大阪教育合同労働組合書記長から 首都圏反原発連合へのメール/CMLから

2012-07-23 09:18:31 | 社会
大阪教育合同労働組合書記長 竹林 隆さんから
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先週金曜日(20日)の夜、組合として、大阪での関電前抗議行動に参加してきました。そこであったことについて先ほど、以下のメール文を首都圏反原発連合にあてて送りました(なぜ、大阪でのことを首都圏に対して送ったかという理由は文中に書いてあります)。

この一連の問題について、もっと議論がされるべきだと思いますので、メール文を紹介します。

【以下、メール文引用】

首都圏反原発連合のみなさん、毎週の官邸前抗議行動の運営、お疲れ様です。

私は大阪で労働運動をしている竹林といいますが、一昨日7月20日(金)の18時、大阪の関電本社前の抗議行動にはじめて組合として数名で参加しに行きました。

そして行動に参加してしばらく(およそ30分ぐらい)たったころ、「STAFF」の腕章を付けた方が話しに来られて、「組合旗を下ろしてほしい」と求められました。それで、そのことについて結局、行動の終了時間までずっと議論を続けるという状態になってしまいました。とても残念です。

そしてそのことをなぜ、首都圏反原発連合のアドレスの方にお送りするかというと、その時の主催者の話の中に「私たちは運営や方針などすべて首都圏と連動してやっている」との説明があり、大阪の「TwitNoNukes大阪」のHPを見てもどこにもメールアドレスが記載されていないので、やむなくそちらにお送りすることをご了解ください。

さて、関電前で主催者の方たちは私たちに対し、おおよそ以下のような説明をされました。

「この運動は<再稼働反対>のシングルイッシューで集まっている」
「組合旗があるとみんな足が遠ざかってしまう」
「安全で安心な行動を守っていきたい」etc.

ちなみに私たちは何も、組合としてのアピールをマイクで訴えるなどということをするために関電前に行ったわけでもなんでもありません。ただ、日ごろ組合として取り組んでいる反原発の闘いの延長として、みんなで行こう、ということになったのです。主催者に声をかけられるまでずっと、みんなと一緒に「再稼働反対!」のコールを上げ続けていました。

この日一緒に行った30代前後の若い組合員たちの中にも、これまでにこの行動に個人として参加した者もいます。私も何度もそうしていました。けれど、いつまでも個人の課題ではなく、さらに闘いを広げるため組合として参加しようと議論しました。そして、「TwitNoNukes大阪」のHPに記載された「特定の政治団体」に労働組合は該当するか? しない! 「特定の政治的テーマ」に
労働組合名は該当するか? しない! と一つ一つ検討した上でこの日、組合旗(といっても正式な組合旗ではなく、縦長のいわゆる「のぼり旗」です)を持参して参加したわけです。

なお、もし、労働組合というものを「特定の政治団体」と認識されるのでしたら、根本的な理解が一致できません。この点について、大阪の主催者は「労働組合のバックには支持母体の政党がある」という何とも許しがたい発言をして、私たちの怒りを買っていました。私たちの組合には、100%一切特定の政党との支持関係はありません。むしろ、そういう主催者側の発言の背景にこそ、これまでの既成の労働組合を見聞して訳知り顔になっている意識、旧態依然とした古い価値観が牢固として存在していることを見せつけられました。

私たちも、そして皆さんも、オルタナティヴな社会を、もっと新しい価値観の社会を目指しているのではないのでしょうか?

また、私たちは最初、この運動は<反原発>の一点で結集しているかと思っていたのです。シングルイッシューで結集、というのはそう意味で理解していました。が、そうではなかったのですね。一昨日の主催者の話によると、原発労働の問題だとか、先住民のウラン被曝の問題だとか、核燃料の再処理問題であるとか、原発利権=原子力村の問題だとか、そういったことも持ちこまれたら困る、ただただ<再稼働反対>のコールを上げることだけで集まっている、ということだそうです。

率直に言って、それだけを続けていて反原発運動が前進するとは思えません。

また、「組合旗があると足が遠ざかる」とも言われましたが、その彼は「みんなそう思っている」というので思わず、「じゃ、アンケートでもとったのか」と言わずもがなのことを言ってしまいました。

考えても見てください。「労働組合の旗があるとみんな怖がる」「労働組合の旗があるので足が遠ざかる」、これらの主張をして喜ぶのはだれですか。今、私たちの組合の周りでも増えている20代、30代の非正規労働の問題を考えた時に、そう、今、首相官邸前や関電前に集まっている多くの若者がそうであるように一方の富裕な正規労働者と、巨大な非正規労働者の海をつくりだして対立させ、労働組合というものはそんな正規労働者=恵まれたものの組織なんだから気にしなくていいよ、なくなってもいいよ、と思わせて得をするのはだれですか。

現実には、そんな非正規の労働相談の一つ一つを丁寧に取り上げて使用者に非を認めさせ雇用・労働条件を獲得してきたのが労働組合じゃないですか。

たしかに、一部の正規労働者のみの大手既成組合で御用組合としか言いようのない組合はあります。その筆頭が電力総連でしょう。

しかし、私たちの組合は断固として違う! 正規ー非正規の分断を乗り越えることをずっと追求してやってきました。そんな私たちにとって、反原発の課題も、<組合とは別に個人で勝手にやってたらええやん>というものではないんです。職場にも原発の問題はあるんです。それを職場での闘いで、組合としてこの間闘っています。この社会のあり方<パラダイム>を転換させるための大きな課題に原発問題があり、日常の職場闘争とも通底しているのです。

そのことを無視して、「あんたたちも、組合とは関係のない個人としてきてくださいよ」というのは、私たちに、トータルな人格を分裂させよ、と言っているのと同じなのです。

言い方を変えましょう。関電前で主催者の方が私にこう言いました。「心の中で組合員であってもいいから、ここの場ではそれを表にあらわさないでくれ」と。

本当に絶望的な怒りと、悲しみを覚えます。

この言いぐさは、あたかも、「日の丸・君が代」を強制する文科省・教委・首長・裁判所がみんな口をそろえて私たちに言ってくる「心の中で『君が代』に反対するのは自由だが、卒業式ではそれを外形的に表すのはダメだ」と鏡のように相似形です。

さらに、そんな議論をしている私たちに対して、ほかの参加者から「ルールは守れよ!」という声がかかりました。この声は「『君が代』起立のルールは守れよ!」という「市民」の声と重なります。この場での「ルール」確定に私たちがかかわった記憶はありません。いつの間にこの国は、<どこかのだれか>が決めた「ルール」と呼ばれるものをアプリオリに「守らなければいけないもの」とみなしてしまう心性ができあがってしまったんでしょうか。

で、一方で、この関電前行動でも「日の丸」の旗を持っている者もいます。毎回何人かいます。主催者の説明では「彼らにも、遠慮してくれと言っている」とのことですが、実態として変化はありません。東京では、主催者が「日の丸」に抗議する参加者に対して「あれはただの旗だ」と説明した、とも仄聞します。


こうなってくると、本当に私たちは理解不能です。「日の丸」は「ただの旗」といいなして、労働組合旗に対しては「怖がる」「足が遠のく」と言い募る<反原発運動>って、何なんですか? あなたたちは、どこに立って
いるんですか?

まさに、原子力ムラの巨大利権に群がってくる政財官の有象無象のオヤジやジジイ連中がつくっている共同体の表象が「日の丸」じゃないのですか?

ところで、前述のように、私たちに対して主催者の方はこうも言いました。「安全で安心な場を確保したい」と。組合旗があればそれが確保されないそうです。

いま、私たちは大阪の地で、必死に、本当に文字通り必死に、橋下による労働組合潰しと闘っています。橋下はさかんに、あの手この手で労働組合というものは無用なものだ、むしろ危険なものだ、と市民に刷り込もうとしています。

それに対し、私たちは必死で、労働運動は社会的運動の重要な一つであり、この貧困・格差社会の中での欠かせないセイフティ・ネットの一つだと自負しています。

そんな橋下と闘っている私たちに対して、反原発の行動の中で、主催者側から、「組合は<安全>で<安心>なものではない」という偏見に基づく説明をされたことに抗議します。

その主催者の説明では、要は、この場での判断基準は、「再稼働反対」の一点の運動かどうか、そして結局のところ「見た目」(外形的に、「うちら、個人で来たでぇ、ほら、こんなにデコッたプラカードもつくってきたしい~!」というようなレベルの問題)だということです。その基準に労働組合は合わないと判を押されたということです。

結論として今回、私たちは、いくら主催者が「実力で排除はしません。あくまでお願いをします。これからもお願いをします」とは言
っていても、精神的には完全に排除された、との感を深くします。

しかも、そこで聞こえた言説が、橋下や教委の主張とうり二つであったことに何とも言いようのない情けなさや哀しさを覚えます。

「STAFF」の腕章をして走り回っている主催者の多くが若い人たちであるのに、その体現する価値観がなんと古色蒼然としたものであるかということにめまいを覚えます。

私たちは、このような現行方針の撤回・変更を求めます。そして、労働組合に対する不当な偏見は絶対に許せません。

わたしたちが今後組合としてこの行動にどう参加するか、しないのかは私たちで決めます。しかし少なくとも、今回の私のメールに対するレスポンスは何らかで公開の形でしてもらえたら、と思います。


【中略】

よろしくお願いします。

2012年7月22日 大阪教育合同労働組合書記長 竹林 隆

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大阪教育合同労働組合HP
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大阪教育合同労働組合書記長から 首都圏反原発連合へのメール(2)/CMLから

