熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

国立劇場・・・3月歌舞伎「通し狂言 伊賀越道中双六」

2017年03月20日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   

   義太夫狂言の名舞台ながら、戦後の上演が二回しかなかった「岡崎」(山田幸兵衛住家)が、平成26年12月国立劇場で、44年ぶりに上演が実現した。
   初代中村吉右衛門が演じた唐木政右衛門を、当代の吉右衛門が継承し、これまでとは違って、「沼津」ではなく、「岡崎」をメインとした通し狂言として上演されて、非常に好評を博したので、今回は、配役も殆ど変えずに、再演されたのである。
   前回と違っているのは、「大和郡山誉田家城中の場」が、「相州鎌倉円覚寺の場」に代わったことである。
   歌舞伎の作品で初めて「読売演劇大賞」大賞・最優秀作品賞を受賞し多と言うことで、劇場ロビーに、トロフィーが展示されていた。
   
   

   何故、上演が途絶えていたのか。
   上村以和於さんの説明によると、
   ”仇討ち遂行のために幼いわが子の首を斬ると言う行為の不条理を、悲劇の表現とみるより前近代的な野蛮な行為と見做す近代主義の解釈が拒んでいたのが最大の原因だった。”と言うことである。
   さてどうであろうか。人気歌舞伎の名舞台である「寺子屋」や「熊谷陣屋」などで、忠義のために自分の子供を殺す舞台があるのだが、現実的な殺害の場はないものの、「伽羅先代萩」の御殿の場では、政岡の面前で、実子千松が、八汐に嬲り殺される残光なシーンが展開される。
   尤も、この「岡崎」では、良い人質を取ったと喜ぶ幸兵衛の面前で、間髪入れずに、”政右衛門ずっと寄って幼子引き寄せ、喉笛貫く小柄の切先”と言う惨忍極まりない仕打ちに出るのであるから、問題なのかも知れない。
   苦悶の表情で、吉右衛門の政右衛門は、左手で寝かせたわが子已之助を右手に握った小柄で一気に刺殺し、”死骸を庭へ、投げ捨てたり”と言うことで、人形であるから良いものの、実際の子役であったら、観ておれないであろう。

   もう一つ、
   ”ギリシャ劇などを通じ、演劇上の残虐行為を皮相的に見ない現代の観客の成熟も、上演を可能にした半面がある。”と言う指摘である。
   イギリスに居た時に、RSCの公演で、バービカン劇場で、「オイディプス王」を観たのだが、やはり、観るに堪えない程残酷だったが、ギリシャ悲劇は、ギリシャ悲劇であって、
   ”アリストテレスによれば、ギリシア悲劇はディオニュソスに捧げるディテュランボス(酒神讃歌)のコロス(合唱隊)と、その音頭取りのやり取りが発展して成立したものだという(ウィキペディア)”ことで、必ずしも、残虐なものばかりではない。
   それに、ギリシャ悲劇は、悲劇の舞台のみならず、オペラでも映画でも、沢山上映されていて、44年前と特に変わっているわけでもないし、観客の成熟や「岡崎」とは、何の関係もないと思う。

   能の舞台でもそうであろうが、名曲でありながら、色々な事情で、上演されなくなって、長い年月を経て再上演されたり、復曲されたりするケースがある。
   再上演なり復曲上演のためには、大変な勇気とエネルギーなり熱意が必要だろうと思うのだが、上演する側にも鑑賞する側にも、受け入れる準備が出来なくなっているのだから、相当なプロモーターの出現が必要であり、それが、国立故の国立劇場であるから、可能になったと言うことであろう。
   それに、今回、前回のオリジナルメンバーが、更に、磨きをかけて演じると言うことであるから、役者が揃わなければ、上演できないような高度な芝居であると言うことでもあろう。

