松本春男の綾瀬市レポート

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原爆投下前にラジオゾンデ(観測機器)を3個投下

2017年05月03日 | 赤旗記事より
 今日の赤旗記事に驚きました。 志位委員長の訪米と国連会議 驚きと感動記事。
 和歌山市在住の被爆2世女性の末永直子さんが、日本共産党中央委員会に、「母の体験が役に立つならどうぞ、新聞に載せてください」と、母・千代子さんの長崎での被爆体験が寄せられました。
 
 一部を紹介します。1045年8月9日、B29が高い所を飛んでいた。空襲警報もなく、警戒警報も有りませんでした。市内から何里も離れた村でしたが、落下傘が三つふわふわ浮いていました。私の村がみどり色に包まれたかと思うと、その後、灰が飛んで来ました。
 ・・・・落下傘の一つは、私の村にも落ちて来ました。1㍍四方の箱が落下傘についていました。予科練の兵隊さんが、その箱から「カチカチ‥カチカチ」という音が聞えて来たと言ってました。絹地のまっ白の落下傘ときれいなひもと箱は、大きくて、トラックいっぱいになって運ばれていきました。
 私は、その日の内に市内のいとこの家を見に行きました。山本乾物店は蔵だけ残って全部爆風でなくなってました私は蔵の中で少し寝てから、村に帰って来ました。14歳の時です。
 歩いて行って帰って来ました。水筒を持って行ったので、市内では、水は飲みませんでした。その後10日ほどしてから、熱が出て口の中がまっ白になって、飲みも食べる事も出来ませんでした。高熱で9月中は危篤状態でした。中里先生が往診に来てくれて、首を傾げられました。家に蜂蜜があったので、おばあさんが、口の中に入れてくれました。何とか生きて、その後、髪の毛が全部抜け出しだしました。その年の12月には毛が一本もありませんでした。お岩さんのように毛が抜けました。・・・戦争は絶対にだめです。当時の政府はうそばっかり言ってました。マスコミもです。今と同じです。政府は大事な事は一つも発表しません。

(注)ラジオゾンデ(観測機器)をつけて落下傘と思われます。広島と長崎への原爆投下直前、米軍は先行する観測機から原爆の威力(爆圧や光度)を観測するためのラジオゾンデを、落下傘をつけ3個ずつ投下。グアム島の米軍基地ではラジオゾンデからの電波を受信し、原爆のさく裂を確認したと言われています。

 2017年5月3日付け赤旗記事の抜粋
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