関電本店前反原発抗議行動・団体の幟・旗について(大阪教育合同労組への返信)/TwitNoNukes大阪から

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72 コメント

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Unknown (あいくん)
2012-07-23 12:52:00
おっしゃることは当然の主張だと思います。
官邸前には毎週行っていますが、別に組合の旗を持って参加する人がいても違和感感じる方が変ですし、事実17日の代々木十万人集会では色とりどりの旗が立っていて何も不都合はなかったと思います。
何で官邸前や関電前がダメというほうがおかしいです。その一方で反原連の旗や右翼が掲げる日の丸は許している。明らかにこのやり方は独善的で排他的です。
デモにおいてそれぞれがそれぞれの主張をするのは本来自由だと思います。
NYでもロンドンでもカイロでもそう。
官邸前だけがおかしいのです。気にしないでやればいいと思います。
反原連は、民主集中制? (颶風颯)
2012-07-23 13:13:42
この件では、東京でも反発するものが出ています。
 なんていうか、共産党の民主集中制みたいで、民主的と言いながら、実は幹部の司令絶対という感じですね。
 シングルイッシューで集うのに不可欠なのは、「小異を言わない」ことではなく、「小異を否定しない」ことだと、私は思うので、反原連幹部の態度は変な感じを受けています。
 官邸前も関電前も彼らの私有地ではないこともあって、彼らがそこに集う人に命令できる根拠はないと思います。関電前で再稼働反対はいうけど、反原連の抗議活動に参加しに来ているわけではないと言えば、済んでしまうことですね。そして、彼らの行動はそういう風に行動する人たちを増やしているだけだと思います。
Unknown (Unknown)
2012-07-23 13:24:18
一個人として官邸前の抗議に参加している者です。

私はのぼりを下してほしいと思います。主催がどうこうと言うのではなく、一部右翼系のマスメディアがそれを切り取り、「左翼に動員されて集まった連中」と決めつけられ、抗議に足を踏み出せない人がまだ少なからずいる、ということを認識していただきたいと思います。

抗議に参加した私からすれば大した問題ではないのですが、参加を躊躇っている人からすればそれは大きな問題でもあるのです(私自身、抗議に参加したと周囲に言っただけで危険人物と思われている、正直世間の原発に無関心な人が多いことに危惧しています)。

そのことを守ってきたからこそ官邸前にこれだけの人数を集めることができたのだと私は思っています。

やりきれない部分があるのはごもっともですが、どうしても旗を掲げて唱えたいのであれば、別の日に主催して抗議されたほうがいいのではないでしょうか。変に首都圏連合に抗議して敵対するよりはいい意味で競争意識を持ったほうが前向きな脱原発運動に繋がるのかと思います。
独裁ではなくイメージ戦略でしょう (gari)
2012-07-23 16:55:51
失礼ですが、労働組合は、今とてもイメージが悪いのです。本来は、あなたの言われているとおり、労働者の権利を守るために奔走する組織であったはずですが、現状では正規雇用者の権利を擁護するために非正規雇用を認めたり、または、消費税反対など庶民の味方をするはずなのに、消費税の容認をしてしまったり、その旗には泥がついてしまっているのです。つまり、組合旗=裏切り者のイメージがついて回る。あと、組合旗自体が過去の全共闘の失敗を連想するものであり、あまり印象が良いものではないのです。古いイメージがついて回ります。前時代的なもの、それが組合旗のイメージです。過去のデモの印象を引きずる組合旗、そして、そのデモは失敗した。つまり、あれは失敗の象徴なのです。それを無理に引き出すよりも、人が集まることを重視した。それが主催者の意図だと思うし、その点は間違っていないと思う。
Unknown (Unknown)
2012-07-23 17:00:58
関電前の抗議に行く前はデモなどに参加してましたが、
デモから足が遠のいたのは組合などの団体が多かったからです。

全ての団体がそうではないと思うけど、あまり関係ないチラシを配ったり、物々しい雰囲気になってることが多く、こういう雰囲気なら行くのをやめよう…とデモに行かなくなりました。

関電前の抗議には何回か行ってますが、行ってる理由は何かの団体ではなく、個人個人が集まってる雰囲気が安心できるので行っています。

回を重ねるごとに、のぼりを見かけることも増えましたが、
コッチも雰囲気が変わってきたな…と残念に思っていました。

組合や団体の方が参加するのは素晴らしいことだと思うので、のぼりなど掲げずに参加してはどうでしょうか?

若い女の子や、会社帰りのサラリーマンなど、デモなどに参加しない人々が、なぜ金曜日の抗議には参加しているか…
特定の人達が集まっているんじゃなく、個人個人が集まってる雰囲気だからです。

私は、もしあの場にデモのように組合などののぼりが多くなったら、行くのを躊躇うかもしれません。

主催者の意向が納得いかないのであれば、別の日に、別の形で抗議されることを願います。
代案 (法廷)
2012-07-23 17:17:02
長く反原発運動をなさってきた方々にとっては、誇りを傷つられる話だとお察し申し上げます。

聞いたところでは、たとえば「再稼働反対!」というメッセージを大書きして、隅っこに組合(グループ)名というレイアウトならOKとのこと。某大学の自治会ののぼりは、これで文句を言われなかったとか。

ご納得いかないかもしれませんが、時代が皆さんに追いつきつつあるのですから、ここはひとつ、運動の灯を絶やさないご高見を。
STAFFの方に同意 (通りがかり)
2012-07-23 17:17:45
これはSTAFFの方に全面的に賛成。上の方が述べているように、原発推進派からは、「やっぱり反原発運動というのは左翼運動なんだ」という絶好の宣伝道具にされるだけでしょう。反原発派の中には少なからず保守層もいるのでそうした人にとっては足が遠き、広範な国民運動のはずが左翼運動に純化してしまうかも知れません。
また、そもそもなぜ組合旗を掲げるのか不明です。自己ピーアールでしょうか? 労働運動でなくて反原発運動なのだから組合旗は不要なはずでしょう。
私の考えること (おやじ)
2012-07-23 17:29:24
反原発の一点で集まるとき、反原発以外ののぼりや旗を自粛してもらうのか、それとも全ての旗を認めるのか。このいずれしかない。主催者が前者と決めたのであれば、それに従う。嫌なら別の集まりに参加すればよい。組合旗、日の丸持ちたい人は、それぞれそれが許されるデモに参加すればよい。私自身は、反原発運動でいろんな旗をもっても問題ないと思うが、しかし主催者の提示したルールに従うことが主催してくれた人たちへの礼儀ではないか。そのルールが駄目なルールなら、その運動は人を集められないし、駄目だということなのだから。

この投稿者は橋下と闘っていると言うが、橋下のファンだって、この反原発デモにはいるのかもしれないのである。独善を排し、無用な摩擦はできるだけ避ける。これが、これまでのデモや集会とは違う点である。それほど原発問題というのは広範な人々を招来せしめているのである。これまでの運動との作法の違いは留意すべきではなかろうか。
Unknown (Unknown)
2012-07-23 18:37:09
 こんにちは。遠隔地(どこから見て!ということでもありますが)に暮らしており、まだ、デモに参加したことがありません。ユーストリームでデモの映像を、ときに泣きながら見ています。参加されている方ありがとうございます。
 お書きになっていること、本当に胸が痛くなるようで、おっしゃるとおりだと思いながら読みました。しかし、現実的に、と考えたときに、とても複雑で難しい対立の種があると思えました。ひとつは、人数が増えたとたんに最前列あたりに現れた運動家的な人たち。警察のいうことを聞くな、突入しろ、というようなことを口にして場が騒然としていました。もちろん、この人達とは違う、ということが分かる人には分かりますが、そうでない人にとっては、団体旗とこうした戦闘的な旧態依然としたひとたちというのは結びついて捉えられてしまうというのは、現実としてあるでしょう。また、そうしたときに、この団体旗はいいが、この団体旗はだめだというのは、これも現実的に考えてより多くの問題が生じることは火を見るより明らかです。そうすると、少なくとも私から見て、あまり温厚とは思えない団体が団体旗を翻して最前列に陣取り、集会全体を騒然としたものとしてしまう、ひいては、事故が起こったり、怪我人、逮捕者が出るような事態を招く可能性があります。そういう可能性を極力廃して平和裏におこなうことによって、なにより数によって総意をあらわしていこう、という主催者の主旨(また多くの参加者の考え)とは乖離することとなるでしょう。だから、自分自身の心をばらばらにするのではなく、「事情を汲んで」参加するというふうには考えられないだろうか、と思います。個人が場によってまとう社会性を変化させることは、常に屈辱的なことではないはずです。(もちろん譲れないことがあることがあるということは認識しています。)
 ふたつめは、日の丸についてです。最近反原発タレントと言われたりしている藤波心さんのツイッターでのやりとりを見ていて、これも、現実問題として日の丸への認識の世代間格差の大きさを感じました。私は、心さんを利発で勇気と行動力があり、また、自分の役割をよく分かって発言することが出来る賢さもある、そして何より歌が上手だという、尊敬を持って見ています。しかし、彼女は日の丸容認を表明しています。日の丸容認に異を唱える人とのツイッターでのやりとりを見ていましたが、どうやら、サッカーやなんかでほっぺにペイントしてしまうような、みんなで日の丸を振って応援するという、そういうニッポンがんばれ的な象徴として認知されているらしいとつくづく感じました。第二次世界大戦の敗戦国(侵略国)のなかで、唯一「国旗」を変更しなかった国である日本、だからこそ、最近まで国家・国旗法が制定されずに象徴として使われていたという歴史や、つまり、日の丸を掲げて侵略された歴史を強く認知している国があること、また、例えば沖縄では祖国復帰の運動の際にみんな日の丸を掲げ、そして裏切られ、その後の権利のための運動に日の丸は上がらなくなったという経緯。さまざまな、言わば、他者の権利を剥奪する血塗られた歴史を持った旗であるということについて、今の若い子たちは、知識としても感覚としても知らないのだと思います。私は、ワールドカップの馬鹿騒ぎでも、日の丸が踊る姿を見ると、気持ち悪! と思いますが。加えて、メディアは、スポーツ選手が日の丸に敬意を払う姿や君が代を歌う姿を感動的な演出で撮影し放送しています。こうした、メディアから受ける印象(スポーツの感動と合わさるので効果的です)、歴史をちゃんと教えないという「教育方針」の成功によって、若い世代にとっての日の丸の印象は、おおよそ私たちのそれとはまったく異次元のものとなっているのだと感じました。あんなに利発な心ちゃんがどうしてこんなふうにしか言えないのかしら、と私は思いましたが、おおよそそういうことなのだと思います。私は団体旗よりも、日の丸に嫌悪感がありますし、さまざまな団体旗が色とりどりに立ち上る集団と、日の丸でうめつくされる集団ならば、当然、団体旗の方が健全だと感じます。(若者は、それでも日の丸の方がいいというのかな……。)少なくとも中規模以上の集団でなければ、日の丸が掲げられていることに対して、(とりあえずお年寄りやらその筋の人やら靖国に参拝したい人は省いて)ある一定の世代とそれより若い人達との間で、圧倒的な感覚の差があるのだと思います。それは、周到におこなわれてきた「教えない」という教育の結果でもあることを考慮しなくてはならないでしょう。
 団体旗を掲げたかった、またそれを拒絶されたことへの憤りは、日の丸ならよいという理屈とも相まって増幅されることも、よく分かるのです。でも、これだけの規模のデモを、ここまでけが人も逮捕者も出さずに続けてきた、多分、思っていた以上に膨れ上がった参加者を前にそれこそ、ひとつひとつ対応している、主催者とていわばてんやわんやの状態だと思います。当然、これだけの人数がいれば小さいことから大きいことまでさまざまに意見や思いは違ってくる。主催者は、完璧にはなれないでしょう。また、完璧だという総意があるならば、それはもはやカリスマ支配となってパラドキシカルに民主的なデモではなくなるという危険性もはらみます。
 なにが言いたいかというと、今はとにかく、けが人も逮捕者も出さず、車道を開放しないと言われたら、次の週にはクルマや自転車が張り紙をしたり白い風船をつけたりして車道を駆け抜けるという、したたかさとユーモアを持って、人数を減らすこともなく、数が増えたことで内部分裂を起こすこともなく、粛々と、しかし、たゆまず集まることで今までの日本には起こらなかったムーブメントが国に動かさざるを得なくなるというのが勝利へのシナリオでしょう。安保反対の運動は、あんなに集まり、あんなに戦い、あんなに声をあげても結局国は変わらない、という敗北シナリオを後世に残したのです。結局だめなんだ、という。そうではない道筋を示していけることが、そうできるかもしれないということが、今の絶望の方が勝っている(と私は感じています)今のこの社会の一筋の光です。だから、その大目的のために、時間をさきあの場に集まっている人たちの中にいさかいが起こらないであるようにと、遠くから見ているのです。嫌なことは嫌だと言うことはもちろん、大切なことです。しかし、私は上に書き連ねた理由から、日の丸が許容され団体旗は遠慮してほしいと言われることは、主催者のこれまでの尽力に免じても許容範囲だと受け入れてもらえることを希望します。もちろん、主催者が日の丸を奨励したり、日の丸を持って集まりましょうと呼びかけたならば、まったく別の問題として断固反対です。
 今は、このムーブメントが、平和に国を変えることが出来るように、人々が国に声をあげること、反対だということができるのだとういうこと、そういう国民としての力を手に入れていくことができるように、と思っているのです。こんなんじゃ生ぬるい、というような声があることも知っているけど、生ぬるくないやり方で負けたじゃん、かつて、と私は言います。ほんとに雑多な人が参加して、思い思いのプラカードを掲げて、それで、逮捕者も出ないでなにかがかわっていけば「ほほえみ革命」と呼びたいほどです。もちろん、その行動の源は大きな怒りと憤りですが。
 ま、いろいろあるけど、このデモでは手作りプラカード、このデモでは団体旗、という参加の仕方があっていいんじゃないかと私は考えます。言いたいことは一緒ですし、そのことで、個人が切り裂かれるような思いをする必要はないし、また、理由はどうあれ、人数が減っていったり参加者同士が批判的になっていくのは国にとっては思うつぼでしょう。とにかく、内部で分裂していくことなくこのデモが進んでいくことを遠くから祈るように見ています。長文を失礼しました。(ほんとにこんなに長くなってしまいました、すいません)
Unknown (70年代生まれですが)
2012-07-23 19:35:34
デモというのは本来示威行為なんです。
世界中どこでもそうです。
それぞれ自分の主張をこらして様々に表現するのが普通であって、制限したり統一したりするのは、本来ナチスドイツがやった全体主義の発想に近いのです。

