②中国、「自滅の論理」3つの要因から分析する「危ない国家」
勝又壽良の経済時評
週刊東洋経済元編集長の勝又壽良
2016-05-01
まず、ルトワック氏による中国の錯誤の「金は力なり」を見ておきたい。
経済力と国力の違いを見誤ったと指摘している。
経済力とはGDPである。
中国のGDPはご存じ、世界2位である。
3位の日本を引き離しており、国力も一段と強化されていると踏んでいる。
経済力と国力にはタイムラグが存在する。
その時間差は50年~100年あるという。
かつての英国は世界の7つの海を支配して世界一の経済力を誇った。
1890年代にはすでに経済力がピークを迎えたが、1970年代までは絶対的な影響力の国力を持っていた。
国力とは総合力である。
経済、軍事、文化、科学技術、資源、人口などを総合したものだ。
中国の経済力は世界2位だが、国力では文化、科学技術で著しく見劣りしている。
自然科学系のノーベル賞受賞者も昨年、初めて出た程度である。
中国は軍事力を拡大しているが、どこまで質的戦力を持っているのか不明である。
技術レベルの低い国家の軍事力に疑問符がつく。
例えば、中国は潜水艦を造れても、スクリュー音が大きすぎて海中で簡単にその位置が捕捉されている。
これでは、潜水艦本来の役割を果たさないのだ。
中国が、経済力と国力を錯覚した裏には中国らしい理由がある。
中国では、カネの多寡が人間を判断する基準になっている。
金持ちが、他人に対して威張りちらすのは、カネによって人間の総合力である「人格」を決めると錯覚している。
先進国では、カネと人格は別という認識である。
カネがあっても教養のない人間は尊敬対象から外される。
中国では、カネ=人格と同一視され、物資欠乏社会の価値判断を今に引きずっている。
中国は、歴史的に長く貧しい社会だったのだ。
それ故、こういう歪な人間の判断基準ができ上がったのだろう。
次は、「線的(リニア)な経済予測」の失敗である。
この点は、私も繰り返し主張してきた点である。
経済成長率は、労働・資本・生産性の三つで決まる。
中国は、無尽の労働力という前提で、高成長が一貫して続くと見てきた。
中国だけでなく、国際機関もそうであった。
ルトワック氏は、この点について次のように言っている。
「『線的な予測』には、二つの特徴がある。
一つは、その結末を簡単に予測しやすいこと。
もう一つは、それがこれまでの人間社会に決して存在しないことである」。
ローマ帝国が誕生して以来、人間社会の経済活動では全く同じ状況が5年から7年続くことはなかった、とルトワック氏は指摘する。
当然であろう。
刻々と変化する条件の下で、同一の成長率が続く訳がないのだ。
景気循環を考えれば分かるはずである。
循環して止まない経済活動を線的(リニア)の一本線で先へ延ばすことなど、余りにも無謀である。
中国政府は、「社会主義市場経済」を心から信じ込んできた。それを唆す大学教授(林毅夫氏)もいたのだ。
中国政府が、線的成長路線を信じたのは、市場経済への政府介入によって、景気の凸凹を調整できると過信したに違いない。
市場経済は暴走するリスクを伴う。
だが、「社会主義市場経済」システムが、皮肉にもそれを一段と拡大した。
歴史的にも壮大な実験を行ったと言って良い。
その失敗が不動産バブルである。そのツケはこれから、すべて中国国民が負うのだ。
中国は、「大国は二国間関係を持てない」事実にも気付かなかった。
大国は、小国を支配する目的で二国関係(注:連衡)を持っても、現代では必ず小国を支援する周辺国が現れる。
だから、「大国は小国と二国間関係を持てない」のだ。
中国は、南シナ海問題で、当事国同士で話し合うから、第三国は傍観せよと牽制している。
この事例こそ、「大国は二国間関係を持てない」という事実を知らないケースである。
例えば、中国はベトナムとの二国関係だけで、島嶼帰属を話し合おうと提案している。
これに対して、他国は南シナ海が公海ゆえに、二国間で話し合うことでなく、ASEAN(東南アジア諸国連合)全体との話し合いが必要と指摘する。
米国や日本の主張もこれと同じである。中国と対立するのは避けられないのだ。
中国が外交交渉で「二国間」を好むのは、中国が大国であるという認識に立っている結果だ。
大国であることを利用して、弱小の相手国に対して有利な交渉を成立させようという企みである。
これは、「合従連衡」という中国伝統の外交術に基づいている。
合従=同盟を崩して、連衡=二国間の交渉に持ち込み、結果として相手国を支配する構図である。
「合従連衡」は本来、中国国内で通用した話しである。
外国との関係では成立しない。
小国には、必ず支援国がつくからだ。中国政府は、こういう外交の環境変化を知るべきだろう。
古くは、日露戦争(1904~05年)がある。
大国ロシアが小国の日本と戦争したが、奇跡的に日本の勝利となった。
クライマックスは、日本海での日露海軍の決戦である。
英国はロシアのアジアにおける勢力拡大を忌避。
そこで、日露戦争では日本に肩入れした。
当時、世界の海を支配していた英国は、ロシア艦隊の港湾利用を禁じたのでほとんど寄港できず、日本海での決戦に臨んだ。
ロシア艦隊の将兵は、疲労困憊の極で日本海軍と戦って負けたのだ。
英国が、小国の日本の味方になった関係は、現代にも生きている。
中国が周辺の小国を圧迫しようとしても、その周辺国を助ける国々が現れるものである。
中国の思惑は、小国を支援する国によってくじかれるのだ。
中国が勢力拡大を目指せば、必ずそのリアクション(小国支援国の出現)が現れるはずである。中国の思い通りに行くはずがない。
中国が、尖閣諸島を奪取しようとすれば、日本が前面に出て戦うと同時に、米軍が支援する。
これは、日米安保体制があるためだが、米国のメリットでもあるからだ。
尖閣諸島が中国に奪われれば軍略上、米国は自らの安保体制に大きなダメージを受ける。
中国海軍が直接、太平洋へ進出して、米本土へのミサイル攻撃が可能になる。
中国が、戦争を日中の二国間に止めたいとしても、米国の国益を害する危険性がある以上、米軍の日本支援が利益になるのだ。
「大国は二国間関係を持てない」という事実は、こういうことなのだ。
(2016年5月1日)