脊髄腫瘍闘病記・ま~ちゃんのつぶやきエトセトラ

夫が脊髄腫瘍星細胞腫G4で、T2で脊髄を離断。残念ながら丸2年後に、亡くなりました。闘病中→その後を書き綴ります。

これからの通所介護

2015-07-31 18:57:39 | Weblog
今日の暑さは半端じゃなかった

暑い暑い暑い=====


月末と言う事もあり、提出書類の整理をしながら利用者宅を回った。
自宅→ご利用者→ご利用者→ご利用者→ご利用者→自宅。
移動時間を含めると、11時間半、動き続け、へろへろのわたくし



先日通所リハビリデイの拡大新規オープンをした事業所

  アイハート機能回復センター
http://ishiyamaseikotuin.web.fc2.com/iheart-top.html


は、もともと小規模(定員10名)の通所介護事業所であるが、
今回の介護保険法の法改定に伴い、定員を約5倍に上げる目的で
大きな施設を新たに開所した。

わたくしが事業展開していたデイサービスも定員10名の小規模生活型デイ。

今、この小規模デイサービスの先行きが霞がかかったような迷路に入り込んでいる
(生活型の方が深刻)

報酬が下がったうえに、施設自体に大掛かりに手を入れないとならない規則も
出来てしまし(例えば、お泊まりを受けているデイはスプリンクラー設置が義務付け)
そこの上に、介護保険の法改定では要介護のみになり予防介護を各市町村に委ねる国の動きがある。
松戸市はいち早くその方向を取ろうとしている様だ(早く始めた市町村には助成金が出るらしい)

昨日も千葉県から「通所介護・通所予防介護事業者」宛に手紙が届いた。

「H27年度介護保険指定事業者集団指導の実地について
千葉県では、介護保険制度の適正な運営を確保するため、介護保険指定事業者の方々を対象に
9月8日(火)に集団指導を実施しますので出席願います」

と言う事だ。このような手紙が県からだけではなく市からも何通郵送されてきた事か…

弊社は全て、事務長に行ってもらっている。今度も多分そうなる。

会場はわたくしが相談支援初任者研修を受講する「青葉の森公園芸術文化ホール」である。
9月は相談支援初任者研修の演習が2・3日にあるので、わたくしはそちらに行く。
8日は事務長に行ってもらうしかない。仕事がびっしり入っているのでわたくしは無理。

わたくしもそうだが、小規模デイを立ち上げる人達は、「介護への思い」のようなものが
こだわりと言うか、、筋が通った信念を持った人が多い(そうじゃなくて金儲けの人もいる)と
わたくしは思っている。

ひとり、ひとりのご利用者に寄り添い、ひとりひとりを大切に……

この思いが無ければ、一日10名のご利用者とそのご家族を満足させ安心して通所して頂く事は
非常に難しい。そして、小規模デイをご希望されるご利用者は、介護度が高い。
目が離せないのである。認知にしても、特定疾病にしても、難しいご利用者が多い。
そういうご利用者を受け入れられない小規模デイは、これから淘汰されて行くに違いない。
医療に強いデイでないとやっていけなくなるだろう。
また、高度な手芸等のレクレーションを売りにしている所は、予防介護が無くなったら終わる。

こうして考えると、少なからず、今年中、来年年明けには姿を消している事業所が数件あると思う。

また、訪問介護も同じだと思う。訪問介護の身体介助は今や訪問看護師に全部取られた。
看護師が患者の入浴に2時間も入り、「散歩」と称して、2時間外を一緒に歩くんだそうで、、
本来の訪問看護師の仕事はどこ行った???と感じる今日この頃。
訪問看護の真髄を今一度考えなおして頂きたいものだ。
訪問看護ステーションが、バタバタ新規オープンしている。競争社会なのはわかるが、
真っ当な診療をして欲しいと願う。

何故なら、訪問看護は医療なので単価が高い=患者の負担が大きいのだ。

しかし、看護師さんに「バイタル計りながら、安全にお風呂に入れますよ」
「一緒に少しはお外を歩きませんか?」と言われれば、患者さんは、「はい」と言うに違いない。

訪問入浴事業所もまた然り、どこも、入浴車を減らしている。
単価が高い(一回松戸だと¥12600の一割負担)ので、なかなか、週に3日4日利用する人は少ない。
平均、週2回がいい所だ。訪問入浴を利用する方はほとんどが寝たきり状態。要介護4か5のご利用者。
それでも、ご利用者は”お風呂”を心待ちに指折り数えて待っておられる。

どこも、無くなっては困る事業ばかりである。
小規模デイサービスの再開に向けて色々考えているが、介護保険で再開するかどうかは未定。

今は自分のスキル向上と資格取得に焦点を絞り、打ち込む。

そして、みなさんの今後の動向を見つつ、来年、動くつもりである。
人は関係ないので、見るだけ見るが、自分が「こう」と思ったらそのように動く。


あとは、健康管理だ。
がん再発しませんように・・・・・・
(爆弾抱えた身は、やはり、、、辛い)



では、、、



   ごきげんよう




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むずかしい……

2015-07-31 07:08:34 | Weblog
  今朝も、もれなく万起子に起され息子を送り出してPCに向かっている。

私の机の上には書類などが山積しており見るも無残な悲惨な状態だが
片づけると、何がどこにあるのかわからなくなるので放置されており
          ↑
(言い訳に過ぎない。。。今日片付けます……

    ”PC”の位置だけ不動になっている。」


完全に大人になり社会人となった娘と思春期真っ只中の息子。

この2人の関係が、チョー悪い

娘にしてみれば10歳も年が離れた弟を未だに4~5歳扱いし、
自分の都合のいい時だけ、パシリにする。

息子は、お姉ちゃんにどれだけ面倒をみてもらったか(現在も面倒みてもらってる)
忘れて、我儘三昧だ。

息子が小6の冬、取っ組み合いの喧嘩になり警察を呼んだ事もあった

原因は息子が人から借りたゲーム機を傷つけ、それがたまたま自分の持っている物と
同じだったので、「自分のを返す」と言った事だった。同じと言っても見れば明らかに
使用度が違い嘘だとばれる。