いろんな旗がいっぱい立っていた十万人集会にも大勢来てるのに、官邸前で旗があると人が来ないから駄目だとか、言いがかりも甚だしいと思いますね。

コメントを見ると、組合旗自体が過去の全共闘の失敗を連想させるとか、
両者の関係を事実関係としてまったくわかっていないで全共闘がー、とか無知なことを言う人が、いい大人の大半を占めるようになってしまったという事実には驚きますが、こういう無知蒙昧な通念が組合旗へのアレルギーを生んでいるんでしょうね。
そのくせ右翼の掲げる日の丸や旭日旗はあっさり認めてしまうという寛容さ(笑

私もそうですが日本国民は80年代以降の右傾化教育によってすっかり政府のいいように手なずけられてしまったということでしょう。
だからデモ、過激派、全共闘、組合旗、左翼の扇動とかパブロフの犬のように叫ばれて敬遠されるわけです。政府の勝利なんでしょう。

このことは歴史思想学者の子安先生などもツイッターで嘆かれていますね。@Nobukuni_Koyasu

主催者の意向がどうのだの、警察にかわって誘導するだの、こんな警察に従順なデモは世界に類がないです。
結局、鉄柵で囲われても文句を言う方が悪いということになってしまう。馬鹿な話です。

主催者と警察は仲良くやりたいんでしょう。だから今回のデモも、なんだか段々と予定調和的な雰囲気になってきです。

その上、文句があるなら来るなとか、別にやれとか、ファシズムのように排他的なことを言う。
デモの私物化も甚だしいと思います。

Unknown (Unknown)
2012-07-23 19:50:28
大阪教育合同労働組合書記長の意見に賛同します。
というより、組合旗程度で多くの人が離れてしまうというのなら、所詮はその程度の運動でしょう。それ以上の発展は望めないでしょうから、後生大事にする必要もありません。(元々、この抗議デモの目的は原発を止めることにあるはずですから、それを達成できないようなレベルに留めるだけならば、単なるガス抜き以外の何ものにもならないからです)
主催者が日の丸を容認しているのは、幅広い層を取り込むためだと記憶しておりますが、それならなおのことその他の旗も容認する必要があるでしょうね。無論、団体旗も日の丸もどちらもシャットアウトするというのなら筋が通りますけど、結局の所、特定の旗を依怙贔屓して分断を作り出しているのが主催者側である以上、それに対する批判に対し「分断を作り出すな」と封じ込めようとするのは噴飯ものです。
Unknown (Unknown)
2012-07-23 19:51:44
先ほど長文投稿したものです。あの、完全に官邸前のことを書いています。言いたいことは変わりませんが、関電前での出来事が書かれているのに前置きもせずに官邸前設定で書き連ねていて、すいません。あ、でも言いたいことは変わりませんので御汲み取りいただければと思います。
精神科医                                          精神科医                (宮地達夫)
2012-07-23 20:05:02
首都圏反原発連合さんの皆さん。まだ、組合旗だめと言っているんですか?機動隊と「連帯」して、再稼働をつぶす絶好のチャンスを逃したのは何処の誰ですか?今の労働組合は 殆ど総評崩壊後、インディペンデントですよ。そんな初歩的な知識さえなくて、よく「運動の統合」なんて言えますね。味方を知らずしてどうやって「敵」と戦う?大阪教育合同労働組合の皆さん、すみませんね。私も旗ぐらいいいじゃないか、と他のMLで書いたら、昔、金払って組合員を動員していたといわれる「一老人」に旗必要かと問い詰められたので、「人生の先輩」に逆らってもいかん、と思い「ではご自由」と言ってレス切りましたが,その後の首都圏反原発連合さんの行動みてると、自己規制の連続で結局再稼働許してしまった。私はこういう大衆運動はいつでも「想定外」の事は起こるし、自然に高揚するなら、その勢いを崩してはいけない、と思っています、個人の力を信用しているからです。「想定外」の事を起こしてはいけない、とリーダーが決めたら,その運動は必ず萎縮してしまう。
旗だって「想定外」であっても、いいじゃないですか。なんで「団体旗とこうした戦闘的な旧態依然としたひとたちというのは結びついて捉えられてしまうというのは、現実としてあるでしょう」のですか?旧態依然、結構じゃないですか。戦闘的。結構じゃないですか。シリアでは、30000万人も殺されながら、まだ死を覚悟して戦っている人がいる
脱原発、これは国家との必死の戦闘ですよ。「平和に国を変える」?どこの国の歴史に「平和に国を変える」史実がありました?どこにもないですよ。
足を引っ張るつもりはありません。やりたいようにやればいい。ただ大阪教育合同労働組合の皆さんの熱意を挫いた人々に一言文句をいいたかっただけ。失礼しました

集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由 (警察の裏金は年間400億円)
2012-07-23 20:18:36
憲法で集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は保証されているので首都圏反原発連合の言うことなんか無視したら良いでしょう。首都圏反原発連合の私有地でやっているわけではないのですから。
いまこそ率直な論議を (前田年昭)
2012-07-23 21:32:30
颶風颯さんがおっしゃった【「小異を言わない」ことではなく、「小異を否定しない」こと】に賛成し,もっと率直に議論したほうがいいと思っています。

Unknown (Unknown)さんが言われるように【一部右翼系のマスメディアがそれを切り取り、「左翼に動員されて集まった連中」と決めつけられ、抗議に足を踏み出せない人がまだ少なからずいる】というのであれば,批判し抗議すべきは「一部右翼系のマスメディア」であれ,自分たちが自分たちの旗を掲げた人びとではないでしょう。

STAFFの方に同意 (通りがかり)さんは【原発推進派からは、「やっぱり反原発運動というのは左翼運動なんだ」という絶好の宣伝道具にされるだけ】と言われますが,これも同様に,勝手に「宣伝道具」にする原発推進派をこそ批判すべきではないでしょうか?

