脊髄腫瘍闘病記・ま~ちゃんのつぶやきエトセトラ

夫が脊髄腫瘍星細胞腫G4で、T2で脊髄を離断。残念ながら丸2年後に、亡くなりました。闘病中→その後を書き綴ります。

良かった、ヨカッタ、よかった・・・。

2008-08-31 20:48:23 | Weblog
今日は、”電車で”無事クロちゃんの所に着いた。
隣のベッドの青年が車椅子バスケを始めたので、昨日観に行ったのだけれど、今日は栃木からチームが練習試合に来ていて、車椅子バスケの醍醐味を拝見、すごいなぁ~と素直に感動した。その青年と一緒に午後から病院周りを一周する約束になっていて、駐車場に差し掛かった時、なんだか一台こっちを指差しニコニコしている車が・・・。クロちゃんの友人(親友だと私は思う)が3人、ぞろぞろと車から出てきた~~。クロちゃん、自分で車椅子を大急ぎでこぎ、車に近づき、目を細める。私も後に続き、病棟の本が沢山置いてある場所の長いすに3人に座ってもらい長い長い今までの経緯から、何から何までの昔話やら、これからの話やら、延々と終わることのないやり取りが続いた。
今までの空白が瞬時に埋まる。
やっぱり、友達っていいよな・・・。と実感した。

誰にも相談することなく、病状を知らせることなく、ここまで来たクロちゃんだったが、私が耐え切れずに連絡を取った。
一時は発作的に電話したことを後悔したりもしたけれど、手術前後のバタバタした時期でも、はたまた1年も2年も経ってからでもない、この時期に伝えて本当に良かったと思いながら帰りの電車に乗った。
程なく、クロちゃんからメールが入った。
「自分では連絡できなかったと思う、君のおかげで、みんなに会えたよ。」

良かった、ヨカッタ、よかった・・・。と心がほぐれる想いだった。
はるばる遠い所までよくぞクロちゃんに逢いに来てくださいました。
みなさん、本当にありがとうございました。
今日、お仕事等でおいでになられなかったお二方に私から帰宅後すぐ電話を入れさせていただいた。お二人とも(奥様方も)クロちゃんを心底心配してくださり私を激励してくださった。何度も何度も受話器を持ちながら頭が下がった。
本当にみなさん、ありがとうございました。








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恐るべしカーナビ。

2008-08-30 18:25:36 | Weblog
今まで、カーナビなる物を使わずに生きてきた私は、今日初めてカーナビによって導かれてM医療センターに車を運転して行った。
運転暦24年。バブル期の真っ只中だった学生時代は都内をブイブイスイスイ愛車で走り回っていた私が、まさかのカーナビ頼りになるとは、青天の霹靂に近いものがあったが、背に腹は変えられず取り付けたのだけれど、これがどうしてバカにした物ではなかった。ポータブル式なので脱着可能なコンパクトな物で、懇切丁寧なナビゲーションのみならず、携帯電話にも音楽も聴け、テレビも観られる優れものだった。おかげで、道に迷うことなくまっすぐ最短でクロちゃんの所に着いた。
「車だったら私も行く~~」とばぁば。息子と3人で行ったのだけれど、クロちゃんのベッド周りの不用品を山ほどトランクに乗せて帰った来た。
それでも、片道2時間は掛かり、運転者は私1人なので結構疲れた。電車だと居眠りも出来るので、明日は電車で行こうと思う。
車か???電車か???う~~ん・・・。悩む所である。ガソリン代や高速代を考え人数が多ければ車、1人なら電車が経済的にはbestだと思う。
あとは往復事故なく無事に帰れるかどうか?
これは、やはり電車に限ると思う。今日は突然のゲリラ雨で高速道路が50㎞規制で、前方の視界が非常に悪く危なかった。

クロちゃんは、相変わらず痺れと痙性が強いようだったが、まぁ元気。
私たちが顔を出せば気分も違うようで、外の散歩道に出掛けたり、シャンプーしたり、久しぶりの愛車に近づいてカーナビの取り付け状態をチェックしたりと、気分が変わってよかったと思う。

メタボ腹か脊損腹か・・・と言っていたけれど、お腹は別として太ったのはもしかしたら、お薬の副作用ではないか?と例の「痛みと麻痺を生きる」を読んだ私たちは疑問を持った。
さて、本当に副作用なのだろうか???








