北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

ジェラルドRフォード級原子力空母とトランプ大統領のアメリカ空母戦略“新技術の間隙”

2017-03-23 20:13:42 | 先端軍事テクノロジー
■最強空母と新技術の間隙
 ロイターコラムに“トランプ大統領が誇る米空母戦略の「落とし穴」”との興味深いコラムが掲載されていました、価格が高騰する最新空母とその脆弱性について指摘したものです。

 トランプ大統領が強調する航空母艦戦力の強化、ロイターコラムでは現在建造費が最新のジェラルドフォードで130億ドルにまで高騰しており、しかも建造費は予定よりも25億ドル超過している実需を紹介しました。更に二番艦ジョンFケネディの建造が五年も遅れている点を指摘、アメリカ海軍は空母打撃力を重視しつつ、潜水艦脅威への対応が後手に回っています。

 2015年の国際合同演習ではフランスの小型原子力潜水艦サフィールにより空母戦闘群が撃破判定を受けた事を紹介しています、ある意味、アメリカ海軍は高すぎる空母の建造に併せ、イージス艦と同程度の費用で建造可能なヘリコプター搭載護衛艦型の全通飛行甲板駆逐艦、満載排水量18000t程度で航空機を20機程度搭載でき、戦力投射任務と対潜中枢艦となり得るを揃える対潜水艦能力強化施策も並行して行うべきかもしれません。

 航空母艦の脆弱性についてランド研究所などは単なる標的に過ぎない、と指摘するに至っていますが、一方で航空基地のような動くことが出来ない固定目標の弾道ミサイル等への脆弱性に比較すれば、空母機動部隊は展開海域の秘匿性が高く、更に現在アメリカ海軍が運用する大型水上戦闘艦は全てイージス艦、多数の航空機による同時飽和攻撃から弾道ミサイル攻撃まで対処できる、その防御力の高さも無視するべきではないでしょう。

 アメリカの航空母艦、その能力の大きさは複数の戦闘攻撃飛行隊に早期警戒機部隊を併せた空母航空団を多数のイージス艦と共に運用する空母戦闘群としての能力の高さとともに、なによりも空母そのものを新原子力空母ジェラルドRフォードとニミッツ級原子力空母10隻、実に二桁の数が保有されている事に在ります。空母一隻ではアメリカ以外の地域大国空軍力を必ずしも凌駕出来ない可能性は一応ありますが、11隻の原子力空母、空母戦闘群という作戦単位を複数同時展開させられる能力は、きわめて大きなものがあり、この点の認識が必要です。

 ただ、航空母艦の種類については今後一考の余地がある可能性は否定しません。現在の亜アメリカ海軍主力空母はニミッツ級原子力空母ですが、核燃料交換の為に定期的に年単位の炉心交換工事に入る必要がありました。これにより稼動航空母艦の数に原子炉炉心交換工事による入渠という制限が加わる実情があり、最新型のジェラルドフォード級空母は、竣工すれば除籍まで半世紀以上炉心交換工事を必要としない新型原子炉を搭載、この他カタパルトなどの新技術の採用により建造費が増大してしまいました。

 ジェラルドフォード級空母には様々な新技術が反映されているのですが、その新技術が開発途上の技術を採用した事例も少なくない事から建造費を大きく増大させてしま多可能性があるとの事で、実際、前型のニミッツ級空母は同じ原子力推進ながら1975年より順次改良が続けられており、1990年代には50億ドルで建造されていましたので、130億ドルという数値は、如何に最新技術とインフレ率を踏まえても少々コストが管理不能となってしまった印象が否定できません。

 航空母艦へ脆弱性がある事は否定しませんが、単純に戦略爆撃機から投射する巡航ミサイルにより代替出来るような性格のものではありません、しかし、航空母艦は膨大な建造費を要する戦略兵器である訳で、結果的に最優先の予算配分がその建造に話される訳ですが、他の部門、空軍戦闘機や陸軍重師団等の維持費に大きく影響する分野ですので、費用管理を強く求める部門が多い事も否定できず、様々な視点から見てゆく必要があるでしょう。


北大路機関:はるな くらま
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新護衛艦かが(DDH-184KAGA)竣工!海上自衛隊全通飛行甲板型護衛艦四隻体制の完成

2017-03-22 18:44:41 | 海上自衛隊 催事
■くらま,海上防衛任務を完了
 加賀復活。本日、海上自衛隊の我が国海上防衛における歴史的な護衛艦の世代交代が完成しました。

 護衛艦かが、全通飛行甲板型護衛艦いずも型2番艦で、満載排水量27000t、全長248m、全幅38m、艦内の格納庫には14機のヘリコプターを収容可能で、飛行甲板係留を含めれば20機以上の航空機を集中運用可能です。旧海軍開戦時最大の空母加賀の名を踏襲し、排水量こそ加賀に及びませんが、空母加賀全長は238m、これを超える大型護衛艦の誕生です。

 海上自衛隊は、ひゅうが、いせ、いずも、かが、と四隻の全通飛行甲板型護衛艦を揃えるに至りました。全通飛行甲板型の艦艇、軽空母等の水上戦闘艦はイギリスでの垂直離着陸可能な戦闘機ハリアー開発以来、戦術価値が増大し、イギリスやスペインにイタリアやインドにタイ等の各国が挙って建造や改造しましたが、四隻揃える国はありませんでした。

 全通飛行甲板型護衛艦を四隻揃える意味とは、全通飛行甲板型護衛艦の卓越した航空機運用能力を複数方面へ即座に同時展開させる能力を向上的に維持できる事を意味します。海上自衛隊の護衛艦隊にはイージス艦やヘリコプター搭載護衛艦と護衛艦の8隻を基幹とする護衛隊群が四個あり、四隻の全通飛行甲板型護衛艦により各群へ揃う事となった訳です。

 はるな、竣工の1973年から海上自衛隊におけるヘリコプター搭載護衛艦の歴史は始まりました。ヘリコプター搭載護衛艦は米海軍などで空母艦載機として運用される大型対潜哨戒用ヘリコプターを3機集中運用する対潜中枢艦として建造されています。これは対潜哨戒ヘリコプターが海面下直接ソナーを展開させる事で高度な対潜任務能力構築を期しました。

 くらま、海上自衛隊はヘリコプター搭載護衛艦を、はるな型の護衛艦はるな、ひえい以上2隻、続いて、護衛艦しらね型の、しらね、くらま、を建造しました。はるな竣工当時は基準排水量4700tと第二次世界大戦敗戦以来久々の大型護衛艦として建造され、従来の海象名称や河川名称を改め、戦艦榛名を踏襲する山岳名が冠せられた事で意気込みがみえます。

 かが、竣工は、ヘリコプター搭載護衛艦4隻が全通飛行甲板型ヘリコプター搭載護衛艦へ全て転換する一大事業が完了した事を意味します。はるな、は2009年に全通飛行甲板型護衛艦ひゅうが、により置き換えられます。ひゅうが、旧海軍の航空戦艦日向を踏襲する新型護衛艦、その満載排水量は、はるな6800tに対し、ひゅうが19000tと大型化しました。