私たちにとってもっとも大切なことは結社の自由です。そのことを忘れるとどうなるかは歴史が教えています。
Unknown (はじめまして)
2012-07-23 22:36:49
FBで、紹介されているのを見て来ました。
コメント欄の、皆さんのご意見ごもっともと深く感心させられました。ブログ主さまのお気持ち察するにあまりますが、正論はともあれ、現代はそうなのです。団体の色が付いては広範な人々の共感は得られないのです。その団体が本当はどのような団体か?なんて精査はしてもらえないんですよ。とても長文を私の前に書いている方がいますが、彼女?の言うとおりだと思いますよ。難しいでしょうが、お怒りを沈め、その方の文章に込められた思いを何度か読み直してみてはいかがでしょうか?仮に、この運動に参加する理由がひとつだけに絞らなければいけないとしたら、それは団体旗を掲げなければ絶対に出来ないことですか?
Unknown (Unknown)
2012-07-23 22:46:40
>>いろんな旗がいっぱい立っていた十万人集会にも大勢来てるのに、官邸前で旗があると人が来ないから駄目だとか、言いがかりも甚だしいと思いますね。

16日の代々木公園の件だと思いますが、私はこれに参加しています。のぼりがあるような大会?と認識した上で参加しています。動員と言う形でなく、あくまでも一般参加で。

>>主催者の意向がどうのだの、警察にかわって誘導するだの、こんな警察に従順なデモは世界に類がないです。
結局、鉄柵で囲われても文句を言う方が悪いということになってしまう。馬鹿な話です。

世界に類がないです。その通りだと思います。だからこれだけ個人で参加する人が増えたのだと思います。変に外国ではこう、だから官邸前はダメだというのであればそれこそ旧態依然の抗議活動から抜け出せていない今の時代にマッチしない活動を奨励する古い人という印象を持ってしまいます(ちなみに私はあなたより古い60年代生まれです)。

>>主催者と警察は仲良くやりたいんでしょう。だから今回のデモも、なんだか段々と予定調和的な雰囲気になってきです。

仲良くやりたいというのはないでしょう。ただ、この行動を続けたからといって必ず原発が止まるわけではないし、長期戦を覚悟しています。彼らはトラブルを回避するために弁護士や急病に備えて医師の配備も行っています。また少しでもさまざまな人に来てもらいたく、ファミリーエリアの設置等配慮も行っています。それを甘いと捉えるか、人を集めるために様々なシステムを構築している模索中と考えているかで意見は分かれるでしょう。ます。首都圏連合のHPやTLを拝見した上で発言されたほうがよろしいかと。原発を止めるために人を集め、非暴力で秩序を保つために彼らは精一杯の努力をされています。

>>その上、文句があるなら来るなとか、別にやれとか、ファシズムのように排他的なことを言う。デモの私物化も甚だしいと思います。

その前提で参加をお願いしているのですからそれを排他的というのは見当違いでしょう。単に脱(反)原発をしているだけですから、そのためにのぼりを認めてくれと言うのは筋違いとしか言いようがありません。労働運動で然るべきに掲げてくださいとしか言いようがないですけど。

柵や過剰警備については首都圏連合は納得しているわけではありませんよ。その点は粘りづよく交渉されているようですし、彼らにとっても納得して受け入れているわけではありません。その件の批判は警察に向けるべきで首都圏連合を批判するのはおかと違いかと。

あ、ちなみに日の丸については私も同意です。

私自身もすべて首都圏連合について同意しているわけではありません。誘導の仕方等不満はありますが、それは開催後、感想や意見として彼らに届けています。

>>組合旗程度で多くの人が離れてしまうというのなら、所詮はその程度の運動でしょう。

少なくとも組合がこれだけの動員をして何か成功させたという事象を私は聞いたことがありません。(組合側では何らかの手柄はもちろんあるのでしょうが組合にさほど無関心の私に届くような報道は聞いたことがありません)。

言い換えるならば原発問題で一番大事なのは選挙と一緒でどれだけ無関心層を取り入れるか。脱原発で同意している同志がいがみ合ってどうするの、と。旗一つで文句言って対立してたら原発なんて停まんないよね。


Unknown (Unknown)
2012-07-23 23:33:24
こんにちは。長文を書かれた方に感動しています!すばらしい内容だったと思います。私も未だ官邸前そして関電前抗議行動に参加していません。離れており、直接参加は難しいですが いつも抗議の気持ちは同じく、ツィートやユーストから見守っています。事故なく盛大に 平和に盛り上がってほしく、時には涙をながし観ています。
 私もこのデモに大変大きな可能性を感じます。団体旗はどうしても必要でしょうか?このデモは個人の意思による個人参加が基本なのだと理解しています。「団体旗は無しでお願いします」という呼びかけの意味は、個人の集合体であり団体名だけが書かれた旗はさまざまな問題を生むかもしれないから ご遠慮願いますと仰っているとおもいます。
 ブログ主さん同意の上での参加ならば従うべきではないでしょうか?もし、どうしても団体旗が必要であれば ご自身の団体で、デモされたほうがよいのでは?と思いました。
Unknown (1953年生まれですが)
2012-07-23 23:50:35
 関電前の抗議デモの帰り、知人と食事をしながらこの抗議行動の感想などを話し合いました。
そこで話の中心になったのは、今後この反原発抗議行動は、どう変化するのだろうかということでした。
抗議行動を持続して原発を停止させるのには、今までの運動論からいうと「組織化」されなければだめだろうと、簡単に結論が出てしまいました。
いや、そういう「運動論」で長いこと暮らしてきたので、そういう結論になったのでしょう。
しかし、これは今までと違う形なのだという感想は、一致しました。
個人が自分の意見として「反原発」の声を上げているのですから、今までの考え方では推し量れない事柄があると考えています。
実際に関電本社前にいくとわかるのですが、得体の知れない(失礼ですが)人たちがビラを配っていたりします。
これは受け取らないほうがいいと思うようなビラだったりします。
受け取らなければいいのです。
問題の組合ののぼりが良いのか悪いのかという問題も、わざわざ首都圏連合へ「お手紙」を書いて確認するというのは、いかがなものかと思うのです。
特定ののぼりが個人参加の足を止めてしまうという危惧も、あながち間違いでは無いようにも思います。
しかし、そんなのぼりでさえも凌駕するぐらいの手書きの反対プラカードの数であって欲しいとも思います。

運動が大きくなったので、それだけ参加する人の思いも多くなったと思うのですが、この抗議デモのテーマは、ひとつなのです。
「反原発」なのです、ほかに集まる理由は何もないということなのです。
組合がどう戦っているかということは知らなくても、抗議デモは成り立つのです。
また、他者から組合の旗があるから「左翼」だとか、日の丸があるから「右翼」だとか何を言われようが、関係ない。
原発が止まるまで、続けることに意味があると思うのです。

私が参加したあの日(7月20日)関電前の抗議デモの中で、ある政党の府会議員とか市会議員とかも見受けました、彼らも一個人として「再稼動反対」と声を上げているのです。
当然、公の場でも「再稼動反対」の声を上げてらっしゃるけれど、関電前でたすきをかけて府会議員だとか市会議員だとかの誇示はしていません。
当たり前といえば、当たり前なんですけれど、「場所」をわきまえているということです。
あれはよくて、これは良くないという考え方は、とりあえず横に置いていただいて「再稼動反対」に集中しましょう。
Unknown (mzr)
2012-07-24 01:05:47
僕は日の丸も組合旗もOKで良いと思います。現に16日のさよなら原発集会では別に変な制限も無かったですしね。元々反原発運動は3.11以前からも行われていてその中で頑張っていたのは官邸前抗議の一部主催者側が言うロートル左翼だった訳で、嫌なら他でやれば良いというのは偏狭な感じがします。こういう姿勢ではデモに参加する人も減るのではないでしょうか(現に先日20日の抗議では先々週比で三分の一程度に減少しています)
とても怒っています。 (Unknown)
2012-07-24 01:14:50
もし団体旗が立っていたなら、
官邸前の抗議行動に私は参加しませんでした。
心傷つかれるかもしれませんが
団体旗→白ヘル→マスク→殴る→警棒で殴られるというイメージが、幼いころから私のなかに張り付いていて離れません。
だから、ご一緒したくありません。

6月29日の官邸前の抗議行動で
徐々に解放される車道の区域から、さらに車道全体へと最初になだれ込んでいったのも労働団体の方だったと、記事で読みました。

そして7月6日の雨の中の官邸前の抗議行動の時、抗議行動終了時間の8時を過ぎても
警察のバリケードにいつまでもつっかかり、
最後に爆発音(爆竹?)をたてたのも団体の方のようでした。
とにかく、ある一団だけが歩道に戻らず、しつこく留まり警察官が並んでつくったバリケードを押して、わめいて、怒鳴っていました。
歩道でその一団の騒動の成り行きを多くの人が見ていました。
いさめる人に、団体の人は「自分たちには権利がある!ここを使う権利がある」と、抗議行動の参加者に対してすら、わめいてました。
彼らには言葉が通じない。
気持ちも通じない。
よくわかりました。
最悪でした。
火薬の爆発音が聞えた時、とうとうやってくれたと、肩を落としました。

「やりかたが自分たちから見たら生ぬるく、警察となれ合ってるから気にいらん、抗議行動のやり方を変えてやる。」
そういって、入ってきた彼らは、もう抗議行動に参加したのではなく、主催の邪魔が目的に変わってしまっていたのです。
デモを私物化しているのは、どちらのほうか。

いや、もしかしたら、あの人たちは原発推進派の人たちなのかもしれません。
爆竹はやらせだったのかもしれません。
おかげで翌週から、官邸前は車道に抗議行動の人たちが車道に出られないように歩道に鉄柵が設けられたのですから。

いずれにせよ、彼らは成功したのです。
自分たちの気に入らないやり方の抗議行動を邪魔することに。

こちらが同じ団体の方だとは思っていません。
思っていません。
ですが、あの団体とこちらの団体が別の団体であるという確証も私には得られません。
とにかくあの運動団体が憎いです。
デモを知って、あとからやってきて、自分たちのやり方を通そうとする人たちがとても憎い。
そしてそういった人たちによって団体旗は悪いイメージがつけられているのです。
その旗の下に入れられたくありません。
排除するというより、私が近づきたくない。近づきたくないので離脱します。

参加者の離脱が増えたら、原因は主催者のやり方が気にいらなかったからだろうと、
あなた方はきっと考えてしまう。
ほんとに、キリがない。心が通じない。
ついていけません。

