教育基本法札幌公聴会について

2006-11-14 15:52:23 | 教育
A・陳述人の発言 B・陳述に対する質疑 C・公聴会を巡って少し     (一切の文責は黒田です)

A 陳述人の発言

進行<鈴木恒夫・自民・派遣団団長>

(Ⅰ)西田豊(札幌国際大学教授・06年3月末まで札幌南高校校長)「政府案」賛成


国を作りたてていくのは人であり、人を作りはぐくむのは教育。従って国の存立は教育にある。政府案を良しとするのは以下の3点。

 1・家庭教育が教育の原点であることを銘打ったこと。

 2・我が国や郷土を愛することが入ったこと。日本国民として大変嬉しく感謝したい 

3・人を育む教員にその仕事を崇高な使命と深く自覚することを促すこと。その職務に誇りを持った人材を確保し、適正な待遇をすることが大切だ。


(Ⅱ)加藤義勝(元高校校長)「政府案」賛成

現行法成立から60年がたち、その間、社会が変化した。新たな状況に対応するために改正は必要。前国会でも50時間費やしているので、議論は充分つくされた。以下、良しとする点。

1・「人格の完成」という目的が堅持されている。

2・職業と生活の関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うというのは、ニートやフリーターに自らの行き方について自覚を深め、望ましい職業観や生活観を育み、キャリア教育の推進に大きな役割をもつ。

3・愛国心はごく自然な気持ちだ。統治機構が入らないのだから、過去のプロパガンダとは違う。我が国とともに他国を尊重しが入ることで国家主義につながることは払拭されている。

4・機会均等で障害者に言及していることは、今日的な教育の課題を明確に位置づけ方向性をはっきりさせている。

5・信頼される教員たれというのには、教員にゆとりが必要。重要なのは教師、行政、家庭、地域が連携し教育改革を進め、教育のための社会にすることが重要。


(Ⅲ)岩本一郎(北星学園大学経済学部教授)「改正」反対

【A4,4頁の陳述書を準備。終了後、傍聴者がもらいました。事前に傍聴者に配布されていたと思い、陳述はとても早口だったとの事。陳述書のコピーの配布を岩本さんは許可してくれました。必要であれば連絡を】

1・基本的立場

現行の基本法を起草した教育刷新委員会の委員の一人が、所属する北星学園の前身スミス女学校第1期生の河井道さん。彼女たちが基本法にこめた理念は、今こそ生かし実現しなければならないと考える。

2・憲法と教育基本法・憲法と基本法は分かちがたく結びついている。

()憲法の基本理念「個人尊重の理念」と「生存権の理念」を教育において実現することを意図したのが基本法の前文の「憲法の精神」である。

()まっとうな教育なくして憲法の理想の実現は不可能。そのためには「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成」が不可欠で、それゆえに「この理想の実現は、根本において教育の力をまつべきものである」とする。

()基本法を制定した「我ら」とは「憲法を確定した」主権者としての我らと同じ。従って、基本法も憲法と同様、国の権力を縛る権力制限的な規範である。

以上3点から基本法は「準-憲法的法律」と位置づけられる。故に、憲法同様、軽々に変更されるべき法律ではない。

3・個人尊重の理念と生存権の理念

()個人尊重の理念

基本法の目的の第1「人格の完成」は憲法が理想とする「個人の自律の力」を育てることを意味する。「自律」とは他者から強制されることなく自分らしい善き生き方を自ら見つけ出し、その生き方を実践する力のこと。失敗や挫折を繰り返しながらそれぞれの人生の目標に向かって懸命に生きる生き方。個々のその生き方に優劣はなく、だから憲法は、国に対してすべての国民を「個人として尊重」するように求める。

従って国は(1)「個人が生きる人生を格付け、優劣をつけてはならない」(2)「社会の多数者が望むことであったとしても、特定の生き方を個人に押し付けたり国の定める『大義』や『国益』のために個人を犠牲にしてはならない」(3)「多様な生き方の実践を許す寛容な社会を実現するための条件を整備しなければならない」 基本法は、この理念と原則を忠実に反映している。

()生存権の理念

 人権保障の内容が「自由」から「生存」へ重点を移したことが憲法の最大の特徴だと制定当時、我妻栄が述べている。自由の権利は、その自由を享受してこそ価値がある。故に「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を保障し、教育を受ける権利、労働基本権といった社会権の規定を置いた。基本法は憲法の「生存権の理念」を受け、教育の機会均等を確保し、子どもたちの「人格の完成」に欠かすことのできない教育の条件整備を国に求めている。