 はるな、ひえい、しらね、既に除籍され、惜しまれながら、くらま除籍、しらね型くらま、は満載排水量7200tと建造当時では海上自衛隊最大の護衛艦でしたが、いずも型かが、は満載排水量27000tと更に大型化しました。四隻のヘリコプター搭載護衛艦は四隻の全通飛行甲板型護衛艦へ、2009年から2017年までを要し交替する一大事業が、完成した訳です。

北大路機関:はるな くらま
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国家防衛システム:THAADミサイル/イージスアショアシステムの全土ミサイル防衛比較

2017-03-21 20:35:49 | 先端軍事テクノロジー
■THAADvsイージスアショア
 北朝鮮ミサイル開発は単体でも脅威であるのに加え、核実験により核弾頭の脅威とマレーシアで使用されたVXの脅威が重なり、懸念すべき水準です。

 核兵器の運搬手段としての弾道ミサイルは脅威であると共に、弾頭部分へVXを装填し使用されたならば、広範囲が致死性ガスにより汚染されます。この為、ミサイル防衛という施策は、一歩進んだ“国家防衛システム”という機能を求められるに至りました。そこでミサイル防衛のシステム、THAADミサイルとイージスアショアシステム、二つを比較してみることとしました。

 全土防衛に部隊数はどれだけ必要か、について。THAADミサイルとイージスアショアシステム、弾道ミサイル防衛の最新システムにて、日本全土へのミサイル防衛体制を確立するにはどの程度の配備と展開が必要なのかについて。防衛省の試算資料によればイージスアショアシステムは2システム程度で日本全域を防護出来ると試算しています。THAADは6個中隊程度で日本全域を防護できるとのこと。

 迎撃ミサイルの射程は、どれだけ違うのか。THAADミサイルとイージスアショアシステム、運用するミサイルはTHAADミサイルの射程が200km、イージスアショアシステムはイージス艦に搭載されるSM-3を運用し射程は1300kmです。イージスアショアシステムは2システム、THAADは6個中隊程度、日本全土の防空へ必要なシステムの数量相違は迎撃ミサイルの射程によるものと分かります。

 システムユニット費用はどの程度か。イージスアショアシステム1システム当たりの整備費用は800億円程度、THAADミサイル1個射撃中隊当たり1250億円程度の費用を要するとのこと。イージスアショアシステムについてはシステム費用全般ですが建設工費や用地取得費用などは含みません。THAADミサイルについてはAN/TPY-2レーダーシステムと車両などを含めた費用です。

 総事業費はどの程度異なるか。イージスアショアシステム1システム800億円で2システムの事業費用は1600億円程度となります。THAADミサイル1個射撃中隊1250億円程度で6個中隊を要しますので7500億円程度となる。THAADミサイル7500億円程度に対し、イージスアショアシステム1600億円程度と、純粋に費用面だけを見ますとイージスアショアシステムの方に利があるといえるでしょう。

 二つの装備の特色について。イージスアショアシステムはセンサー部分がイージス艦と同じシステムですので、海上自衛隊のイージス艦運用ノウハウを多少応用できます。THAADミサイルは可搬式の弾道ミサイル迎撃システムですので、必要な地域へ自走し展開する事が可能となりますし、当面は2セットを入間基地と饗庭野分屯基地に配備し首都圏と若狭湾原発地域と京阪神中京地区を防護するという施策が可能です。

 運用部隊は何処になるのか。イージスアショアシステムはイージスシステムである為、運用は海上自衛隊となります。THAADミサイルについては都市防空任務が航空自衛隊であるため、運用もこちらが濃厚でしょう。予算はBMD関連費用から捻出される為、双方、P-1哨戒機整備事業とコンパクト護衛艦量産、F-35調達事業とFS-X次期戦闘機事業、直接を圧迫するものではありませんが、間接的に圧迫し、また人員は派遣しなければなりません。

 THAADミサイルとイージスアショアシステム、どちらが理想か。イージスアショアシステムは固定式であり飽和攻撃に曝される脆弱性を考慮すればTHAADミサイルが理想となりますが、整備費用が4.7倍近く大きい為、調達するには無理があります。ただ、将来的に老朽化する護衛艦こんごう型について、後継艦建造後にSPY-1レーダー等を陸上へ移設し、イージスアショアシステムと出来れば費用を圧縮できるでしょう。

北大路機関:はるな くらま
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南スーダンPKO自衛隊撤収,国際情勢転換期における次世代国連PKOの模索と日本の役割

2017-03-20 20:09:37 | 国際・政治
■第一世代型PKOへの再評価
 南スーダン自衛隊撤収が決定し五月末には完了します。これを以て日本が参加するPKO任務は全て終了する事となります。

 自衛隊は南スーダン撤収後、PKOの全てを完了する訳ですが、世界を見渡せば、日本のPKO任務完了は世界中から戦争の脅威がひと段落し、諸国民が等しく自己実現に向け平和な営みの端緒に就いたわけではありません。そこで、今回は日本の撤収後の模索とともに国連PKOを取り巻く情勢変化へ、如何にPKO任務が対応し得るかを考えてみましょう。

 国連南スーダンPKO、南スーダン支援団UNMISSは南スーダンでの事実上の内戦状態により、新国家建設という国連安保理決議はインフラ整備等の支援事業から国連防護部隊を主体とした文民保護へと転換しました。これに応じ我が国では安全保障協力法制整備をもって限定的に駆け付け警護任務として戦闘地域における自国民や国連部隊等の救出が可能となりました。

 南スーダン自衛隊撤収は、国連が求める部隊と日本が提供できる部隊の不一致により、任務が終了した事が挙げられます。自衛隊は人道支援を前提として施設部隊派遣を基本とする派遣体制を維持したのに対し、国連は加盟国へ地域防護部隊派遣を求めています。自衛隊の派遣は南スーダン派遣施設隊であり、地域防護部隊に当たる戦闘部隊を派遣していません。しかし、地域防護部隊を派遣しない一歩引いた視点を持つ日本だからこそ提示できる役割がある筈です。

 日本の役割、単純に国連へ追随するばかりが選択肢ではありません。その上で、我が国は南スーダン情勢の変化へ地域防護部隊を派遣するか、撤収するか。南スーダン情勢は首都ジュバ市内において反乱軍戦車部隊と政府軍戦闘ヘリコプターが戦闘を展開、この戦車と戦闘ヘリコプターの交戦を政府は“衝突”と表現し、自衛隊は派遣部隊日報に“戦闘”と記載していたとして、現在国会において “南スーダン日報問題”、交戦を衝突か戦闘か、安保神学論争、が久々に行われたのはご承知の通りです。