わたくしが、「それはおかしい、お友達に謝って弁償させて下さい」と言うのが筋だ。
と話をしている時、息子が興奮して話しを聞かなかった。その場にいた娘が
「それは、おかしいでしょ?誤魔化そうなんて変でしょ?問題が違うでしょ?」と
静かに説いた。わたくしと娘は顔を見合わせ息子が自分の否を納得するのを待った。

しかし、娘が次に言葉を発したら逆上し娘に詰め寄った。
娘は弟を正気に戻そうと、平手で頬を打った。

その一撃が息子に火をつけた。

小学6年生と言えども”男”である。空手の経験もあった事が災いし
娘に向かって蹴りと突きの連打となった。足蹴りが娘のこめかみに入った。。。
脳震盪を起こしかけた娘は次の瞬間、台所から包丁を取り出し110番をした。

息子の暴力は時間にするとあっという間の事で止めに入るすきもなかった。
110番した時点で息子はおとなしくなっていた。
警察車両が2台来た。おまわりさんは3人。
ざっと、あらかたの流れと事情をお話ししたら、、、

「お母さんちょっと」と1人のおまわりさんに玄関に呼ばれた。

「おかあさんは、どっちを叱って欲しいの?」とおまわりさん

「8割は息子です。2割は娘。」

「息子が完全に今回の件は悪いし考えもおかしい、でも、
 だからと言って刃物を取り出す娘も悪い」とわたくし

「そうですね、わかりました」とおまわりさん

それから,1人に1人のおまわりさんがつきっきりで40分間説教が続いた。
もう一人は記録係。

最後には警察官3人で娘と息子を納得させ、「これからこのような事が無いよう
姉弟仲良く、お母さんに心配かけるんじゃないよ」と丸く収めて下さった。

しょぼーんの2人

娘は「みなさんの税金でお仕事している警察官の方にこんな事で手を煩わせて本当に申し訳ありませんでした」
と玄関で3人のおまわりさんに謝ってた。

息子は中学受験を控えており、神経質になっていた事もあった。
こういう形だったが自分を爆発させてくれたのは逆によかったのかもしれない。。。



翌朝、折り菓子持参で松戸東警察署にお礼とお詫びに行った。

課長さんが対応して下さり(昨夜に勤務していた者は夜勤明けで帰宅したとのこと)
お詫びすると、、、

「大丈夫大丈夫。一報が入った時の内容で中学生だと思いましたよ、こういったケースは中学生が多いんです」

「今度から何かあったら、」110ではなくこちらの直通電話に電話して下さい」とメモ書きをくれた。


こんな時に夫がいてくれたら……等と思ったが、

問題は、母親のわたくしにある。一番悪いのはわたくし

その後はこんな事は無く平穏に過ごしてはいるが、、、
兄妹仲良く。。。これは無い。
多分、息子の思春期が過ぎるまでは落ち着かないのかも知れないと覚悟している。


親業は続くよどこまでも、、、トホホ……


では、、、これにて、、、




      ごきげんよう






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一応、、、音楽を志したわたくし……

2015-07-30 19:06:37 | Weblog
わたくしは、幼少期よりピアノを始め、中学の半ばから声楽を始めた。

武蔵野音楽大学の付属高校を目指して、週末は東京に上京し(新幹線が無い時代)
プライベートレッスンに通い続けた。
ピアノの先生→ソルフェージュの先生→声楽の先生。と、レッスンの梯子をしていた。
交通費やレッスン料を出し続けてくれた両親には感謝している。

しかし、高校から親元を離す事に父が難色を示しだし(中2の夏ごろ)、
結局、高校卒業後の大学受験に切り替えた。

専攻は  ”音楽教育学部”の声楽専攻。副科にピアノと第二副科にチェロを専攻した。

声楽の師匠は、前にも書いた武蔵野音楽大学名誉教授 菊池初美 先生

ピアノは 前学長の娘婿の 高橋 信 先生

そして、チェロは 天皇陛下のチェロの指導者でもあった 清水勝男 先生
(わたくしは天皇陛下と兄弟弟子になる。。。)


で、わたくしの専攻であった声楽の話になるが、わたくしは最初はソプラノだったのだが

先生に「まどかちゃん、あなた、”メゾ”だね」

と言われ、実際、3~4度低いメゾソプラノの楽譜で歌ってみると

まさしく、「メゾソプラノだった」

カルメンの”ハバネラ”がメゾの代表曲だがわたくしは


 小林秀雄の”落葉松”が大好きだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     ”落葉松”

   落葉松の秋の雨に
   わたしの手が濡れる

   落葉松の夜の雨に
   わたしの心が濡れる

   落葉松の陽のある雨に
   わたしの思い出が濡れる

   落葉松の小鳥の雨と
   わたしの乾いた眼が濡れる

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日本歌曲は得意ではなかったが、この曲は好き。
なんとも言えぬ、、、こころに沁み入る曲だ。


最近、歌ってないなぁ~(カラオケでは散々歌ってる)。。。

ピアノも弾いてないなぁ~~……


わたくしの机にはCDとiPotのコンポが置いてあるのでたまに三大テノールや
佐藤三枝子(大学の同期でチャイコフスキーコンクールで優勝した)のコロラトールソプラノを
CDを聴く事はあるが、、、

もっぱら「B'z」の曲ばかり。今年も横浜アリーナのライブには行って来た
さいこーーーだったけど……

たまには東京国際フォーラムやサントリーホールや浜離宮ホールで
クラシックのベールに包まれたいかな……



では、、、また、、、


   ごきげんよう



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精神世界

2015-07-30 13:56:57 | Weblog
随分前に、このブログに書いた記事に

20歳の若さで癌に侵されこの世を去った(東松戸病院・松戸市立病院で)
彫刻家志望だった石原慎太郎君の事を書いた。


以下が彼の詩です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

        精神世界

   精神の世界で生きている人間には

   苦しい試練があるが 

  そこから得るエネルギーは計り知れない。

   私は精神世界でいきたい人間。

  そのためなら私は肉体を犠牲にしても

  おしくはない、、、、。

         1994年7月22日 

           慎太郎  
               於刻

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

彼の最初で最後の作品(彫刻)は病室で痛みに耐えながら
作られたもので、今は松戸市立医療福祉センター東松戸病院の
入口中央に置かれている。ご両親が寄贈されたと聞いている。