反原発デモに、団体旗も日の丸もいらない (シャクシャイン)
2012-07-24 03:57:14
もし、関電本店前、首相官邸前、デモ行進に団体旗が多数ひるがえっていたら、、当然、私は参加しません。それは組合否定などではもちろんなく、その側に立ったら、俯瞰した所からは、その団体の一員と見なされるからです。日の丸はない方がいいですが、スポーツ観戦の場にいて多数ひるがえっていても、そこにいて「右翼」だと見なされるということは、もはやないのが現状です。デモ現場に日の丸は、ないにこしたことはないですが。
今まで運動してこられた方の英知も必要です。ここはひとつ戦術論として団体旗はおろし、原発をなくす一点でデモに個人参加しようではありませんか。主催の若者達もがんばっています。私はシングルイシュー・デモに賛成ですが、日常、とんでもなくマルチイシュー野郎です。
大阪教育合同労働組合書記長 竹林 隆様 (Unknown)
2012-07-24 04:57:25
文面にある”一昨日の主催者の話によると、原発労働の問題だとか、先住民のウラン被曝の問題だとか、核燃料の再処理問題であるとか、原発利権=原子力村の問題だとか、そういったことも持ちこまれたら困る、ただただ<再稼働反対>のコールを上げることだけで集まっている、ということだそうです。
率直に言って、それだけを続けていて反原発運動が前進するとは思えません。”という箇所は同意します。<再稼動反対>を唱えるのも重要な事ですが、原子力に付随する様々な問題にも取り組まなければならないと考えています。
旗についてですが、日の丸や団体旗に対してのイメージが少なからず恐いもの、特定の思想団体のものという印象が拭えない方もいるのは事実です。政治的思想なく、原発デモに参加される方々にとっては、どのような旗でも、少なからず抵抗感を持ってらっしゃいます。またデモを見ている方も、旗を見て、”あれは左翼だ。あれは右翼だ。”と線引きする方も多いのです。そうなると、特定思想が無く参加してる方々は、戸惑ってしまいます。
極私的考えですが、今回の原発デモ活動は、左右共闘し、そこでやはり旗などの問題は出てくると思いますが、政治的思想を持たない方々を過去の運動の成功や失敗の経験を生かして、支えていくという方向性を見出すことは出来ないでしょうか?
また首都圏反原発連合もしくは、TwitNoNukes大阪代表との双方の意見交換、また公開討論(ヤジ飛ばし厳禁)を行い、どのような主旨の上で運動や旗の問題を、政治的専門用語を排し、皆さんが分かり易い言葉を使ってお互いの話を聞くという場を設けるのも必要になってくるかもしれません。理論武装し相手を論破しようとする姿勢では、この運動に賛同する人は幻滅してしまうでしょう。もし検挙者が出て、新聞やテレビで検挙されたのは特定団体の人間と報道されたら、”ほれ、見ろ。やっぱり、あいつらは、そういった思想の持ち主の集団なんだ”と決め付けられる、恰好の餌食になりかねません。
書き出しが首都圏反原発連合に対しての問い質しをする文章でなく、毎週の官邸前抗議行動の運営を労う言葉を用いたのは紳士的であると思います。
反原連と公開で協議すべき (Unknown)
2012-07-24 05:14:47
金曜日の抗議行動に個人で参加している者です。

大阪教育合同労働組合書記長・竹林隆さんの意見に全面的に同意します。

ただ、路上での議論も大いに結構ですが、早めに、こうした問題を反原連と公式に議論すべきと感じます。もちろん公開で。

団体旗の掲示を認めさせる代わりに、現場での行動は主催に必ず従う、などデモの実際に即した落しどころが必ずあるはずです。

そもそも、金曜日の抗議行動は誰のものか?という問題もあります。

さらには、非シングルイシュー主義の成果としては、7・16代々木公園での成功もあります。

シングルイシュー主義が、いわゆる「左翼嫌い」の若者にアピールして動員数を稼いでいることは事実ですが、政治の問題として、「市民の多くは左翼嫌いである」という意見を既成事実化させてはいけません。というか、いまがその問題を再議論する絶好のタイミングです。

田中康夫氏が配る白い風船が官邸前にあふれる光景は、ある意味、力強くほほえましくあるのですが、同時に、得体の知れない違和感も感じます。

私は40代の男で、特定の団体の活動に参加してるわけではまったくありませんが、若者たちを中心とした「左翼嫌い」は、これまでの市民運動の歴史と、現在の運動を断絶させてしまうもったいない話です。

さらには、シングルイシュー原理主義なるものがあるとすれば、そこには現在の日本の、ある病理のようなものが潜んでいるとも感じています。

公開の協議をぜひ。
Unknown (Unknown)
2012-07-24 10:28:57
戦う相手は原発推進派なんですけどね。のぼりをあげなきゃ協力しないなんて組合の器の小ささを晒しているだけです。それだから組合運動に無関心な人を取り込めない。

反原発同士で敵対するなんてバカバカしい。内紛なんてそれこそ推進派の思うつぼですよ。そんなことで議論している暇があったらのぼりを下げて加わるか、労働問題に専念して原発運動から手を引くかどちらか選んでください。
Unknown (70年代生まれですが)
2012-07-24 11:21:20
>いや、もしかしたら、あの人たちは原発推進派の人たちなのかもしれません。
とても怒っています。 (Unknown)

こういうとんでもない言いがかりを付けてくる人がいること自体が信じられません。
なぜそんなひどいことを言えるのか、とても正常な神経の発言とは思えない。

こっちがマジで怒りたいです。 いい加減なことを言うな!!
こういうめちゃくちゃなことを言う人のコメントはまともに読めないし本当に辟易します。


>日の丸はない方がいいですが、スポーツ観戦の場にいて多数ひるがえっていても、
そこにいて「右翼」だと見なされるということは、もはやないのが現状です。
デモ現場に日の丸は、ないにこしたことはないですが。(シャクシャイン)

あのー、基本的にちょっと認識が不足しておられると思うんですが、、
単に日の丸が右翼をイメージさせるからダメだと言っているのではなく
首相官邸前の最前線で日の丸を掲げているのは、正真正銘、本当の右翼団体なんですよ!!
主催者の反原連とはお友達の関係の右翼さんみたいですけどね。
ちゃんと事実関係を調べてから物を言ってくれますか。

でも私自身は反原発デモに右翼の方が来てもいいと思いますよ。主張が理があればね。
反原発ならどんな主義の人間が来てもそれぞれ自由に自己責任で主張すればいいんですよ。左右の反原発がそれぞれ旗立てて何の問題もないですよ。事実、3.11後最初に脱原発デモをやった脱原発杉並の有象無象デモなんかはそのポリシーで成功しています。

だけど、主催者が友邦の右翼団体の日の丸を掲げるのを認めておいて
必ずしも左翼とも言えない組合の方の旗を認めないのは明らかにおかしいし排他的でしょう。
しかもロートル左翼だとか、扇動団体だとか罵しりまくっているし。
彼らが思想的に右寄りのバイアスが掛かっているとは思いませんが、事実そう受け取っている人もいるくらいです。

それ以上に、参加者は一切、旗を立てるなと強圧的に言っておいて
自分たちの旗と、友邦の右翼の日の丸だけは最前線で翻しているというのは
どう考えても筋が通らないし、自分たちの掲げるデモの理想を自ら踏みにじっている。

これじゃあ、デモの私物化と批判されても仕方ないんじゃないですか。
Unknown (中村敦)
2012-07-24 11:27:09
先週の官邸前で「女川原発反対同盟」のブルーの旗を見たときは感動した。こういう旗は欲しい。労働組合でもこれまで反原発運動に具体的に連帯して闘ってきた団体であれば反原発を銘じた幟など持っているのではないかと思う。

みなさんが、そういう旗をお持ちでないとすれば、自分たちがこれまで原発問題にどう取り組んできたのか、どう取り組んでこなかったのかを吟味し、その上で、反原発を訴える自分たちの旗を、今つくればいいではないか、自分たちの組合運動の立場から、反原発を訴える、そういう言葉や表現を新しい旗幟にこめればいいではないか。と思います。それが、組合として抗議行動に参加する意義だし、再稼働の最後のハードルを外した橋下市長批判などは、上手く工夫できれば参加者から大歓迎されるでしょう。

個人で参加する人たちは、自分なりの工夫をして、プラカードを作ってきている。はっとするような名文や名作にもお目にかかる。そういう人たちは、デモに来る前にそれを作りながら何時間も、自問自答しているのでしょう、原発爆発を許してしまった自分自身のこれまでの人生について、子や孫が生きなければならぬこれからの苦難の時間について。それを想像するだけで、今、私は目頭が熱くなる。

未曾有の事態の中、誰もが試行錯誤しながら歩んでいます。みなさんが話した若いスタッフもそうでしょう。反原連のコアメンバーもそうでしょう。これまでの思考の枠を超えた事柄がどんどん起こってきています。これこそ、まさしく、誰が仕切っているわけでもない「運動」というものの醍醐味でしょう。だれも彼もが「歴史」から想像力を要求されています。

私は、教員であるみなさんに、日頃子供たちから学んでいるであろう、豊かな想像力を発揮してほしい。
子供たちのために、原発絶対廃絶を表現した素晴らしい旗をつくって関電前に登場してほしいと思います。
団体旗って団体の宣伝活動でしかないのでは? (Unknown)
2012-07-24 11:34:44
想像してみてください。
抗議の場に、個人個人のプラカードよりずっと目立つ、こんな大きなのぼりがばんばん立っていたら?

「日本○党 田中○夫」
「のりかえない? ソ○トバンク」
「通○生活」
「○×ガスのエネファーム」
「太陽光発電ならシャー○のサンビ○タ」

あるいは「名前や社名入りの」風船とか?

いやだって、私、私たち社員は、脱原発応援してますし、そのためにいろいろがんばってますし、議員、社員としての私は私そのものですから!