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あぁ~こんな時間になっちゃった・・・

2008-08-29 19:09:12 | Weblog
今日は朝から市役所に障害者手帳の交付を受けに行ってきた。
すぐもらって、お~しまい!と息子まで連れて行ったら最後・・・。
9時から2時まで、びっしり掛かって、我ながら「甘かった」と改めて自覚した。

息子には「お腹がすいたよ~」と泣きつかれ、仕方がないので市役所の中の食堂でカレーライスを10分で食べさせ、延々と色んな課を回った。
それでも、今日だけでは用件は済まず、10月にも、また、車椅子の補助をもらうときにも、家を改装するときにも、とにかく、何か補助をいただく前に、見積もりや写真をその都度添えて窓口に来いと言う。
あげくは、入院中の本人を連れて来いと言うので、さすがにその時は私も切れた。
「県に電話してくれればこの場で私が電話を代わり問い合わせていただく」と一歩も引かなかった。間に入っていただいた市議さんの面目丸つぶれも覚悟だった。
ところが、市議さんの名前を出した途端に、”対応が変わった”。
懇切丁寧、言葉遣いまで変わった。
な~んだ、最初から名前を出せばよかった。。。議員の名前で対応が変わる行政もなんだかなぁ~~・・・。
疲れも手伝って、とても情けないしょぼい気分で帰宅した。
その後も印鑑証明や戸籍謄本を取りに支所に行き、初診証明書をもらいにCN病院へ行き、、明日こそは車でクロちゃんの所に行こうとカーナビを買いに行き、取り付けてもらい、この時間になった。

あ~~疲れた疲れた。疲労困憊とはこんな感じか。

今夜は早寝でパワーを蓄え、明日、クロちゃんの所に始めて車で向かう






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メタボ?いや脊損腹・・・

2008-08-28 07:18:46 | Weblog
クロちゃんはM医療センターに転院してから、お腹がドンドン成長し!?妊婦さんのようなパンパンの(皮がひっぱられる位)のお腹になってきて、本人もTシャツがきつくて着替えも大変だし、シャツがどんどん上に上がってきてお腹が出ちゃうからみっともないし、、、と少々自傷気味に言いながら実はチョコレートをドカ食いしている事が判明した。もともと甘党で、チョコレートやアイスクリームは大好物だったのだが、入院生活のストレスか・・・一日2~3箱はゆうに食べていたらしい。
そこで、昨日は車椅子ごと量れる体重計にお願いして乗せてもらった。「92k」が~~~ん!顔を引きつらせるクロちゃん。ベッドに移動して乗っていた車椅子を量ったら20k。ということは72㎏がクロちゃんの体重な訳だ。
K大学病院に入院した時70Kg前後だったはず、この時は手術に備えて多分食べられなくて痩せるだろうと考慮し5キロ程体重を増やして入院した。
ところが2度の手術、その後転院して3度の食事も完食することはないのに、全く痩せなかったどころか、増えている。。。
お向かいの方は3ヶ月で20㎏痩せたと言っていたし、隣の青年は49Kgまで(身長は180cmを越える)落ちた事があるといっていたので、周りは大爆笑だが本人は憮然としていた。
さぁ~~パパ、どうするこれから。
クロちゃん持ち前のガッツで体重も落としましょう!
体が重いと車椅子等の移動、特にプッシュアップが重くて重くて苦しいでしょう。

クロちゃんのダイエット計画~~。
今度行った時、メジャーでお腹周りを計るのが怖い・・・。






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晴れた~(=^▽^=)

