北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

【日曜特集】アドミラルパンテレーエフ舞鶴寄港【3】将来戦へ対応する改修(2012-08-30)

2017-02-19 22:07:00 | 世界の艦艇
■ロシア駆逐艦舞鶴親善訪問
 ロシア駆逐艦アドミラルパンテレーエフ舞鶴寄港一般公開特集、第三回の今回が最終回となります。

 アドミラルパンテレーエフ、満載排水量8400tとカーラ級巡洋艦と並ぶ巨大な船体を採用していますが、これまでに紹介しました通り、決して無駄に大きいのではなく2機のヘリコプターを搭載、対潜打撃力と外洋作戦を意図した結果の大型艦となった事が分ります。

 旧ソ連がアドミラルパンテレーエフを含むウダロイ級駆逐艦を建造した少し前、アメリカ海軍でもスプルーアンス級駆逐艦として満載排水量8040tという非常に大きな駆逐艦を建造、これも必要な外洋航行能力と優れた対潜機材を搭載した帰結として大型化しました。

 そして、アメリカのスプルーアンス級駆逐艦は新開発のイージスシステムを搭載した派生型としてタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦を誕生させましたが、ウダロイ級は対潜重視の設計ながら2010年代に入り3K96リドゥート艦対空ミサイルを搭載、防空艦となります。

 防空能力について、近代化改修により3K96リドゥート艦対空ミサイルへの換装が進む、ロシア版ペトリオットミサイルの派生型、アメリカ製スタンダードミサイルの様に射程に応じミサイル長が類型化され200km型から20km型まで搭載能力に応じ選ぶことが出来ます。

 3K96リドゥート艦対空ミサイルは50km型が搭載されているとされ、これにより西側のターターシステム艦と射程で同程度、高い艦隊防空能力を有するに至りました。ウダロイ級建造時期、ソ連海軍は防空艦へ、全く異なるソブレメンヌイ級を建造したのは前述の通り。

 ソブレメンヌイ級という別の艦型をミサイル駆逐艦としていたのは搭載していたシチルシステムが大型であり、ウダロイ級へシチルシステムを搭載し艦隊防空用の艦対空ミサイルシステムを搭載するなら、11000tのスラヴァ級ミサイル巡洋艦規模となっていたでしょう。

 ソブレメンヌイ級はミサイル駆逐艦となっていますが、シチル艦隊防空システムに加え、SS-N-22サンバーン超音速対艦ミサイルを搭載し、水上打撃力を極めて重視した設計となっていました、サンバーン、ソブレメンヌイ級の艦橋基部左右の大型発射器に収められる。

 SS-N-22/P-270サンバーン超音速対艦ミサイル、モスキートミサイルとも呼ばれますがラムジェット推進により高高度をマッハ3で飛行し目標付近から超低空へ移行し突入する強力な対艦ミサイル、射程は250km程度となっています。強力ですがその分本体が大きい。

 SS-N-22/P-270サンバーン超音速対艦ミサイルを搭載すればSS-N-14/RPK-3対潜ミサイルを搭載出来なくなるため、片方のみ、艦隊防空艦であるソブレメンヌイ級は前者と艦隊防空ミサイルを、対潜艦であるウダロイ級はSS-N-14/RPK-3対潜ミサイルを選択した訳です。

 しかし、ウダロイ級はSS-N-22/P-270サンバーン超音速対艦ミサイルを搭載出来なかったものの、SS-N-27カリブル/クラブ巡航ミサイル搭載の近代化改修が2010年代に入り実現した事で、カリブルは亜音速巡航ミサイルではありますが長距離対艦打撃力を得た訳です。

 SS-N-27カリブル/クラブ巡航ミサイルはSS-N-22/P-270サンバーン超音速対艦ミサイルよりも新しい分かなり小型ですから8040tのウダロイ級へも搭載出来た訳です、ウダロイ級は更に3K96リドゥート艦対空ミサイルを追加搭載できました、船体の余裕故といえます。

 SA-N-7/ 3K90ウラガーン/ガドフライ、ソブレメンヌイ級が搭載する艦隊防空ミサイルですが、形状がアメリカが開発し海上自衛隊が、あまつかぜ、たちかぜ型、はたかぜ型に搭載したスタンダードSM-1単装発射装置Mk-13と非常に似ており模倣した点が読み取れます。

 ウダロイ級は大型のSA-N-7/ 3K90ウラガーン/ガドフライ搭載を行う余裕がなかった為、個艦防空用の3K95/SA-N-9キンジャールを搭載した訳ですが、艦隊防空用艦対空ミサイルも技術開発を経て3K96リドゥート艦対空ミサイルでは小型化し、その搭載が叶いました。

 ウダロイ級は対潜艦ですのでヘリコプター運用能力を重視しています、ソ連海軍では18機のヘリコプターを搭載する1960年代のモスクワ級ヘリコプター巡洋艦建造以来、一隻の対潜掃討艦で広範囲を哨戒できる為、艦載ヘリコプターによる対潜哨戒を重視してきました。

 艦載機としてKa-27を2機搭載しています。二重反転ローターを採用するカモフ社製ヘリコプターで4tまでの貨物や人員輸送機は16名を搭載可能ですが、全長は11.3mと、同程度の搭載力をもつ自衛隊のSH-60Kが全長19.8mに対し非常にコンパクトな機体が特色だ。

 Ka-27対潜ヘリコプターは、APR-2対潜魚雷1発を搭載可能で、若しくは機内へ対潜機材を収容しソノブイ36本を搭載する事で対潜哨戒任務へも対応します。機体が非常にコンパクトですが、格納庫も更にコンパクトで二機搭載する格納庫としては驚きを禁じ得ません。

 ヘリコプター格納庫は飛行甲板から半甲板低く位置していまして、二機のヘリコプターを右舷左舷へ収納すると共に中央部分へ発着管制施設が配置されています。ただ、ソブレメンヌイ級等は半入れ子式格納庫を採用しており本型の整備性は比較的高いといえましょう。

 Ka-27対潜ヘリコプターの搭載は、海賊対処任務や人道支援任務など2000年代に入り急激に増大した任務への対応能力を強化しました、16名もの兵員を輸送出来ますし、2機を搭載している為交替により継続的に飛行させる事が可能、本艦の運用多用途性を高めました。

 総合的に考えますと、ウダロイ級はソ連崩壊後、非常に厳しい経済情勢化にあっても維持する事での費用対効果が高い艦艇と評価され、維持される事が早い時期に発表されました、12隻のうち、それでも4隻は除籍されましたが、それでも全体としては多数が維持される。

 ガスタービン推進による整備性の高さ、航空機運用能力による汎用性の高さ、外洋効能能力の大きさ、それに副次的なものですが重武装による砲艦外交的な本型の形状は少なくなった、ソ連時代の威光、ソ連時代の遺構でもありますが、を発揮できた部分があります。

 基本能力の高さがありますが、そして設計の余裕により大型対潜艦としての設計当時は想定されなかった二つの任務、艦隊防空能力が新型ミサイルの小型化により、水上打撃力が巡航ミサイルと艦載システムの小型化により、それぞれ実現し、多用途艦となったかたち。

 それでも旧式艦であることは否めません、一番艦竣工は1980年、ヘリコプター搭載護衛艦くらま、よりも古く、海上自衛隊で12隻が建造された護衛艦はつゆき型護衛艦よりも古いのですが、ロシア海軍はソ連崩壊後の混乱から立ち直りつつある中、完全ではありません。

 リデル級原子力駆逐艦としてウダロイ級とソブレメンヌイ級の後継艦へ8隻の11000t型原子力駆逐艦を建造する構想がありますが、設計開始が2018年であり建造は更に後、就役は2030年代前後となる可能性が否定できず、アドミラルパンテレーエフは当面現役でしょう。

 ロシア艦の居住性等は公開されませんでした、しかし、案内と警備の水兵と海兵さんは丁寧で、基地を出た後、舞鶴市内で同じATMの前に並んだり、何故かビールをレストランで何杯も乾杯したり、記念写真撮ったり、ささやかながら日ロ友好を高める事が出来ました次第です。