 第四世代型PKO.国連憲章での位置づけは2002年の東ティモールPKO以降、従来の国連総会が主導し安全保障理事会が追認する決議方式から、安全保障理事会の強制力を持つ安保理決議七章措置により実施される、国連憲章上の国連軍に近い法的根拠を以て派遣される方式へ転換しており、実のところ駆け付け警護問題等は2016年に法整備されましたが、2002年までに決着をつけるべき問題でした。

 しかし、第四世代型PKOは、国連が求められる平和と安全への責務への任務需要への転換点を迎えているのではないでしょうか。第四世代型PKOは、総会主導で行われる第三世代型PKO、内戦後等破綻国家の国家創造支援や分離独立紛争後の独立支援、を従来のPKOに求められた停戦監視任務等に加えたPKOへ派遣決議を総会主導から安保理主導へ転換したものですが、内戦後の国家創造支援等の任務は現在、それ程多くありません。

 国際情勢は転換期にあるといえます。国際情勢を見ますと、ソマリア沖海賊事案が2012年以来五年ぶりに発生しました、海上自衛隊が海賊対処任務部隊を派遣するアデン湾、そのアデン湾を経てソマリアの対岸に位置するアラビア半島のイエメンでは難民船襲撃事案がやはり先週発生、ソマリアのアッシャバーブ勢力の伸長とイエメン内戦により、中東地域とアフリカ地域の不安定要素が顕在化しつつあります。

 しかし、国際平和維持活動へ参加する我が国の周辺情勢もそれ以上に緊迫化しており、冷戦後最大規模での対領空侵犯措置任務や艦艇哨戒任務の任務需要が増大すると共に、弾道ミサイル防衛、島嶼部防衛任務付与、北方での米ロ対立を契機とした脅威再興、東日本大震災を契機とした南海トラフ地震対処、部隊も装備も新任務への対応に注力し従来装備が縮小されたなか、自衛隊には現状、その余裕がありません。

 シリア内戦やイエメン内戦、悲惨な内戦が続き人道支援が求められる状況は現在存在しますが、残念ながら国連PKOが関与し、平和執行として戦闘地域を安定化させるPKO任務は第二世代型PKO、最初で最後となったUNOSOM2,国連第二次ソマリア活動においてPKO部隊が大損害を受け撤収した事例があり、踏襲できません。仮に実施する場合、PKOではなく国連からの授権決議に基づく有志連合が主体となるでしょう。

 中東アフリカ地域での悲惨な内戦への国連が実施できる選択肢は皆無かと云われれば、難民支援や受入国模索と難民キャンプ運営という受動的な文民支援という視点に限れば有り得るもので、国連PKO部隊が派遣される可能性として挙げられる、イエメン内戦終結後の暫定統治機構設置による民主選挙支援、シリア内戦終戦後のインフラ再建支援、どちらも遠い先の任務となるのではないでしょうか。

 次世代国連PKOの模索が必要となる。即ち、国連平和維持活動は、この情勢変化に際し、敢えて原点回帰を目指す必要は無いのか、特に平和執行として武力紛争へ直接関与し平和安定化を国連が当事者となる危険を冒して、例えば数十万の人々を救うよりも、実のところ需要な任務が示されつつあるように思えてなりません。即ち、国連PKOが期する次の段階は原点回帰、シリア内戦停戦後の調停やウクライナ東部紛争への関与による大国間の衝突回避です。

 PKO,重要な事例は草創期、1956年、スエズ危機、エジプトのスエズ運河国有化宣言に反発するイスラエルとイギリスフランスの戦争に際し、この地域の不安定化に乗じて、ソ連軍がエジプト支援で参戦する可能性が出てきました。この場合、後の核兵器国となる核保有国参加国が直接戦火を交える事となり、中東地域での戦闘がそのまま第三次世界大戦へ発展する危機が生じ、第一次国際連合緊急軍 UNEF I展開します。

 現在のウクライナ東部紛争、シリア内戦、この二つの紛争はスエズ危機に端を発する第二次中東戦争と、大国間の直接戦闘が発生する危機が生じた点で共通点があります。特に安全保障理事会常任理事国が拒否権を発動すればこの地域の現在進められている安保理決議国連憲章七章措置に基づくPKOは派遣できませんが、国連事務局の予算権限に基づく国連総会の決議へ安全保障理事会が追認する方式を取れば、草創期のPKOは派遣可能です。つまりは、第一世代型PKOへの再評価、というもの。

 第一世代型PKOへの再評価、という視座から考えてみましょう。第三次世界大戦の危機を回避する、という視点から国連平和維持活動を再検討し特にウクライナ東部紛争ではロシアからの国籍不明武装勢力越境作戦と欧州安全保障協力機構OSCE監視団への妨害工作、シリア内戦ではISIL掃討における、シリア支援ロシア軍と欧州中東有志連合という異なる指揮系統の下での軍事作戦が展開しており、不測の事態が生じかねず、停戦監視が可能な段階となれば、再度PKOが求められるかもしれません。

 停戦監視はPKO、最初の任務となった第一次中東戦争停戦に伴う国際連合休戦監視機構 UNTSO以来、第一次世代型PKOの本来任務で、大国排除原則に基づき軽武装のPKO部隊を受け入れ国の同意に基づき、停戦監視に充てると共に武力紛争当事者への関与を最大限回避し、停戦状況を安全保障理事会へ報告するというものでした。無理に地域安定化部隊を送るのではなく、有志連合へ授権し、PKOは停戦監視に徹する、という案です。

 停戦監視は地道な監視哨群での長期任務という印象がありますが、今日、例えば無人航空機や遠隔無人監視システム、沿岸監視レーダー等による広範囲の偵察が可能となっており、例えばこの分野であれば、遠隔操縦システムや無人機偵察システムを用いて日本も協力が可能です。国連平和維持活動は国連の責務である国際の平和と安全への関与増大を目指す事務局の姿勢が、地域紛争増大の時期へ直接介入を忌避した各国に委任される形で拡大した要素が第四世代PKOへと拡大しており、此処で一つ、踏みとどまってみる選択肢を、今回敢えて撤収した我が国として提示する選択肢はあり得るかもしれません。

北大路機関:はるな くらま
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【日曜特集】築城基地航空祭二〇一三【2】大空に響く九州イーグルの咆哮(2013-10-27)

2017-03-19 20:17:54 | 航空自衛隊 装備名鑑
■F-15イーグルの妙技
 築城基地航空祭二〇一三、九州北部に展開された航空祭の様子を築城基地の歴史と共に振り返ってみましょう。

 航空自衛隊創設と共にまずは要員教育を行わなければなりません、航空自衛隊へは旧海軍航空隊と旧陸軍航空隊の精鋭の生き残りが集められましたが、残念ながら零戦や紫電改や飛燕や疾風は優秀な戦闘機でしたが、旧軍にジェット機操縦経験者はほとんどいません。

 旧軍にはロケット戦闘機秋水やジェット機として特殊攻撃機橘花等が開発はされていたのですが、ドイツのメッサーシュミットMe262のような戦闘機部隊はありませんでした、故に位置から教育する必要があり、築城基地要員はまず臨時芦屋派遣隊での教育から始まる。