誰かが(多分、本人像だと思う)両手を合わせ天を仰いでいるかのような

   ”祈り”  のようなものが感じ取れる。

彼が存命していたら41歳だ。。。

20歳にして、「精神世界」を書く・生み出した感性が、
どこか、研ぎ澄まされ、こころを打つ。

この「精神世界」という詩も、彫刻の下にしっかりと書き記されている。



松戸にお住まいの方、ちょっと足を伸ばして、東松戸病院にある

石原慎太郎君の彫刻と詩を観に行って下さい。。

沢山の方達に観賞してもらうのが、一番の彼の供養になると思うから……


では、、、

改めて、石原慎太郎君のご冥福を祈って。。。



      ごきげんよう







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  万起子さん

2015-07-30 06:34:23 | Weblog
我が家の愛犬 豆柴(茶) の 

   ”万起子”

5年半程前に夫のために生後2ヶ月のを数匹ブリーダーに連れてきてもらい

  「この子」

と夫が選んだ仔犬


名前は慶應義塾病院で大変お世話になった向井万起男先生の”万起”を頂いた。
(向井万起男先生は病理診断医としても確固たる地位をお持ちだが作家としても
 そしてなにより、宇宙飛行士の 向井千秋 さんのご主人様として有名)

万起子は、夫が逝って、わたくしや子ども達を、どれだけ癒してくれただろうか…

夜は誰かのベッドに常に寄り添って寝て、散歩は面倒だけれど朝と夜に2回。
リビングで横になると、いつの間にか横に居る。
夫のペットセラピーと思って飼いだしたけれど、私達のセラピストの万起子さん
猟犬の柴犬の割に静かで穏やかで優しい、娘が泣いたりすると速攻で娘の傍に寄り添ってる。
「クンクン……」となぐさめる。

わたくしの所には……ご飯やおやつをねだる時くらいしか最近来ない。
わたくしは全然家に居ないから、しょうがないか……

今朝も定刻5:30に「ワンワン」と起された。
息子が朝連に出かける時間に母を起こしに万起子が吠える

「はいはい・・・分かりましたよ…」とわたくしは起床し
息子を玄関で送り出す。その後、万起子は朝食にありつける

最近の暑さにへろへろの万起子。
リビングは1日中エアコンが入れっぱなし…
来月の電気代の請求書が恐ろしい
我が家は夫のために(エレベーター&200ボルトのエアコン全室完備)
電力のアンペアを40アンペアから120アンペアに上げてある。
エアコンつけなくても基本料金が高いので今月は¥30,000は覚悟している

それでも、万起子さんのためならえんこらしょ==
快適に環境を整え、大事に大事にしている、愛犬である

夫が最後に自分の意思で残してくれた万起子さん。
夫のお墓参りには必ず一緒に連れていく。
夫にも万起子の成長を見せたいから。

今、5歳になった万起子は、それはそれはみごとな毛並みの柴犬となった。
万起子のお母さんはコンテストのチャンピオンだ。血筋。
月に一回、美容室でトリミング&シャンプーしてもらい、冬は毛がピンと立ち
キラキラ光り、大変美しい。が、顔つきは黒目がちのぱっちり目で可愛い


万起子の写真↓↓




もともとは、夫もわたくしも、家の中で動物を飼う事は大嫌いだった(座敷犬)
が、、、が、、、
万起子が来て変わった。


人の価値観て、、、変わるのだ

と、今日は、愛犬のお話しでした。


では、、、


     ごきげんよう


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    自分探しの旅

2015-07-29 17:34:27 | Weblog

夫の初盆を境にわたくしは心身共に”自分”を取り戻していった。

夫の遺品は「これだけは」と思うもの以外、全てと言っていい程処分した。
介護用ベッド・昇降機・車椅子等は介護関係の人に寄付した。
自己導尿用のカテーテルや保存液、山になっていた処方薬・ベッドメイク用品一式
処分できるものは全部した。

が、息子に残したい物は結構あった。

夫が愛用していた時計の数々、靴・オーデコロン・万年筆・ボールペン・スポーツ用品・洋服等。

息子が高校生くらいになったら、少しずつ、渡したいと思っている。
時計はブランド品なので、大学生・社会人になった節目に渡そうと思う。
ブランドのTシャツは今年の夏に渡して既に着ている

「パパの匂いがする・・・」と言ってた。

洗濯済みなんだけれど、確かに匂いをかぐと、、、

ブルガリのアクアの匂いが……

夫の愛用のオーデコロンは  BVLGARIの  ”AQVA” だった。


あらかたの片づけが終わった時に……

「さぁ、私はこれからどうしようか???」と自問する日々が続いた。


  ”自分探しの旅”の始まりだった。

が、、、


思ったよりもすこぶる早く、自分のしたい事は見つかった


まずは、「学生に戻ったのだ」




この続きはまた今度



今日は夫の事もよく知っている先生(石山接骨院院長)が通所リハビリデイサービスを
新規拡大オープンした御祝にピンクの胡蝶蘭を持参して行って来た

アイハート機能回復センター
http://ishiyamaseikotuin.web.fc2.com/iheart-top.html

定員50名は受け入れ可能なリハビリするための素晴らしい機材が揃い、
接骨院ならではの施術用ベッドも沢山あって、お風呂も洗面所もあり
トイレに至っては三つもある大きな立派な施設だった。

アイハート機能回復センターのこれからのご発展とご健勝をこころから
お祈りしております。

「がんばれーー」と心からエールを贈ります


では、、、


       ごきげんよう









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   移動支援

2015-07-29 06:36:46 | Weblog
”移動支援”をご存じだろうか?