北大路機関:はるな くらま
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【くらま】日本DDH物語 《第三回》 第一世代ヘリコプター搭載護衛艦と冷戦期護衛艦隊

2017-02-18 20:44:47 | 先端軍事テクノロジー
■第51護衛隊と第52護衛隊
 日本DDH物語、第三回は第一世代ヘリコプター搭載護衛艦と冷戦期護衛艦隊という視点から歴史を振り返ってみましょう。

 ヘリコプター搭載護衛艦、一つの高度な作戦体系を担うシステムを構築した海上自衛隊の哨戒ヘリコプター、取得費用では一機当りアメリカ海軍や海兵隊のハリアー攻撃機やF/A-18C戦闘攻撃機に準じる程高価な装備ですが、これを集中運用する海上自衛隊運用体制は、はるな、ひえい、しらね、くらま、ひゅうが、いせ、いずも、かが、として培われてきました。

 ヘリコプター搭載護衛艦という運用は非常に特色あるもので、これはアメリカ海軍空母艦載機として用いる大型対潜哨戒ヘリコプターを3機集中搭載し運用する、というものです。元々ヘリコプターの海軍利用は救難用と同時に対潜用ソナーを搭載し対潜哨戒に用いる、という概念はその技術的草創期の時代からあったのですが、自衛隊の方式は際立っていた。

 哨戒ヘリコプターには水上戦闘艦のセンサーとしての器材を搭載し、運用する、というものがあります、LAMPS、という米海軍の概念がこれに合致するものでして、SH-2やSH-60等がこれに充てられてきましたが、これは独立した対潜情報の解析能力は無く基本として母艦へ情報を伝送し、これを母艦が解析し支持するという艦載機その名の通りのものです。

 はるな型ヘリコプター搭載護衛艦が搭載した艦載機HSS-2は、吊下ソナーとソノブイ及び対水上レーダーと解析装置を搭載しており、ヘリコプター単体での運用を念頭としたものであり、これはLAMPSよりも一歩進んだ、言い換えれば高級な航空機であった訳です、これだけ搭載すれば調達費用は無論、運用費用や機材に母艦の所要整備能力も違ってくる。

 海上自衛隊ではヘリコプター搭載護衛艦が、はるな、ひえい、しらね、くらま、この4隻体制が完成するとともに、第51護衛隊しらね、ひえい、第52護衛隊くらま、はるな、と2隻づつを2個護衛隊群へ配置しました、当時哨戒ヘリコプターを運用していたのはヘリコプター搭載護衛艦のみでしたが、一個護衛隊群には6機の哨戒ヘリコプターが集中された。

 日本経済は海上輸送により立脚しているばかりか、石油や鉄鉱石をはじめとした主要工業原料の供給も海上輸送に依存しています、そして食糧輸入の依存度も大きい。この為、潜水艦によるシーレーン攻撃を受け海上交通路が途絶したならば、潜水艦により需要港湾への水道を機雷閉塞されたならば、経済は破綻し食糧さえも飢餓線上に追い込まれかねない。

 潜水艦脅威と機雷への防備という視点は、海上自衛隊創設以来の重要な任務であり、憲法9条施政下にあって自由主義陣営に位置しながらも軍事力の対外投射を世界史上独立国として例がない程厳格に自制し、大国間の緊張から距離を置く姿勢を構えつつ、しかし海上交通路を維持する施策だけは不可欠とされ限られた予算から高い対潜能力を整備した訳です。

 6機の哨戒ヘリコプターという定数ですが、これはアメリカ海軍の航空母艦回転翼航空隊定数に合致するものでして、いわば海上自衛隊護衛艦隊の護衛隊群は、空母航空団のヘリコプター哨戒能力に匹敵する水準を有していた訳です、もっとも当時、アメリカ海軍空母にはS-2哨戒機か新型のS-3哨戒機という艦載固定翼哨戒機が搭載されていたのですが、ね。

 ヘリコプター搭載護衛艦は、ひゅうが型護衛艦の建造、ヘリコプター搭載護衛艦はるな型を置き換えた新型護衛艦から、全通飛行甲板型が採用され、これを以て従来型ヘリコプター搭載護衛艦と全通飛行甲板型ヘリコプター搭載護衛艦、という新区分が誕生した訳なのですが、しかし、この海上自衛隊ヘリコプター搭載護衛艦は自然形成された訳ではない。

 対潜戦闘と艦隊運用を究極的につきつけると共に沿岸部での対潜戦闘との調整や将来の潜水艦脅威への対応、これも試行錯誤、実現しなかった様々な政策と景気変動や日米関係の変容に防衛力整備の方向性転換などなどを背景に取捨選択を繰り返し実現したもので、その始まりは米軍供与戦車揚陸艦おおすみ型、ヘリコプター試験運用から端緒に就きました。

 米軍供与戦車揚陸艦おおすみ型、現在運用されている満載排水量14000tの輸送艦おおすみ型ではなく第二次世界大戦中に量産されたLST-1型戦車揚陸艦、満載排水量4000tで海岸に直接接岸するビーチング方式の揚陸艦ですが、この前部にある露天車両甲板へヘリコプター発着装置を搭載し、艦を停止させた状態で運用実験を繰り返し研究をすすめました。

 潜水艦を探すには航空機からレーダーと磁気探知装置を駆使して船体磁気徴候と潜望鏡やシュノーケルを探知、という手法は第二次世界大戦中に確立されていましたが、戦後間もない時期からアメリカが初期のヘリコプターへソナーを搭載し、きめ細やかに潜水艦の音を直接捜索する手法を開発しました、日本も手探りながらこの新装備の実用化へ臨んだ訳です。

北大路機関:はるな くらま
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平成二十八年度二月期 陸海空自衛隊主要行事実施詳報(2017.02.18/02.19)

2017-02-17 20:24:22 | 北大路機関 広報
■自衛隊関連行事
 首都圏と北陸地方で春一番が吹き、北野天満宮梅園では梅香巡る三分咲きという中、皆様いかがお過ごしでしょうか、出かけたくなる気候ですが、残念ながら今週末に自衛隊行事は行われません。

 今週末の自衛隊行事無し、という際にはうとうとと寝室の掃除や衣類の整理や眼鏡の補正等に時間を費やしたいところですが、こんな週末だからこそ自衛隊と防衛の第一線を散策して空気で感じたいところ、行事が無くとも訓練が無くとも、自衛隊基地では毎日365日24時間対領空侵犯措置任務へ緊急発進の待機を続けていまして、土曜日曜も例外ではない。

 航空自衛隊基地を一望できる場所はいろいろあります、千歳基地ではJR南千歳駅前等は航空掩体の一部が見えまして、百里基地では茨城空港展望台から難ありのガラス越しに見えますし航空公園からは滑走路を一望、小松基地は小松空港の空港展望デッキから基地を一望できますし、築城基地は漁港の足を運んだ事が無い故恐縮ですが突堤から基地が見えるとのこと。

 新田原基地は鷹取台撮影地から滑走路や管制塔を見上げる事が出来、何よりも有名なのは那覇空港展望デッキで、実任務飛行に向かう航空機の頻繁な発着を視る事が出来ます。防衛施設ですので節度を守って、他の方々のお話気を聞きつつ散策したいところですが、平日などは定期訓練により頻繁な発着も視る事が出来ます、航空祭とはまた違った情景です。

 さて撮影の話題、自衛隊行事をWebで中継してみたい、そんな微妙な夢をかなえてくれる装備品があります、それはスーツケース一体型テーブルで、スーツケースとテーブルを一体化させた、個性的なバックがあるとの事です。ノマドスーツケースやネイルテーブル等がこれに当たりまして、折り畳み式テーブルを側面に内蔵したスーツケース、展開すればそこはオフィス、と。

 第一線のビジネスマンが空港や地方駅のターミナルでラウンジを使う経費が認められない場合に僅かな時間を惜しんで仕事をするための、という元々は不可思議な用途を見越して開発されたものでして、ノマドスーツケースは完全なスーツケースですので、側面ポケットに折畳チェアを差し込むことで、仕事道具一式を木賃宿でも駆使することが出来る。

