熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

国立劇場・・・文楽:通し狂言「仮名手本忠臣蔵」(1)

2016年12月19日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   国立劇場の文楽「通し狂言 仮名手本忠臣蔵」は、千穐楽の公演を聴いた。

   今回の「通し狂言 仮名手本忠臣蔵」は、多少、省略はされてはいるが、次のプログラムで、朝の10時半開演で、夜の9時35分終演と言う意欲的な公演で、文楽ファンにとっては、大変な幸運で、連日満員御礼であった。
   通して一気に鑑賞すると、この浄瑠璃のスケールの大きさと作劇の妙に感嘆しきりで、源氏物語や平家物語にしてもそうだが、日本文学の素晴らしさを痛いほど実感する。

   通し狂言 仮名手本忠臣蔵
   大  序   鶴が岡兜改めの段・恋歌の段
   二段目   桃井館本蔵松切の段
   三段目   下馬先進物の段・腰元おかる文使いの段・
        殿中刃傷の段・裏門の段
   四段目   花籠の段・塩谷判官切腹の段・城明渡しの段
   五段目   山崎街道出合いの段・二つ玉の段
   六段目   身売りの段・早野勘平腹切の段
   七段目   祇園一力茶屋の段
   八段目   道行旅路の嫁入
   九段目   雪転しの段・山科閑居の段
   十段目   天河屋の段
   十一段目 花水橋引揚の段

   余談ながら、4年前に、大阪の文楽劇場で、この通し狂言「仮名手本忠臣蔵」が上演されたので出かけて、同じように1日通して聴いた。
   住大夫は出られなかったが、源大夫が早野勘平切腹の段を、嶋大夫が山科閑居の段を語った。
   咲太夫は、前回も今回同様、塩谷判官切腹の段と祇園一力茶屋の段の大星由良之助を語った。
   人形遣いについては、ほぼ、前回を踏襲している。
   変わっているのは、前回には省略されていた、十段目 天河屋の段が、上演されたことである。

   その前に、この国立劇場で、10年前の9月に、通し狂言が上演されて、住大夫が、山科閑居を語り、簑助が、由良助を遣い、その最中に、初代玉男が逝った。
   この時も、凄い舞台で、感激して観ていた。

   さて、まず、今回、上演された十段目 天川屋の段だが、歌舞伎の第3部には加えられていた前半の「人形まわしの段」が省略されていて、直接、「天河屋」が上演されていたので、これだけでは、離縁など女房お園との関係などが分かり難かった。
   もう一つ、歌舞伎のところで書いたのだが、元の浄瑠璃の通りに、義平が、どっかと座って、「天河屋義平は、男でござる」と見得を切った長持ちから、由良助が、登場すると言う上演形式になっていて、こんな狭いところにどうして潜り込めたのかなど、どうも、しっくりと行かなかった。
   義平も承知の上での策だと思って義平の表情を観ていたのだが、由良助が、義平に向かって、「サテ驚き入ったる御心底、・・・」と言っており、自身も驚いていたので、シチュエーションなり作者の意図が分かっても、どうも、納得できない。
   あれほど、おかるや勘平、加古川本蔵と言う傑出した創作の人物を紡ぎ出して大作を創り上げた作者が、何故?・・・と思うと不思議である。

   当初、歌舞伎の忠臣蔵を見始めた頃には、何故、関係のない加古川本蔵が登場するのか、それも、主役で、・・・と思って違和感があったのだが、この頃では、この九段目が、一番よく出来ていて、最も好きな段でもあり、いつも、楽しみに観ている。
   本蔵も言っているのだが、まかり間違えば、自分自身が、大星由良助になっていたのであるから、謂わば、赤穂事件外伝の創作版バリエーションと考えても不思議ではなかろう。

   冒頭の大序、二段目、三段目で語られているが、高師直のあくどさと嫌がらせに耐えられなくて、殺害を意図して殿中で事件を起こそうとしていたのは、塩谷判官ではなくて、若狭助であって、その家老の本蔵が、一旦は、すっぱりとやりなさいと嗾けておいて、裏から過分の賄賂を高師直に献上して懐柔して、毒気を完全に抜いて難を救っただけなのである。
   橋本治が書いているが、総務系管理職と言うところで、今なら許されないが、当時なら、当然の家老の才覚であり、由良助が獅子身中の虫と言って誅伐する九太夫が原郷右衛門を責めるように、吝嗇では無理で、金銀を以て面を張らなければならないこともあろう。
   どうしようもない悪玉の師直が、若狭助に心外ながら詫びを入れて屈辱に耐え抜いたその直後に、横恋慕して、ものにしたい一心で口説いた顔世に拒絶の歌を、こともあろうに、夫の塩谷判官から渡されて怒り心頭に達して、おっとりとした日和見的で危機意識の欠如した塩谷判官に恨み辛みの矛先をむけての悪口雑言、そこは、坊ちゃんで育ちは良いが根が短気な判官が、切れてしまって刃傷に及んだ。
   塩谷株式会社の危機管理の欠陥が引き起こした悲劇なのである。

   さて、先に、勘三郎が、お石は、本当に本蔵が憎くて小浪を嫁として迎えたくないのだと言っているのを紹介したが、浄瑠璃の大詰めで、戸無瀬とお石の和解のシーンで、お石が、「玉椿の八千代までも祝われず、後家になる嫁取った、・・・このような目出度い悲しいことはない。・・・こういうことが嫌さにナむごうつらういうたのが、さぞ憎かったでござんしよのう。」と述懐している。
   やはり、瞬時に若後家になるのが分かっていて、嫁にするのは可哀そうと言うことであろうことかもしれないが、
   いずれにしろ、本心は、愛憎半ば、綯交ぜであったのであろうと思う。

   歌舞伎にはないのだが、その後、お石は、小浪の手を取って力弥のところへ導き、二人が寄り添ったところで、三々九度の盃を交わさせる。
   ”・・・これや尺八煩悩の枕並ぶる追善供養、閨の契りは一夜限ぎり。心残して立ち出ずる。”
   本蔵は、こと切れ、由良助は出立し、力弥と小浪は閨に向かう。

   山科閑居の幕切れ、文字久太夫の浄瑠璃と藤蔵の三味線の名調子が、観客を魅了する。
   勘十郎の本蔵、玉男の由良助、玉佳の力弥、和生の戸無瀬、勘彌の小浪、簑二郎のお石、
   雪転しの義太夫は、松香太夫と喜一朗、山科閑居の前の浄瑠璃は、千歳太夫と富助、
   絶好調であった。
   
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