熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

ウィリアム・H・マクニールほか著「世界史 Ⅱ」共生関係の再構築

2017年05月03日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   先日、本書において、著者たちの重要な提言は、格差解消の問題であったと書いたが、もう一つもっと注目すべきは、都市化の進展によって失われてしまった長年村落で培われて来た共生関係を新たに作り直す必要があると言う指摘である。

   この本の最後の文章は、
   二十世紀の主要な社会的変化は都市化と人口増加だった。5000年かそれ以上にわたって平均的な人間が経験してきたのは村落の生活で、文化的な挑戦や変化が生じるのは主に都市だとしても、イデオロギー、制度、習慣はいずれも、、まずは農村で発達したのであった。現在、人類の多くが経験しているのは、匿名性を帯びた非個人的な都市生活だ。この都市化は、・・・既存の政治の構造に対してだけではなく、支配的な宗教、イデオロギー、世界観芋大きな圧力をかけていた。社会的、政治的、心理的、倫理的、生態学的な意味で、大都会での生活に適応せざるを得ないことが、私たちの時代における深刻な問題の一つであることには間違いない。
   と言うのである。

   科学と社会の大変化によって、20世紀に入って、急速な人口増と並行して都市化の進展が顕著となった。
   都市化によって、道徳、宗教、アイデンティティ、政治、野心、教育、健康、娯楽など、人間を取り巻くあらゆる局面に影響を与え変化を引き起こした。
   それまでの人間は大抵の地域で、村落と言う場で、共同生活を送るすべを徐々に身に着け、あらゆる交流が個人同士の対面で行われ、どの人物の評判を誰もが知っており、対立を抑制するための風習が発展していた。
   ところが、都市においてはこうした風習や抑制が消滅し、掠奪的な振る舞いを思い止まらせるのは、法律、警察力、道徳教育だけになってしまい、都市に暮らしながら、円滑で安定した社会的関係を確保する方法や満足のいく道徳基準は、まだない。

   マクニールは、
   人類が長期にわたって生き延びて行くためには、顔と顔を突き合わせるような原初的コミュニティが、すなわち、私たちの祖先が所属していた、構成員が共通の意味や価値や目的を持ち、誰にとってもーーどんなに貧しくても、不運な者にとっても――人生が生きるに値するものであるコミュニティが必要だと言う。
   人類の未来にとって、最も重要な課題は、現在の人口、富、権力を維持している、世界を覆うグローバルな流れの中で、どうすれば、細胞の様な原初的なコミュニティが、こうした流れを妨害せず、また妨害もされることなく生き延び繁栄できるのかと言うことで、もう一度、共生関係を新たに作り直す必要がある。と説いているのである。

   尤も、マクニールは、自分の予感だとして、人類の回復能力は想像する以上に大きいことが明らかになるであろうと語って楽観視はしている。
   公序良俗が秩序と安寧を維持し自ずから人々の幸せのために機能するような市民社会を構築できると言うことであろうか。
   凄まじいほど波乱に富んだ激動の人類の世界史を読んだ後なので、余計に、人類の幸せとは、一体どんなことなのか、人類がそのために闘い抜いてきたはずなのだが、考えざるを得ない心境である。

   トインビー以来の大歴史学者のマクニールの人類の始まりから説き起こした壮大な世界の歴史であるから、5000年の村落と言う場で培われた原初的コミュニティーが、何を意味するのか、私には、もう一つ定かではないのだが、このような高邁な思想と言うか哲学で締めくくっている歴史書に、感激を覚えている。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« ウィリアム・H・マクニールほ... | トップ | アマゾンの商法・・・「アマゾ... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

書評(ブックレビュー)・読書」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。