 タブレットPCとデジタルカメラを接続し、最前列で中継すること、できるかもしれません。スーツケースならば予備バッテリーも充分携行する事が出来ます、VAIO-Uでその昔に岐阜基地航空祭の中継を試みた事がありましたけれども、その現代版、というところでしょうか。もっとも確実に周囲に邪魔で迷惑を掛けますので用途は平日航空基地撮影くらいかな。

 一方器材について、ミラーレフ一眼が一眼レフカメラを超える可能性はどの程度あるのでしょうか。一眼レフは内部に鏡面レフ板が設置されていまして、文字通り光学情報をファインダーから撮影者に届けてくれます、がカメラ内部でこのレフ版が動くのですからその分本体部分が大型化します、ミラーレス一眼はこの部分に直接、画像素子を配置して本体を小型化したもの。

 一眼レフに対してミラーレス一眼、小型軽量化するならばいいことづくめではないか、と言われるところですが、しかし、どうしても機構上、電源を発動してから最初の一枚を撮影するまでの時間は一眼レフに遅れますし、ピントを合わせる動作もレンズを駆動させると共に、画像素子を連動させる必要がありますので、一眼レフと比較し、確実に遅くなる。

 ただ、この部分、一眼レフを超えられないにしても、限りなく差異を抑えられるようになりましたらば、撮影機材を軽量化したい視点からは魅力的な選択肢となるのでしょうか。それとも、超望遠レンズなどを携行する場合、カメラ単体の重量は全体の重さの中での比率として微々たるもの、最上級一眼レフを超えるミラーレス一眼は出ないのでしょうか、十年後の展望はどうなるのでしょうか、ね。

■駐屯地祭・基地祭・航空祭
・今週末の自衛隊関連行事はなし

■注意:本情報は私的に情報収集したものであり、北大路機関が実施を保証するものではなく、同時に全行事を網羅したものではない、更に実施や雨天中止情報などについては付記した各基地・駐屯地広報の方に自己責任において確認願いたい。情報には正確を期するが、以上に掲載された情報は天候、及び災害等各種情勢変化により変更される可能性がある。北大路機関
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朝鮮半島緊張再燃 金正男前指導者長男暗殺と新弾道弾北極星一号日本海発射に韓国大統領弾劾

2017-02-16 22:57:55 | 国際・政治
■朝鮮半島軍事緊張と我が国防衛
 国際報道における朝鮮半島報道が韓国朴槿恵大統領弾劾と捜査難航により占められた中、突如、北朝鮮がミサイル実験と暗殺事件により、朝鮮半島情勢報道の最前列へ再度上りました。

 北朝鮮による新型弾道ミサイル北極星一号発射実験、これにより昨年11月から中断していた弾道ミサイル実験が再開するとともに、北朝鮮の金正恩国務委員長はアメリカのトランプ新大統領との対決姿勢を明示しました。こうした中で、北朝鮮建国記念日を前に更なる挑発行動が危惧されていた最中、事実上の亡命中であった兄にあたる金正男氏を第三国であるマレーシアにおいて暗殺する暴挙に出た訳です。

 朝鮮半島情勢緊迫化は日本へどう影響するのでしょうか。現在自衛隊は、南西諸島への中国からの軍事圧力へ対抗するべく、自衛隊創設以来の規模という膨大な数に上る中国大陸からの国籍不明機に対し、対領空侵犯措置任務を展開中です。冷戦時代最盛期の最も国籍不明機飛来が多かった年度を若干上回る規模での事態、対領空侵犯措置任務へ航空自衛隊は緊急発進を非常に大きな頻度で繰り返していますが、冷戦時代と比較し航空自衛隊戦闘機は二割縮小しています、この状況下で航空自衛隊に再度弾道ミサイル防衛の任務が再提示されました。

 金正男氏暗殺の一報は、弾道ミサイル北極星一号発射事件への国連安全保障理事会による対応策を討議し、併せて我が国としてもミサイル実験を中止に至らせる非軍事手段によるより強い施策を模索する最中に発生しました。金正男氏は北朝鮮の先代最高指導者である金正日氏の長男に当たりますが、金正恩氏の異母兄にあたります。金正日義弟の張成沢氏が後見人となり政権を担う可能性がありました。金正恩氏と金正男氏後継人の権力闘争の結果、金正恩氏が金正日氏の後継となった事で権力から距離を置いています。

 しかし、長男という立場から亡命政権や傀儡政権に利用されないよう、暗殺の標的となっていたと考えられます。金正日義弟の張成沢氏は金正恩氏の政権樹立からほどなくして粛清謀殺され、北朝鮮国内では李竜河朝鮮労働党第1副部長の粛清、張秀吉朝鮮労働党副部長の粛清、玄永哲人民武力部長粛清、多数の幹部粛清が権力固めを口実として横行し、金正男氏は暗殺の脅威に在った為、一部報道では中国政府による警護を受ける事実上の亡命生活を送っていたとされます。今回、マレーシアの空港において暗殺されたのは、一般に警備厳重な空港内の方が空港外での襲撃よりも容易だった、という事を意味します。

 朝鮮半島は、今回の事件以前から極めて不安定な状況にあります。これは韓国の朴槿恵大統領が政権への知人関与や関連団体集金誘致と公金不正支出に家族不正大学入学問題等により弾劾が成立し、弾劾訴追案国会可決職務停止中という、一時的に政権運営能力が空転している状況にあるためです。こうした不安定な状況にあっては軍事的な空白が生じやすく、この時期に北朝鮮からの挑発や、朴槿恵大統領の父親である朴正煕大統領時代に発生したような、北朝鮮特殊部隊によるソウル大統領府攻撃に代表される特殊作戦や、異なった形での軍事行動が行われる危惧がありました。

 加えて、本日2月16日は北朝鮮建国記念日にあたり、何らかの形での挑発行動、例えばアメリカの研究機関により徴候が確認されている核実験の再開、中距離弾道弾と共に北朝鮮が開発を継続しているアメリカを射程とした大陸間弾道弾の太平洋正面における発射実験、等が危惧されていた訳です。こうした中、金正男氏暗殺はマレーシア国内において、神経ガスであるVXガスを噴射するというオウム真理教が実施したテロと同様の手段を選択し実施されました、これにより北朝鮮は傀儡政権や臨時亡命政府の可能性を極めて低減させ、様々な対外政策を強権的に実施する基盤を構築したとも言えましょう。

 わが国にとり、朝鮮半島の安定は国家の維持と経済活動に死活的な重要性を与える重大問題です。朝鮮半島と日本は距離をわずかに50kmの海峡を隔てているだけであり、朝鮮半島有事は即座に我が国周辺事態となるほか、そもそも戦後日本国憲法施政下において自衛隊が発足したのも、朝鮮戦争を受け軍事行動の直接影響が我が本土へ及ぶ蓋然性が高まった為という事を忘れるべきではありません。朝鮮半島有事は自由主義の後方拠点となる日本を否応なく巻き込み、在留邦人孤立、軍事行動の影響、難民大量流入、対日投資リスク増大、その危険の拡大を放置すれば、例えば東日本大震災以上の影響を及ぼしかねません。

 現在の状況を理解するには、北朝鮮の行動がどの方向へ展開するのかを冷静に見極める必要があります。北朝鮮は国是として韓国武力併合として、大韓民国を自由主義諸国により第二次世界大戦後に建国された傀儡政権である為に打倒し併合する朝鮮半島統一を掲げています。同時に北朝鮮は核武装を手段とした現状維持という現在の北朝鮮統治機構の維持を当面の目標として掲げています。仮に前者が選択されるのであれば、我が国にとり看過できない状況である一方、後者の場合は危険を内包しつつも現状維持ともなるでしょう。我が国の理想は、核廃棄、民主化と南北同時選挙による朝鮮半島統一か、現状維持です。