障害者自立支援法の中に、ひとりで移動(外出)出来ない方に
ヘルパーが同行して支援することを移動支援という。


障害には”知的””精神””身体”と3つに障害が分かれている。

身体障害者の移動支援(車椅子をひく)には「全身性ガイドヘルパー」
の資格を持った者しか移動支援は出来ない。
もちろん、わたくしも資格は持っている。

7月8月は身体介助(車椅子での)移動支援が激増する。
特別支援学校に通う障がい児(18歳まで)が夏休みだから。

真夏の炎天下の中、車椅子をひいての移動支援は”地獄”のようだ。
移動支援は時間数さえ持っていれば何時間でも通しで使えるため
8時間とかの依頼もある。

毎年毎年、アイスノンを首に巻き、保冷剤を保冷バックに沢山いれ
溶けると替え溶けると替え、、、
支援を終え帰宅すると、倒れ込んで起き上がれない程だ。

しかし、ご利用者と一緒に2人で過ごす時間は、とっても楽しい、
居宅での関わり方とは全く違った、空間がある。
8月も5~6件、そういった移動支援の仕事が入っている。
気合いを入れて、そして、ご利用者が楽しんでくれ、ご家族の負担も
少しでも減ってくれれば、それでいいと思っている。



障害の仕事はわたくしにとって、介護職を志した軸だ。


夫が、介護保険特定疾病に入っておらす、「身体障害」の自立支援法から
居宅時間数25時間をもらって導入していった経緯があるから。
障害のレベルにもよるが、25時間って、夫にとっては少なかった。
慶應病院に通院介助でヘルパーさん頼むと一日で12時間消化した。
残りの13時間を30日で割ると一日30分にも満たない。
入浴介助で1,5H使うと、8回しかお風呂に入れない。。。

直ぐに50時間に増やしてもらうよう障害福祉課に頼んだが
「奥さんが家に居るんだから必要ないでしょ」と言われたきり25時間が続いた。

まぁ、この話は長くなるので、また今度。。


ではこれから身支度をしてスーパーヘビー級の殺人的な本日の仕事に
行ってきます!


こういう日は俄然やる気が出るわたくし……

辛いけれど、乗り越えまっせ

では、、、みなさま、、、



      ごきげんよう







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  社長会

2015-07-27 07:27:19 | Weblog
休業届を県に出しているが事業所番号も残っており、
時を見て、介護事業を再開しようと思っているわたくしは
同業者の「社長」達とのネットワークを保ち続けて来た。

昨夜、ひとりの社長から電話が入った。

リハビリデイサービス&訪問看護ステーション&居宅支援(ケアマネ)を立て続けに
開所し、経営に関しては非常に敏腕。
且つ、人柄も誰からも好かれる面白い人である。

「黒田さん、どーしてるかなーーと思ってさ」と社長

「わたしはーーー、、無休で働いてますよ~」とわたくし

その後は情報交換や、今後の介護保険の動き、障害の仕事の難しさ等々
1時間程、話して、「またね!」と言って電話を切った。


こうした、仲間、と言うか、同業者同士で、牽制し合うことなく”素”で
話せる人達が居るのは心強い。

”社長会”

なるものが松戸や柏のレストランバーや小料理屋の個室等で度々行われる。
お声かけ頂いた時は、まず、断ることなく参加する。そこには社長のみならず
介護に携わる事業所の管理者やサービス提供責任者も「呼ばれている事がある。
情報交換がメインだが、「ヘッドハンティング」の場でもあるのだ。。。


昨日の電話で、その社長会の社長1人が新たにデイサービスを新規オープンした話が出た。

「ええっ~~~、オープン9月じゃなかったの~~!!」とビックリのわたくし
「お祝いに行ってなーーい!!大変、直ぐ準備するわ」と慌てたわたくし

電話を切った後、お花屋さんに行ってる時間がないのでネットで

”胡蝶蘭”を注文し御祝の札立ててくれる様に頼んだ。

直ぐ到着すると思うので持参して「お祝いが遅くなりまして~~」

「開所、おめでとうございます!」と行って来るつもりだ



と、こんな電話も夜になると結構掛ってくる
 
会社経営者として、刺激・勉強になる事ばかり。

しかし、休業している弊社・わたくしを心に掛けて頂けるのは本当に

「ありがたい」ことだと、改めて昨夜は思った。

これからも、そんな、同業者であり友人達を大切にしていこうと思う。


では、今日もこれから現場に向かいます



        ごきげんよう

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   無休

2015-07-26 16:38:15 | Weblog
こんな事を書くと、みなさんに心配をかけてしまうなぁ~。。。

と思いつつ、月末なので、勤務表を書きながら、
今年に入ってからの自分の(3つ4つ事業所をかけ持ちしているため自分でシフト表を作っている)
シフト表をながめて見た。

今年は
1月は  元旦・3日が休日 (2日間)
    2月は  7日が休み    (1日)
    3月は  2日・13日が休み(2日間)
    4月は  20日が休み   (1日)
    5月は    無休     (0日)
    6月は    無休     (0日)
    8月は    無休     (0日)
    9月も    無休     (0日)

何と今年は6日しか休んでない。しかも、そのうち家に居た日は無い。
元旦は墓参り。その他は慶應病院への受診日と娘と歌舞伎に行った日、
あとは、わたくしが成年後見人を引き受けている方の担当者会議の日のみ。

5・6・7・8月は喀痰吸引講習や実地研修、相談員初任者研修で休日願いを出したいるが
自分は動いているので、休みではない。

そして、9月も無休の予定。相談員初任者研修の演習が9月2・3日に入っているため
休日願いを出すが、わたくしは動いている。

今日の暑さを考えると、もう少し仕事を減らさないと……

本当に死んじゃったら、シャレにならない……

10月以降、週に一日だけでも休みを作り、せめて、月に4日間は休日としたい所だ。

子ども達にも友人にも母や兄妹達にも

「身体を大事に。大病してるんだから、無理するな」と事あるごとに言われている。

わかっちゃいるけど~~、やめられない

一昨日も実は胃が痛くて痛くて、泣き泣き堂垂先生の診療所の
受付時間ギリチョで掛け込んだ
診察終わり処方箋もらって会計済ませたら、もうシャッター閉められてた

わたしが、まだ、いるよ~~

そんなのかんけーねーの診療所だ


胃が、、、やられ通し
胃カメラ検査では十二指腸潰瘍の痕と慢性胃炎との診断だったので、
PPIを服用するしかない
末の弟が製薬会社に勤めているので薬には詳しい。全て弟の指示で処方箋を書いてもらう。
弟の提案する薬は本当によく効く。医者の言いなりに薬もらうんじゃなくて
こちらから、PPI系の薬出して下さい。H2ブロッカーはダメ、効き目が弱いから!
等と先生とやり取りするのがわたくしの常だ。