2008-08-27 18:26:14 | Weblog
ずっと雨降りが続いていたけれど今朝は晴れていたので心も軽く8時前には息子と2人で家を出た。朝食を食べて家を出たのに立川駅の立ち食いそば屋さんでカレーうどんがどうしても食べたいと息子がぐずったので、仕方なく食べさせた。どうしても食べたい!と言うだけあって10時前なのに完食したのには驚いた(・_・;)

クロちゃんは低気圧が去ったのに「痺れが~…」と訴えていて悲しいかな「一生この痺れや痛みと付き合うのか…N医師は離断する前、何も感じなくなると言ったのに…先生はあの本読んだことあるのかな…1人脊髄切っても痛みは変わらなかったって人がいたし…」と嘆く。私は、主治医の対応が気になりクロちゃんに何と言われたか聞いてみた。ここしばらくの痺れを訴えてたら「今更そんなこと言われてもねぇ~今、出されている薬は僕も全然知らない薬でペインの先生が出した薬だからねぇ~ここはリハビリ病院だから…」というような調子だったらしい(ρ_-)

それでも、息子と3人で過ごすうちにだんだん元気になりリハビリは猛練習していた。三時間ミッチリ頑張るので疲れて夜もぐっすり眠れるみたいだし…夜も眠れぬ程の痺れや痛みに今この時間も耐えている人が居ると思えば、まだまだ幸せな話である。リハビリを終えアイスを買って外の散歩道へ、、息子はアイスをダラダラ垂らしては怒られ仕舞にはクロちゃんに食べてもらって何とか片付けた。そしたら「僕のアイスをパパが食べた~~(;_;)」と大泣き、いちゃもんとしか言いようがないやり取りで一気に疲れて、クロちゃんの逆鱗に触れた。が、車椅子の後ろに付いてクロちゃんの顔を見ようとしない。私に「パパの目を見て話を聞け!」と怒鳴られてやっと親子の話しが出来た(>_<)

小学校一年生の息子と車椅子のクロちゃんはかろうじて目線が同じだけれど、これからどんどん息子は成長し父親を見下ろして話すようになるだろう。しかし、リハビリでは自分に厳しく絶対にあきらめない父親として息子を前に凛と汗流す姿を見せてくれたクロちゃんが頼もしく見えた。

色々怒ってばかりの1日だったから帰りは2人でもんじゃ焼きをつつきながら1日の反省をした。
息子は自分の悪さは全部分かっていた。ただ、私達両親の前だけで駄々をこねたかっただけだったのだ(-.-;)




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夏休みの終わりに。

2008-08-26 08:40:16 | Weblog
子供達の夏休みもあと残す所、1Wになりました。
娘は日曜日に河合塾の模試を受けたり、本来9月5日が始業式なのですが1日~情報Aの特別授業が始まるので姉弟揃って、今週が夏休み最後の週となります。
息子は小学校1年生なので、宿題らしい宿題はありません。
娘は・・・。あと1Wで終わるのでしょうか???でもとやかくはもう言いません。今週中に息子を連れてクロちゃんの所に何回行けるかなぁ~とカレンダーを見ています。息子の習い事の時間までに戻ってこられるかにかかっています。

昨日はK大学病院に居た以来の痺れと痛みが襲来したらしく、I医師に必死に訴えたそうですが、反応が鈍く少し医者不信気味・・・。メールでその事を知った私はI医師に詰め寄る覚悟で「痛みと麻痺と生きる」をもう一冊注文しました。クロちゃんに渡してしまったので、繰り返し読むことが出来ないの。
仕方が無いので、私にも一冊買う事にしました。