 しかし、朝鮮半島の緊張は昨年中盤のような弾道ミサイル事件の継続的な展開が予見される北朝鮮と、その核武装を認めないアメリカとの対立構造があります。先日日曜日に発生しました北極星1号弾道ミサイル実験は、移動式発射装置によりその兆候をつかみにくい状況で発生しており、対して弾道ミサイルの警戒に当たる海上自衛隊のイージス艦は現在6隻、常時日本海に遊弋させるには限度があります。

 そしてイージス艦の主任務は艦隊防空であり弾道ミサイル防衛は副次的任務に過ぎない点に加え、イージス艦の艦隊防空任務は中国大陸からの南西諸島への軍事圧力増大へ向き合わねばなりません。日本への防衛協力へ、唯一の同盟国であるアメリカは好意的な見解を大統領自身から寄せられましたが、防衛力の再構築、自助努力というものも真剣に再検討、脅威に見合った防衛力整備への負担を考える必要が現実化しているのかもしれません。

北大路機関:はるな くらま
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【京都幕間旅情】南禅寺、釈迦如来を祀る京都五山最高峰別格寺院は琵琶湖疏水が往く寺院

2017-02-15 21:24:04 | 写真
■南禅寺 冬の青空と探訪
 京都幕間旅情は一週間の幕間に当たる水曜日の旅路へのお誘い。南禅寺、祇園を岡崎へ歩みを進めますと迎える寺院です、本日は一月に散策しました際の様子を紹介しましょう。

 南禅寺、釈迦如来を祀る京都五山最高峰、無関普門が開山となりました寺院です。哲学の道に沿って逍遥していますとその道中に美しい伽藍が広がる一つの到達点ですが、禅寺としても一つの到達点といえる寺院で、建立成った1291年以来京都を見守り続けています。

 琵琶湖疏水が縄張りを往く寺院として有名で、この情景は建設当時、古都の風情を抹消しかねない難物としてかの福沢諭吉氏等に酷評されたとも伝わりますが、百十余年年を経て風景に溶け込みました、この地も後嵯峨天皇の離宮禅林寺殿に1262年に開かれたところ。

 禅林寺殿、この縄張りを散策するのは何故でしょうか、これは確かに京都五山の一つという、いわば京都観光の定型経路のように思われる仏閣の一つではあるのですが、南禅寺については哲学の道という道程にあり、ゆったりと時間を過ごす事が出来る場所故でしょう。

 勅使門にて頭を垂れ法堂を見上げつつ三門へ、時間をゆったり過ごすというものは実は非常に貴重なもので贅沢を感じられるものです、世界は技術と共にますます狭くなり情報が氾濫、国家は勿論個々人まで情報の泥流に塗り呑込まれる中、時間とは何より貴重なもの。

 今上陛下が退位を表明し、政府によれば上皇に上られるとの考えがあるようですが、この南禅寺も亀山天皇が上皇へ譲位し、そして法皇へと落飾、この際に法皇猊下は無関普門を開山として龍安山禅林禅寺へ禅林寺殿を広げた事で始まりました、この所縁は今日に至る。

 天正時代旧御所を下賜される事となったものこの所縁所以というものでして、南禅寺の方丈には女院御所対面御殿が移築されている他、清涼殿の一部が建材として用いられていまして、相次ぐ戦乱により荒廃する首都と里内裏の歴史を今日に証言する事となりました。

 京都五山、といわれる南禅寺ですが、しかしこの寺院の歴史はひも解けば面白いものがあります、南禅寺が京都五山に数えられたのは建立から40年を経た1334年の後醍醐天皇による勅令なのですが、それから半世紀の後、かの足利義満により別格へ持ち上げられます。

 足利義満による別格寺院、つまり京都五山よりも一つ上の寺院へ南禅寺が上げられた背景には、足利義満は自ら出家へ相国寺を建立した際、この寺院を京都五山の一つに挙げる際、従来の寺院を一つ格下げするか、一つを別格とするのか、と考え、南禅寺を別格とした。

 夢窓疎石が住持をしていた時代もありました南禅寺、夢窓疎石とは13世紀から14世紀にかけての禅僧、天龍寺や西芳寺、そして遠く鎌倉は瑞泉寺や岐阜の永保寺に山梨県身延の覚林房、など寺院の庭園を造営した事でもよくその名と遺した庭園を目にする事が出来る。

 応仁の乱では、京都の数多くの文化財と同じく、南禅寺の伽藍も戦渦に巻き込まれ、数多くの建物と寺宝が焼失散逸、その後150年は復興さえ手に着かないほど荒廃しましたが、安土桃山時代に織田信長が京都復興に着手、南禅寺も江戸時代に入り復興を果たしました。

 以心崇伝、徳川家康の側近として宗教政策と仏教観に基づく統治体制の構築を担った僧侶が南禅寺金地院に入り、此処で漸く南禅寺の復興が進むと共に僧録として幕府より禅寺の統括を担う地位に就き、名実ともに我が国禅寺の最高峰として、位置付けられています。

 南禅寺、その栄華は近現代の戦災からも逃れ、美しい姿を今に伝えています。哲学の道を辿って、というほかにかつては京阪電車でも行けたのですが、20年前に延伸なりました京都市営地下鉄東西線の蹴上駅開業後は、蹴上駅から徒歩で直ぐに足を運ぶことが出来ます。

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安倍首相トランプ大統領の初日米首脳会談 環太平洋安保基盤の日米同盟強化と首脳間信頼

2017-02-14 21:40:00 | 国際・政治
■首脳会談,二つの成果
 安倍首相がトランプ大統領との初の日米首脳会談を終え、トランプ大統領の私邸へ招待されゴルフをともに競うなど個人的な友好関係も深めた上で帰国しました。

 安倍総理大臣とトランプ大統領の初の日米首脳会談がワシントンで開かれ、トランプ新大統領の政治方針が当初、日米貿易摩擦や我が国の米軍駐留経費負担、米中関係と尖閣諸島問題、という様々な命題においてアメリカ政府の方針が従来の延長線上において展開するのか、大統領選においてトランプ氏が候補として掲げた施策、自動車等への最低輸入量要求や在日米軍駐留経費全額負担要求等を求められるのではとの危惧は杞憂に終わりました。

 特に、尖閣諸島における我が国の立場を共有したアメリカ政府の施策を継承するとともに、日米安全保障条約における集団的自衛権をアメリカが行使する安保条約五条、その発動の条件となる我が国施政下の領土であることを再度確認し、併せてこの地域への攻撃に対しては自衛隊の防衛行動をアメリカが軍事的に支援するという、極めて重要な確認要項を日米共同声明として示すことが出来、アジア太平洋地域における安定の要諦として、日米安全保障条約を示すことが出来た点は大きな成果といえるでしょう。

 アメリカは併せて現段階として一つの中国という米中関係を維持する上での最小限の中国政府が求める用件を安倍総理大臣との日米首脳会談に先んじ、中国の習主席との電話会談により表明する事となりました。これは、一つの中国という従来のアメリカ政府の立場を必ずしも重視しない、としたトランプ大統領の大統領選における発言、言い換えればアメリカが台湾の独立を承認し、ニクソン大統領時代に米中国交正常化を実現した際、中華民国へ反乱を起こし国際法上の交戦団体であった中華人民共和国政府を、台湾のみを保持地域とする中華民国勢府に代え国家承認した、大きな摩擦要因にたいし、敢えて状況の変更を即座には行わないという柔軟な姿勢を示したわけです。

 米中の安定化は、当然、我が国の安定へも直結する命題です。即ち、台湾問題について、現状維持という暗黙の了解、一つの中国を維持しつつ米華同盟の延長線上にある台湾関係法として事実上の同盟関係を維持する台湾、中国政府は台湾の中華民国勢府を地方政府の一つという立場をとり、この曖昧な状況を、武力紛争は発生していない状況、として現状維持する施策を米中の黙示的合意としてきました。日米首脳会談に先んじて米中電話会談を行ったことで、中国側の対応を含めトランプ大統領からの外交姿勢を安倍総理はより深く意見交換することが出来たでしょう。

