熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

ジョセフ・E・スティグリッツ著「.ユーロから始まる世界経済の大崩壊」(3)

2016年12月12日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   ユーロは、ヨーロッパ各国の緊密度が高まり、経済面での統合深化が、経済成長を加速し、経済統合の深化と、その結果である政治統合の深化が、ヨーロッパの平和を担保してくれると言う願望をこめて創設された。
   しかし、希望的観測では、政治が経済に追いつく筈だったが、協調行動を組織化して、統一された声を有効活用しようとする共通認識やコンセンサスの不在によって、分断が進み、”民主主義の赤字”が膨らむにつれて、経済統合のペースが政治統合を置き去りにして、その可能性が、どんどん、萎んでいった。
   政治統合のペースを上回る経済統合・・・グローバル化・・・は失敗する、と言う教訓をユーロは残した。と言うのである。

   しかし、もっと、基本的な要件は、経済不振に陥った国は、完全雇用に復帰するためには、金利を引き下げて消費と投資を刺激する、為替レートを切り下げて輸出を刺激する、財政政策を通じて歳出増と減税を行う、と言う三つのメカニズムを取る筈だが、ユーロ圏の共通通貨は、最初の二つを封じ、収斂基準が歳出減と増税を強いて最後の手段の財政出動まで封じており、構造的不況にも追い打ちをかけられた不況下のEU経済の再生手段を、マヒ状態にしてしまっている。
   更に、新自由主義のイデオロギーに導かれた誤った経済政策である不況下の”緊縮財政”政策によって、需要の拡大と成長戦略をないがしろにして、危機国をはじめとしてヨーロッパ経済を、一層、弱体化させてしまった。と言うのである。

   言うなれば、設計の優れた経済システムに内蔵されている自動安定化装置(ビルトイン・スタビライザー)ではなく、このEUの収斂基準などは、景気下降への対応を妨げ経済悪化の自動的な仕組みを築き上げた自動不安定装置として作用している。
   新自由主義のユーロ擁護派は、不況による高い失業率は賃金の下落に繋がり、低い賃金は物価の下落に繋がり、この「対内切り下げ」によって、輸出が増えて輸入が減り、自然の力で自動的に修正されると考えていたのだが、逆に、価格の下落が企業収益を圧迫し、賃金の下落が需要を減退させて、更に、EU経済を悪化させた。

   また、通貨同盟の心臓部である欧州中央銀行(ECB)の働きが劣悪で、ヨーロッパが高失業とデフレと物価下落を懸念する状況下でも、ECBの使命は、インフレ抑制のみに限定されていて、その統治方式にに欠陥があることは、”民主主義の赤字”を観れば明白だと、スティグリッツは言う。
   アメリカのFRBが、失業対策や金融市場安定化をより重視する内部改革を進め、政策が不平等に及ぼす影響まで検討し始めるなか、1992年のマースリヒト条約通りのインフレとの戦いのみに対し、奉仕すべき参加各国の市民の利益や認識ではなく、ECB関係者の利益と認識と合致しており、更に、政治的な意思決定を行いながらも、民主的な説明責任さえ欠如している。と言う。
   スティグリッツは、「不平等を拡大した欧州中央銀行」と言う章で、更に、「賃下げを推進したECB]「ギリシャとアイルランドへの脅し」「大手銀行の利益優先という縛り」「成長と雇用の後まわし」「犠牲にされた経済弱国の市民」などのサブタイトルで、ECBを糾弾している。

   ギリシャの経済危機やグレグジット(Grexit)問題の時には、非常に心配もして、このブログでも私見を書き、ギリシャの債務減免などドイツが譲歩しないとギリシャは立ち直れないと書いた。
   ドイツやトロイカなどは、危機当事国の根源的な構造欠陥・・・硬直化した労働市場、ぬぐえぬ汚職体質、脱税者と怠惰な浪費家の巣窟・・・を非難し、労働組合の力を弱めさせたり、労働法や租税法を改正させたり経済の仕組みを”改革”すれば、ふたたび、成長路線へ戻れる。と考えて、ギリシャに極めて厳しい対応を迫っていた。
   確かに、野放図な花見酒の経済に酔いしれたラテン気質の甘さはあったかもしれないが、スティグリッツの説明を読んでいると、EUの成り立ち、そして、ユーロシステムそのものに、危機的な状況を惹起する元凶がビルトインされていて、ギリシャは、その犠牲者として血祭りにあげられたのだと、言う感じである。

   トロイカによって設計されたプログラムは、事実上、援助と引き換えに、経済主権の大部分を、”加盟国仲間”に譲り渡せと要求し、危機当事国に貸与された資金に、厳しい条件と行程表を付けて返済を迫り、その条件の重要事項は、マクロ経済政策と構造改革であった。
   不況に苦しむ国々の経済に、健全性を取り戻す最善の方法は、緊縮財政だとして、1929年の株価大暴落の時に、フーバー大統領が、緊縮財政策を採用して、世界大恐慌を引き起こしてしまった失敗の轍を踏ませた。
   構造改革については、輸出品の価格下落で貿易を活性化したくても、通貨切り下げ手段を封じられている以上、賃金と商品価格を下げて、効率性向上のために経済を”再編”する必要に迫られたが、更なる経済環境の悪化を惹起するだけであった。
   ギリシャなどに強いられたトロイカの構造改革は、如何に誤った経済理論に基づいた熾烈なものであったかを、スティグリッツは、「いかにしてトロイカ政策は、危機当事国を不況へ落とし込んだか」と「失敗の上塗りをする構造改革」で、克明に説明している。

   スティグリッツが、この本「THE EURO」で展開している理論については、それほど、異質感はないが、基本的には、新自由主義、市場原理主義的な経済理論に裏打ちされたEUなりユーロ擁護者に対するケインジアン的な経済理論からのユーロ批判だと思うのだが、経済学に関しては、決定版と言うべき学説がないので、非常に判断が難しい。
   この本で、スティグリッツは、非常に意欲的な「柔軟なユーロ」などユーロ改革論を展開していて、非常に興味深い。
   ギリシャについては、グレグジット(Grexit)の方が良いと言う理論を展開していて、私もそう思っており、次稿で考えてみたいと思っている。
   
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2 コメント

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ユーロの是非 (えぼし)
2016-12-12 23:25:33
フォーリン・アフェアーズ・リポート2016年12月号にプリンストン大のアンドリュー・モラフチークによる「ヨーロッパを待ち受ける忌まわしい未来―― もはや衰退は回避できない」にギリシャ財務相バルファキスとアドバイサーのガルブレイスの書籍とあわせて紹介されていました。
Andrew Moravcsikの論文 (中村晴一)
2016-12-13 20:08:56
Andrew MoravcsikのHPより、“Europe's Ugly Future: Muddling Through Austerity,” Foreign Affairs (November/December 2016).を取得しましたので、読んでみます。有難うございました。

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