昨日はKさん(Mr.けーさん)と別のKさんの奥様からメールが入りました。
Mr.けーさんは無事治療を終え、先週の木曜日に退院されたそうです。おめでとうございます!Kさんの奥様からは、今日は手が痺れると言っていると伺いまた。
でも身障者手帳がもうすぐ交付されるとの事でよかったねぇ~との話に。
夜の体位交換について聞かれましたが、クロちゃんは導尿の時間に合わせて12時から2時間おきにお願いしています。昼間は自分でするから夜は2時間おきにお願いします、褥そうができてしまったらOUT!何ヶ月も寝たきり生活を余儀なくされる、、、と、かなり恐れています。実際そんな経験をされた方がM医療センターには結構居ます。前の病室のお向かいのベッドの方は褥そうのために寝たきりで息子と話がしたい時はカーテンを開け閉めする棒をグルグル回して「ぼく~~ぼく~~」と息子を呼びます。今クロちゃんの居るベットの隣の若者は褥そうのため4ヶ月寝たきりで、一切リハビリが出来なかったそうです。その間に筋肉はみるみる衰えたそうです。

そんなわけで、お天気がいまいちすっきり(すっきりどころか土砂降りじゃ)しませんが、オリンピックの後にはパラリンピックが♪テニスの国枝選手は脊髄腫瘍で下半身不随になった23歳の若者です。(実は彼の通う麗澤大は我が家から自転車で行ける距離なので、今度会いに行くつもりです~~)金メダル間違いなし!みんなで応援しましょう!!






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確かに低気圧は・・・。

2008-08-25 08:14:08 | Weblog
昨日も断続的に雨が降る中、「痛みと麻痺と生きる」を持参し、一目散にクロちゃんの所に向かった。痺れと痛みと痙性と戦っているだろうと思ってカーテンを開けると、真っ赤な顔で汗をダラダラ流し、、、発熱していた。
尿路感染?と聞くと「そっち系(尿)だったらもっと熱が高いよ」と小声で言う。37℃前後。平熱が35℃位だから結構辛いようだ。以前尿路感染起こした時は急に40℃の熱が出て、抗生剤の点滴が一週間続いた。

本人は、リハビリの疲れが一気に出た。と言うのだけれど、それだけかなぁ~。低気圧は体調を狂わす。娘が幼い頃喘息持ちだったのだが、季節の変わり目、特に夏の終わりから秋口にかけての台風には泣かされた。必ず、喘息発作を起こし、その後は長引いた。私も気圧が変わると偏頭痛がする。気圧の変化はリウマチ系の疾患者にも影響があるらしい。また、以前腰痛があった頃(ぎっくり腰等)台風が来る前や雨が降る前はお天気お姉さん並みにお天気を言い当てたことがある。

それでも、「痛みと麻痺を生きる」を手渡すと早速読み出し、「あぁ~~そう~、これ、そうそう、なるほど~同じだぁ~」と独り言のオンパレード。
ひとまず、自分の身体の中で起こっている事(痺れや痛み痙性)をきちんと組み立てながら再確認し、そして、患者の経験談による共感を得、疑問を明確に総合的に意見を構築したら、主治医に向き合うつもりのようだ。もちろん、その傍らには私が居たい。

これは、すごい本です。患者が体験談として痺れや痛みにどう対処してきたかを集めたものだから、、、内容はかなりシビアなものですが・・・。
脊髄腫瘍摘出後の痺れや痛み、つっぱりや痙攣、無感覚などなど。
脊髄をいじったため(腫瘍による神経圧迫及び手術)に起きた後遺症は”脊損痛”に入ると思う。この本に体験談を寄せておられる方々は重篤な脊髄損傷者ばかりだから、私はこの分類ではない、と思われるかもしれないが”脊損痛”といわれれば
やはり、同じ分類になると私は思う。

興味のある方は一読の価値があると思います。


しばらく雨が続き、すっきり晴れそうに無い。
じめじめしてお洗濯物の乾きも悪い。
すっきりと秋晴れになることを願って、今日一日息子と過ごそうと思う。








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痺れと痙性。

2008-08-24 07:41:37 | Weblog
昨日は雨の中クロちゃんの所に向かった。息子が夜から耳が痛いというので耳鼻科に連れて行きその後向かったので遅くなってしまったが、行って良かった。
痺れと痙性(けいせい)がピークのようで、車椅子に乗っていても、体制を保てず早々にシャンプーだけして食堂で野球(オリンピック)を見ながら上肢をマッサージしてベッドに戻った。顔色も悪いし、、、痺れと痛みと痙性に蝕まれたクロちゃんを見るのは辛い。”気”をそぞろにしてしまう痺れと痛みと痙性が憎い。