 1955年に臨時芦屋派遣隊を臨時築城派遣隊へ改称し、築城基地へ移駐を開始しました。何より草創期、沖縄は勿論アメリカ占領下にあり、奄美諸島も小笠原もアメリカが占領中、西部航空方面隊発足前の状況です。朝鮮戦争が停戦になったのが漸く1953年なのですから。

 亜音速戦闘機F-86を運用していましたが、当時世界の戦闘機は超音速戦闘機が基本となっていました、航空自衛隊は次期戦闘機選定を本格化させたのが1957年、F-86戦闘機の運用が開始直後の時期ですがアメリカは1954年に超音速戦闘機F-104を初飛行させています。

 世界初の超音速戦闘機F-100が初飛行を果たしたのは1953年、翌1954年にはソ連軍も初の超音速戦闘機MiG-19の初飛行に成功しており、航空自衛隊が創設されたその年に既に米ソ両陣営が超音速戦闘機を揃えていたのです。教育訓練を大車輪で進めなければならない。

 現在でこそ、航空機開発は年単位の研究開発と部分試作が進められていますが、これは戦闘機が操縦システムと兵器システムの整合を重視するようになったためで、この当時は機械工学の高出力エンジンを空力特性優れた機体にはめ込む事で短期間に完成していました。

 航空自衛隊は1956年にF-100戦闘機の導入を計画し、次期戦闘機選定が本格化しました。ただ、F-100戦闘機は戦闘爆撃機としての能力も兼ね備えた多用途戦闘機であった為、平和憲法を含めた政治的な問題が生じ、F-100を含め選定そのもの一旦は白紙撤回されています。

 次期戦闘機へは、超音速のロッキードF-104,レーダー搭載型迎撃専用のノースアメリカンF-100J,艦載機転用のグラマンG-98-J11,軽戦闘機計画ノースロップN-156F/F-5A,候補はこのように並びました。ここで内定したのが当時開発中のグラマンG-98-J11戦闘機です。

 グラマンG-98-J11は空母艦載機F-11Fの改良型で高性能レーダーを搭載し高い運動性を兼ね備えた最新鋭戦闘機、という計画であったのですが、試作が進みますと超音速飛行出来ないという深刻な問題が露呈します、超音速戦闘機が超音速飛行できないのでは困りもの。

 実は初期の超音速戦闘機には得てしてこうした問題が付きまといます、グラマンG-98-J11は超音速飛行できない事が問題となりましたが、アメリカ空軍の次期戦闘機として開発されたコンベアF-102も同じく超音速飛行が試作機で出来ず、その後改良に苦心しました。

 F-102は1953年に試作機が墜落、1954年に試作機のYF-102が初飛行しましたが、この時点でレーダーと火器管制装置が未完成、その上超音速飛行が機体形状の失敗で出来ず、YF-102Aとして改良の末に漸く実用化出来た頃にはより高速のF-104が進空していました。

 1958年に航空自衛隊は航空幕僚長を団長とするアメリカ次期戦闘機調査団を派遣し、1959年にもこの渡米調査団派遣は二度目となりましたが、実際に戦闘機に搭乗した上で機種選定を実施、要撃に必要な加速性が特に優れているとして、F-104戦闘機の採用が決定します。

 1959年、春日基地に西部航空司令所が新編されます、西部航空司令所は九州西日本の戦闘機部隊や高射部隊を包括し運用する司令部で、これがのちに西部航空方面隊へ改編されます、ただ、この時代はまだレーダーサイトの米軍から自衛隊への移管が始まったばかり。

 築城基地へ、航空自衛隊草創期の1959年に第16飛行教育団されると共に1964年には新田原基地からF-86戦闘機を運用する待望の要撃飛行隊、第10飛行隊が移駐してきました、実戦部隊移駐と共に航空管制と整備補給部隊を包括した臨時築城航空隊が誕生します。

 新田原基地では第17飛行教育団が戦闘機要員を造成している時期ですが1960年に千歳基地より第6飛行隊が移駐してきまして、これにより要員教育のマザースコードロンとする事が可能となった為1962年に第10飛行隊が新編され、この部隊が築城へ移駐しました。

 1960年に新田原基地へ東北の松島基地より第5航空団が移駐しまして、これにより航空教育体系に余裕が出来ましたが、此処が築城基地への戦闘機部隊配置を加速させた訳です、防空能力整備と共に東西冷戦はベルリン封鎖等を経て徐々に激化、日本も緊張漂ってくる。

 1961年、西部航空司令所を西部航空方面隊へ拡大改編、九州の防空が現在の形へと転換してゆきます。1961年、同じく西部航空警戒管制団が新編され、高尾山分屯基地や下甑島分屯基地と福江島分屯基地に見島分屯基地と海栗島分屯基地や背振山分屯基地が隷下に入る。

 西部航空警戒管制団が新編され、高尾山分屯基地や下甑島分屯基地と福江島分屯基地に見島分屯基地と海栗島分屯基地や背振山分屯基地のレーダーサイトが一つの防空網に統合化わけですが、戦闘機は主として昼間戦闘機で要撃管制は基本的に音声、初期の初期でした。

 1964年は日本では東京五輪に沸いた一年であり東海道新幹線開通の一年であった訳ですが、同年さらに新田原基地より第6飛行隊が築城基地へ移駐、臨時築城航空隊へ加わります。こうして第6飛行隊と第10飛行隊を基幹として臨時築城航空隊は第8航空団へ拡大される。

 第6飛行隊は新田原基地第5航空団第6飛行隊を移転したもので、現代のような既存部隊の再配置というものではなく、飛行隊を新編するには既存飛行隊での要員教育を強化し、一定の操縦要員と整備要員が揃えば戦闘機や整備器材と共に新しい飛行隊を新編していた。

 第8航空団新編は1964年の年末にずれ込んでしまいましたが、こうして西部航空方面隊隷下には新田原基地の第5航空団、築城基地の第8航空団、二個航空団画要撃体制を完結させました。当時のF-86飛行隊は24機編成で、航空団へは50機の戦闘機が配備された。

 F-86戦闘機を運用する第8飛行隊に対し、超音速戦闘機F-104Jが1961年に初飛行を果たします、230機のF-104が航空自衛隊へ配備されました、超音速ながら翼面荷重特性等から小回りに難点があり、運用には苦慮も伝えられるものの三菱重工でも生産されています。

 F-104ですが、千歳基地第2航空団第201飛行隊と第203飛行隊、新田原基地第5航空団第202飛行隊と第204飛行隊、小松基地第6航空団第205飛行隊、百里基地第7航空団第206飛行隊と配備が進められたものの、結局、築城基地へは最後まで配備されていません。

 一方、九州の防空は1967年に春日基地へ第2高射群が新編、ナイキ地対空ミサイルによる防空体制が整備され、従来の高射砲から近代的な防空体制が順次整備されると共に、1969年よりバッジシステムの導入によって防空管制も一挙に自動化、近代化されてゆきました。