 台湾独立は認めないが台湾併合を認めない、という姿勢について、かりに台湾独立をアメリカが容認する姿勢に転換すれば、台湾の独立宣言を契機としての中国との軍事衝突にいたる可能性が非常に高く、この際に台湾関係法が発動すれば台湾には現在米軍が駐留していないため、在日米軍基地は台湾有事における在留自国民救出や防衛協力といった米軍行動の最大拠点となります。この危惧を回避するべく、現状の曖昧な安定を維持する姿勢を明示したことは、ある意味我が国に利益となったともいえる訳です。

 北朝鮮の弾道ミサイル実験は、この日米首脳会談を終えて安倍首相とトランプ大統領が夕食と歓談中に発生しました。北朝鮮は黄海沿岸から朝鮮半島を越えて日本海側へミサイルを発射、弾道ミサイルは北朝鮮から500km沖の日本海へ落下しました。このミサイルは北朝鮮がアメリカ本土を狙う潜水艦発射弾道弾として開発を進めてきました北極星Ⅰ型とされ、我が国排他的経済水域への落下はありませんでしたが、昨年11月以来の北朝鮮ミサイル実験、しかも、北朝鮮は昨年前半から中頃にかけ過去最大の規模でのミサイル実験を継続していましたが、アメリカ大統領選挙をうけ一時中止していたミサイル実験を再開したというものでした。

 ミサイル実験という緊張した状況に置いて当初、報じられているところでは安倍総理は単独での北朝鮮への非難声明を発表する予定でしたが、同席するトランプ大統領の提案により急遽、日米共同声明を出すこととなりました。トランプ大統領は日本の立場を全面的に支持するという力強い表現で北朝鮮ミサイル実験への日本の対応と北朝鮮への牽制を明示したわけですが、併せて同盟国に対するアメリカの新しい指導者がどのような立場をとるのかを大きく明示したともいえるでしょう。

 日米首脳会談を終えて、トランプ大統領にも大きな収穫があったといえるでしょう。第一にはやはり、日本側の対米投資や、為替変動への日米共同での対応を含めたともすれば為替操作となりかねない命題への対処基盤や、日米貿易交渉への新しい基盤構築、というアメリカの雇用と経済への命題での前進と相互理解の増進という点があったでしょう。日本側は良好な同盟関係を階段で世界に示すことを重視しましたが、トランプ大統領には中西部の工業生産能力再構築など経済問題のほうが焦眉の課題です。

 第二に、世界への新大統領の印象を転換させた点です、こちらの法が長期的に大きな意味があるかもしれません。トランプ大統領がともすれば孤立主義を歩みかねず、一国主義と国際協調を敢えて破綻に向かわせる指導者ではないのか、というアメリカ大統領選挙以来のアメリカ国民のみならず世界各国の為政者や諸国民にたいし、柔軟な政策を採れる、トップダウン重視型の指導者である、という認識を広めることが出来た点でしょう。

 アメリカ大統領の各国首脳との関係は必ずしも良好に進展しているとは、少なくともこれまでは言えませんでした。豪州首相との電話会談での一方的な会談終了、メキシコ大統領との会談を拒絶するともうけとられかねない発言、イギリス首相とは原則論では合意したもののその後の移民政策を巡る対立、新しいアメリカ大統領の姿勢はどのようなものなのかを世界は固唾を飲み込んで静観していたわけですが、良好な関係を維持し展開し得る、という明示はトランプ大統領にとり大きな成果です。

 今後の日米関係については、実際のところ長期的な見通しは如何ともいえないものがありますが、貿易摩擦や工業製品輸出入の問題はありながら、ともに自由主義経済という基盤に依拠し競合する関係であることを明示した点は大きく、さらに工業生産や資源などを円滑に各国間において流通させるための国際公序としての海洋自由原則において、日米は価値観を共有するとともに海洋閉塞を政策と行動として進める中国への対応を牽制することもなり、日米関係は安倍トランプ両首脳により、中曽根レーガン時代、小泉ブッシュ時代、と並ぶような新しい堅固な関係を構築維持し前進する事が出来るかもしれません。

北大路機関:はるな くらま
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美食不孤単:蒼き鋼のアルペジオ横須賀グルメスタンプラリー観艦式付帯行事の思い出話

2017-02-13 21:06:36 | グルメ
■横須賀ネイビーバーガー紀行
 Gooブログサービスにて、標準カテゴリーとして“グルメ”という区分がありますが、今回初の記事として横須賀ハンバーガー食べ歩き紀行を紹介しましょう。

 孤独のグルメ、実のところ当方の自衛隊行事撮影へ全国津々浦々、文字通り北海道から沖縄まで展開した際、旅程を非常に面白くさせる事となったのは、思い切って店を食べ歩いてみよう、との最初の勇気を与えてくれた作品でした、人生を変えた一作やもしれない。

 谷口ジロー氏が作画を担当し、原作久住昌之氏と共著となった漫画作品ですが輸入雑貨商を営む主人公の井之頭五郎氏が仕事合間取引合間に自由気ままに鰻丼と生ゆば刺し、焼き饅頭、カレー丼とおでん、スラーメンや鳥取カレー等を食べるという一種日常系漫画です。

 本日谷口ジロー氏の訃報が時事通信にて報じられ、驚かされた次第ですが、あの作品が無ければ、正直旅先でも当たり障りのない店ばかり廻っていたかもしれなかったと思う次第、先生への感謝を込め、2015年観艦式と共に横須賀を食べ歩いた模様をお伝えしましょう。

 ハングリーズ“キリシマバーガー”、京浜急行の特急停車駅汐入駅を海側に出てすぐ左に曲がるベイスクエア横須賀二番館二階にあるハンバーガーショップ、この場所のお店は2005年から知っているのですが、横須賀ネイビーバーガー、当初は高いなあという印象でした。

 キリシマバーガー、とは250gの国産牛100%ハンバーグをチェダーチーズとともに挟んだ逸品で、頬張るにも大きなハンバーガーを手で押して成形し噛り付くもの、ボリューム物凄く、トマトスライスの酸味が味を引き立てます。艦艇一般公開の際に昼食で頂いたもの。

 ハニービーの“コンゴウバーガー”、横須賀基地正面ゲートの交差点向かい側にある、我々のイメージとしてアメリカの国道沿いにありそうなファストフード食堂を日本で体感できるお店の一つ、カウンター前には巨大メニューと鉄板、店内の来客も日米と国際色豊かだ。

 コンゴウバーガーは、牛肉100%を繋ぎ一切使わず練り上げた肉の旨味を堪能するためのバーガーで、ハンバーガーそのものの背が一番高いのはこの為、と。カウンター主体、目の前で調理されるライブ感から、ついついもう一品頼んでしまう美味しさと雰囲気が嬉しい。

 自衛隊観艦式付帯行事“要塞港横須賀グルメスタンプラリー”として映画“劇場版蒼き鋼のアルペジオ”の関連行事として、横須賀市内のネイビーバーガー名店等を食べ歩くイベントが開催、観艦式と防衛装備庁シンポジウムや艦艇公開日と併せ散策しました次第です。

 自衛隊が観艦式付帯行事に深夜アニメを選び、声優コンサートまで挙行するという点には、ちょっと驚き。一昔前“タクティカルロア”では観艦式付帯行事には至りませんでしたが、昨今は“ハイスクールフリート”等で艦内コンサートを行う等、自衛隊も変化している。

 ネイビーバーガーですがファストフードチェーンの安価なハンバーガーと比べれば高級品です。しかし、大昔、佐世保にて空腹で夜に到着した際、駅を出た間近のお店で頂いた佐世保バーガーのボリュームと質に感激し、こういう区分もあるのか、と考えを改めました。

 モアイモ食堂“ヒエイバーガー”、紅色自家製バンズにミートパティを挟み込んだバーガーで、横須賀中央駅を商店街アーケードに沿って米軍三笠ゲートへ向かいますと見えてまいりますパブ風食堂で、LO時間若干過ぎていましたが、翌日定休日、ご厚意で頂けました。