帰宅すると、アマゾンに注文してあった「痛みと麻痺を生きる」という本が着いていた。むさぼるように読んだ。読んだ、読んだ。
これは、すごい!リアルだ~~。でも、何だか悲しかった。
今日はこの本を持ってクロちゃんの所に向かう。


関係ないけれど、もうひとつちょっと悲しい出来事が・・・。
帰宅し夕飯が終わり本を読んでいると「ふぉぉおぉ~~~♪ん~ほ~て~ぇ~~♪」と素晴らしいボーイソプラノが聴こえた。ビックリして振り向くとそこには毎日ばぁばと留守番させられて一日中韓流ドラマを見せられている息子が。
主題歌を通しで歌えるようになるまで私はこの子を放っていたのだ・・・と一瞬悲しかったが、「本気で歌やってみる気持ちない?」と少年合唱団入りを薦めた母だった。





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やはり、何かの力が……

2008-08-23 10:58:07 | Weblog
昨日、信濃町に向かう時、入院中お隣のベッドにいらしたIさんの奥さんに何気なくメールした。程なく「私も今信濃町に向かっている」と返信があり驚いた。私はというと、なんとしてでもU医師を見つけ出し、不備書類の件を一件落着させようと半ば血走って6―3に一目散に向かった。一瞬、身だしなみを軽く整えナースステーションを覗くと、まるで私を待って居たかのように、U医師だけがボーっと居た。U医師は平静を装い(私の顔を見た時点で顔面蒼白だった。何か用が無ければわざわざ来ない顔を見たわけだから)「どうかしましたかぁ~?」と言うから、事の顛末をじーっくり話した。途中、U医師の目が泳ぎだし、だんだんうつむいていったが私もそう何度も信濃町に出向けないので、怯まずに正当だと思えるこちらの主張を訴え、必ず今後不備なく対応する約束を半ば強制して6―3を後にした。お部屋のネームを見回したがMr.けーさんの名前がなかったので、治療を終え退院されたんだぁ~と血走り気味の私の目を安堵に変えていただけた。その後、娘を黒長椅子で待たせていたので奮発して11階のオアシスで昼食をとっているとI夫人から病院に着いたとメールが入った。大急ぎで受け付けに下りると、懐かしい笑顔をこちらに向けるIさんが居た。すぐに奥さんも駆け寄って来た。お互いにまさか会えるとは~~呼び合ったんだよぉ~と、再会を心から堪能した。クロちゃん残念だったねぇ…私達は楽しかったよ~(^_^)v
本当に私が信濃町に来ると"ひとつ"で事が終わらない。悪いことは何一つ起きない。嬉しい誤算が必ず待っている。あ~~生きててヨカッタ~(*^o^*)と単純に思ってしまう私である。

その後の娘のオープンキャンパス巡りは、信濃町でエネルギーを遣いすぎたようで、いまいち気合いが抜けて、雨が落ちて来そうだと言い訳して早々に帰宅した(-.-;)
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痺れと雑用と…

2008-08-22 12:09:01 | Weblog
今日は以前から娘と約束していた大学のオープンキャンパスに出掛けている。ついでにK大学病院にも野暮用が…入院中にU医師に頼んでおいた診断書が多数あったのだが、書き忘れ(移送費請求のための診断書)があって急遽たまたまそこにいたM先生に書いてもらったものが内容不備により返送されてきて(他の診断書ももう一人のU医師(これまた同じ頭文字で紛らわしい)に全部押し付け夏期休暇にアッサリ入ってしまってその後問題の大元のU医師には一度も会っていない。
が、不備書類を持参してこれから執念でU医師を探しに行く。


