最近、『「マンガ嫌韓流」のここがデタラメ』の書評がいくつか出されましたが(注1)、その中で東京大学教授・姜尚中氏の文が光ります。特に『まんが嫌韓流』に対する分析は読みごたえがあります。まず、同氏は『まんが嫌韓流』の手法をこう捉えました。
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マンガでは、「冷静」かつ「理性」的な主人公が、「激情」的で「非理性」的な
「韓国人」や「在日コリアン」の様々な「欺瞞」や「狂態」を暴き出し、結果として
「日本人」を悪意や虚偽、憎悪の犠牲者に仕立て上げる趣向になっている。読者が、
そうしたお人好しでかわいそうな犠牲者としての「日本人」に共感する筋立てになっ
ているのである。この「俗情」におもねる手法こそが、『マンガ嫌韓流』の真骨頂と
いえるかもしれない(注2)。
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姜尚中氏は、そのような手法をとる嫌韓本がよく売れるのは読者の社会的ポジ
ションや意識にマッチするものがあるのだとみて、その正体を「他者を軽んじ、蔑視
することによってしか精神の均衡が保たれない人々の社会的な屈折と葛藤」と推測し
ているようです。同氏は書評にこう記しました。
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本書(『「マンガ嫌韓流」のここがデタラメ』)の論者たちはみな、実に丁寧かつ
誠実にマンガの「デタラメ」さにひとつひとつ反論を加えながらも、憎しみではな
く、あくまでも「理解」の大切を力説してやまない。そこに真摯な誠実さを読み取る
ことができるはずだ。
ただ、誤認や曲解、偏見をただせば、「嫌韓流」 は次第に消え失せていくものな
のかどうか。いやむしろ、そうした「意図的な」曲解と誇張こそが、「嫌韓流」のエ
ネルギー源になり、それで盛り上がっているのではないか。もちろん、本書の論者た
ちはそんなことは百も承知のことだろう。
いずれにしても、マンガのコンテンツもさることながら、今後は、さらに読者
(オーディエンス)の社会的なポジションとその意識に分け入った『マンガ嫌韓流』
の読みが必要になってくるのではないか。他者を軽んじ、蔑視することによってしか
精神の均衡が保たれない人々の社会的な屈折と葛藤がそこから見えてくるに違いな
い。『マンガ嫌韓流』は、はしなくも、現代日本社会論への窓口を開いてくれるかも
知れないのだ。この意味でも、本書はその第一歩になるに違いない。
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『マンガ嫌韓流』が売れる理由をつきつめれば「現代日本社会論」への窓口につな
がるという見方は斬新で興味をひかれます。
しかし、嫌韓ブームもそろそろ終りになるのなら、そうした試みもほとんど不要
といえます。また、その方向を促進するのに『「マンガ嫌韓流」のここがデタラメ』
が一役買うことができるなら、著者の一人として本望です。
(注1)「民団新聞」2006.6.7
<『「マンガ嫌韓流」のここがデタラメ』、不毛な嫌韓と反日に終止符を>
http://mindan.org/shinbun/news_bk_view.php?page=1&subpage=1210&corner=6
[朝鮮新報 2006.5.23]
<醜悪な修正主義言説を斬る>
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/%82%8A-2006/06/0606j0523-00004.htm
(注2)姜尚中「真摯に、誠実に、理解を呼びかけ。「嫌韓流」のデタラメに反論す
る」『週刊現代』2006.6.24
(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/
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マンガでは、「冷静」かつ「理性」的な主人公が、「激情」的で「非理性」的な
「韓国人」や「在日コリアン」の様々な「欺瞞」や「狂態」を暴き出し、結果として
「日本人」を悪意や虚偽、憎悪の犠牲者に仕立て上げる趣向になっている。読者が、
そうしたお人好しでかわいそうな犠牲者としての「日本人」に共感する筋立てになっ
ているのである。この「俗情」におもねる手法こそが、『マンガ嫌韓流』の真骨頂と
いえるかもしれない(注2)。
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姜尚中氏は、そのような手法をとる嫌韓本がよく売れるのは読者の社会的ポジ
ションや意識にマッチするものがあるのだとみて、その正体を「他者を軽んじ、蔑視
することによってしか精神の均衡が保たれない人々の社会的な屈折と葛藤」と推測し
ているようです。同氏は書評にこう記しました。
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本書(『「マンガ嫌韓流」のここがデタラメ』)の論者たちはみな、実に丁寧かつ
誠実にマンガの「デタラメ」さにひとつひとつ反論を加えながらも、憎しみではな
く、あくまでも「理解」の大切を力説してやまない。そこに真摯な誠実さを読み取る
ことができるはずだ。
ただ、誤認や曲解、偏見をただせば、「嫌韓流」 は次第に消え失せていくものな
のかどうか。いやむしろ、そうした「意図的な」曲解と誇張こそが、「嫌韓流」のエ
ネルギー源になり、それで盛り上がっているのではないか。もちろん、本書の論者た
ちはそんなことは百も承知のことだろう。
いずれにしても、マンガのコンテンツもさることながら、今後は、さらに読者
(オーディエンス)の社会的なポジションとその意識に分け入った『マンガ嫌韓流』
の読みが必要になってくるのではないか。他者を軽んじ、蔑視することによってしか
精神の均衡が保たれない人々の社会的な屈折と葛藤がそこから見えてくるに違いな
い。『マンガ嫌韓流』は、はしなくも、現代日本社会論への窓口を開いてくれるかも
知れないのだ。この意味でも、本書はその第一歩になるに違いない。
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『マンガ嫌韓流』が売れる理由をつきつめれば「現代日本社会論」への窓口につな
がるという見方は斬新で興味をひかれます。
しかし、嫌韓ブームもそろそろ終りになるのなら、そうした試みもほとんど不要
といえます。また、その方向を促進するのに『「マンガ嫌韓流」のここがデタラメ』
が一役買うことができるなら、著者の一人として本望です。
(注1)「民団新聞」2006.6.7
<『「マンガ嫌韓流」のここがデタラメ』、不毛な嫌韓と反日に終止符を>
http://mindan.org/shinbun/news_bk_view.php?page=1&subpage=1210&corner=6
[朝鮮新報 2006.5.23]
<醜悪な修正主義言説を斬る>
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/%82%8A-2006/06/0606j0523-00004.htm
(注2)姜尚中「真摯に、誠実に、理解を呼びかけ。「嫌韓流」のデタラメに反論す
る」『週刊現代』2006.6.24
(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/