 ネイビーバーガーは個性をどう活かすかが要諦で、穀物感がしっかりと出た食べ応えのあるパンと、これは此処で知ったのですが横須賀ネイビーバーガーの必須条件である250gのハンバーグを挟むことで柔軟硬性二類の食感が深みのある味わいをもう一段引き立てます。

 MIKASA CAFÉの“イオナドック”、汐入駅をヴェルニー公園へ進む際に横丁側へ一歩入った立地に輝くガラス張り現代風カフェ、0900時から営業していますので横須賀軍港めぐり遊覧船乗船の際に朝食を頂く、MIKASA CAFEは当方横須賀お気に入りの一軒です。

 シカゴドックはソーセージにこだわりがあり、様々な種類のピクルスと新鮮な野菜を共に挟む点でホットドックとは一つ違った深い味わいがあります。“イオナドック”は期間限定ですが、ここのシカゴドックは今日も明日も毎日楽しむことができるお勧めの逸品ですよ。

 どぶ板食堂ペリーの“キリシマバーガー”、軍港都市として帝国海軍と共に拡大した横須賀の繁華街は、戦後もアメリカ海軍と海上自衛隊と共に活況を広めていますが、この伝統的繁華街どぶ板横丁の丁度中央あたり、開国してくださいYOのペリー提督が目印のところ。

 ボリュームあるハンバーガーにかぶりついていますと、お隣で親子連れの方は更に大きなピッツァを頂いていました、横須賀はアメリカンサイズのメニューが多いのですが注意したいのは食べ過ぎ、今回の写真も実に六日間に分け撮影したもの、とても一日では無理だ。

 LAUNAの“ハルナフレンチトースト”、横須賀基地正面ゲート間近の本町二丁目交差点傍にあるハワイアンカフェ、ハワイアンでフレンチトーストという面白い組み合わせ、店内の軽いポップな雰囲気はハワイアンでありながらどこかアジアン観光地テイストも感じる。

 ハルナフレンチトースト、柑橘系フルーツとクリームを添えてスイーツに仕立てられたフランスパン、寒い季節でも冷たい飲み物と不思議に良く合うのは柑橘類のなせる技なのでしょうか。飛び出す棒状チョコレート等が金剛型戦艦榛名の36cm砲を模しているとのこと。

 ウッドアイランドの“タカオレッドカレー”、ウッドアイランドは横須賀海軍カレーグランプリの有名店で、アメリカ海軍横須賀施設三笠ゲートのすぐ隣に立地する白い洋風一軒家という静かな佇まいの中、美味しい横須賀海軍カレーを煮込み引き立て続けているところ。

 レッドカレーですが、タイカレーのレッドカレーではなくトマトを隠し味に海軍カレーを赤く引き立てているものです。ラムネが美味しい、店内はファンが持ち寄ったグッズが所狭しと並び、海軍カレーは国民食カレーとして広く現代を歩んでいる、そんな印象でした。

 美食不孤単、孤独のグルメが松重豊主演のドラマ化となり日本全土の深夜ドラマ枠では空腹を深夜に掻き立て、こいつはぁ“夜食テロ”だぜ、というほどに話題をさらうと共に台湾で好評を博し、台湾版美食不孤単というドラマまで制作されるほどの人気となりました。

 谷口ジロー氏の漫画作品は“孤独のグルメ”が当方には入口ではありましたが、美餐独歩、と気取って散策する一方、文豪夏目漱石の半生と共に時代を生きた人々を描いた“「坊っちゃん」の時代”は明治の世界観と為政者や官僚に学生書生女性の表現に引き込まれました。

「坊っちゃん」の時代、を読了したさいの衝撃と共にシートン四部作、アーネストシートンを暖かい谷口風劇画の描写力で描く、狼王ロボ、少年とオオヤマネコ、サンドヒルスタッグ、タラク山の熊王、子供の頃の絵本の記憶を鮮やかに思い出す素晴らしい作品です。

猟犬探偵、千年の翼・百年の夢、神の犬 ブランカ、谷口氏の作品で一つ勧めるとして思い浮かぶのは他にもこれだけあるのですが、なによりも初めての街で敷居高い印象のある一見の食べ歩き、そんな心に勇気の一歩を推した作品、素晴らしい作品を感謝したいですね。

北大路機関:はるな くらま
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【日曜特集】第2師団創設63周年旭川駐屯地祭【5】北鎮師団の機動打撃力(2013-06-09)

2017-02-12 22:44:00 | 陸上自衛隊 駐屯地祭
■北鎮師団の機動打撃力
 北鎮師団の機動打撃力、この能力が最大限発揮される訓練展示の様子を、前回に続き視てまいりましょう。

 90式戦車が敵戦車部隊へ120mm砲を連続発射する、自動装填装置により空包を行進間射撃を繰り返した。/旭川駐屯地第2師団、師団編成を視てみますと、師団司令部および同付隊、第3普通科連隊、第25普通科連隊、第26普通科連隊、第2戦車連隊、第2偵察隊、第2対舟艇対戦車中隊、第2特科連隊、第2高射特科大隊、戦闘部隊は列記このようになっていまして。

 74式戦車も併せて前進する、この翌年から第2戦車連隊には最新鋭10式戦車が配備開始となった、背後の87式自走高射機関砲と重なりが面白い。/師団隷下部隊は更に第2施設大隊、第2後方支援連隊、第2飛行隊、第2通信大隊、第2化学防護隊、第2音楽隊、となっています。そして師団隷下部隊の駐屯地は、この旭川駐屯地と名寄駐屯地に遠軽駐屯地と留萌駐屯地、更に上富良野駐屯地、と道北地方に広がる。

 仮設敵のT-74戦車周辺へ次々と我が攻撃の爆炎を模した着色煙が盛り上がる。/師団警備隊区は名寄警備隊区第3普通科連隊長、旭川警備隊区第2特科連隊長、遠軽警備隊区第25普通科連隊長、留萌警備隊区第26普通科連隊長、上富良野警備隊区同第4特科群長、となります。なお上富良野警備隊区同第4特科群長は方面直轄部隊となっています。

 第1対戦車ヘリコプター隊のAH-1S対戦車ヘリコプターが帯広より航空支援へ飛来しました。/旭川駐屯地の駐屯部隊は、師団司令部と司令部付隊、師団隷下第2特科連隊、第26普通科連隊第4中隊、第2後方支援連隊、第2高射特科大隊、第2施設大隊、第2通信大隊、第2飛行隊、第2化学防護隊、第2音楽隊です。廃止された第9普通科連隊も旭川駐屯でした。

 96式多目的誘導弾システムもAH-1Sとともに対戦車戦闘を継続的に展開してゆく。/隷下部隊は、名寄市名寄駐屯地に第3普通科連隊と第2偵察隊が駐屯、紋別郡遠軽町遠軽駐屯地に第25普通科連隊がいまして、留萌市留萌駐屯地に第26普通科連隊と、空知郡上富良野町上富良野駐屯地に第2戦車連隊と第2対舟艇対戦車中隊が其々に駐屯しています。

 87式自走高射機関砲が陣地変換、我が方の航空攻撃に対し相手からも航空攻撃が我が方へ仕掛けられることを未然に抑止する。/自衛隊の北海道における役割ですが、人口に占める影響も大きいのです。名寄駐屯地に置かれる名寄市は人口28400名、遠軽駐屯地の置かれる紋別郡遠軽町の人口は20800名、留萌駐屯地の置かれる留萌市は人口22200名、上富良野町の人口は11500名となっています。

 96式装輪装甲車が74式戦車の支援を受け前進する、戦車が切り拓いた第一線を装甲車に乗車する機械化普通科部隊が戦果拡張へ向かう。/名寄市は人口28400名、紋別郡遠軽町の人口は20800名、留萌市は人口22200名、上富良野町の人口は11500名、あまり自衛隊を産業の面で観るべきではないのですが、師団普通科連隊の定員は1200名ですので、駐屯地一つが街の存続を左右しているともいえるもの。