   さて、舞台だが、今回は、渡辺数馬と荒木又右衛門が数馬の弟の仇である河合又五郎を伊賀国上野の鍵屋の辻で討った「鍵屋の辻の決闘」を彷彿とさせる「伊賀上野 仇討の場」が終幕で上演されているので、やっと、「伊賀越道中双六」の結末が見えてほっとする。
   舞台は、岡崎から、一気に伊賀上野まで飛ぶのだが、「伏見北国屋の段」が続いて、「伊賀上野敵討の段」となり、
   ”急ぎ行く されば唐木政右衛門、股五郎を付け出し、夜を日に 継いで伏見を出で、伊賀の上野と志し 心もせきに 北谷の四つ辻にこそ入り来る”と言うことになって、決闘が展開される。
   貫禄があり過ぎて一寸優雅さには欠けるが、政右衛門の吉右衛門の雄姿と、大悪の風格を漂わせた沢井股五郎の錦之助と颯爽とした和田志津馬の菊之助との流れるようなエネルギッシュで鮮烈な立ち回りが素晴らしい。

   今回の通し狂言の見どころは、やはり、「岡崎」すなわち「三州岡崎 山田幸兵衛住家の段」である。

   志津馬は、奪った書状を使って股五郎に成りすまして、娘お袖(米吉)の許嫁であったことを幸い、股五郎に味方する幸兵衛から情報を得るため、幸兵衛(歌六)の家に宿泊する。
   関所破りで、追われる身の政右衛門が役人と戦っているのを見て、自分と同じ新陰流の達人であることを見抜いて家に入れて語ると、幸兵衛は、十五歳まで養育していた愛弟子の庄太郎と分かり、妻のおつや(東蔵)と温かく迎える。
   幸兵衛は、庄太郎が政右衛門であることを知らずに、股五郎の味方を頼むのだが、股五郎の居場所が分かると思って偽って承諾する。
   その時、雪の降りしきる中を、乳飲み子を抱えた政右衛門の女房お谷(雀右衛門)が、門口に倒れこみ、政右衛門は、素性を悟られまいと、必死になって、無関心を装って、煙草を刻み冷たくあしらうのだが、おつやが、乳飲み子を家に入れて温めてやる隙に、門口に出てお谷をいたわり、股五郎の居場所が分かる大切な時なので、一丁南の辻堂に居てくれ、死ぬなよと送り出す。
   乳飲み子の守りの中の書付に、『和州郡山唐木政右衛門子。巳之助』と書いてあり、人質だと喜ぶ幸兵衛の前で、政右衛門は、おつやから已之助を奪って、人質を取るような卑怯な真似はしないと、一気に刺殺して庭に投げ出す。
   その時の政右衛門の一筋の涙を見た幸兵衛が、総てを察して、志津馬が、聞いている股五郎と年配恰好などがあまりに違っていたので疑問を感じており、敵味方の二人を対面させると、二人はびっくりしたので、政右衛門と志津馬であることを悟る。
   二人の様子に納得した幸兵衛は、股五郎の行方を教える。
   忍んできたお谷が、変わり果てた乳飲み子已之助をかき抱いて断腸の悲痛。
   契りを交わした娘お袖が、”籬の小蔭より、思ひ切髪墨染の、袈裟に変りしそぎ尼姿”で現れて、幸兵衛は、お袖に、股五郎が逃げ行く中仙道への案内に立たせる。

   前述の筋書で、舞台の熱気と、役者たちの至芸が彷彿とする筈。
   とにかく、吉右衛門を筆頭にして、歌六、東蔵、雀右衛門、錦之助、菊之助の素晴らしい演技は、特筆もので、凛々しい忠臣の佐々木丹右衛門とコミカルタッチの助平を演じた又五郎と初々しくて美しく実に魅力的な乙女を演じぬいた米吉の熱演は、感動的である。
   名演を演じた雀右衛門と歌六は、歌舞伎座の公演と掛け持ちと言う大車輪の活躍、二人とも、素晴らしい舞台を見せて魅せてくれた。
   

   2年前のポスター
   
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