熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

竹森俊平著「資本主義は嫌いですか」・・・金融システムの危機

2008年09月23日 | 政治・経済・社会
   2000年に、ロンドンのシティのセント・ポール脇から、対岸のサザックのテートモダンにかけて一直線の超モダンな「ミレニアム・ブリッジ」(口絵写真)が架けられ、エリザベス女王の参列のもとに、オープニング・セレモニーが実施された。
   ところが、そこに参集した何万人もの観衆が橋を渡りだすと、橋は突然、激しく振動し始めた。
   風に揺られたか何かの拍子に体勢を整えようとした観衆の動きが、他の観衆に波及して、誰もが橋の揺れに抗すべく同じ動きをし始めて、そのシンクロナイズされた動きが、益々同方向に増幅され、限界の1ヘルツの横揺れをオーバーした結果大変な大揺れになったのだと言う。
   設計者は強風など外世的要因によって橋が横揺れする危険性は十分計算に入れて設計したのだが、このような歩行者による内生的に揺れが増幅するメカニズムは計算に入れていなかった。
   軍隊は昔から橋を渡る時には行進を解くのだが、普通の歩行者の歩行は、自由気ままで夫々まちまちであり、歩行者が多くなればなるほど、大数の法則が働いて揺れはゼロになる筈であり、歩行で大揺れするなどとは考えられないのである。

   ところで、このシンクロナイズかつ増幅された運動が、金融システムに対する衝撃が内生的に拡大して行くメカニズムと全く同じだと説くプリンストン大学ヒュン・ソン・シン教授の説を敷衍するなどしながら、竹森慶大教授が、サブプライム問題に端を発して益々深刻化する金融システムの真相を詳細に論じているのが、近著「資本主義は嫌いですか それでもマネーは世界を動かす」と言う本である。
   
   例えば、株式の時価が急速に下落した場合、ブラックマンデーの時のように、投資の損失に限度を設ける理論モデルに基づいたコンピュータプログラムの「ダイナミック・ヘッジング」の空売り指令が、各社とも同時に働くと、連鎖反応が起きて株価の下落が加速化され、更に、空売りを誘発し、株価が下落し、この悪循環が連続して起こり、株価がどんどん暴落して行く。
   株価シグナルが、金融市場における取引参加者の行動を、自己防衛の為に同じ方向に益々集束させるのだが、ITC革命によって、この価格シグナルの伝達スピードが上昇し、金融システムに発生した混乱を一層拡大し深刻化させていく。

   更に、問題を深刻化させるのは「時価会計」の存在である。
   金融機関が流動性に逼迫して保有資産を緊急に処分しようとして投売りすると、資産の時価が下がるが、
   同じ金融資産をバランスシートで抱えている他の金融機関も、時価会計により、連動して評価損を計上し自己資本の減損処理をする必要がでてきて、自己資本率を低下しないように維持する為に、保有する金融資産を処分することとなり、この連鎖反応が、スパイラル的に波及して行く。
   流動性に逼迫した金融機関の苦境を他の金融機関に波及させて行くと言う連鎖を断ち切れない「時価会計」が、金融システムのシステミックなリスクを拡大して行く原因となっているのである。

   市場参加者が一斉に同じ行動を取るこのような悪循環的スパイラルによって起こる内部による衝撃も、一定限度までなら、金融システムでも吸収可能であるが、その限度を越えて衝撃が拡大すると、最早安定を維持できなくなる。
   市場取引の規模が大きければ大きいほど、市場参加者のシンクロナイズ化の確率は低くても、実現した時点での経済的衝撃は大きく、現在の金融システムが、益々、起こり得ない筈の「テール・リスク」を拡大する方向に進んでいると言う。
   正に、サブプライム問題を皮切りに世界中を巻き込んだ金融システムの混乱とシステミック・リスクの発生は、このことを物語っている。

   一頃、日本でもバブル不況の元凶として時価会計を厳しく糾弾する政治家などがいて、時代に逆行する素人考えだと罵倒されていたことがあったし、
   世界中が国際会計基準に統一されようとしている今日、時価会計など止めろと言えば物笑いになること筆致だが、
   金融機関のバランスシートに対する安全規制(自己資本率規制)に喧しいバーゼル協定でも強く押している「時価会計」が、
   金融システムの安定を乱し、リスクのスパイラル的拡大を牽引する要因だとするシン教授の指摘は非常に興味深い。

   竹森教授がスタンレー・フィッシャーの見解を敷衍して指摘するもうひとつ重要なポイントは、これまでは、中央銀行の第一の役割は、「物価を安定させること」、もしくは、「物価と雇用を安定させること」だと考えられてきたが、サブプライム問題後、「流動性危機」の際に、「最後の貸し手」として緊急の流動性を供給して、金融システムの崩壊を防ぐ役割が、むしろ中心になったと言うことである。
   今回のベア・スターンズやAIG、ファニーメイやフレディマックの救済にFRBや米政府が果たした役割は正にこれで、結局の所、中央銀行が「最後の貸し手」として、あるいは救済案のまとめ役として乗り出す意外に、金融システムの危機を救う道はないと言うことを示している。
   
   私自身は、非常に金融論には弱いので、白川総裁の「現代の金融政策」もまだ積読なのだが、丁度、サブプライム問題と金融システムの混乱、世界同時不況の真っ只中で、竹森教授の本を読んだので、非常に興味深く、かつ、教えられることが多かった。
   
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