クロちゃんは転落した後、体調に問題はないか心配したけど、元気にリハビリ頑張って居るようなので、ひとまず安心している。ただし、ここ4~5日いや一週間位は痺れが強く「足が~~…痺れる!すごい!痺れがぁ~…」と訴える。気圧の変化(急にお天気が変わって雷が鳴ったり土砂降りになったり)が関係するのだろうか?(?_?)これまた担当医が夏休みなので、先生が出勤するまで我慢我慢の状態。ちなみに、K大学病院で出されていた痺れ対策の薬はM医療センターには一つもなく、クロちゃんが転院したためK大学病院から急遽お取り寄せ(多分I医師がK病院から持っていらしたと想像している)して急場をしのいでいた。
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MRI映像を返しに。

2008-08-21 12:57:05 | Weblog
K大学病院を退院する時に近隣のCN総合病院から持たされたMRI映像を返却するようにと渡されていて、やっと本日返却方々N医師への紹介状を書いてくれたN医師(両方頭文字がNで紛らわしいが)に、その後の経緯をご報告に・・・と思って行って来た。N医師は夏休みでおいでにならなかったが、脊髄腫瘍の説明を一番最初にしてくれた(脊髄腫瘍を「できもの」と言ったM先生)がいらしたので、K大学病院に初診してから今現在に至る経緯を時系列で書き記したものを持参してカルテに書き添えていただくつもりで(自宅に帰ってきてから体調管理はこの病院が救急でも対応可能なため)外来診察式に診察券を通し、お話してきた。
私とクロちゃんのことは鮮明に覚えていらした。
瞳孔が開くほど目を見開き、その後の経緯を質問を交えながら聞かれて、離断術に関して色々興味があるようで考え込んでいらした。
3月のK大学病院に紹介状を書く時点で整形外科の医師の意見が割れたようだ。
K大学病院のN医師か、T大学病院のA医師か、、、M医師はちなみにD大学医学部出身で栃木のK先生(脳外)をご存知だったが、腫瘍摘出にはK病院のN医師しか居ないとの見解だったようだ。

ビックリしたのが、精算時。
K大学病院の外来診察が¥210-だったのに対し、本人不在の結果報告のみで¥2810-取られた。

なんだかなぁ~~。。。笑えない話である。





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落っこちたー・・・。

2008-08-20 20:28:19 | Weblog
今日クロちゃんの所に朝7時過ぎに家を出て病院に着いたのは10時だった。
しばらく来ていなかったので(土曜日以来)洗濯物も山になっていて、早々に洗濯機を回し、ベッド周りを片付けたりバタバタしているうちに、ある事にやっと気付いた。お小水の管が取れていた。今朝取ったそうで、お昼からはじめての自己導尿の練習が始まるそうで、看護士のTさんはわざわざ「おめでとうございます」と言いにいらした。管が外れるとだいぶ身軽になったようで、うつ伏せになって「肩揉んで~~~」と言った調子だった。

お昼過ぎに娘が幼馴染のA子を伴って病院に来た。A子は私たち夫婦にとって我が子も同然である。彼女のお母さんは私の親友でA子が4歳の時に癌で亡くなった。その時私はうつ病になり「死にたい死にたい・・」と言い続けていた。
そんな私を「子供が20歳になるまでどんな形にせよ親は生きる義務がある!」とクロちゃんは私に説き続け、引越し(家を一軒捨てて)たり、環境を全面的にサポートし、、支え続けてもらったおかげで完全復活した私である。復活した暁に10年ぶりに息子を授かった。私たち夫婦にとっては天からの贈り物であった。
そして、クロちゃんが脊髄腫瘍になり、下半身不随になる選択を迫られた時、クロちゃんがかつて私に言った言葉をそのまま返した。
「子供が成人するまでは親はどんな形にせよ生きる義務がある」
自分が言った言葉がそのまま返ってきた訳である。

A子と娘と私と女性陣3人がリハビリ室で見守る中(とても目立った)、クロちゃんが起き上がって車椅子に移行する時、ベットから落っこちた。
頭からごろんと、、、足はベッドの下に変な形に交差したまま入り、右側から完全に落っこちた。1人療法士さんが付いていたのでちょっと肩の辺りを押さえて支えてくれたら前のめりに転ぶ事はなかったと思う。すぐに4~5名の療法士さんが飛んできてベッドに乗せリハビリ医に携帯で電話、医者が来るまで安静状態で、大騒ぎになった。転び方によっては骨折もありうるな・・・と、ドキッとした。


