悲劇を増幅させた同質社会と官僚体質 原発と日本社会/ニューズウィーク

2011-03-25 08:26:00 | 社会
悲劇を増幅させた同質社会と官僚体質
The Good and Bad of Japan on Display

原発事故へのお役所対応を生んだ官僚システムと、従順すぎる世論にメスを入れるチャンスだ

2011年03月22日(火)17時24分
クライド・V・プレストウィッツ(米経済戦略研究所所長)
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東京からアメリカに帰国したばかりの立場として、さらに日本のメディア報道をフォローし、日本にいる多くの友人や情報源から話を聞いた立場として、私は日本を襲った今回の危機が、この国の素晴らしさと欠点の両面を映し出していると断言できる。

 問題は、日本がこの危機をうまく利用して、強みを維持しつつ、システムを再構築できるかどうかだ。

 言葉を失うほどの悲劇に襲われても、日本人と日本社会が忍耐と勇気、譲り合いと礼節の精神を失わない点は見事だ。世界各地の多くの危機と違って、略奪も暴動も小競り合いも起きなかった。人々はわずかな食料や物資をすすんで分け合い、長い列を作り、信号が消えた道路や突然の停電、時間厳守が当然だった鉄道や地下鉄、バスの不規則な運行状況に冷静に対処している。

 これは、極端に同質性を重んじ、社会的摩擦を避けてきた日本社会の長い歴史の産物だ。

 一方で、福島原子力発電所のメルトダウンと放射能拡散のリスクに対する関係当局の対応は、非常に鈍いようにみえる。同時に、国民に開示される情報から判断するかぎり、日本政府と東京電力が現状とその処方箋を把握できていないか、あるいは把握していても情報を隠しているという印象を受ける。

徹底的な情報開示を求めない国民性
 私が驚いたのは、より多くの、より重要な情報の提供を求める世論の圧力がさほど強くないことだ。もちろん、メディアの間には不満と情報開示を求める声が渦巻いているが、少なくとも他の民主国家と比べれば、本格的な世論の盛り上がりと政治的な圧力は控えめにみえる。

 これもまた、同質社会の産物だ。日本では、最悪の事態が避けられない状態になるまで、部下が上司に事態の悪化を報告したがらないほど、摩擦を避ける傾向が強い。

 もっとも、政府と東京電力の対応を理解するうえさらに重要なのは、政治構造の基盤となっている「天下り」システムだ。

 日本では昔から、東京大学法学部を経て高級官僚になることがキャリアの頂点とされてきた。最近はその傾向も変わりつつあるかもしれないが、今回の危機にトップレベルで関与している官僚の多くは、そうした旧世代の人々だ。

 まず第一に理解すべきは、本当の意味で日本を動かしているのは今も、国民に選ばれた政治家ではなく官僚だということ。国会議員は秘書の数も使える予算も少なく、強力な官僚機構を調査・監督する権限もほとんど与えられていない。官僚は日本を守るのは自分たちだと自負し、政治家を見下してきた。

 2つ目に重要なのは、東京電力の監督省庁が、戦後の奇跡的な経済復興を牽引してきた経済産業省(当時の通商産業省)だという点だ。

 3つ目に、日本の官僚は普通50〜55歳で退職する。公僕としての彼らの給料は決して高くない。だが各省庁は多大な労力を費やして、彼らのために管轄下の企業や業界団体に快適な天下り先を探し出す。

 東京電力にも元官僚がたくさん天下っている。政治家や国民を無視することに慣れ、また質問に答えるより命令を下すことに慣れた人々だ。

ウォールストリート・ジャーナル紙は元東電社員で現在は内閣府原子力委員会の委員を務める尾本彰の話として、東電は地震の翌日に海水注入で原子炉を冷やすことを考えたが、海水を使うと原子炉が永久に使えなくなり資産価値が損なわれるため躊躇したと報じている。結局、原子炉建屋が最初の爆発を起こし菅直人首相から命じられるまで、海水注入は行われなかった。

 ある政府関係者は言う。「この事故は60%は人災だ。東電は初動対応に失敗した。10円玉を拾おうとして100円玉を落としたようなものだ」

 福島第一原発からわずか80キロの場所にいた自衛隊も、地震後5日目まで事故対策に本格的に参加しなかった。東電側から要請がなかったからだという。実際ある時点では、いったいどういうつもりかと菅が東電に詰め寄る場面もあったという。

 日本政府、とりわけ強力な省庁やその規制化にある「半官半民」企業の価値観ややり口、縄張り意識や態度に西側の日本通は慣れっこで、今さらこの程度の報道には驚かない。

 外圧もおなじみだ。日本政府はしばしば、アメリカ政府など外国からの圧力がなければ政策や手続きを変えられない。80年代、私が日米貿易交渉に参加したとき、日本政府関係者がよく私のところにきて、政治家や官僚の反対が強いから外圧をかけて欲しいと頼んでいったものだ。

英雄的国民の顔の裏にあるもの
 今回、日本政府と東京電力が原発事故の実態がそれまでの発表より深刻だと認めたのも、アメリカと核管理機関の専門家が疑義を唱えたからだ。

 つまり日本には、英雄的な国民と、内紛や失策続きの政治家・官僚という両方の顔がある。

 その日本が今直面する大きな課題は、この危機をテコにして、日本の政治と官僚機構に革命的な変化をもたらし、政府と規制産業の透明性を最大限に担保する強力な監視機関を作れるかどうかだ。

 そしてもう一つの問題は、同質的な日本社会の構成をどう変えていくかだ。日本は同質性を維持することで社会の調和を守ることを強調し、実質的に移民の受け入れを拒否してきた。だが、高齢化と人口減少に直面する今、移民の受け入れなしには日本は長期的に絶滅の道を歩むことになるだろう。

 だとすれば次の課題は、日本社会の調和と移民をどう両立させるかだ。日本の未来は、これらの問いに対する答えにかかっている。

Reprinted with permission from The Clyde Prestowitz blog, 22/03/2011. © 2011 by The Washington Post Company.
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2011/03/post-2019.php

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