熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

ビル・エモット著”「西洋」の終わり 世界の繁栄を取り戻すために”(2)

2017年09月21日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   この本のタイトルは、「THE FATE OF THE WEST」で、邦訳の「西洋の終わり」ではなく、「西洋の運命」と言うことで、ニュアンスが大分違う。
   
   西洋と西洋を中傷する人間の目から見れば、西洋は、士気低下、退廃、萎縮、人口動態の難題、分断、崩壊、機能不全と言った状態であろうが、しかし、そうなるとは限らないし、現在の西洋の運命でもない。
   何故なら、西洋と言う理念は、世界一の成功を収めた政治のやり方で、今も強力で、貴重で、より高度になって復活することが出来るからだ。
   と言うのが、ビル・エモットの論旨で、最後に、その復活への処方箋を提示している。

   何が最善で最も持続する政治・社会モデルであるかをめぐる長い歴史と思想の戦いでは、リベラリズムと民主主義は終わったとするフランシス・フクヤマの説は、今のところ正しく、それに匹敵するものは、一つも登場していない。
   経済発展の広がりから生まれた好結果は、25年以上も続いており、豊かで平等になった世界は、複雑さを増したが、その代償は払うに値する。
   しかし、欧州や日本は、終戦後、すぐさま、帝国になる野望を捨てたのだが、過去10年間の際立った特徴である、西洋諸国の内なる弱さのために、前時代のように、アイデンティティ、ナショナリズム、力強いリーダーシップを売り込む勢力の勃興を許し、その手のトップダウンの決定は、自分たちのためだと称して、開かれた社会を閉ざそうとしている。と言うのである。

   したがって、この過去10年間を困難な歳月にした、西洋の内なる弱さ、
政策の失敗、民主主義の自縄自縛に対処できるかどうかが、西洋の復活を左右する。
   ドアーを開放し、障害を除き、エネルギーを新しい発想が解き放たれるようにし、社会の他の部分の犠牲の上に、特権を保持し悪用してきた集団から取り上げたマーガレット・サッチャーの様なリーダーシップが必要で、トランプのようなポピュリストは、単純明快な解決策を提示して、大衆の今日の支持を得るのに長けているが、そうではなく、明日と長期の支持を受けて成功して持続するためには、幅広い国民の支持基盤を築く必要がある。
   ロシアや中国を意図しているのであろうか、イデオロギーとは無縁な残忍な独裁制は完全に滅びず、1989年以前も現在も生きる続けて、自由な世界に取って厄介な問題を引き起こしている。と言う。

   サッチャーが、理想的なリーダーであったかはともかく、あの時代でのサッチャーの登場は、イギリスの政治経済社会の成功発展のためには、必須であり、極論すれば、資本主義経済にとっても、必然の道ではなかったかと思っている。
   その後、弱肉強食の市場原理主義が猛威を振るい、金融イノベーションにドライブされた資本主義の暴走が、深刻な世界経済不況を惹起し、同時に、経済格差の拡大などに依って、エモットの説くように西洋を深刻な状態に追い込んでいる。
   サッチャーやレーガンなどが主導したレーガノミクスが悪の元凶の様に糾弾されているが、あの時点では、疲弊していた西洋経済の活性化のためには、市場に競争原理を吹き込んだ自由市場経済政策とサプライサイド経済学が必要だったのである。

   私がイギリスへ出張を続けて、かつ、在住した時期は、1970年代末から1980年代全般と90年代の前半だが、最初の頃には、世界の金融センターのシティは、ロンドンの清掃員のストライキで、街路に灰燼が巻き上がり、ごみが散乱し、悲惨な状態で、イギリスは、深刻なイギリス病の最中にあった。
   ヒースロー空港では、必ず、スーツケースが壊されて盗難に合うし、ホテルでも、荷物がズタズタ。
   仕事を出来るだけ多くの人間が分け合えるために、レンガ工は、レンガを僅かに積んだだけで帰って行くので、毎日こんな状態が続いて、一寸した程度の塀の修理に1年以上掛かると言う体たらくで、全国各地で労働組合の横暴が目に余り、これが、揺り篭から墓場までのイギリスの福祉国家社会の現状かと思って、暗澹たる思いをした。

   これが、私自身の初めてのイギリスでの経験であるから、イギリス経済社会の旧弊と現状を、サッチャーが叩き潰さなければ、イギリスは潰れていたのである。
   サッチャーの治世時に、イギリスで、つぶさに、政治経済社会の動きを実感してきたので、よく分かるのだが、サッチャーが政権を握ると、無茶や無理もあったであろうが、労働組合や利権者たちとの戦いが始まって、一気に経済活動が活発化して、シティはビックバンに突入し、イギリス経済の黄金期を迎えた。グレイターロンドン、すなわち、言わば、東京都をぶっ潰して区だけにするなど、とにかく、「鉄の女」であって、これらの荒療治でイギリスは蘇った。
   ベルリンの壁崩壊前後の頃である。

   その少し前、アメリカでの私のウォートン・スクールでの2年間は、丁度、石油危機とニクソンのウォーターゲイト事件で、アメリカ政治も経済も混乱していて、その後、深刻なスタグフレーションに突入して、アメリカ経済は長引く苦しい不況に呻吟していた。レーガン時代に入って、サッチャーの政治経済に呼応して、弱肉強食の自由市場経済のレーガノミクスが実施された。
   今でこそ、批判されて、ケインズ経済や厚生経済が脚光を浴びているが、あの当時の自由市場優先の自由主義経済は、決して仇花ではなかったのである。

   期せずして、横道にそれてしまったが、エモットは、この本で、現在の西洋の現状や問題点を浮き彫りにするために、前段として、アメリカ、イギリス、欧州、日本、スウェーデンやスイスなどの政治経済を克明に分析しており、民主主義は勿論、高齢化社会やICT革命社会、中ロの危険など多岐にわたって論述している。
   最後に、如何にして、西洋の運命THE FATE OF THE WESTを再活性化して正常な軌道に戻すためにはどうするのかを、「開放性と平等」の原理を軸に、八原則を掲げて、その対策を提言している。
   底流には、トランプ現象やルペンの擡頭、BREXITと言った今日の新しい潮流が、西洋社会が、必死に守り抜いてきた西洋社会の真の価値、民主主義社会と市民社会の公序良俗に挑戦しつつあると言う危機意識が濃厚に漂っていて、その情熱に感激する。
   
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