目が覚めた Jアラート

2017-09-02 16:59:58 | 日記
今日も良い日です。

これからは、こんな言葉からブログを書きたいと思っていた朝は、
いきなりの警報音で始まった。
三台のスマホが鳴った。(マナーモードでも鳴るのね、良かった。)

前日からの神経痛で、痛い痛いとのたうちまわりながら眠れない夜を過ごし、朝方ようやく眠りについたようなのに、いきなりけたたましい警告音で目覚めた。

すわ‼️ミサイルか‼️
すわ‼️大地震か‼️

と、寝ぼけたままスマホを手にする。

震度6‼️が目に飛び込んだ。

目を凝らしてわかった。

市が出した訓練の警報音だった。

どこへ?どこに逃げれば良いの?
そう思いながら、訓練であることに安堵してまた眠り込んでしまった。

車が大好きな夫が車を買い替えたいらしい。

そんなお金を使うなら核シェルターを作ってくれ

とは、私は言わない。

シェルターを持つのが当たり前の国になればそうするけれど、平和ボケしている日本に今生きている私。
自分だけ生き残りたいとも思わない。

でも、子孫の事を考えると、それは辛い。

子供の幼い頃、無農薬野菜、無添加食品のみで生活しようとして、世間様から奇異の視線を浴びた。
アレルギーを持つ子供にお弁当を‼️水筒を‼️、片道45分の通学路、せめて頭を守る帽子を被る事を認めてくれ‼️
と、小学校に訴えたが、前例にないことで、お子様がいじめにあってもよいなら許可します などと言われた。
何を言われても3年間はお弁当をもたせ、6年を通して牛乳は止めてもらった。
他の子供達に悪影響ですから隠れて水筒の中身を飲むようにと指導されたが、娘はへっちゃらで飲んだらしい。
結果、他のお子さんも水筒を持って行きたいということになり、いつのまにやら当たり前のことになった。
お弁当については、大人より、子供達の方が難なく受け入れてくれた。
帽子を許可されなかったのは、なんと、
忘れ物が増えるから!
という理由だった。
アホかと思って、娘には被らせた。

息子の時は水筒は当たり前になっていたが、帽子は野球少年に限ると言われ唖然😱
(私の中学生の時でも自転車通学生はヘルメットが配られていた。)

マスクで闘った。
ひどい花粉症だったので、マスクを持たせたらいじめられた。
が、マスクして出掛けてるのに、全く変わらず顔を腫らしていた。

成人してから、家を出たら外していたよ、と打ち明けられびっくりした。

母はひとり闘ってるつもり、子らは世渡りの術を学んでおりましたとさ。

過保護のカホコとカホオの母でした。

牛乳と卵の摂取制限なんかしたら子供が縮む‼️と、どうやら虐待母と思われた時期がある。

娘の身長は私を10センチ、息子は20センチ越した。遺伝子のお仕事だ。
今は何でも食べるしお酒も強い。煙草だけは二人とも手を出さない。

子供を守るためにあんなに勇気を持てたのに、
勝手なものだ、子供が巣立つと、シェルターを造るほどの気力が湧いてこない。

シェルターはともかく、
次世代のことをもっと考えなくちゃ と
今朝のアラートで思い直した。
幼い子供が側にいることを忘れちゃいけない。



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