イラク戦争 軍人たちの反戦運動/島川雅史

2006-12-07 08:26:56 | アメリカ
イラク戦争 軍人たちの反戦運動
--「第二のベトナム」と「対抗文化」ふたたび                                   
                           島川雅史


1 イラク侵略戦争とアメリカ軍人

 イラク戦争の「第二のベトナム」と化した泥沼的状況を反映して、二〇〇六
年の中間選挙では共和党は敗北し、ラムズフェルド国防長官が責任を問われて
更迭された。イラク侵攻を強硬に主張したウォルフォウイッツ国防副長官やボ
ルトン国連大使など「ネオコン」勢力も多くが政権を去っているが、いわば断
続的な「トカゲの尻尾切り」で責任の転嫁と延命をはかっているのが今のブッ
シュ政権の姿である。

 占領は、反米勢力による武力抵抗によって大規模なゲリラ戦の様相を呈した。
米兵戦死者は三千名に近づき、戦傷・戦病で戦場を離脱した数も三万名に及ん
でいる。圧制からの解放軍として民衆に歓迎されると教えられていた米兵たち
は、狙撃・自爆攻撃や路肩爆弾の恐怖に日々脅えながら、この戦争の意味を問
い返すことになった。

 戦争の泥沼化を反映して、開戦以来の米軍脱走兵の数は計八〇〇〇名にも達
する。上記の数字と合わせると、累計で三個師団近くの兵力が消滅したことに
なり、イラクで地上戦闘を担っている陸軍と海兵隊陸上部隊の現役兵力が計一
三個師団であることを考えると、米軍の損失の大きさがわかる。長期戦の場合
一般に、交替・休養・再編成・訓練・移動などの必要から、第一線で戦闘に従
事する部隊の三倍の兵力動員が必要であると言われる。一五万人のイラク駐屯
部隊の維持は、特に陸軍と海兵隊にとって重荷となっている。

 兵力不足は州兵・予備役の動員や交替期間の延長で補ってきたがそれも限界
に近づき、新兵の募集は優遇制度を強化しても定員を満たすのに困難な状況と
なっている。マイケル・ムーアの映画『華氏九一一』でも、田舎町の失業青年
を軍人が肩たたきをして募集したり、ムーアが議事堂前で議員になぜあなたの
息子を兵士としてイラクへ送らないのかと問いかけるシーンがある。ベトナム
戦争では兵員に占める有色人種の比率が全米平均より高いことが問題となった
が、現在も低所得層が兵士の供給源であることに変わりはない。

 同じく「大義なき戦争」であったベトナム戦争でも脱走兵の数は多く、延べ
二〇万人に達したと言われるが、この時期には徴兵制が敷かれていた。米国は
平時には志願兵制度をとり、大きな戦争が起こると徴兵制に切り替えられる。
徴兵制の場合は反戦主義者でも召集を受けることになるが、ベトナム戦後に志
願兵制に復帰して以来強制徴募は行なわれておらず、現在の兵士はみな志願兵
である。ベトナム戦争の最盛期には米軍兵力は三五〇万人に達していたが、そ
の後は縮小され続けて現在の総兵力は六〇数万人である。中東派遣軍の士気の
低下と相まって、米軍は往時にもまさる危機的な内部状況にあると言えよう。

 戦争を拒否する反戦軍人も現われており、でカナダへ逃亡していた脱走兵の
中からも、帰国して自分の信念を述べ軍法会議に臨むという行動を始める者が
増えている。虐待や虐殺が続くイラク戦争の正当性については、兵士たちこそ
が最もふさわしい証言者である。反戦兵士の支援団体 Courage to Resist は、
支援を行なう理由として、兵士たちが「ベトナムの時にそうだったように」戦
争をやめさせる力を持っているからだと述べている。
 

2 現役軍人たちの「反乱」

(1) エレン・ワタダ中尉--「不法・不当な戦争」

 二〇〇六年六月、日系アメリカ人のエレン・ワタダ陸軍中尉は、現役将校で
は初めての、イラク戦争=占領の「不法・不当」性を世論に訴える現役軍人と
して、記者会見を行なった。ワタダ中尉は、所属部隊にイラクへの派遣準備命
令が下った時に、これを拒否して除隊を申請したが軍当局は認めず、軍法会議
にかけられることになった。六月七日に行なった記者会見で中尉は声明を読み
上げ、「ゆゆしき不正行為」に抗して発言するのは、合州国憲法に忠誠を誓っ
た将校としての義務であるとして、次のように述べている。

 「私が今日みなさんの前に立っているのは、兵士たちやアメリカの国民、そ
して声を上げることができない罪なきイラクの人びとを擁護し、その役に立つ
ことが私の務めだからです。イラクでの戦争は、道徳的に間違ったことである
だけではなく、アメリカの法律を甚だしく侵害しているというのが、軍隊の将
校としての私の結論です。私は抗議のために退役しようと試みましたが、明白
に不法である戦争に参加するよう強制されました。不法な行為に加われという
命令は、同じく全く非合法なことですから、私は名誉ある誠実な将校として、
このような命令を拒否せざるを得なくなりました。」