お盆休みは無し

お墓参りは出来たらお彼岸に行きますから、待っててね。
来なかったら、、、来年の元旦には来るか…と諦めて下さい


でも、、、
でも、、、

仕事を覚える・スキルを上げ、そして極めるためには”ガツガツ”必死こいて、

やらねばならない”時”があると思っている。

第一線で活躍している誰もが、きっと、そういう

  ”時”

を経験し一人前になっていくのではないだろうか?
第一線で活躍されている方は、職種が違っても共通して、そんな

  ”時”

を乗り越えてきた人たちばかりだ。

「言わないだけ」で水面下では水かきの足を必死に掻き続ける様な時期があったはず。


わたくしも、そんな気持ちで毎日頑張ってるけれど、、、
内容が伴っているかは、甚だ疑問が残る
そして、忙しい事を理由に体調を崩すのは本意ではない。
恥ずかしくて、言えない。。。

体調管理も仕事のうち。と肝に銘じ自己管理していきたいと思っています。



では、暑い日が続いています。

みなさま、ご自愛されて、過ごされますように


     ごきげんよう







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  ろうそくの火

2015-07-26 07:51:35 | Weblog
夫が亡くなり納骨を無事に終え、仏壇が届き、、、

お骨もなくなり…仏壇に写真があるだけ(位牌は無い宗派)。。

しばらくは、夫は、まだ入院しているような錯覚をしてしまう、、、様な、、、

でも、確実に、夫はもうこの世にはいない訳で……

しかし、日常の生活は、寝て、食べて、子どもたちは学校へ行き、、

という生活が続いていた。


なのに、なのに、、、

わたくしは、何にも手がつかず、何にもしたくない、、、
テレビや音楽の音は耳触りで、嫌いになり
食欲もなく、外に出たくない、人に会いたくない、
子ども達の話も、聞いているようで聞いていない、
なにからなにまで、自分の世界から排除している様な感じだった。

泣く事も一度もなかった。


母は、そんなわたくしを心配して、いつまでもいてくれた。


お盆が来た。初盆だ。

母が家の電気を消し、ろうそく10本立てた。


「一隆さんが家に帰ってきてるよ……」と母

「そうかなぁ~」とわたくし。

「一隆さんと3人で呑みましょう」と母がぐい飲みを3個出して冷酒を注いだ。

息子がTVをつけた。24時間テレビがやっていた。
何気に見ているうちに、、、

障害のある子供や青年達が舞台いっぱいに舞台に出てきて、演奏と合唱を始めた。

しばらく見ているうちに夫の様な障害者を見つけた。

「ふぇ~~~ん・・・」とわたくしが泣き出した

母も息子もビックリしてこっちを見た

「パパも生きてさえいたら、こんな風に音楽を演奏したり歌を歌ったりできたのに~」

と夫をその演奏者に投影し、”今は亡くなって居ないんだ”と言う事を再認識させられ
悲しみと悔しさと愛おしさが一気にこみ上げ、爆発した。

「ん~ん~、そうだね、、そうだよね、、、」と母は一生懸命わたくしに寄り添ってくれた。

辛すぎてTVは消した。


24:00の少し前あたりから、ろうそくが一本ずつ消えていった。
夫の思い出話を、ポツリポツリ話していた。
その間もろうそくが次次と消えていった。
エアコンで温度管理されている部屋なので”風”は無い、無風なのに……

最後の一本が、24時数秒前…………

”ろうそくの火が大きくゆらゆら動いた”

「あ、やっぱりパパ居るわ」とわたくし

「一隆さん、こっちは大丈夫ですよ~、また来て下さい~」と母

揺れた後、大きく、一瞬、炎を上げこれ以上ない大きな炎に昇った直後に消えた。。

「あぁ~~、、、帰っちゃったんだねぁ~~」と母とわたくし


これは、その場に居ない人には、いくら説明してもわからないと思う。
怪奇現象でも何でもない。

「仏さんが、お盆に家に帰ってくる」という言い伝えを経験した。
ということである。

この経験は生涯忘れる事は無い。


この日を境に、わたくしは、少しずつ元気になり、食欲も戻り、夫の遺品整理等
出来るようになって、子供達も母も一安心させる事が出来た。




今日はこれ位で、、、、


暑い日が続きます

わたくしも熱中症には気をつけて、これから仕事に行ってきます


では、、、



      ごきげんよう



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   訪問介護の仕事

2015-07-25 06:56:15 | Weblog
 夫の訪問介護に入って下さったヘルパー事業所は素晴らしかった。

 提案・提案。実行。実行が全て。


例えば、、、


「シーツをシルクにする。」

これ、どう思う?と所長

最初は「へっっ??」って感じでピンとこなかったけれど、
夫が車椅子からベッドに移るのを見て、所長が軽~く言った一言。

綿のシーツに防水シーツを乗せ、その上に大判のタオルを敷いて
ベッドメイクしていた我が家は、夫がベッドに移る時に滑りが悪くて
何度もプッシュアップ台にしているジャンプ(ジャンプと言うマンガ本を
3冊重ねガムテープでぐるぐる巻きにしたもの)を動かし、
片方ずつ足をベッドにヨッコラショと乗せていた。その一連の動作を見て、

「シーツをシルクにすれば滑りがいいですよ。長い目で見たら決して高くはない。
いかに、摩擦を少なくするか、これでご主人の移動はかなり楽になるはず」

確かに~~~


次、台を使った床トラ(床からのトランスファー)。
「体調が悪い時の事も考え、奥様の負担を減らす意味も考え、
誰も介助者が居ない時にも困らないよう考慮すると、、昇降機を使ってみてはいかがですか?」

これまた「へっっ??」

昇降機は四肢麻痺の方が使うものとばかり思い込んでいた。
ちょこっと、お尻を乗せれば自由自在に高さが上下し、キャスター付きなので
どこにでも持って行ける優れモノの昇降機のデモ車を早速手配してくれた。
使えば使うほど、納得の一品。座面が一番低い物を(床から1センチ)早速発注した。(約40万円なり)