北大路機関:はるな くらま
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【くらま】日本DDH物語 《第六回》 Y委員会の対潜掃討部隊案,ボーグ級護衛空母貸与要請案

2017-03-18 20:07:24 | 先端軍事テクノロジー
■吉田・リッジウェイ合意
 新護衛艦かが竣工はいよいよ来週22日水曜日となりました。しかし全通飛行甲板への最初の構想は非常に古く、海上自衛隊創設前まで遡る事が出来ます。

 ヘリコプター搭載護衛艦はるな型の護衛艦はるな、ひえい、ヘリコプター搭載護衛艦しらね型の護衛艦しらね、くらま、海上自衛隊は四隻のヘリコプター搭載護衛艦を1973年から1981年に掛け建造しました。大型水上戦闘艦へ艦砲と大型ヘリコプター3機を集中運用する四隻は、第一世代型ヘリコプター搭載護衛艦と区分でき、現在くらま、のみ現役です。

 全通飛行甲板型護衛艦として2009年より、ひゅうが型ヘリコプター搭載護衛艦の護衛艦ひゅうが、いせ、続いてヘリコプター搭載護衛艦いずも型の護衛艦いずも、が竣工し来週にも二番艦かが、が竣工、護衛艦くらま、と交替しヘリコプター搭載護衛艦が世代交代します。ひゅうが型は満載排水量19000t、いずも型は満載排水量27000tと大型化しました。

 しかし、海上自衛隊創設へ向けての日米交渉において、早い時期から我が国へは全通飛行甲板型の艦艇導入が模索されていました。勿論、ヘリコプター搭載護衛艦のようなものではなく、当時の対潜戦闘における重要な洋上母艦、護衛空母、この貸与をアメリカ海軍へ要請していたといわれ、極東地域での戦力空白を憂慮したアメリカは真剣に検討しました。

 Y委員会、内閣直属の特務組織であり、当時の吉田茂首相と連合国軍最高司令官マシューリッジウェイ大将との間でのフリゲイト18隻と上陸支援艇50隻を貸与することでの海上警備能力再建と米軍供与艦艇配備の調整機関として1951年に発足、旧海軍高級士官8名と海上保安官上層部2名が委員を務めました。当時は朝鮮戦争中であり海上防衛は急務でした。

 アメリカ海軍主体の海上自衛隊創設交渉、この調整にあたった日米Y委員会では、ボーグ級対潜空母へ対潜哨戒用ヘリコプターとグラマン固定翼対潜機を搭載すると共に旧海軍の阿賀野型軽巡洋艦を原型とする防空巡洋艦を建造、複数の護衛駆逐艦と共に対潜掃討部隊を構築する案が朝鮮戦争とソ連潜水艦脅威を睨み、船団護衛用に真剣に検討されました。

 Y委員会の中心は旧海軍省第二復員局部課長級で、海軍再建へ報告書“新空海防衛力建設について所見”をアメリカ極東海軍司令部に提出しました。航空機1800機及び艦船28万tと要員10万名規模の空海軍兵力を8ヶ年で整備、吉田茂首相とマシューリッジウェイ大将の合意、フリゲイト18隻と上陸支援艇50隻の貸与はあくまで第一段階との位置づけです。

 阿賀野型軽巡洋艦は基準排水量6000トンを基本として15cm連装砲3基と61cm四連装魚雷発射管2基および水上機2機を搭載する水雷戦隊旗艦用として要求され、基準排水量6600tの船体を持て建造された大戦時の艦です。阿賀野、能代、矢矧、酒匂と建造されましたが酒匂を除き戦没、酒匂は原爆実験標的艦となり戦後に戦没しまして、新造の構想です。

 ボーグ級航空母艦は基準排水量7800tの護衛空母で、大戦中に45隻が量産され大半がイギリスへレンドリース法に基づき貸与されたものです。護衛空母とは正規空母よりも小型で速力を抑えつつ量産性を重視し、特に船団護衛任務に際し、空母艦載機による対潜哨戒を行う用途の艦艇ですが、大戦後半は海兵航空部隊の母艦となり、対地攻撃に用いられます。

北大路機関:はるな くらま
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平成二十八年度三月期 陸海空自衛隊主要行事実施詳報(2017.03.18/03.22)

2017-03-17 20:51:41 | 北大路機関 広報
■自衛隊関連行事
 年末よりも忙しい印象が強い年度末、皆様いかがお過ごしでしょうか。今週末の自衛隊関連行事、練習艦隊と来週の新護衛艦かが竣工などについて。

 練習艦隊、今年も近海練習航海と外洋練習航海の季節がやってまいりました。近海練習航海とは第67期一般幹部候補生課程修了者等の初級幹部に対し、艦上での訓練作業等を通じ、更に続いて実施される遠洋練習航海に連接するために必要な基礎的事項を修得させるべく行われる訓練で、三机や神戸、佐世保に中城、大湊と小樽や舞鶴等を艦隊で巡航します。

 外洋練習航海は第69期飛行幹部候補生課程修了者が参加する練習航海で、訪問国との友好親善の増進を図る目的などを兼ねて、マレーシアのコタキナバルとヴェトナムのカムランを巡航します。飛行幹部候補生課程修了者は遠洋航海には参加せず、外洋練習航海を経て小月航空基地や鹿屋航空基地にて飛行幹部として必要な航空搭乗員としての操縦課程へ進みます。

 江田島、3月18日に両部隊は揃って江田島を出航、その様子は幹部候補生学校卒業式と出港までの様子を江田島から見る事が出来、卒業式の終了時間と共に岩国航空基地や鹿屋航空基地、小松島航空基地や嘉手納基地より祝賀飛行の海上自衛隊機とアメリカ海軍機が編隊飛行、続いて練習艦隊が一斉に出港する様子、その迫力は中々のもの、江田島へは広島宇品港より高速船が運行されています。

 近海練習航海部隊は、練習艦隊司令官眞鍋浩司海将補隷下の練習艦かしま、練習艦やまゆき、護衛艦はるさめ、以上3隻が参加し、外洋練習航海は第1練習潜水隊司令羽渕博行1佐隷下、護衛艦ふゆづき、練習潜水艦みちしお、以上2隻が参加します。近海練習航海部隊は練習艦かしま、練習艦やまゆき、護衛艦はるさめ、揃って神戸港に来週入港予定です。神戸寄港は3月21日から3月23日まで。

 新護衛艦かが引渡式と自衛艦旗授与式が実施されます。3月22日1030時から1400時まで横浜磯子のジャパンマリンユナイテッド横浜磯子工場にて執り行われ、遠藤昭彦艦長へ横須賀地方総監道満 誠一海将から自衛艦旗が授与されます。新護衛艦かが、は護衛艦いずも型二番艦で満載排水量27000tのヘリコプター搭載護衛艦、就役後は自衛艦旗を返納する護衛艦くらま、と交替し佐世保基地へ配備される事となります。