って、なんか変じゃないですか?
僕はなんかもう、一般参加者に対して、礼儀としてだめなんじゃないかと思います。
抗議よりも宣伝に比重があるようにしか見えない。
自分たちは正しい活動をしているからいいんだと思っているなら、独善が過ぎると思います。
一般参加者は所属組織や自分の存在をアピールする下心なく来てるわけですから。

もしこれが「拙速な再稼働に反対します! (小さく署名)」「禁原発! (小さく署名)」のようなのぼりだったら、僕は場にそぐわない感じをあまり持たないでしょう。

でもどうしても団体旗じゃなきゃいやなんだってことなら、最近はデモでもブロック分けして工夫している場合がありますし、団体旗エリアを明確に区分けするのはありかもしれませんね。だって団体旗の集団に巻き込まれたら、まるで自分がその旗の一員みたいじゃないですか。僕は嫌です。

後方にここから労組エリアみたいな看板出して、そこに固まっていてもらえれば、まあ、許容できるかな。区分けするとしても、前方は個人で、場合によってはたった一人で決断して、自分の考えだけで集まっているひとたちにお譲りいただきたいところです。

(その点、日の丸は特定の団体を代表するとは言いがたいのでは? 負の歴史を背負っていることもたしかですが、日本のシンボルとして定着しているのも事実です。僕は日の丸を誰に対してあれ強制するのは反対ですし、他国に見られない深々とお辞儀する独特の習慣も理解できませんが、他人に拒否すること求めることには、強制することと同様、賛成しません。放射能によって失われるかもしれない国土を取り戻し守るため、国のシンボルを掲げようと思う人がいることには、なんら反感がないですね。全員掲げろと言われれば抵抗しますけど。)
Unknown (Unknown)
2012-07-24 12:22:48
団体旗=宣伝 じゃないのか と書いた者です。

これはもう、組織に従属し、組織の歯車として役を果たす、という形をとらないと、仕事から抗議まで、何もできない人と、ゆるやかにつながりながらも個人として判断し個人として行動する人との断絶じゃないかと思ったりもします。

会社共同体が崩壊して、後者が増えてきたってことじゃないでしょうか。

団体になじみのない個人参加者の団体旗に対する忌避感は今回に始まったことではなく、僕などはずっと前からデモに参加する度、抗議のプラカードより団体旗が目立つことが意味不明だと思ってました。

そういう風に思ってきた個人参加者の思いが、今回主催者がそういう考えの人だったことで、初めて明確につきつけられたってだけじゃないでしょうか。

しかも非常に大きなムーブメントになったため、組織大事な方々としては組織の宣伝機会を遺失したと感じ、大損をくらっている気分なのじゃないですか。

その単なる下心を自覚するべきです。

他にも重要な問題があるから知らしめたいと思うなら、歩きながらいろんな人と対話するなかで触れればいいんです。その方が絶対伝わります。

僕も歩きながら、知らない人といろいろ話したりしますが、労組系や共産系の方はどうも、こいつは味方か敵か、という態度をすぐ取るように思います。完全に味方とは言えなさそうなら、もう目つきが敵視に変わって、すっと離れて行く。

個人参加の人でそういうひとはめったといませんね。
Unknown (Unknown)
2012-07-24 12:23:39
団体旗=宣伝 じゃないのか と書いた者です。

これはもう、組織に従属し、組織の歯車として役を果たす、という形をとらないと、仕事から抗議まで、何もできない人と、ゆるやかにつながりながらも個人として判断し個人として行動する人との断絶じゃないかと思ったりもします。

会社共同体が崩壊して、後者が増えてきたってことじゃないでしょうか。

団体になじみのない個人参加者の団体旗に対する忌避感は今回に始まったことではなく、僕などはずっと前からデモに参加する度、抗議のプラカードより団体旗が目立つことが意味不明だと思ってました。

そういう風に思ってきた個人参加者の思いが、今回主催者がそういう考えの人だったことで、初めて明確につきつけられたってだけじゃないでしょうか。

しかも非常に大きなムーブメントになったため、組織大事な方々としては組織の宣伝機会を遺失したと感じ、大損をくらっている気分なのじゃないですか。

その単なる下心を自覚するべきです。

他にも重要な問題があるから知らしめたいと思うなら、歩きながらいろんな人と対話するなかで触れればいいんです。その方が絶対伝わります。

僕も歩きながら、知らない人といろいろ話したりしますが、労組系や共産系の方はどうも、こいつは味方か敵か、という態度をすぐ取るように思います。完全に味方とは言えなさそうなら、もう目つきが敵視に変わって、すっと離れて行く。

個人参加の人でそういうひとはめったといませんね。
Unknown (にゃんこ)
2012-07-24 12:32:09
震災以前までイデオロギーの意味も右も左もわからなかったものです。官邸前も何度か参加しています。

ほんとに原発が嫌なので 3.11以降脱原発デモにもいろいろ行くようになりましたが 一人でいったり家族といったりしてるのですが労働組合ではなくてもやはり団体旗ばかり揚がっているところですと なんとなく居づらいです・・。

団体旗が揚がっててもあがってなくても 反対は反対で自分は行きたいとは思いますが 個人で参加してる人の中にはその場に居づらいという人もいると思うし 行きにくいという人も実際いると思います。

どこかの団体関係なく多くの個々・人々が集まっているということをあらわすには さらにいままでデモとは無関係の人々を行動に移しやすくすると思いますし 多くの市民がここまで動く大きな問題だと政府にも無関心な人にも示すこともできます。

主催者のやりかた・流れでここまできて ここまで多くの人が集まったとしたら それはその戦略があたったんでしょう。
官邸前は仕事帰りにいける人はいける時間だしツイッターみて一人参加しやすかったりします。

原発は国民一人一人の命の問題だし運動もデモもしたことはないけど 気になってる人、抗議したい人はまだまだいると思います。 
のぼりがあってもなくても反対の人は行動し抗議すればいい事なんだろうけど それでも個々が参加しやすい抗議の場ができ ここまで集まったならその流れが変わらないようにお願いしたいです・・。
原発事故で故郷を奪われた一市民として (髭彦)
2012-07-24 13:37:36
僕も、政党・党派やその関連の団体には一切加わっていない、福島の生まれ故郷を原発事故で奪われた一市民としての止むにやまれぬ思いから、脱原発のために40年ぶりに昨年6月からデモや抗議集会に参加してきました。
正直なところ、そういう集会などで、これまで脱原発に取り組んできたとは思えない労働組合や政党・党派、その関連団体の旗や幟が林立していたりすると、かなりイヤな感じがして、特に行進するときはその側は避けたものでした。
しかし、過去はどうあれ、3.11以後、以前の行動を真摯に反省して脱原発のために組織を挙げて行動するようになったのであれば、今の段階で自分たちの旗や幟をこれ見よがしに見えない程度に掲げるのは許容されていいと僕は思います。
現に、7.16「さようなら原発17万人集会」ではそうでしたし、それで参加者の間で大きなトラブルがあったとは耳にしていません。
7.16集会を埋め尽くした17万人の多くは、僕と同じような基本的には政党・党派やその関連の団体には一切加わっていない市民だったと思います。
そこに政党・党派やその関連の団体に属する市民も加わり、ともに行動したのではないでしょうか。
10万人を超えるようになった官邸前抗議行動と17万人を結集した7.16集会とでは、そこに至るまでの経緯には大きな違いがあるかもしれませんが、現段階で参加する多くの市民にとっては場所・時間帯が違うだけで、基本的にはまったく同じ抗議運動として特に区別は感じていないと思います。
脱原発運動をここまで広げた最大の原因が、組織に属さない「普通の」市民の参加の急増であったことは疑いありません。
300人から始めたという毎週金曜日の官邸前抗議行動が、それに大きく貢献したことも間違いありません。
だからといって、すでに一部の既成の政党・党派やその関連の団体、労働組合なども真摯に脱原発に取り組み始めているかぎり、その人たちが組織的に参加することを排除するのは正しくないと思います。
僕たちが求めるべきは、その人たちにも、組織の判断と行動を最優先するのではなく、脱原発という大義のために最大限、個人としての判断と行動を優先してほしいということではないでしょうか。
旗や幟の問題は、主催者が一方的に「ルール」を決めて押し付けるのではなく、そうした文脈の中で参加者同士がじっくりと話し合い、丁寧な議論のうえで共通理解を深めるべき問題だと、僕は思います。
いかがでしょうか。
そろそろ金曜日とは別の日にやった方が良いのでは? (北の国から)
2012-07-24 15:30:11
首都圏反原発連合の主催者メンバーの一連の旗を降ろせ論的なツイートを見てだんだんとしらけてきました。そこまでいうのなら、彼らと一緒に集う必要もないのではないかと思います。もちろんそのことによって非常に喜ぶ人たちは大勢いますが。私は3・11以降に出来上がった運動よりも、戦前・戦後から運動してきた人間の方を支持します。
「労働組合」それ自体を敵視し、悪者視するような議論 (髭彦)
2012-07-24 16:49:38
補足です。
労働者が労働組合をつくるのは労働者の「団結権」という、国民の重要な基本的人権のひとつです。
ですから、「労働組合」それ自体を敵視し、悪者視するような議論は、ためにする議論か、そうした議論にも影響された誤解に基づく議論だと思います。
悪いのは、経営者と癒着して「御用組合」になったり、政権と癒着したり、特定の政党・党派と癒着したり、特権化したり、要するに本来の、労働者が孤立しては解決できない労働条件、生活条件などの改善を企業・財界・政府に求めたたかう組織から逸脱した「労働組合」でしょう。
それに対して、急増しつつある非正規労働者や、劣悪な労働条件やパワハラ、不当解雇などにあっても何ら助けてくれない御用組合に代わって、労働者を守るためにたたかう地域労組をはじめ、本来の使命を貫いている労働組合も少数ではあっても存在しています。
この二つの労働組合をミソクソ一緒にはできません。
日本では残念ながら多くの労働組合が前者の道をたどってしまった結果、労働組合の組織率は減少の一途をたどり、社会的リーダーシップをかつてのように取ることのできる権威をすっかり失ってしまいました。
今回の3.11後の反原発運動に関しても、そうです。
しかし、もし「大阪教育合同労働組合」が本来の労働組合にふさわしいたたかいを今も続け、組合民主主義を貫き、その中で組合として反原発に取り組むことになったのであれば、その組合旗を反原発集会やデモで掲げるのは何ら不当なことではないはずです。
もし逆に、そうした実態がないのに、反原発運動の盛り上がりに乗じて参加し、我が物顔に組合旗を振りかざしたのであれば、反発され、批判されて当然です。
問題は、どちらが事実なのかでしょう。
僕も含めて労働組合や政党・党派・その他の大組織とは無関係に参加している市民にとっては、その事実の判定が必ずしも容易ではありません。
しかし、それこそそれは現場で主催者も含め参加者たちが対等の立場で真面目に話し合えば理解しあえるはずです。
現下の、10万人を超えるようになった官邸前抗議行動では、警察はもちろんのこと、主催者側のスタッフも、疑問を持つ参加者に対して一方的に「ご協力ください! ご理解ください!」と叫ぶばかりで、残念ながら参加者との率直な対話・議論をしようとする姿勢がまったく見られません。
ある方が僕のFBのウォ-ルで言われたような反原発連合の「レッドウルフさんが明確な指針を掲げ、「団結」「闘争」は、いらないと決めたんだから、組合だって従うべきです。」などという事実がもしあるとすれば、それがいったい何を意味するのかを含めてこの際徹底的に議論をし、共通理解・相互理解を深めて、広範な市民による未曾有の非暴力抵抗運動としての反原発運動をさらに発展させましょう!
わざわざ同じ曜日に講義する必要はないと思います (Unknown)
2012-07-24 17:21:13
気を悪くされるかもしれませんが、どうしても黙って見過ごすことができませんでした。

政治的要素を含まないものであっても、一見して抗議と関係のない幟が目立つ位置にある時点で、私は正直抗議に参加しにくいです。
一人で参加するなら尚更です。

竹林氏のアイデンティティというのは幟でしか表現できないものなのでしょうか?