次、お風呂の介助。
完全バリアフリーに改築した我が家は段差がないので全てプッシュアップで
お風呂場を移動していた。そこで一言。

「疲れるでしょ~、誰かに後ろの背中を支えてもらってキャスターでスーーーっと移動しましょうよ」

これまたまた「へっっ??」


キャスターですか?滑りすぎて危なくないか?と思ったけど、
お風呂場でそんなにスピード出る訳ないし・・・

「ちょっと、この話はお預け下さい。もう少し、よく検討してみます」と言って帰って行った。


まだまだあるけど、これだけで充分お分かりですよね

人間、思い込みというものが結構あって、それにこだわるが故に不便な時が
往々にしてあるけれど、まさか、まさかの連続でございます。
自立自立!!が逆に自立を妨げていたって話しでした・・・



どうです?”身体介助”に入って、「言われた事だけをする」のは簡単

ご利用者の様子を見て、より良い介助の仕方や動きやすく生活するための
スタイル・QOLを上げるための提案を常にして下さいました。

今、大手の企業がどんどん介護業界に入り込んできておりマニュアルマニュアル。
と「言われたことしかやらない」事業所が非常に多く、ご利用者にとって不利益な
サービスしか提供できない事業所も多く存在する。

また、”身体介助”のスキルが低い、というか、無いに等しい事業所・ヘルパーも多く存在する。
身体介助のスキル向上には、経験と、指導者が必要である。

わたくしもまだまだ未熟なヘルパーだ。スキル向上に日々精進する毎日である。
また、そのための努力は終わりがないと思っている。この夫について下さった
所長を目指して、頑張らねばと改めて思う。


夫は、この、所長がいある事業所に巡り合い、本当に幸せだっあと改めて思っている。

こうして、7年経っても、、利用者やその家族に、”感謝される”ヘルパーになりたい。


ちなみに、この所長さん、今は、独立し、訪問介護事業所の中では
障害に一番強い”確固たる地位を”松戸で築いている。
障害者自立支援の障害福祉課との事業所側の窓口に正式になられている。
ケアマネージャーで言えばケアマネ協会の会長の様な感じ。
所長の力量であれば、”当然”だと納得である。



では、、これから8:30~16:30まで障害の仕事に通しで行ってきます。
これも、また、障害。喀痰の必要なご利用者。手順書がA4で7枚になった
手順が事細かく、多い、難しいご利用者だけれど、とても勉強になる。

頑張ります


      ごきげんよう




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第27年度千葉県相談支援従事者初任者研修

2015-07-24 07:05:13 | Weblog
昨日ポストを開けると

「相談支援者初任者研修の受講決定通知」が届いていた。

障害者自立支援法には最近、介護保険で言う「ケアマネージャー」のような

「相談員」を付ける動きが進んできている。

夫が自立支援法を利用した時は、無かった(居たかも知れないが付かなかった)。

”セルフプラン”である。


もちろん、今でもセルフプランの人は沢山いる。

しかし、わたくしも含め、素人が障害者自立支援法を熟知し、支援内容を練り
本人のために最善のケアプランを作るのは、素人ではたがが知れている。


わたくしは、”相談員”となり、色々なご利用者とそのご家族に
生きやすい・介助しやすい・その方達のために役に立ちたいと思うのである。

8月4・5・6日の三日間、青葉の森公園芸術文化ホールに通う。
暑い盛りに駅から徒歩15分。。。

娘には「ママ、死んじゃうんじゃないの?」
息子には「タクシーで行けばいいじゃん」

と、憎まれ口を叩かれているが、皮肉な言いかただが


”エール”だと受け取っている。応援されていると思っている。


夫が、わたくしが、自立支援法にたどり着くのにどれかけ時間がかかったか……

そして、自立支援法の利用方法について障害福祉課とどれだけもめたか……

「相談員」が居てくれたら。。。どんなにかわたくしの負担が減ったか。。。


自分の経験を、苦労した経験を、ご利用者とその家族のために活かしたい。。

だから、、、、わたくしが相談員になって相談員をやる!!

と決めたのだ。どこまで出来るかわからない。
しかし、色々な提案を真っ当な根拠のもとして、少しでも
ご利用者やそのご家族のためになる様な、こころに寄り添う事が出来る様な
相談員になりたいと思っている。そして、わたくしのネットワークを
フルに使うつもりである。

夫も、相談員の仕事を一生懸命している私の姿を微笑んで応援してくれると思う。


演習が9月2・3日にある。レポートを提出するらしいが

そのレポートの

”事例”は、夫の過去の事例を書くつもりでいる。

夫の経緯なら何も見ず、何でも書ける。
本人とその家族の負担軽減・ケア内容から事業所探し等々。



11月には児童発達相談員の資格取得も待っている。

今年は資格取得の年。資格取得に、勢力を使う。

そして、来年はジャンプしたいと思っている。

前に向かって、ホップ・ステップ・ジャ==ンプ


頑張ります


これからお洗濯干して、、仕事に出ます


では、、、


      ごきげんよう









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  出逢い パート2

2015-07-23 14:28:12 | Weblog


夫が脊髄腫瘍離断術を受ることになり、また、脊髄腫瘍だとわかってから

”情報の少なさ”

にどれだけ泣かされたか。


そんな時に、慶応大学病院で夫より一年前に「脊髄離断術」を受けていた

”アストロサイトーマ4号”(個人名は伏せます)さんと言う方とネットを通して
出逢った。

下記がこの方とのこのブログでの初めてのやり取り。
わたくしの記事に「コメント」として書き込んで下さった。


***************************************************




今後注意すること、覚悟すること (アストロサイトーマ4号)

                       2008-07-19 00:52:23


  再開された掲示板に書き込んだのですが、うまくいかないのでこちらに書かさせて頂きますね。

6月に手術をすると聞いていたけど、どうなったのかな、と私の方も気にしてました。

うさこさんのブログに行けば何か判るかもと、そこに行ったら「すまいる掲示板」があって、
そこから「つぶやきエトセトラ」に行って、事情を知りました。
それで先日、mixiの日記に「禁断の手術6例目」というのを書きました。