()自尊感情の涵養

 「自律の力」は前述のように「自分の人生に希望を持つ力」を育むことであり、その基礎にあるのが「自尊感情=自分には生きる理由があり、生きるに値する人生がある」という自分に対する肯定的な感情。子どもたちに「あなたには生きる理由があり、生きるに値する人生がある」という自尊感情を育むことが何より大切だ。学校と言う教育の場が、子どもたちの自尊感情をすり減らし、奪い取る場であってはならない。

4・「改正」案の問題点

現在提起されている様々な問題点は、基本法が生み出したものではない。基本法の基礎である先述の二つの理念が、現実の学校制度に充分に浸透していない、むしろ最近のこの理念に反するような国による政治介入に起因している。

()教育の基本を「わが国の未来を切り開く」に置いている。これは子どもを「わが国の未来を切り開く」道具にし、個人尊重の理念の第二の要請に反する。

()目標として具体的な徳目を上げ、その観点から子どもの「態度」を評価しようとする。国が特定の道徳観や価値観を尺度にして子どもを格付けることは個人尊重の第一の要請に反する。

()愛国心を法定することは、国と個人との特定の関係のみを「愛国的」とする危険を常にはらみ、個人に特定の生き方を押し付ける。これは子どもの内心の自由を侵害するだけでなく、個人尊重の第3の要請に反する。

()義務教育9年の削除は、「飛び級」制を拡大し、エリート主義的な教育を推し進め、つねに子どもたちを差別と選別の対象とし、それは子どもたちの自尊感情を著しく損なう。

()子どもたちの自律の力を養うためには、人種、信条、性別、ハンディキャップの有無など多様な子どもたちが学校と言う学びの場にいることが大切だ。学校こそ、多様な生き方の「実験室」であるべき。男女共学は、男女の平等と教育における多様性の理念を具体化する重要な規定であり、その規定を削除すべきではない。

()「能力に応じた教育」と定めることは、能力別の複線的な教育に道を開く。ある特定の時点の「能力」を前提に教育の内容に違いを設けることは「生存権の理念」と相容れない。教育を受ける権利は「結果の平等」の要請を含むものであり、機会均等は子どもたちに能力に応じて登る「山」に違いを設けることではなく、同じ「山」ではあるが、それぞれの子どもの能力に応じた多様なルートを用意することを国に求める。

()現行10条の規定の改変は、「法律」に基づく国の政治介入を「不当な支配」の埒外に置こうとするものだ。真理とはなにか、その真理をどう子どもたちに伝えるか、この教育の核心にある問題は、決して多数決になじむものではない。真理は、自由で開かれた議論と実践が保障された空間でしか息づくことはできない。

国による政治介入を今以上に「強化」する「改正」案は、教育の本質を見誤っているものだ。


B 陳述に対する質疑

<やまぎわ大志郎・自民>現行法の理念を否定していない。改正案に「人格の完成」が入っているではないか?

岩本・憲法13条(個人の尊重。生命・自由・幸福追求の権利の尊重)をふまえなければならない。理念と条文との整合性がない。

加藤・文言がすばらしくても、人間を作ることに重点が置かれなければだめ。

西田・教師は崇高な使命を持つ。そういう教師を集め、一生懸命まい進できる環境を整えるべき。先生の努力は評価すべきで、全国統一でなくても、地域独自にきちんと評価すべきだ。



<やまぎわ大志郎・自民>個人の尊重は否定していない。自由には責任が、権利には義務がともなうそのバランスをとるものだ。家庭教育は大切ではないのか?

岩本・憲法13条の幸福追求は、自分のためだけでなく、他人のためになにかをすることが自分に返ってくることを意味する。個人主義ではない。親の教育権は自己決定の一つとして、自由であり、それを支援するのが国家だ。


<牧義男・民主>民主党案はどうか?

西田・よくできている

加藤・見ていない

(岩本・反対でしょうからと問わず)


<牧義男・民主>愛国心について「心を涵養する」との表現で前文に入れたことは?

加藤・「他国を尊重し」があれば国家主義にはならない。あらためて入れなくてもいいのでないか。

西田・それぞれの表現なのでどちらでもよい。「心」でも「態度」でも現場では同じ。



<横山北斗・民主>政府案が優位なのはどこか?

西田・違いは、現場ではあまりない。


<横山北斗・民主>日本独自の法案が必要と文科大臣が言う。独自の箇所とは?

