量派兵や米韓FTA締結など対米協調に踏み切った。

金大中氏も日本大衆文化解禁や小渕恵三首相(当時)と対日和解の「日韓共同宣言」を発表している。

文在寅氏はカリスマと指導力のあった先代2人に比べ、人懐っこくて大衆的だが半面、重みと押しに欠ける。

そこで“非実用的”で目標ばかり高い左翼勢力をうまくコントロールできるかどうか。

先代の“学習効果”に学んで現実対応に知恵を働かせるのか、それとも欲求不満で強気の左翼に引きずられるのか。

このあたりがウオッチング・ポイントになろうか。
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