自分の入院生活では、涙を流すこともなく、そんなに落ち込むこともなかったです。
しかし、「つぶやきエトセトラ」は涙を浮かべ、何度も何度も何度も拝読しました。


さて、これからは「脊髄腫瘍」のことは横に置いておいて「脊髄損傷」のお勉強をしましょう。

まずは、患者向けの本を入手しましょう。
お勧めは、「脊髄損傷―日常生活における自己管理のすすめ 」です。

脊髄損傷のサイトを色々と調べてみましょう。
「日本せきずい基金」
http://www.normanet.ne.jp/~JSCF/
を始めとして、色々とあります。
ここが主催する患者向けの講演会では、K大学N先生は講師の常連です。

「2ちゃんねる」も情報源の一つです。
「心と身体」→「ハンディキャップ」に脊髄損傷関連があります。
mixiの脊髄損傷に関するコミュニティもお勧めです。
mixiは入会が招待制なので、まだ未入会で招待してくれる知人がいない場合は連絡して下さい。
私は、同室の患者さんが情報収集に役立つということで招待してくれて入会しました。


障害者手帳の申請をして下さい。
普通は、症状が固定してからということで6ヶ月経ってから申請と言われてますが、
脊髄離断の場合は現状以上に機能回復はないので、すぐに申請できます。
役所から申請書を貰って、医師に依頼して下さい。
会社員なら会社に対して色々と申請するものがありますが、クロちゃんは自営業のようなので、
どういう制度があるのか、残念ながら私は知りません。

今後注意すること、覚悟すること

起立性低血圧
極端に血圧が低下することがありますよね、私もそうでした。
術後に初めて車椅子に乗った時は、血圧が60/30まで低下して3分持でダウンしてました。
そのため、手術した病院では、一度もリハビリ室には行けませんでした。
転院は、ストレッチャーの介護タクシーで、新青梅街道を西へ向かいました。
上体を起こすと血液が腹部や下肢に流れ、心臓に戻る血液が減少するのが原因です。
通常は末梢血管が収縮し、心拍数を増加させ、血圧を維持します。
ところが、自律神経がうまく働かないため、そういうことができません。
ダンセイストッキング(男性ではなく弾性です)の着用や、腹部のコルセットで対応します。
でも、人間の体は不思議なもので、何とかなっていくものです。
私も、今は大丈夫です。

体温調節
麻痺している領域は、汗をかくことが出来ません。
そのため夏は、汗の蒸発による冷却ができずに熱が体内にこもって体温が上がってしまいます。
熱中症に注意しましょう。
霧吹きを使うとか、アイスノンを使うとかで対処します。
ドラッグストアにいけば熱中症対策グッズがありますので、そういうのを使うのもいいかも。

尿路感染
すでにクロちゃんは経験済ですね。というか、この時間まさにそれで苦しんでますよね。
突然体温が40度近くまで上がります。
そういう場合は、たいていが尿路感染です。
抗生剤を点滴して、抗生物質(フロモックスやクラビットなど)を1週間程度服用します。
私の場合は、入院時に2回、退院後に3回あります。
退院後の3回のうち1回は、救急車で搬送され、腎盂腎炎と診断されました。
その時は1週間の入院を余儀なくされました。
これは、油断すると何度でもなります。

褥瘡(じょくそう)
いわゆる床ずれってやつです。
注意するのは、背中や御尻より、膝、踵、踝、足の指です。

関節の拘縮
使わない(使えない)関節は固まって可動域が狭くなります。
そうならないように外部から動かしてください。
入院中は、PT(Physical Therapist:理学療法士)がやってくれます。

足の爪
立って足に体重をかけることがないので巻き爪、陥入爪になりやすいです。
繰り返すようでしたら、手術を検討して下さい。
皮膚科、形成外科、整形外科で扱います。
転院先の病院でも手術可能です。

骨粗鬆症
これも足に体重がかからないので、なりやすいです。
骨折に注意して下さい。

怪我
麻痺した領域は、新陳代謝が活発でないため、怪我が非常に治り難いです。
痛覚が無いため、本人が見逃すことがありますので家族の方が定期的にチェックして下さい。

膀胱・直腸障害
これ一番やっかいです。
自力で出すことが出来ません。
オシッコは尿道カテーテル、ウンチは下剤、浣腸、摘便で出すことになります。
尿失禁、便失禁に悩まされます。
尿失禁は薬(バップフォーやベシケア)である程度軽減出来ます。
便失禁は日常的に食べるものに注意です。
感覚が無いので、失禁しても不快感が無く判りませんので、定期的にチェックです。
大量にあれば臭いで判ります。
便秘や便失禁があまりにもひどく改善されなければ「盲腸ポート術」を検討してみて下さい。
関東地区では、青梅市立総合病院でやっています。

お腹の調子
自律神経がダメなので、消化活動や蠕動運動が弱っています。
便やガスが大量に詰まって、嘔吐したり、麻痺性イレウス(腸閉塞)になります。
便秘や下痢になりやすいです。
しかし、これも時間がたてば落ち着いてきます。

痺れ
個人差があると思いますが、消えることはありません。
痺れに有効な薬もあまり無いのが現状です。
N先生がいうには幻肢痛の一種だそうです。

痙性(けいせい)
動かないはずの足が、自分の意思に関係なく勝手に動きます。
痙攣のように動くこともあります。
薬で何とか抑えることになりますが、皆さん苦労されてます。
私の場合は、幸いにもほとんどありません。

疼痛(とうつう)
私の場合は、麻痺の境界線上にピリピリとした痛みが出ます。
とりあえず、ロキソニンで抑えています。

肺活量の低減
肺活量が健康時の半分近くまで下がります。
横隔膜は正常に働きますが、肋間筋が麻痺して働かないためです。
胸郭を広げるような呼吸が出来ません。
咳やクシャミが弱々しいというか、可愛いものになります。
痰が絡んだ時に排出するのが難しくなります。

アッチの方
挿入・射精が全てではない、と割り切って、お二人で新しいスタイルを考えて下さい。
脊髄損傷の場合、バイアグラが有効だそうですが、脊髄離断に有効かどうかは知りません。
私も試したことは無いです。興味があれば転院先でリハビリ科の医師に相談してみて下さい。
ただし、たとえ効果があったとしても何の感覚もないはずです。
お子さんは、既にお二人いらっしゃるようなので、これ以上を望まないと思われますが、
もし望む場合は、自然な妊娠というのはありません。人工授精になります。


最後に
腫瘍が胸髄の5,6,7にあったそうですね。
脊髄離断は、どのくらいのマージンを取ってどの位置で行いましたか。
腕や手の機能は残しているはずなので、ほとんどマージンが無かったのでは。
そうすると、今はMRIには写ってないけど、離断が浸潤に間に合ったかどうか不安です。
私の場合は、腫瘍が胸髄の9,10で、脊髄離断が胸髄の3、4でした。


***************************************************


いかがでしょう?

