熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

晴耕雨読、憩いのひと時は一杯のコーヒー

2017年07月14日 | 生活随想・趣味
   自由な身になると、やはり、自宅に居ての「晴耕雨読」の時間が多くなる。
   今でも、芸術鑑賞などを含めて、結構、東京などへ出かけることもあるのだが、鎌倉散策を含めて、鎌倉にいる時間が多くなったことは事実である。

   暇になっても、いまだに、やりたいことが多くて、結構忙しいのだが、私の場合には、やはり、基本的には、正に「晴耕雨読」そのもので、実際に、庭で花木の世話などガーデニングと、書斎や居間で、本を読むことで時間を過ごすことが多くなった。
   ガーデニングは、もう、何十年も続けているので、体調さえ良ければ、趣味と実益を兼ねて、十分に楽しみながらやることが出来る。
   読書については、私自身の人生イコールであって、本に囲まれて生きてきたようなものである。
   幸いなことに、メガネのお世話にはなっているが、白内障など目の障害とは縁がなく、今でも、何時間も本を読み続けても、疲れないし、むしろ、喜びが高じて元気になる。

   晴耕雨読の合間に、間奏曲の様な時間を過ごすのが、コーヒータイム。
   大げさなことではなく、気分によって、紅茶であったり、茶プレッソで淹れた緑茶であったりすることもあるが、やはり、コーヒーが多い。
   最近は、UCCのコーヒー豆を、カリタのセラミックミニで挽いて、メリタのコーヒーメーカーで淹れている。
   時には、ネスカフェのドルチャグストでラテ マキアートを淹れて、気分を変えることもある。
   本当は、サイフォンで淹れると良いのであろうが、その根気はない。

   イギリスにいた時には、アフタヌーンティーを好んで食し、それに、コーヒータイムでも、ティーケーキやショートブレットやビスケットなどを同時に頂いていたのだが、最近は、健康を意識して、極力、茶菓子を排除すべく努力をしている。

   コーヒータイムでのもう一つの気分転換は、どのカップを使うかと言うことである。
   緑茶などの場合には、大体、湯飲みが決まているけれど、コーヒーと紅茶の場合には、適当に器を変えている。
   この口絵写真は、沈壽官窯のコーヒーカップだが、ヨーロッパにいた時に、あっちこっちで陶磁器を買っていて、結構持っているし、日本各地への旅行の途次にも、趣味のようにカップなどを買ってきているので、選択肢は十分ある。
   しかし、なまくらになってきた所為もあって、最近では、気に入ったマグカップを盥回しすることが多くなった。

   ガーデニングで庭にいる時には、芝庭においてある椅子に座って、コーヒータイムを憩う。
   庭には、大きなヤマボウシやハナミズキなどの木が植わっているので、恰好の緑陰になる。
   読書の後は、書斎ではなく、離れの和室に出て、縁側越しに庭を見ながら、小休止する。
   結構、花木や草花の植栽については、努力して維持してきているわが庭であるので、綺麗な花が咲いていて、小鳥や蝶などが、訪れてきてくれていたりすると嬉しくなる。

   ささやかな私の幸せなひと時である。

   このブログを始めた時は、まだ、少しは若かったので、”熟年の文化徒然雑記帳”と銘打ったのだが、”老年の・・・”に変えた方が良くなったのかも知れないと思いつつ、少しずつ、変わっていくわが人生に感じいる今日この頃でもある。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 粟谷 明生著「夢のひとしずく... | トップ | 孫の幼稚園と保育園の送り迎え »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。