帰りは娘とA子と3人でまたもや道頓堀でお好み焼きを食べ、電車を乗り継いで帰って来た。A子は3姉妹の真ん中でS県で鎌倉時代から続くお寺の娘である。お父様はその県の宗派の総長に昇進したそうである。奥様がご存命ならどれだけ喜ばれた事だろう。お嬢さんの成長もどれだけ見たかっただろう。。。

A子は娘の親友だ。
2人を見ながら、友達っていいなぁ~・・・と改めて実感した。





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虚脱~復活。

2008-08-19 19:29:30 | Weblog
息子はクロちゃんが入院してからずっと学校から帰ると自宅でばぁばとお留守番させていて、習い事は全て休ませていた。盛岡から来たばぁばには、土地勘が全くなく車の運転も出来ないので、仕方なく休まさざる得なかった。
しかし、今週からは通常通り復帰させようとクロちゃんと相談して決めていた。
親の都合でせっかく続けてきた事をあきらめさせるのも不憫だし、本人のためにならないとクロちゃんが強く希望した。息子の大嫌いな空手は辞めさせようか?と私は言ったが「とんでもない!一つぐらい自分の思い通りにならないことがあった方がいい。」と言って週に2回、復活する事になった。今日はアトリエでの絵画(油絵)教室へ、その後夕方空手があったのだが、ほんのしばらくソファーに横になった私は、そのまま起きられなくなった。身体に力が入らず、虚脱状態で気持ちは空手空手と思うのだけれど体が言う事を利かない。息子に「ごめんね~ママ動けないから空手お休み~申し訳ないね~~・・・」と言うと、にんまり「いやぁ~結構ですよ!」と言われてしまった。。。よかったね、ママが起きられなくて。

以前お知らせしたso-netの検索で星状細胞腫についての文献がありますので皆さんご存知かと思いますがここにお知らせいたします。

臨整外・38巻11号・2003年11月
”脊髄星状細胞腫の治療成績と長期予後”

この論述を私はアストロサイトーマ4号さんに3月頃、教えていただきました。その後、掲示板休止により連絡が取れなくなり大変心細い想いをいたしました。
今は、ご縁あって、メールでのやり取りだけにとどまらず、お会いしてお話できる間柄になりました。そこに至るまで、あきらめず、あきらめず、ひたすらひたすら探し続け、このブログもひたすら続けました。
クロちゃんのためだったのか・・・はたまた自分のためだったのか・・・わかりません。でも、本当に沢山の方との出会いに巡り会えた事を心から感謝しております。
そんな感謝の気持ちがソファーの上に寝転んでいたら、むくむくとわきあがり、子供達に久しぶりに”ママの味”と言わせたグラタンを作って、また、パソコンに向かいました。








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4ヶ月ぶりの完全OFF日。

2008-08-18 17:39:03 | Weblog
今日はクロちゃんが入院準備に入った頃から数えて4ヶ月ぶりの完全OFF日でした。

よって、ブログもお休みに。

ただし、アストロサイトーマ4号さんが13日の”書類の山の中に・・・”のコメントに小山素麿(こやまつねまろ)先生の
「脊髄髄内腫瘍の長期予後」の入手先を書き込んでくださいました。