 かが出港は1345時から1405時まで 出港見送りとなっていまして、この引渡式と自衛艦旗授与式は一般非公開行事となっていますが、ジャパンマリンユナイテッド横浜磯子工場の対岸には横浜磯子海釣り施設がありまして、磯子駅から路線バスにて展開可能です。対岸までは距離があるのですが、満載排水量27000tのヘリコプター搭載護衛艦はそれを越えて巨大です。

 さて。三月は年度末、本年は過去最大規模での南西諸島への中国大陸からの国籍不明機の飛来により対領空侵犯措置任務緊急発進が爆発的に増大し、南西諸島から九州を経て西日本へ及ぶ国籍不明機の活動が冷戦時代の最大規模に迫る勢いでしたが、同時に三月と云えば東日本大震災の追悼、そして三月の翌月、四月と云えばあの熊本地震の発災からまもなく一年を迎える、という節目でもあります。

 自衛隊の駐屯地祭や航空祭に艦艇一般公開、当方は旭川から那覇まで足を運びましたが、そのうち稚内分屯基地から与那国分屯地まで幅広く足を運びたいと考えるところです、けれども、出先で様々な人と会話を重ね、お教えを乞い、得難い時間を過ごし、一期一会、となったそののち数年後、その周辺が大災害に襲われてしまいますと、考えさせられる。

 東北方面隊記念行事などは自衛隊の観閲行進の規模では最大級という事で何度か足を運びましたが、50周年記念行事の翌年が東日本大震災でした、佐世保を中心に散策しますと台風や土砂災害に熊本地震など、報道を思い返すたびに、あの人たちは大丈夫なのだろうか、基地祭の前日に、航空祭の夜にお酒を酌み交わした地元の方々、息災なのだろうか、と。

 大規模災害の度に、緊急地震速報の度に、まあ、日本列島の地形と位置を考えますと、災害が発生する事は運命的なものなのですけれども、考えさせられるものです。ただ、再開する事が出来ますと、規模の大きな行事では一期一会が基本なのですけれども、中々弾んだお話を重ねる事が出来ますね。中には達感か諦観なのか災害慣れした凄い人もいますが。

■駐屯地祭・基地祭・航空祭

・3月22日:護衛艦かが引渡式・自衛艦旗授与式…http://www.mod.go.jp/msdf/formal/info/news/201703/20170307-02.pdf
・3月21日・22日・23日:神戸港近海練習航海部隊寄港…http://www.mod.go.jp/msdf/formal/info/news/201703/20170314-03.pdf
・3月18日:江田島近海練習航海部隊外洋練習航海部隊出航…http://www.mod.go.jp/msdf/formal/info/news/201703/20170314-03.pdf

■注意:本情報は私的に情報収集したものであり、北大路機関が実施を保証するものではなく、同時に全行事を網羅したものではない、更に実施や雨天中止情報などについては付記した各基地・駐屯地広報の方に自己責任において確認願いたい。情報には正確を期するが、以上に掲載された情報は天候、及び災害等各種情勢変化により変更される可能性がある。北大路機関
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防衛省,日本全土弾道ミサイル防衛網整備を試算 THAADミサイルとイージスアショアを比較

2017-03-16 20:18:59 | 先端軍事テクノロジー
■顕在化する北朝鮮核攻撃を警戒
 防衛省が北朝鮮の核開発とミサイル演習増加を受け、最新型迎撃ミサイルTHAADミサイルと陸上配備型イージスシステムのイージスアショアの導入による日本全土弾道ミサイル防衛網整備を試算しました。

 弾道ミサイル攻撃、1993年の日本海への北朝鮮軍ノドンミサイル発射事案、1998年のテポドンミサイル太平洋発射事案、これらを受け政府は日本本土へのミサイル防衛体制整備を進めまして、主として防衛拠点や指揮中枢等を防衛するペトリオットミサイルPAC-3とイージス艦から運用するSM-3迎撃ミサイルにより一定水準の防衛体制を整備しました。

 自衛隊のミサイル防衛は、イージス艦とペトリオットミサイルPAC-3により整備されていますが、イージス艦は艦隊防空が任務でありミサイル防衛に専従する場合、現在のイージス艦では数が足りず、ペトリオットミサイルも元々は射程100kmの対航空機用であるものを、レーダーシステムの流用により拠点ミサイル防衛用に用いられているのが実情です。

 ミサイル攻撃へは特に弾道ミサイルは速度が大きく迎撃が難しかった為、策源地攻撃、特に航空攻撃などによりミサイル発射施設そのものを破壊する事が永らく唯一の対処法でした、代えて相手側が都市部への攻撃を実施した際に、巡航ミサイル等により敵中枢への直接攻撃を加える態勢を構築し相手に思い留まらせる報復的抑止力、という施策もあります。

 新しい段階の脅威、として我が国が全土へのミサイル防衛網の整備を急ぐ背景には、北朝鮮の核開発があります。中枢を防護する現在のミサイル防衛システムでも、核弾頭を搭載した弾道ミサイルが首都等中枢外縁に落下した場合は現在運用のPAC-3では迎撃射程外となりますが、その核爆発は弾頭の規模にもよりますが、熱線と爆風で中枢を破壊し得ます。

 日本全土へのミサイル防衛体制を確立するにはどの程度の費用を要するか、イージスアショアシステムは1システム当たりの整備費用は800億円程度、2システム程度で日本全域を防護出来ると試算しています。THAADは可搬式の弾道ミサイル迎撃システム、1個射撃中隊当たり1250億円程度の費用を要し、6個中隊程度で日本全域を防護できるとのこと。

 THAADミサイルは終末高高度防衛ミサイルを意味し、陸上配備を基本とし、M-1120HEMTT重輸送車両により機動展開可能です。現在航空自衛隊ではペトリオットミサイルPAC-3を都市防空に用いていますが、PAC-3とTHAADの最大の違いは射程です。PAC-3は拠点防空用であり射程は15km程度ですが、THAADは150kmから200kmに達する。

 ペトリオットミサイルPAC-3は落下する最終段階にある弾道ミサイルを一定以上の高度で直撃破砕し、重要施設、例えば指揮中枢や拠点航空基地等への落下を阻止するものです。都市防空ではなく、10km四方、行政中枢や防衛中枢と人口密集地の中心部への落下を阻止し、その周辺部へ落下させる事がペトリオットミサイルPAC-3の想定する本来の用途です。

 都市防空が自衛隊ミサイル防衛最大の任務です、するとペトリオットミサイルPAC-3ではその役割を果たす事が出来ませんが、我が国防衛予算ではTHAADを導入するには限界を超えていたほか、我が国への弾道ミサイル脅威が顕在化した時代、THAADミサイルシステムはアメリカ陸軍において開発中、当時はTHAADを導入できる見通しが無かった訳です。