 UH-1J多用途ヘリコプターが近接し、普通科隊員と斥候部隊の空輸や負傷者搬送、弾薬などの空輸を行う。/実はこの地域経済への影響が、前述しました第9普通科連隊の廃止改編に影響しました、第9普通科連隊は旭川駐屯地に駐屯しています、これは師団司令部連隊という位置づけで中部方面隊では第3師団が市内の第36普通科連隊、第10師団の第35普通科連隊と同じ。

 75式自走榴弾砲の射撃、自走榴弾砲は弾薬輸送トラックよりも迅速に不整地を突破し展開するため、その補給には空中機動による補給も威力を発揮するでしょう。/しかし、第2師団改編では第9普通科連隊、師団司令部所在地連隊ということでこちらは維持される方針であったのですが、他の駐屯地地元と国会議員与党実力者を巻き込んだ連隊維持の政治圧力が大きくなり、消去法で駐屯地維持に響かない連隊が廃止となった、と。

 99式自走榴弾砲、52口径、つまり155mmの後継の52倍という長大な砲身が醸す迫力が凄い。/実際第9普通科連隊は精鋭中の精鋭連隊だったとのことで、難しい話があったのは分かるけれおも、あの9連隊の廃止は痛かったよなあ、と元第2施設大隊で仙台在住の方がしみじみと語っておられました、部隊廃止は師団全体の隊員士気に非常に大きく響くようです。

 5門の榴弾砲が中隊効力射を展開する、一発の砲弾は長径45mの楕円形に有効弾片を散布し面制圧する。/防衛の面から見ますと、第2師団隷下部隊の駐屯地は即実戦体制です、名寄駐屯地等は自衛隊で最も北に位置する普通科連隊、第3普通科連隊が駐屯していますが情報収集に当たる第2偵察隊が駐屯しています、北の脅威が着上陸の際に即座に情報収集へ迎える態勢だ。

 瞬間!閃光!一喝!衝撃!、この四点が一度に叩きつけられるのが線釈放射撃の迫力だ。/名寄駐屯地一つとってもこれだけではなく、北部方面隊直轄の第1高射特科群第4高射特科群のホークミサイル部隊が駐屯していまして、航空攻撃へ防空の傘を付与できますし、第2特科連隊第2大隊が名寄へ分駐、師団砲兵の長槍を普通科連隊へ常駐させたかたち。

 特科部隊の支援を受けつつ、74式戦車が前進する、この74式戦車は陸上自衛隊で最初にこの第2師団へ配備が開始され、全国へ行き渡っている。/上富良野駐屯地も第4特科群が方面隊直轄部隊として配置されていますが、冷戦時代には74式自走榴弾砲を運用する第117特科大隊が配置、200両が生産された75式自走榴弾砲に加え74式は直接戦闘も視野に含めた105mm砲で師団へ戦闘加入を想定していました。

 中隊効力射、実戦ならば即座に陣地変換を行う、さもなくば反撃を受けるためだけれども、訓練展示では用地制約からそこまではしません。/第102装甲輸送隊という、装甲車の専門部隊も上富良野駐屯地に置かれていまして、これにより普通科連隊へ装甲輸送隊を配属すれば即座に機械化普通科連隊を編成できます、自衛隊の装甲車両不足の苦肉の策とも言われますが、整備と管理を一括化したため、とも。

 更なる戦車小隊が増勢へ戦闘加入する、戦車のもつ威力は今なお陸上戦闘を左右する。/ソ連軍着上陸に際しては即座に戦闘となる事を意味していましたから、本土師団の様に有事の際に普通科連隊へ戦車大隊から戦車中隊と特科連隊から特科大隊を配属して連隊戦闘団を編成し、防衛戦闘に当たる、という悠長なことをやっている時間が無かった、という。

 AH-1S対戦車ヘリコプターが再度対戦車攻撃へ、陸上自衛隊最初の対戦車ヘリコプター隊は北部方面隊の帯広から始まった。/仮想敵国ソ連に備える、第2師団長には豪放磊落な師団長が補職される事が多かったようで、こんな発言を新聞記者を集めた師団長就任会見で堂々と示したり、師団長は有事の際に最終確保地域を保持できない場合には責任とって自決する、という発言の方もいました。

 TOWミサイルに20mm機関砲と70mmロケットを駆使し敵戦車を蹂躙し敵車両や敵歩兵を面制圧する。/実のところ、冷戦時代に第一線にいらしたOBの方の話を聞きますと、そしてなによりも、これは昭和の話ではなく平成に入ってからソ連が崩壊している訳ですから、思うほど昔の話ではなく、日本本土にソ連軍の戦車師団や自動車化狙撃師団上陸の可能性があった、と。

 90式戦車、1500馬力のエンジン出力にものを言わせ遮二無二敵陣地を蹂躙へ向かう、状況はいよいよ最終局面が近づく。/第一線部隊の近接戦闘部隊には憲法問題も何もなく、着上陸した敵が正面に来たらば撃破あるのみ、こんな話を聞いたりもしますと、中央と第一線部隊の距離感というもの、これを同時に視る方々の視点、もう少し考えなければならない、とは毎度の事ながら痛感する。

 空中機動部隊と合わせ空地一体の戦闘を展開する、自衛隊は対機甲戦闘とともに空中機動力を草創期から錬成し続けてきました。/日本を守っているのは自衛隊、と自信を持って言えるのは、アメリカが日本を守っているという傲慢な発言の主がアメリカの大統領選で飛び出したりもしましたが、在日米軍の駆け付けられる地上戦闘部隊は第三海兵師団のみ、重装備では第2師団よりも規模は小さい。

 槍衾という表現が一致する特科部隊の射撃陣地を造園の戦車小隊が超越する、砲塔を油断なく方針を相手に指向する様子が勇ましい。/実際問題、西ドイツのようなアメリカ陸軍機甲師団は日本本土に駐屯していませんでしたし、韓国のソウル北方議政府に駐屯する在韓米軍第2歩兵師団の様に第一線に駐屯していた訳ではありません、最前線の北海道から一番離れた沖縄に駐屯していた訳ですから、ね。

 74式戦車を超越して90式戦車が前進する、北海道最後の74式戦車部隊となった第2戦車連隊ならではの情景だ。/他方、日本を守っていたのはアメリカ軍、という誤認はアメリカ国内に多くあるようですが、そもそも日本国内にも大きく幅を利かせているのではないか、第一線部隊や識者等は別ですが、米軍は日本が憲法上出来ない周辺地域への圧力に加え日本の防衛も担うという。

 遠距離打撃力に対空火力と対戦車火力が一体化し状況に当たる。/自衛隊では広報を平時の実戦という位置づけの下で、積極的に部隊行事等を一般に開放していますが、もう少し、市街パレード等を積極的に行い防衛力について広く誇示し、他国軍事圧力に対して日本の主権と平和主義を守り得る事を示す必要もあるのかもしれません。

 99式自走榴弾砲、砲身は長いが75式自走榴弾砲のような空包射撃に伴う大きな発砲焔は出ないのが少し残念でもあるもの。/90式戦車や96式装輪装甲車に99式自走榴弾砲は確かに強力な装備ですが、国民の理解と心の支援があってこそ、初めてこれらの装備品を部隊として維持することができる、ふとそんなことを思います。装備だけでは部隊は出来ませんし部隊だけでは国土戦を戦えない。

 戦車連隊と特科連隊、敵機甲部隊の反撃を富士その防衛線を瓦解させたうえで戦果拡張へと部隊が集中してゆく。/もっとも、現在、防衛の第一線は南西諸島に焦点が定まり、続々と飛来する中国からの国籍不明機に毎日幾度も緊急発進し、抑止力を支えています。緊張が沖縄に移っただけの実情でして、日本は戦争を放棄しましたが、中国は日本への戦争の圧力を放棄していません。

北大路機関:はるな くらま
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【くらま】日本DDH物語 《第二回》 海上防衛への可能性としてのF-35B艦上固定翼哨戒機

2017-02-11 22:04:22 | 先端軍事テクノロジー
■F-35B艦上固定翼哨戒機
 F-35B艦上固定翼哨戒機、仮に導入されるならば戦闘機という呼称の他にこうした区分が考えられるのでしょうか。