 イラク人を「全面的に殺りく、虐待している」その「戦争犯罪」に加担する
ことを拒否し、服役を覚悟して軍法会議を選んだワタダ中尉に対して、支援の
輪は広がって行く。支援者たちはホームページを立ち上げ、広く世論に訴えた。
退役大佐や、ベトナム以来の反戦運動を続ける歴史家のハワード・ジンなどが
メッセージを寄せており、ジンは「平和、正義、民主主義を信じるすべての人
の支持を受ける価値がある」と述べている。賛同の署名数は三か月で一万名を
超え、インターネットで伝え聞いた日本からの署名者も多い。

 ワタダ中尉は、発言を封じようとする当局の意向に抗して八月に開催された
「平和のための退役軍人全国大会」でスピーチをしたが、演説が始まると五〇
名ほどのイラク帰還兵が演壇に上がって背後に並び、連帯の意志を表明した。
基地での取り調べが続いており軍法会議の開廷は二〇〇七年になると見られる
が、ワタダ中尉は戦争全般を否定する「良心的兵役拒否」者ではなく、個別具
体的なイラク戦争の法的・道義的不当性を糾弾する抗命者なので、この戦争=
占領の正当性そのものが問われる画期的な裁判となろう。


写真1 演説するワタダ中尉と背後に立つイラク帰還兵
(略)
出典:Indymedia.US <http://indybay.org/newsitems/2006/08/14/18297206.php>


(2) ジャシンスキ特技兵とブロベック兵長--「良心的兵役拒否」者と「脱走兵」

 ワタダ中尉の場合は将校であったために関心をよびマスコミでも報道された
が、それ以前から下士官兵たちは反戦の声を上げていた。下士官兵の場合さま
ざまな理由があるが、入隊後に価値観が変わったという良心的兵役拒否者が多
い。米国にも、平和主義教派などが長年の戦いの末に勝ち取った良心的兵役拒
否の制度はあるものの、現実としては、部隊の上官や将校である軍人チャプレ
ン(牧師)、法務官などの長期間にわたる執拗な誘導的尋問をくぐり抜けてこ
の制度の恩恵を得られる見込みは低い。実際には、イラク戦争に反対する意志
を公表した後に、軍刑法による刑罰を覚悟した上で、尋問を受け軍法会議に出
頭する個人の反戦運動ということになる。インターネットがアピールの手段と
なり、支援団体のほか個人に関する数十のホームページが開設されている。

 女性兵士で初の良心的拒否者となったキャスリン・ジャシンスキ特技兵(22)
の場合は、高校卒業後一九才で州兵部隊に「料理人」として入隊した。ジャシ
ンスキはイラク派遣を拒否した声明で、その思いを要旨次のように述べている。


写真2 声明を読み上げるジャシンスキ特技兵
(略)
出典:Courage to Resist.org
<http://www.ymlp.com/pubarchive_show_message.php?courage+53>


 --人殺しは悪いことだと思いつつも、戦争は不可避的な例外であると考えて
いた。入隊後に精神的に大人になるにつれ、バートランド・ラッセルの著作を
読んだり見聞を広めた結果、人間性や戦争に対する考えが変わり、人殺しと同
じく戦争は悪いことであると確信するに至った。私は今、私が何のために闘う
べきかを理解している。私は、軍隊の内部でいかなる役割も果たすことはでき
ない。軍にいる限り、どんな役割でも戦争の遂行に役立つことになる。私は道
徳的信念に従い、いかなる刑罰や不利益も受け入れる。すべての紛争は平和的
外交によって解決されるべきであり、暴力はさらなる暴力を生むだけである。

 戦闘部隊で良心的拒否者が出現し説得や恫喝によっても翻意が期待できない
場合、軍当局は武器を扱わない部署に配転することによって、良心的拒否を認
めたことにしようとする。もともと「コック」であったジャシンスキの論理は、
この軍当局の欺瞞をも告発するものとなっている。       

 アイバン・ブロベック兵長(20)の場合は、「正しい戦い」のために命をか
けることは当然と考えて高校卒業後に海兵隊に入隊し、訓練を受けた後、二〇
〇四年三月にイラクに送られた。そして、縛りつけたイラク人拘留者への暴行
を目撃し、検問所に近づいて来た子供を含む市民の車をマニュアル通りに射撃
して家族を皆殺しにした現場に居合わせ、子供の頭部を誤射した兵士の話など
を聞きながらイラクでの七か月を過ごした。いったん帰国したものの、所属部
隊の再派遣の噂を聞いてストレスが高まり、PTSDを発症した。

 ブロベック兵長は、罪無き市民を射殺する「正しいとは思えない戦い」から
逃亡してカナダに渡り結婚もしたが、二〇〇六年中間選挙の投票日を期して米
国に戻り、「大統領への手紙」を公表した後に軍法会議に出頭する道を選ぶ。
彼の書簡は自分のたどった経験を記した後に、次の言葉で結ばれている。「ど
うか、正しいことを行なってほしい。そして、軍隊をイラクから故郷に帰還さ
せるために、あなたが為し得るすべてのことを行なってほしい。」