 日本本土防空を考える場合、首都防空は入間基地へTHAADを展開させ、AN/TPY-2レーダーシステムを高台へ展開させる事で、東京と横浜をはじめとした首都圏一帯を防空可能です。現在、自衛隊は首都圏の入間に習志野と武山および霞ヶ浦へ配備していましたが、PAC-3の射程では都心を防護不能で、防衛省本省へ市ヶ谷派遣隊を展開させています。

 イージスアショアサイトとは陸上型SPY-1レーダーシステムとSM-3ミサイル用VLS24基により構成される陸上配備弾道ミサイル防衛システムです。既に幾多の弾道ミサイル迎撃試験により実績のあるイージス弾道ミサイル防衛システムを陸上型として再構成し、欧州配備弾道ミサイル防衛能力段階的向上アプローチEPAAに基づき開発されたものです。

 欧州配備弾道ミサイル防衛能力段階的向上アプローチEPAA、この計画はオバマ政権時代に欧州への中東独裁国家からの弾道ミサイル攻撃から在欧米軍基地と同盟国を防護するべく開発が進められたもので、これはブッシュ政権時代の欧州ミサイル防衛構想をオバマ政権が継承し、最初のイージスアショアサイトは2015年5月、ルーマニアに完成しました。

 SM-3迎撃ミサイルを用いるイージスアショアサイトは続いて東欧ポーランドへ建設予定、加えてイージスアショアサイトとデータリンクする目としてTHAAD迎撃ミサイルシステムのAN/TPY-2レーダーシステムをトルコへ配備、イランからのミサイル攻撃を警戒するものです。計画当時、イランは核開発と弾道ミサイル開発を継続中、重大な脅威でした。

 艦隊防空艦であるイージス艦も欧州配備弾道ミサイル防衛能力段階的向上アプローチEPAAの一翼を担っており、具体的にはアメリカ海軍よりBMD対応型イージス艦4隻をスペイン地中海側のロタ基地へ前方展開させ、ルーマニアとポーランドのイージスアショアサイトと共に地中海沿岸諸国を標的とする弾道ミサイル防衛に充てる事となっています。

 日本本土防空へイージスアショアサイトを採用した場合、取得費用ではTHAADミサイルシステムよりも安価に収まるとの評価が防衛省により算出されました。イージスシステムは海上自衛隊では1993年の護衛艦こんごう就役以来、長い運用実績がありますし、イージスアショアサイトならば、護衛艦と異なり航海等への人員や船体整備負担等もありません。

 問題点として、イージスアショアサイトは動けないのです。陸上配備型ですので当然といえば当然ですが、イージスアショアサイトそのものが巡航ミサイルや弾道ミサイルの飽和攻撃により無力化される可能性があります。ミサイル防衛部隊の軍事上でのポテンシャルが大きくなり、ミサイル攻撃の標的となる為、イージスアショアサイトの防護が必要です。

 THAADミサイルシステム、イージスアショアシステム、共に核兵器による恫喝へ日本そのものが核戦力を整備する事は事実上できませんので、必要な装備ではあるのですが、一方、ミサイル防衛能力を極めて高度な水準へ高める事は、欧州へのミサイル防衛システム配備での、ロシアの欧州核戦力との相互確証破壊が失われるとして反発した歴史もありました。

 しかし、フランスとイギリスが核兵器国であり核兵器シェアリングとして前方展開を受け入れていた欧州と、1994年に韓国から核地雷の撤去を受けて以降、核戦力を撤去し核兵器国も核保有国でもない我が国とは事情が異なり、この部分は周辺国から理解を得る事も不可能ではないと考えられますが、少なくとも現在の予算では導入は難しく、導入の決心へは必要な施策を入念に調整する必要があります。

北大路機関:はるな くらま
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【京都幕間旅情】東山花灯路と法観寺八坂の塔,京の早春は宵の口に花と灯る東山の路地を巡る

2017-03-15 22:41:00 | 写真
■法観寺八坂の塔と東山花灯路
 日常の中の非日常を探す、それは香辛料のような日々の幕間の新鮮さへの探索路でもあります。東山花灯路、本年も今月3日から12日まで京都の宵の口を美しく彩りました。

 法観寺八坂の塔、東山花灯路としまして仄かな光が夜闇に示される様子、中々幻想的でして、足繁く散策するに相応しい風景です。法観寺八坂の塔と親しまれる五重塔は1440年の造営で高さ49m、祇園から見上げる東山ランドマークタワーといったところでしょうか。

 八坂の塔がどのくらいランドマークタワーかといわれますと、戦国時代に上洛の夢がかなった戦国武将たちが八坂の塔へ家紋の幟を掲げ誇示したといいますので歴史は長く、戦国大名は支配を誇示し、街の人々は新しい御のぼりさんがまた恥ずかしいことやってる、と。

 東山花灯路、京都東山で初春を告げる恒例行事となっています。ほんのりと灯る石畳の夜道が点々と遠くまでを照らす風景は、東京駅でも京都観光を勧める東海道新幹線の広告にも描かれており、この古都を強く印象付ける数多い風景の一つなのかもしれませんね。

 常夜灯の様に美しく彩る事の宵の口ですが、東山花灯路は毎年毎日毎晩行われているのではなく期間限定です。そして東山花灯路は法観寺八坂の塔界隈が五重塔という優美な伝統建築に浮かび上がる為、また、八坂神社からも足を運びやすいのですがもっと場所は広い。

 法観寺よりももっと上った知恩院と青蓮院のあたりから東山花灯路は始まっています、そして知恩院道と円山公園のしだれ桜とを八坂神社の界隈を廻るように続きまして、楽しいのは敢えて雨天の日を選び石畳に照らされる灯火の中を散策する、という趣向でしょうか。

 円山公園では竹灯篭が幽玄の川として展示、下川原町通りから高台寺ねねの道に沿い栗田神社、大雲院祇園閣、大谷祖廟、勝利摩利支天尊天、圓徳院、八坂金剛寺、妙法院門跡とこの界隈にある寺社仏閣はこんなにもあるのか、と毎度の様に発見を楽しみながら続く。

 清水寺が東山花灯路の到達点でして、清水坂や茶碗坂と産寧坂も東山花灯路により彩られています、ただ、全てを一度に散策するのは時間もかかりますし、週末などには物凄い人々の散策が集い混雑、並行する東大路通に沿って市バスを利用し移動する事もいいでしょう。

 五智如来を本尊とする法観寺は臨済宗建仁寺派の寺院で、歴史は古く592年に聖徳太子がお告げを受け釈迦の舎利三粒を奉じる仏塔としてここに創建された、と伝わります。ただ、平安遷都以前からある寺院には伝承の検証が難しく、7世紀頃の造営との研究もあるという。

 渡来氏族八坂氏がこの地域を領地としていましたので、八坂の塔という呼称からこの地域が八坂氏の所領であった7世紀頃という歴史と照らし合わせますと、法観寺の造営の時代を割り出す事も出来ますが、やはり詳細な資料は見つかっておらず諸説あるようですね。