是非、ご覧になってみてください。



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汗・汗・汗・・・。

2008-08-17 10:41:23 | Weblog
昨日クロちゃんの所に行くと、「今日はシャンプーしたいなぁ」と言うのでお昼ご飯が終わり1:30~の車椅子(1:30~しか許可が出ていない)の時間になり、車椅子に乗せてもらっていの一番に洗面台に向かった。
5月にK病院に入院する直前に美容院で短く刈り込んでいた髪は、首を隠すほど伸びてきて、夏場の今はバリカンを借りて首から耳回りにかけて刈り込みたいようなありさまだ。
ザ~~~ッとシャワーをかけシャンプー二度洗い(途中、昔からある手の指にフックを挟むブラシでがりがり頭を掻き)コンディショナーをして完了!
「あぁ~~気持ちいい。さっぱりした。」と心も洗われる様な感嘆を吐く。
続けて、髭剃り。
もともと、髭が濃く最低でも3日に一度は4枚刃の剃刀で丁寧に髭剃りしないと囚人の様にひどい人相になるクロちゃんなのだが、私が病院に毎日通わなくなって、ひとまず電気剃刀を買って置いておいたのだが、電機剃刀では剃りきれない様でシェイビングクリームをたっぷり塗って4枚刃剃刀ジレッタで時間をかけてじっくり髭剃りした。気持ち良く、気分転換になったついでに、Tシャツも着替え外の散歩道に出掛けた。
外は私や息子にとってはめっちゃ暑い場所なのだけれど、クロちゃんは胸から下の体感がないから、暑いと感じない。
「気持ちいい~気持ちいい~」を連発し、「日陰に行こうよ」と私と息子は日陰のベンチに、クロちゃんは日向に。そこで車椅子の上でプッシュアップ、時に血圧低下により頭を両脚の間に下げて応急処置をしながら、、、息子は、近くに落ちている石を集めて森の方に投げ出した。6歳だからそう遠くには投げられないのだけれど、同じ場所の同じ所に何度も何度も投げるものだから、クロちゃん嬉しそうに「いつか、野球やるといいよ。ピッチャーになれるかもよ」とニコニコしていっていた。その後、そろそろ時間だよ(3:30まで)と6号棟の入り口にむかう時、少しばかりの傾斜がある坂を、「自分で車椅子をこいて登る」言うので「まぁ頑張って!貧血に気をつけて」と見守った。
ま、まさか。。。登りきってしまった。ビックリ。あっという間の出来事だった。
その後、クロちゃんの上肢からの滴るような汗が・・・止まらない。汗・汗・汗・・・。体感機能障害により汗をかかなくなったり汗が出だすと止まらなくなったり、自律神経・副交感神経の調整が出来ないのだから仕方がない。
ベッドに戻る前に、シャンプー台でもう一度シャンプーして汗を流し身体を拭き、Tシャツを着替えてこの日はおしまい。お疲れ様でした^^。
前日に郵送した荷物が届き荷解き。中から、3k×2個の鉄アレイ、3k×2個の砂袋(腕に巻く)筋力アップグッズが次々と出てきて、クロちゃん早速手に巻きつけ始まりました~~。筋トレ。
必要のない物も結構あり、でも、持ち帰るにはちょっと重過ぎるので、戸棚の一番下に入れて帰ってきました。

息子を連れ、電車を乗り継ぐのだけれど(武蔵野線に1時間以上乗ります)、途中の駅でクロちゃんの旧知の友人が住む町があった。(彼らはどうしているだろう?クロちゃんのこと全く話していないんだよな・・・もうそろそろ、話しておきたい)と思いながら家路に着いた。
クロちゃんは病気が発覚してから今日の今日まで自分から個人的に自分の病気について誰にも相談したことはなかった。兄弟と夫婦で相談しただけだ。
私は、必要と思われる人には私なりにした。
あっという間の間にどんどん状況が変わり、それどころではなかったのも事実である。しかし、転院後時間も経ちある程度余裕も出来てきた今、旧知の友人には言っておくべきではないか・・・という気持ちに駆られ、昨夜2人に電話してみた。
1人はお留守で通じなかったが、1人はご夫婦共にご自宅にいらした。
私の話に言葉を失っておられた。もっと早く言って欲しかったとも言われた。
クロちゃんに私が連絡した事を言えば「勝手な事をするな!」と怒られるかも知れない。しかし、クロちゃん、あなたの友人はきっとあなたの支えに、また、最大の応援団に間違いない!

みんなと、また、笑顔で語り合える日が来ると信じて、これからも頑張ろう!!









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