すごいと思いませんか?

理路整然と、飛び抜けた頭脳の持ち主、冷静、沈着。

この後、彼は、、、離断術後の夫のベッドサイドに車椅子を軽快に転がし
来てくれました。

日本で6人しかいない脊髄離断術を受けた患者同士が”出逢った”のです。


これから、彼の事をまた書きたいと思ってます。



残念ながら、夫が亡くなった翌年の5月に、彼もまた、、、


  ”永眠”


されました。。。




  合掌








では、、、


        ごきげんよう
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暑気払い

2015-07-23 08:19:31 | Weblog
昨夜はぺろぱー仲間で作って”いちご会”(一期一会のいちごを取ってる)
という、会のの暑気払いがあった。

本当に昼間は暑かったが、そんなの吹き飛ばすような、、、

楽しいひと時であった。


その時に、わたくしと、もう一人のヘルパーさんに……

ビックリするプレゼントが・・・・・・・


これです

    ↓






きれいなお花のアレンジ。

その他に”扇子”をそれぞれにプレゼントしてくれた。
夏には涼しげな小ぶりで持ちやすくすてきな品(これを写真にとるの忘れた)


なんか、頂いちゃうのが。。。。。。

申し訳ない様な。。。。。


でも、今回はある区切りの会だったので、素直に喜んで頂戴した。

ありがとう===本当にありがとうございました



時間が無くなっちゃった、、、これから仕事に出ます。

時間みつけてブログ更新します。



では、、、ごきげんよう




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    葬儀の後

2015-07-22 08:26:08 | Weblog
 夫の葬儀はわたくしは痩せ細り(40kしかなかった)憔悴しきって

  ”ただ、そこに居るだけ”

であった。葬儀の全てを取り仕切ってくれたのは夫の弟二人、特に末弟の賢ちゃんだった。

賢ちゃんは”葬儀”だけではなく、わたくしに本当に気づかってくれた。

”そこに居るだけ”にさせてくれたのは一重に賢ちゃんのお陰だった。

夫によく似ている。姿形も性格も。優しい。わたくしがこころから信頼する賢ちゃん。
賢ちゃんも夫の死をどれだけ悔やんだ事か……
夫の母は自分の夫を亡くした後、夫に頼りきりだった。=嫁のわたくしも。

その義母は跡取り長男に先立たれ、放心状態を通り越し、「死んだ」事を
頑なに拒否する言動と行動が出て(心が辛すぎてそうなったと思っている)
認知症なのか現実逃避なのか症状がどんどん進み今やもう食べる事も話す事も出来なくなり
胃ろうからの栄養注入で生きながらえている状態、もちろん、専門の施設に入居している。

子をお持つ親なら分かると思う。

”子に先立たれる地獄の悲しみと苦しみ”を……


告別式の時、一瞬わたくしは我に返った。

夫のお骨を見た時だ。

「ハッ」とした。

夫の骨が、、、七色をしていた。

「あぁ、、私は”何故”夫のなきがらを慶應の病理解剖に出さなかったんだ…」と

夫の体は私達のためだけじゃなく、脊髄腫瘍の患者さんのためにも
病理解剖し、これからの礎にしなければならなかったのに…
なんで、その事に思いが及ばなかったのか…

情けない。

夫に「何やってんだ!!」と頭を殴られた様な衝撃だった。

後に訪問診療医だった先生にその事を話し

「先生、何で病理解剖の打診してくれなかったんですか?」
「わたし、夫の骨見て、思いだして、、、もう手遅れですが…」

と言ったら

「在宅で、ああいう形で亡くなったご遺族にその場で言えないよ…」
と言われた。


あぁーー、、この事は未だに後悔している。

直ぐ、慶應大学病院の病理診断部部長にメールして質問した。

「検体・病理解剖はお願いすれば受けてもらえたんでしょうか?」と聞いたら答えは

「慶應病院の患者さんであれば100%、受けます。」だった。

あぁーーー、、、失敗した。無念。

自分で自分が許せなかった。

この件については、五年経った今も、わたくしは自分を許してはいない。


夫がお骨になって家に帰ってきた。
暑いじめじめした日が続いた。
沢山の生花がどんどん送られてきてもわたくしは何も手がつかず
母がせっせとお花の世話をしていた。子ども達も忌引きの日にちが終わると
通常通り学校に通い始めた。


抜け殻のわたくし。。。


かろうじて、家まで手を合わせに来て下さった方には対応したが
電話には出ず、家事も一切せず、かといって、心身ともに疲れは取れず、
そんな自分を子ども達にも隠す事も出来ず、誰が見ても

”夫を亡くした喪失”

に覆いかぶされた、ひとりの妻

にしか、見えなかったはずである。


息子に


「ママが壊れた」と言われた。。




=============================================



今日はここまで。

壊れた。と言われても、、、

もともと、壊れてるというか型破りなわたくしである。

壊れて粉々に砕けっ散って、また練り直して別の物体になる。と母によく言われた。。。


今日は、仕事がキャンセルになるのか??ご利用者さんの都合の連絡待ちをしている。

朝のうちに、食料の買い出しにいかないと、冷蔵庫が空っぽだ

夏休みはエンゲル係数が跳ね上がる



では、暑い日が続きます

今夜は”いちご会”という仲間たちとの暑気払い

呑んで、食べて、歌うぞ==

ということで、、、



   ごきげんよう








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