金曜の関西電力前の抗議活動は今回が初めてなのでしょうか?

もし以前から参加されているのであれば、なぜ先週に限って幟を持参されたのでしょうか?
わざわざHPで幟を掲げることが可能かどうか確認してうえで。
私は何度か参加してきましたが、一見原発と関係ない文言にもかかわらず、あれほどに目立つ幟を見たのは初めてです。
申し訳程度に「原発反対」と書かれた紙が上部にくっついていたのが余計に『後付けだったのだな』と思わせてなりませんでした。

あとこのブログの文言から「日の丸は容認するのに」と解釈されている方も沢山いるようですが、けしてそんなことはないと思いますよ。
実際に下げるようスタッフの方がお願いしている姿も見たことがあります。

話をここまで大きくする必要はあったのでしょうか?
もっと他に方法はありませんでしたか?

金曜日の夜なんて一番遊びたい時間帯にもかかわらず、若い人たちがスタッフとして抗議の場を作る為に試行錯誤しながら頑張ってくれているじゃありませんか。

再稼動反対という思いひとつでせっかく集まっていたのに幟ひとつでここまでいろんな人をまきこんで、
私のような右も左もない一般人からすれば残念でなりません。
ひとつにまとまるべき大事なときに内部分裂させてどうするのですか。
天秤にかけてもご自分の自己を表現する事のほうが大切なのでしょうか。

スタッフの方も今後どうするか考えていらっしゃると思います。
「同じ目標を持つもの同士一緒に戦おう」という気持ちがあるならば、
この竹林氏も歩み寄る姿勢を持つべきだと思うのは私だけでしょうか。

主催スタッフの方が「やめてください」とお願いした以上、それに従うべきだったと私は思います。
頑としてそれを拒否するのであれば、別の曜日に組合の幟をたくさん持って抗議活動すべきだと思います。

当人の方々にとっては些細ではないことでしょうが、再稼動反対という大きな目標の前ではちっぽけな問題だと思います。

とある一般人の意見です。
長文乱文失礼しました。
丁寧な議論が大事 (タヌキ)
2012-07-24 19:28:42
原発事故で故郷を奪われた一市民さんの意見に共感する、やはり僕も福島県出身者です。ふるさとからみんな避難してほしいと思いながら、あえて被爆覚悟で東京に住んでいます。ここで止められなければ、被害が際限なく広がると思うからです。
首相官邸前抗議行動はすばらしい広がりを見せています。もちろん主催者グループとスタッフとして加わっている皆さんのご苦労は大変なものだと思いますし、状況判断もうなずける点が多々あります。心から敬意を表します。運動の広がりがこういう問題意識と議論を生み出しているのですから、これ自体喜ぶべきことでしょう。
丁寧な議論が必要なのだと思います。そのためには、違いを取り上げるだけでなく、違いを認め合うことも必要なのではないでしょうか。これまで幾多の運動が「小異を捨てて大同につく」という議論で、かえって分裂の憂き目を見てきました。ところがこれは本当は「小異を残して大同につく」というのが正しいのだと聞いたことがあります。これだと思います。「小異」は個性であり拘りです。これは捨てられない。関電前の主催スタッフと労働組合の軋轢は、ここをめぐってのものでしょう。
それでは大同は何でしょうか。問題はこの抗議行動がどういう方向に向い何を生み出すかであって、これ自体を目的化するのは避けなければならないと思います。このままあの場所を確保するだけでいいのでしょうか?主催者はこの抗議行動だけでは、再稼動はとまらないとお考えのようですが、本当にそうでしょうか?これらのことをオープンに議論する時期が来ているのかもしれません。
このコメント欄に散見する、ルールに納得できないなら、別にやったらというのは、乱暴な議論です。そもそもルールなるものが主催者など誰かの判断で決まるものかどうか、百歩譲って、最初はそうであったとしても運動の変化に従って現場の中から生まれて来る、という発想こそが大事なのではないでしょうか。強い言葉で、捨て台詞のように言われるルールがいやならよそでやれ風なコメントを見ると、原発要らないって言うなら、電気は使わないんだな等と言う幼稚極まりない意見に通低するものを感じ、ちょっと切なくなります。(-_-;)
今が大事なときです。ちなみに僕は27日も官邸前に行こうと思っています。主催者なしでも抗議行動は国民の権利ですよね。(^。^)
Unknown (山椒魚)
2012-07-24 21:10:41
私はタヌキさんの意見に賛成です
とても怒っています(2) (Unknown)
2012-07-24 23:17:50

(70年代生まれですが)さん、
2012-07-24 11:21:20----------------------
>>いや、もしかしたら、あの人たちは原発推進派の人たちなのかもしれません。
とても怒っています。 (Unknown)

>こういうとんでもない言いがかりを付けてくる人がいること自体が信じられません。
>なぜそんなひどいことを言えるのか、とても正常な神経の発言とは思えない。

>こっちがマジで怒りたいです。 いい加減なことを言うな!!
>こういうめちゃくちゃなことを言う人のコメントはまともに読めないし本当に辟易します。
-------------------------------------------

ははは。「いいかげんなことを言うな!!」とは、どういうことでしょう。
「いいかげんなことを言っている」と思う根拠があるのですか?
あの日火薬をつけた人たちが原発推進派ではないと確信できるのですね?
「火薬を爆発させた団体は、れっきとした反原発派だ。原発推進派などではない。(疑いに憤りを感じ)いいがかりをつけるな。」というようにも読めます。
あの一件に関して、やった人のことを御存じなのでしょうか。


>こういうめちゃくちゃなことを言う人のコメントはまともに読めないし本当に辟易します。

このように気に入らない情報が入ると、書き手を「めちゃくちゃなことを言う人だ」と完全否定に入れる人もいるだろうということも考慮しておりました。
それ以上読みたくない、知りたくない、といった事柄がでてくると
それを「本当に辟易します」という言葉に置き換えて
神経質なコドモがするような完全拒絶・完全防御の世界に入ってしまう。
だから、私は彼らには言葉が通じないと言っているのです。

わかりたくない場合は相手を完全否定してしまうような、器の小さい社会運動団体さんは、
団体旗がないデモが気にいらないなら、その抗議行動を最初から否定して、参加しなければいいのです。
排除されたとふてくされる必要はないのです。

原発を止めるには、多くの国民の賛同が必要です。
大きな受け皿が必要です。
自分たちのスタイルが貫けないからといって、非難したり、邪魔に入ったりしてくる人たちは何人の団体ですか?
ほかの何万人もの参加者から溜息をつかれて、困られているのにも気づかない。
いや、気づいても、それを不当な扱いだ!と思ってしまう。
ほんと、キリがありませんよね。
この論争を続けることによって、
やけを起こす人がでてこないことをたくさんの人が、真剣に祈っています。
ほんとうです。
「首相官邸前抗議は、あくまで非暴力直接行動として呼びかけられたもの」 (髭彦)
2012-07-24 23:26:16
7/6の官邸前デモのあとにブログにのせたものです。

今官邸前などで生まれつつあるのは、自立した「普通の市民」による「非暴力直接行動」をも含む大規模な「非暴力市民的抵抗(不服従)」だと、僕は感じています。
この場合「普通の市民」と言うのは、いろいろな意味で「特権的ではない」市民という意味です。地位・カネ・組織・学歴・性別・年齢などに守られることのない「市民」で、「横並び」の「普通」という意味ではまったくありません。
また、「非暴力市民的抵抗(不服従)」と「非暴力直接行動」とは同義ではありません。
たとえば、毎週金曜日夜の官邸前デモを主催している「首都圏反原発連合」のHPに載っているデモ参加の呼びかけの注意事項の一項目にはこうあります。
「この首相官邸前抗議は、あくまで非暴力直接行動として呼びかけられたものです。その趣旨を十分にご理解頂きご参加いただきますよう、宜しくお願い致します。」
この間の主催者側の対応を見ていると、どうやら「非暴力直接行動」という概念を「非暴力市民的抵抗(不服従)」と混同し、さらに「非暴力市民的抵抗(不服従)」を「法令順守」行動と混同しているのではないかという懸念を持ちます。

現に、7月6日の夜7時半過ぎから官邸前交差点近くの地下鉄4番出口付近の車道全体に、警官の規制を振り払って歩道からあふれ出した参加者の、まさに「非暴力直接行動」を、主催者側は警察と自分たちの規制と制止を無視した危険な混乱行動とのみとらえ、警察側の強い指令を認めて7時50分に「解散」宣言をしてしまいました。
またその後、主催者の一部の若いメンバーは、4番出口付近での警官の規制に協力しているとしか見えなかった自分たちの制止行動を「警察の手下」だなどと一部の参加者から悪罵されたとして恨み、規制と制止に従わず車道で「非暴力直接行動」を実行した人びとを「前進バカ」だとか「極左」だとか「一部の変なひと」だとか罵り、絶対にあいつらを仲間だとも思わないし、許さない、とか、来週のデモは中止すべきだとか、「運動はキライ」だとか、300人のデモのころが懐かしいだとか、ツイッターで流しています。
不必要にこういう真面目な若い人を追い詰めてもいけませんが、自分たちが始めた場と運動がこれだけ大規模に発展したことをまるで喜ばず、ただイライラし、後ろ向きになって、こうした幼稚な判断と感情に身を任せるのは、少々情けないですね。
新たな課題が生まれているのは事実ですが、それは運動が主催者の当初の予想をはるかに超えて大きく発展したからこそ生まれた、前向きに克服すべき積極的な課題です。
さすがに主催者の中でもこうした幼稚で狭い後ろ向きの意見は少数のようで、幸いなことに今週の7/13にも官邸前デモが呼びかけられています。