加藤・そこまで深く考えていない。


<西博・公明>家庭教育について、具体的にそれを実現する施策は?

西田・家庭の問題は教育の問題ではない。社会問題だ。まず親育ての施策をすべきで、隣近所で互いに声を掛け、みんなで育てる地域にする。


<西博・公明>教育委員会の位置づけは?

西田・民主党案の知事部局に置くのは反対。第三者機関で独自性を持つべきだ。首長が代るたびに変わるようでは駄目。


<西博・公明>勤労意欲の大切さをあげたが、教育と職業については?

加藤・子離れができていないことが問題だ。


<西博・公明>学校・地域・家庭の連携について?

加藤・共働きが多く、父母との連携はうまくいかない。教師の方が家に出向く余裕がある教育が必要。


<石井郁子・共産>いじめ、未履修など、現場が抱える問題について政府案はどういう点で有効なのか?

西田・学校は社会性を育成する機関で、二人以上いたらいじめはあると考えたほうがよい。弱い心のときに、暖かい心を持って母親とともにアンテナを張って見守るのが資質の高い先生が必要。そのために、やる気が出る評価が必要。

加藤・未履修問題で、校長が謝る必要はない。学習時間が少ない中で、生徒のためにやったことだから。


<石井郁子・共産>政府案第2条目標で態度を養うをと義務付けることは法律になじむのか?

岩本・法律と道徳は分離すべきだ。法に道徳を組み込むとすれば最低限の道徳(殺すな)。政府案の徳目は国民のコンセンサスを得た最低限の道徳ではない。そもそも法になじむものではない。


<石井郁子・共産>教育行政のあり方は?

岩本・教育行政も、自由と参加を踏まえ、子どもの意見をきちんと聴くことを行政が保証しなければならない。


C 公聴会を巡って少し

1・札幌での傍聴は可能かと衆議院に電話(03-3581-5111)したら、基本法特別委員会の事務方の札幌班につないでくれた。キノシタサンという担当が、開催の日、場所、進め方などはすべて理事会が決める。事務方はそれを受けて具体的な会場を見つけ、それを理事会に報告する。傍聴の数は最近になって50席だったのが60席になった(と、進んだでしょうといわんばかり)。券は政党に割り当てと、これも理事会での決定。全日空ホテルの3階が会場。三階には関係者以外行かれない。様子を知りたくて行こうとする人に「借り切っているのだから権限はこちらにある」と、これは事務方の人か、威張って通さない。

2・開催が9日に決まり、10日に陳述人の決定連絡とか。「見ていない」という陳述人がいても無理ないか。

3・傍聴券を手に入れようとあれこれ試した人の話から。「政党配布」というので「自民党」に電話したら、身元の確かな人ということで「つくる会」や「日本会議」の人たちに配布済でもうないという返事。

4・ピースネットの呼びかけに応じてくれた人たち、12時から、20人ほどで、ホテルとは一区画はなれた東急デパート前で「街頭公聴会」と称して、入れ替わり立ち代りマイクを使う。少ししてデパートの人が出てきて「ジャマするわけではないのですが、歩道でお願いします」と、慇懃無礼?に。 他には、1・フォーラム車が一回り。2・全日空玄関前で横断幕を掲げたグループ。そこには公安関係7,8人が「道交法違反だ」「公安条例違反だ」としつこく迫っていた。押し問答しながら、それでも始まるまでい続けていた。3・30人ほどのデモ隊がホテル周りを一周して、道庁北門に向かっていった。そこには警察車が2台。4・3階の様子を見に行こうとして、果たせなかった人たちも。

5・傍聴の注意事項には「議場における言論に対して賛否を表明し、または拍手をしないこと」というのがある。でも、「岩本さんの陳述には拍手をしたよ」とは、傍聴参加者。それが「嵐のような拍手」になると係員が引き抜きに来るらしい。尚、陳述人は質疑に応じるだけで、質疑者である議員には質問はできないそう。

6・一体、公聴会って何なんでしょう?

因みに、「国会議事録検索システム」に、よくある質問として以下がありました。

●「地方公聴会の会議録は検索できますか?」

● 「地方公聴会」という名称は正式な会議名ではありません。検索条件の会議名欄に「地方公聴会」と入力しても検索できません。地方公聴会の内容は、派遣委員が戻ってから派遣元の会議に報告されます。そして、その報告があった会議の日の会議録に、地方公聴会の記録が「参照掲載」されます。

● 今回の「公聴会」の記録は来週になると読めるそうです。
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