 法観寺は薬師堂には本尊薬師如来とともに日光菩薩と月光菩薩、そして夢見地蔵菩薩や十二神将像が奉納されています、しかし、興味深いのは八坂の塔は不定期ではありますが、内部を拝観する事が出来るというもので五重塔が通常公開されるのは全国的に稀有という。

 東山花灯路を撮影する際には長時間露光として三脚から撮影する手法が多く、通行の邪魔とならないように道の端側に写真愛好家、当方も含め並び撮影します。興味深いのは長時間露光により露光時間が長いと、通行人が写真中を流れてしまい写り込まないのですよね。

 高台寺夜間特別拝観や清水寺夜間特別拝観の時期とも重なる東山花灯路、仕事を終えた後に少しだけ散策するにも丁度良い立地ですし、京阪祇園四条や阪急河原町駅に地下鉄東西線からもすぐ立ち寄る事が出来ます、日常の非日常、平日の旅情は中々楽しいものですよ。

北大路機関:はるな くらま
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南スーダン撤収!自衛隊PKO任務完了を政府決定、国連は各国へ地域防護部隊増強要請

2017-03-14 23:32:38 | 国際・政治
■自衛隊派遣部隊UNMISS撤収
 陸上自衛隊は南スーダンでのPKO任務を完了し、五月末にも撤収を完了するとのこと。

 UNMISS国連南スーダン支援団、スーダンから独立した南スーダンの新しい国家創造を国連がインフラ整備や選挙支援を以て支援するべく各国がPKO部隊を派遣、自衛隊も内陸部にある南スーダンへ隣国ウガンダのエンデべ空港等に中継点と輸送調整部隊を置きつつ部隊を派遣しました。現在は第11次派遣隊として、青森第9師団を中心とした施設部隊が派遣中です。

 南スーダン情勢は日々悪化の報道がAFPやロイターのトップニュースに並びますが、特に昨年七月、副大統領派部隊がT-72戦車を中心に首都ジュバ市内にて蜂起、政府軍がMi-24戦闘ヘリコプターを派遣し航空攻撃により制圧するという一幕がありました、政府はこの状況を戦闘ではなく衝突、としてPKO部隊派遣に影響はない、という解釈を行いましたが、状況を不安視したPKO派遣各国はBMP-2装甲戦闘車等重装備を派遣しています。

 情勢悪化前に撤収する、これは妥当です。今回の撤収は昨年九月ごろから水面下で撤収を模索して来た、菅官房長官は定例記者会見において発言しており、少なくとも情勢悪化を受けての緊急の撤退ではありません。今後自衛隊は撤収支援部隊を派遣すると共に建設工機等の一部装備品を南スーダン政府へ譲渡する事となっており、南スーダン政府からはこれまでの自衛隊活動と支援へ謝意が表明されました。

 自衛隊の南スーダン派遣はいつまで継続されるのか、転機となったのは現在の派遣期間満了となる三月末を前に、これまで派遣期間終了二か月前には提示された派遣延長の閣議決定が行われず、PKO任務完了を宣言しての自衛隊撤収へ繋がる可能性が出てきたところです。特に各国が国連からの地域防護部隊派遣要請へ重装備の展開を持って応えたのに対し、自衛隊では重装備派遣を慎重に避けてきました、しかし情勢が悪化すれば軽装備では対応できません。

 撤退では無く撤収、此処に大きな意義があります。仮に情勢が悪化した場合に自衛隊だけが撤収する状況となれば、自衛隊宿営地は南スーダン唯一の国際空港であるジュバ空港に隣接しており、自衛隊の撤収は宿営地共同防護任務全般を危機に陥れる事となります。しかし、撤収として着々と準備を行ったうえで部隊を引き上げるのであれば、PKO全体でも自衛隊撤収後の準備が出来ますので、話は別です。

 安倍総理は治安の悪化が理由ではなく、施設整備がいったん終了したことを受けての撤収となります。治安悪化ではなく政策的判断であり、併せて自衛隊が撤収することは南スーダン国内において活動する邦人NGO職員の保護などにも影響が生じます。しかし、政府は国連が新たに4000名の地域防護部隊の派遣を決定していることから、国連により邦人保護任務の代替が可能となる、との見通しも併せて示しました。

 地域防護部隊の派遣、この総理の発言は、解釈次第では現在国連が求めているPKO部隊は地域防護部隊であり、地域防護任務は自衛隊でも安全保障関連法整備により一定の関与は可能となりましたが国際貢献任務における本来任務ではなく、緊急避難的に実施されるもので、地域防護任務のために南スーダンへの派遣を行っているわけではなく、重ねて派遣される部隊が施設部隊であり、近接戦闘を担う普通科部隊ではない点からも読みとれるでしょう。

 自衛隊の任務は南スーダン独立に伴う新国家建設への施設整備、これは派遣期間延長を繰り返しました中でも不変です。この中で必要な施設整備を実施しましたが、施設周辺と自衛隊宿営地以外での活動は偶発的衝突、戦前の日本語では戦闘といいますが、衝突に巻き込まれる可能性がありますので、可能となった施設整備は完了した、という視点が考えられます。

 国連としては今回の自衛隊撤収をどのように受け止めているのでしょうか。国連は広報官報道会見において自衛隊の南スーダンでの活動への謝意を表明するとともに、自衛隊の撤収後における自衛隊に代わる派遣国を早急に探したい、との発言がありました。即ち、国連との調整は一定程度行われていたのでしょうが、自衛隊撤収を受け、この代わりとなるPKO部隊を派遣する加盟国はまだ目処が立っていない事を示したにほかなりません。

 日本のPKOですが、今回の南スーダンPKO撤収とともに一段落します。1992年のPKO協力法制定と共にカンボジアPKO任務を開始して以降、我が国はほぼいずれかのPKOへ支援要員を派遣してきましたが、長期参加となっていたゴラン高原PKO任務がシリア内戦の激化を受け終了し、今回南スーダンPKOの終了を以て参加するPKOが一時的にとだえるのです。

 ただ、PKO協力法制定当時と比較し陸上自衛隊は三万名近い人員が縮小される一方、南西諸島島嶼部防衛や大規模災害対処、北方脅威再興という情勢変化があり、人員に余裕がありません。特に陸上自衛隊では人員規模をほぼ増加させないまま、4000名規模の水陸機動団を新編し島嶼部防衛への専門部隊創設を急いでおり、実際のところ350名規模のPKO部隊、交代要員や予備要員の準備も含めての負担は中々小さくないものがありました。

 南スーダン情勢ですが、今後の展開は不明です。南部は反政府勢力の勢力圏となっており、小野地域へ南スーダン政府が食糧供給を止めている為、飢餓の兆候が出始め、首都ジュバの国連基地内に設置された文民保護地区に多数の市民が避難している状況で国連は戦後最大の人道危機が南スーダンやイエメン等の地域で進行中として警鐘を鳴らします。こうした状況へ先進国としての日本は何らかの対応を行う事を世界は求めていますが、今後は別の形での安定化への方策を模索する事となります。

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