 海上自衛隊がF-35Bを導入する可能性について、現段階ではない、という視点は多くの報道発表や大臣記者会見において繰り返されているところですが、これは海上自衛隊の任務に航空阻止等が含まれておらず、現在の装備でも艦隊防空に対応出来る為、というものです。一昔の弾道ミサイル防衛任務が付与される前のミサイル防衛への姿勢に似ています。

 北朝鮮が1999年に初のテポドンミサイル発射実験を実施した際、イージス艦みょうこう、が追尾に成功しましたが、その少し後、舞鶴地方隊の方の話を聞く機会がありまして、“海上自衛隊には弾道ミサイル防衛を実施する能力はありませんし現段階ではその計画もありません、研究段階です”、とのお話を頂きました。当時任務に含まれなかったという話です。

 小渕内閣時代には弾道ミサイル脅威の顕在化、1993年に初の日本海への弾道ミサイルノドンの実験を実施し、その危険性は考慮され研究だけは為されていた弾道ミサイル防衛が動き出すと共に森内閣時代にアメリカとの協同で一定の方向性が示され、小泉内閣時代に海上自衛隊と航空自衛隊による弾道ミサイル迎撃研究が一挙に部隊編制の段階へ進みました。

 ヘリコプター搭載護衛艦へF-35Bの搭載が検討される可能性ですが、例えば平時における周辺国からの我が国周辺地域での航空母艦による威圧の常態化、例えば航空自衛隊要撃体制の突発的な緊張状態による飽和状態の定期化、といった状況を背景に、政治的にF-35Bを導入する必要性が認識された場合、政治決定としてならば可能性が非常に高くなります。

 F-35BはSH-60K哨戒ヘリコプターとP-1哨戒機の中間程度の費用を要します、これも一機二機搭載しただけでは対応不能で、ひゅうが型ならば哨戒ヘリコプターと併せ甲板係留を含めて8機程度搭載、いずも型ならば12機程度掲載、無理をして短期的に、ひゅうが型11機、いずも型16機、というところが限界でしょうか。すると予備機含め多数必要となる。

 此処までの装備計画の転換となりますと、予算措置の転換となりまして、例えばSH-60K哨戒ヘリコプターの後継としてF-35B艦上哨戒機、として運用するには少々無理がありまして、予算面や教育体系を転換するには、防衛計画の大綱改訂の際に盛り込むなど何らかの政治的な決定が必要となります。これが無い限り自発的にF-35Bの話には言及できない。

 政治がどのように防衛政策を判断するのか、特に不変であるのは我が国海上防衛を維持するために必要な装備体系を維持できなければ、海上防衛が破綻した後に拙速で防衛力整備を再開した場合では逆に多くの費用と人的犠牲を強いられることも忘れてはならず、この部分を防衛当局である防衛省と政治がどのように判断するのかにより左右されるでしょう。

 逆の視点からは政治決定があれば短期で実現する可能性があります、海上自衛隊のF-35B配備の可能性ですが、一昔であれば、海上自衛隊の任務へ弾道ミサイル防衛が付与されたように、防衛環境の変化を受け、政府が必要な予算措置の裏付けを行う事も含めた政治決定があれば、教育訓練着手への海空協力協定や部隊改編等を含め実現するかもしれません。

 勿論中期防単位での期間で準備期間が必要となりまして、回転翼機SH-60Kの操縦要員や固定翼機P-1の操縦要員をそのまま機種転換し、艦上固定翼哨戒機F-35B操縦要員とする訳にはいきません。ただ、海上自衛隊は過去に幾度か航空母艦にあたる水上戦闘艦について、研究を行ったとされます。幾つかはかなり具体的に検討され、政策へ反映されました。

北大路機関:はるな くらま
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平成二十八年度二月期 陸海空自衛隊主要行事実施詳報(2017.02.11/02.12)

2017-02-10 20:17:23 | 北大路機関 広報
■自衛隊関連行事
 寒波またしても日本列島襲来、西日本山間部を中心に平野部まで雪の予報が出ていまして、寒桜花見強行かの可否を検討する今日この頃ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 四日市港にて訓練支援艦くろべ、が12日に一般公開されます。四日市港へ艦艇は伊勢湾掃海訓練に伴い多くの機雷戦艦艇が入港していますので、掃海艇とよしま、掃海艇のとじま、掃海艇くめじま、掃海艇ひらしま、掃海艇ししじま、掃海艦はちじょう、掃海母艦ぶんご、と明日午後から訓練終了を受け出港してゆく予定です。揃った機雷戦艦艇は壮観そのもの。

 伊勢湾掃海訓練が本日まで三重県沖と愛知県沖の伊勢湾を舞台に実施されています。掃海隊群司令湯浅秀樹海将補を訓練統制官としまして、海上自衛隊の機雷戦に関わる戦術技量の向上を図る訓練です。参加規模は艦艇17隻と昨年の安全保障関連法案での注目が集まった伊勢湾掃海訓練よりも小規模となっていますが、一国で実施できる掃海訓練としては世界でも最大規模のものとなっています。

 機雷とは機械水雷、水中に配置する爆発物です。船舶に接触して爆発するものが基本ですが、船舶の音響や船体の磁気を感知して爆発するものや航行に伴う水圧変化を検知し爆発するもの、キャプチャー機雷といって魚雷を抱いている代物もあり、触雷すれば水線下を損傷させる為に簡単に船舶を撃沈させる事が出来ますが、敷設が簡単で極めて厄介なもの。

 日本は海上輸送により経済を支えており国民の食糧も輸入に依存している部分が多く、敵潜水艦や航空機等により敷設されたらば簡単に港湾や航路が閉塞されてしまいます。このため、伊勢湾掃海訓練では、模擬機雷を実際に位置を示さず敷設し、掃海艇が掃海器具という水中ロボットや機雷戦ソナー等を駆使し掃海、という実戦的な訓練を実施しています。

 機雷戦は日進月歩、対抗策に対抗策を重ね、そもそも磁気機雷や音響機雷に感圧機雷はこの対抗策のぶつけ合いから生まれたものですが、近年は磁気機雷に欺瞞する微弱電波中和技術が構築されれば微弱電波検知装置が開発され、これを先んじて発見する水中ロボットの性能が向上すればその高価な機雷処分器具本体を狙う新型機雷が開発され、新型機雷を処理する水中ロボットの廉価版使い捨て処分器具が弾薬扱いで開発、と技術開発に目が離せません。

 さて撮影の話題。カメラバック、雑嚢方式と背嚢方式、ちょっと表現が古すぎますので、今風にデイバック方式とリュックサック方式、この二つに類別されますが、実際のところ、どちらが便利なのでしょうか。デイバック方式のカメラバックはカメラ専門店や家電量販店などで見ますとシェアでは優勢のようですがリュックサック方式も徐々に増加している事は確かです。

 デイバック方式、即座にカメラなどを取り出す事が出来るのですが、肩掛けの方向に重心が寄ってしまうため、どうしても体力の面からはリュックサック方式の方が楽ではあるかもしれません。しかし、撮影機材を取り出す、というカメラバック本来の用途を考えますと、この迅速な撮影記事の展開が左右されてしまう、というものでは本末転倒でしょう。

 リュックサック方式ですと、背中の部分が蒸れる、という難点もあります。他方、例えば移動に折り畳み式自転車を投入する場合、事実上デイバック方式では安定した走行が出来ませんのでリュックサック方式のカメラバックが圧倒的に優位、ということになります。カメラバックの問題、どの方式が便利であるのか、単純ですが長く深い命題の一つです。

■駐屯地祭・基地祭・航空祭
・2月12日:三重県四日市港訓練支援艦くろべ一般公開…http://www.mod.go.jp/pco/mie/

■注意:本情報は私的に情報収集したものであり、北大路機関が実施を保証するものではなく、同時に全行事を網羅したものではない、更に実施や雨天中止情報などについては付記した各基地・駐屯地広報の方に自己責任において確認願いたい。情報には正確を期するが、以上に掲載された情報は天候、及び災害等各種情勢変化により変更される可能性がある。北大路機関
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