 また、命令拒否にまでは至らないものの、イラク訪問中の国防長官に大集会
で批判・不満を浴びせ立ち往生させた兵士たちをはじめ、二〇〇六年一〇月に
は二〇〇名を超す兵士たちが議会請願を行なってイラク撤退を求めワシントン・
ポスト紙ほかで報道されるなど、政府の欺瞞に対する現場からの行動も起こっ
ている。
 

(3) 軍人家族と退役軍人

 海兵隊員であった息子のケーシーが戦死した後、母のシンディ・シーハンは
息子がなぜ死ななければならなかったかを大統領に問おうとしたが相手にされ
ず、ブッシュ大統領の夏期休暇中にその牧場の前に座り込んで(支援者などの
テントが並び「キャンプ・ケーシー」と呼ばれた)戦争への抗議を続けた。大
統領の公務復帰とともにワシントンに移動し、ホワイトハウス前のデモで逮捕
もされて、「反戦母さん」として反戦運動のシンボル的存在になった。現役軍
人の家族たちは Military Families Speak Out (MFSO) を結成して、イラク派
遣軍を米国に呼び返そうという運動を展開している。

 現役軍人の反戦行動の支援の中心を担っているのが、退役軍人よる反戦団体
である。ワタダ中尉が参加した集会は Veterans for Peace (VFP)が主催したも
ので、背後に並んだのは Iraq Veterans Against the War (IVAW) の若者たち
であった。先述の議会請願の場合も、IVAW、VFP, MFSO の三団体が協力してい
る。ベトナム戦争の時期に「冬の兵士(Winter Soldier)集会」の開催などによっ
て戦争の醜い実態を明らかにし、反戦世論を高めた Vietnam Veterans Against the War (VVAW) は現在も活動を続けており、老境を迎えたメンバーたちがIVAW
の結成を助けた。

 イラク占領は「第二のベトナム」の惨状を呈しているが、戦争に反対する民
衆の側も、ベトナム戦争の時代と同じく大義なき戦争に抗し、アメリカ人であ
ろうとイラク人であろうと、人間の尊厳と連帯を主張する「カウンター・カル
チュア」側の運動を進めている。


 * 紙数の関係から、注記は省略した。アメリカの状況と運動については、Courage
to Resist <http://www.CouragetoResist.org> や Veterans for Peace <http://www.veteransforpeace.org/> のホームページからたどることができる。
 イラク侵攻・占領については、島川『[増補]アメリカの戦争と日米安保体制--在
日米軍と日本の役割』 社会評論社(二〇〇三)、「世界規模の米軍再編をどう読む
か」『インパクション』一五〇号(二〇〇六)、「イラクの現状と自衛隊派兵の意
味」『歴史地理教育』六九六号(二〇〇六)、「イラク占領と『歴史の教訓』--『日
本占領』の再現か『第二のベトナム』か」『アメリカ史研究』二九号 アメリカ史学
会(二〇〇六)を参照していただければ幸いである。

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 なお、原稿の中に記入した以外のURLは次の通りです。

Thank You Lt. Ehren Watada
<http://thankyoult.live.radicaldesigns.org/>

  ワタダ中尉については、「ももちゃん新聞」に上記ホームページ記事の日本語
  訳などがあります。
  <http://blogst.jp/momo-journal/archive/64>

 Iraq Veterans Against the War
<http://www.ivaw.org/>

 Vietnam Veterans Against the War
<http://www.vvaw.org/>

truthout - One Mother's Stand (Cindy Sheehan)
 <http://www.truthout.org/cindy.shtml>

Military Families Speak Out
<http://www.mfso.org/>

また、欧米における「良心的兵役拒否」の歴史については、
 阿部知二『良心的兵役拒否の思想』岩波新書青版720(初版1969,復刊1992,現在
 絶版)があります。
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  島川雅史 mshmkw@tama.or.jp
mshmkw@jca.apc.org
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その他
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フリーアメリカ (川嶋 たけし)
2007-01-06 16:07:07
ブッシュ政権下で反戦意見を述べることは、少なくとも小生の住むアリゾナでは、少し勇気が必要のように思える。圧倒的な共和党支持者の土地柄でもあるが、Watabe中尉の反戦抗議を全面的に賛成する。無能大統領ブッシュが国連を無視、またドイツ、フランス等の抗議をも無視、アメリカは独力でもイラク攻撃を敢行すると公表した彼の演説がいまだに耳に残っている。いかに超大国といえども、あれだけの巨額の軍事費を浪費、3000人以上のアメリカの若者を犬死させ、さらに混迷するイラク戦線に送り込むとしているが、国民の大多数が明確に反戦、イラク戦の直ちに終結を願った昨年の中間選挙で完全敗北した今、議会、上院とも制覇した民主党が許すわけはない。米国は国際警察の野望をやめ、直ちにイラク駐留の米軍を撤退すべきである。この時期に軍法会議にかかることを予期しながら、あえてブッシュ政権に抗議した中尉の行為は大変勇気のある行動である。

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