官邸前で300人の小規模なデモから初めて毎週金曜日デモを主催し、僕たちのような普通の市民が参加しやすい形態を工夫して、ここまで大規模なデモが可能になる場をつくってくれた主催者の方々には、改めて大きな敬意と感謝の気持ちを表します。
どうか、下に付記するような「非暴力市民的抵抗(不服従)」と「非暴力直接行動」の関係をしっかりとふまえ、強化される一方の警察の規制にあくまで10万を超え始めた「普通の市民」の抗議参加者の立場に立って、柔軟かつ原則的に対応し、安全確保と共に、これ以上、市民の間での無用な対立や疑心暗鬼を拡大させないようにしていただきたいと切望します。

ガンジーやキング牧師たちの先駆者たちが実践した「非暴力」の市民的抵抗・不服従というのは、一人一人の市民が人間としての尊厳にかかわる自己の良心のみに従って、権力や強者の不正と「非暴力」のありとあらゆる手段で異議申し立てをし、抵抗することです。
「非暴力」行動の中でも「非暴力直接行動」というのは、いざとなれば法令・規則に反してでも(したがって逮捕覚悟で)「非暴力」の抗議行動を行うことです。
7月6日は、警察の規制を振り払い、官邸前交差点近くの車道全体で抗議行動を展開したのですから、明らかに道路交通法違反を僕たちは犯したわけです。
しかし、国民のいのちと暮らし、美しい国土を、根本的に侵しかねない野田政権と原子力ムラの強行しようとしている原発再稼働、推進政策をやめさせるためには、もうそこまでするしかないと僕たちは覚悟を決めたのです。
その僕たちを圧倒的な力を持っている警察や特に機動隊が蹴散らし、逮捕することは、物理的にはもちろん簡単でしょう。
しかし、僕たちの側には、あちら側にはない人間・市民としての道義・倫理性と数の力があります(それしかありません)。
仮に野田政権が警察や機動隊を使ってそうした弾圧に出たとしても、僕たちは暴力は絶対に使いません。
どんなことがあっても、「非暴力」による人間・市民としての道義・倫理性と数の力で抵抗を続けます。
そうした歴史が、首都東京でまさに僕たちの目の前で始まったのです。
いざとなればそうした「非暴力直接行動」も取りながら、知恵と力を合わせてさらに巨大な「普通の市民」による「非暴力市民的抵抗(不服従)」のうねりを巻き起こし、野田政権と原子力ムラに再稼働撤回と脱原発を迫ってゆきましょう!

旗について ((猫鹿))
2012-07-25 00:11:16
自分には苦しい記憶があります。かなり以前、住環境問題で戦ってました。近隣のいくつかの町内で結束し超巨大建築計画反対運動を起こしたのですが、運動が盛り上がり報道などで周知された頃、この町とは関係のない外部団体の上乗りがありました。町内の結束は崩れ、皆顔をひきつらせ去りました。住民運動は大きなダメージ受け変化しました。
ほんの一瞬,旗が迫ってきただけで引いてしまう住民運動とは情けないとも思いましたが、一般市民は外部団体のいきなりの介入.デリカシーの無さ、その旗と自分たちの町内を同一視されることへの恐怖で引くのです。当時は無関係の自分まで疑われショックでした。
(結局、住民運動は解体、一人で業者と行政、+団体の3方向と戦わねばならなかった)団体旗介入は運動の収奪/迷惑です。(今回の団体旗問題にも少し似た不安を感じて心配しましたが。ブログ主さん、似ているなんて.まちがっていたらごめんなさい。)

官邸前&関電前の「団体名だけの旗は御遠慮下さい」とはデリケートな配慮かと...。
あくまでも個人主体の抗議行動だから。皆、一人で自由に参加できるところがいいのです。『団体旗は無いほうがいい』と自分は思います。抗議行動は自発的行動ですし、個々の強い意思の集合です。盛り上がっているこの抗議集会を さらにささえ、非暴力で圧倒的な数で,押してゆけたらどんなにすばらしいでしょう。なまぬるいとかふぬけだとか仰る方もいるようですが、根底に激しい憤り強い怒りがあることはまちがいない。
私は反原連抗議行動のスタイルを支持します。個人の意思発現の貴重な場としての官邸前。支持し、応援し、見守ります。

日の丸はさまざまなイメージがあります。太陽神だともいわれていますが、古代白い布の真ん中に収穫した動物の頭を置き日の丸としたとも聞きます。日の丸には清濁併せのむイメージが含まれ,それが日本だとも思うので、個々の集合体としての抗議集会には目印としてひとつくらいあってもよいかしら?と思います。

(お話の場をご提供いただきありがとうございました)

Unknown (Unknown)
2012-07-25 00:54:00
>>行動に参加してしばらく(およそ30分ぐらい)たったころ、「STAFF」の腕章を付けた方が話しに来られて、「組合旗を下ろしてほしい」と求められました。それで、そのことについて結局、行動の終了時間までずっと議論を続けるという状態になってしまいました。

抗議行動の時間に何迷惑かけてんの、としか思えないわけですが。
反原発を訴えに来たのではなく、自身の存在をアピールしにきたのが今回の趣旨と言われてもしょうがないでしょう。

別に抗議場所は関電前なくてもいいでしょうに。それこそ再稼働を容認した府庁なら本来の活動と一緒にできるし、関電の大株主の本社(大阪支社)、民主や自民の大阪支部なり抗議する場所はいくらでもあるのでそちらで自らの主張をされることをお勧めします。
Unknown (にゃんこ)
2012-07-25 02:02:28
ルールを守れというか この抗議の場はそういうスタンスでやり 人が集まって個人参加も増えてここまで大きくなった これからもそうしましょ だからといって特定の団体の抗議活動そのものを排除してるわけじゃないと思います・・。 
旗をあげないとできないならば掲げての反対活動できる場は他にあります選べます(突き放してるわけじゃなくホントにあるからできるから)、そういった旗を掲げる抗議の場が沢山あるとともに 逆に運動とは無関係な人があつまりやすい個人参加しやすい時間帯と抗議スタイルでやる場もあって作っていいんではないでしょうか。その空気をつくるための一つに旗を掲げないでくださいとは言っても 団体そのものの排除とは違うきがします・・。そして結果人も集まった その個々も参加しやすい流れを保ため作るためにもこれからも旗をあげるのはちょいとココでは我慢してください、ご協力してください という事なんでしょう。排除っていうのとはちょっと違う気がします。

さよなら原発集会17万人だんなと2人でいきましたが 旗もたくさんあがってましたけど 実際どこを歩こうか迷いました。団体や政党などののぼりのたってない 個人のプラカードの多いところに入りました。

歩く日中のデモは家族連れや連れ立っての参加も多いけど、官邸前は仕事帰りの人 ツイッターで個人参加も多いと思うし この抗議の場はその流れでなおさらそういう人が一人でも多く集まりやすいようにやっていこうってだけなんじゃ。
 (はまー)
2012-07-25 02:56:56
組合旗も日の丸も、デモには不必要(政治的意味合いはまったく異なる両旗ですが、あえて)。
ただ、組合員、活動家の方々が個人で参加されるのは、もちろん大歓迎!
むしろ運動の先輩として場に必要、とすら思います。
もう旗論争はやめて、全原発廃炉に向けて個人個人が結集しませんか?
右翼だからだめ、と、左翼だからだめ、の衝突は、もういい。
随分軽い絶望だな (ゆう)
2012-07-25 03:44:23
この労組の方はよく言えば繊細、悪く言えば世間知らずのボンボンだと思われる。

絶望とか簡単に使ってるが、随分軽い絶望だな、と思ったよ。

こんな労組では、本当に生死の際に居る労働者の救済などできまい。

せいぜい恵まれた方々の平穏な日常維持に尽力してくれ、としか思えないな。

労組への誤解?ではない。
実際に労組が多くの庶民を見殺しにしてきた実績から、一般市民は労組をカルト集団のテロリストと同一視してるのだ。

民衆との意識乖離にすら気付いてないなら、そのまま勝手に妄想に浸っていてくれ。

組織など持たない裸一貫の市民個々人が官邸前を支えているのだ!

個人のスタンスでは参加できないという労組員なら、来ていただかなくて結構である。

俺は戦車隊が来ても官邸前に居る。
しかし、主催じゃない場合は主催に従うべき! (労組もガンバレ!)
2012-07-25 11:00:13
「若い組合員たちの中にも、これまでにこの行動に個人として参加した者もいます。私も何度もそうしていました。」→いいと思います。TwitNoNukes主催抗議では主催ルールに従って個人として参加で良いではないですか。宜しくお願いします。

「けれど、いつまでも個人の課題ではなく、さらに闘いを広げるため組合として参加しようと議論しました。」→団体としてTwitNoNukes主催に参加するのは止めて下さい。
団体で抗議するのなら、別に自ら労組主催抗議を行って下さい。
TwitNoNukesの意向は尊重してください。
労組主催抗議を開催しても、TwitNoNukesは多分労組抗議には不干渉不介入のはずです。
労組もTwitNoNukesには、個人参加以外の事では、不干渉不介入するべきです。
宜しくお願いします。

労組は否定しませんが、労組の中の人はやっぱり労組視点。外の一般から見れば、ヘンですよ。
冷静になって下さい。
TwitNoNukes支持者より
わたしは日の丸が嫌です (きじむん)
2012-07-25 14:34:27
わたしの祖父は沖縄出身ですが、日の丸には複雑な思いがあります。
そのことを右翼的なかたになじられた経験もあります。
ですから、日の丸ばかりの集会にはいきたくありません。
旗を禁止するなら、日の丸もふくめてやって欲しいと思います。
日の丸がいいなら、旗の禁止をやめて欲しい。
その方がいろいろな思いをもった人が参加できると思います。
もう一つの対立点 (YI)
2012-07-25 17:04:16
過去二回官邸前デモに参加しました。労組に入っていたこともある20代の男性です。思うところは色々ありますが、一つだけ申し上げます。

ここまで皆さんのコメントを読んできて、実は、組合旗(または日の丸)を容認する/容認しないという対立点以外にも、重要な対立点が浮上してきていることに気がつきました。それは、容認する/容認しないという対立自体を議論の対象とするべきか、議論の対象とするべきでないかという対立です。不思議なことに、労組はイメージが悪いから他の集まりで抗議しろという方も、反対に、デモは本来自由なのだから主催者や一般の参加者の意向は無視して労組として抗議しようという方も、対立する相手方と議論するべきでない・する必要がないという点では一致しています。(さらに、どちら側にもつかず、対立は推進派に利するから、対立をを止めて一緒にやりましょうと訴えている方も、この点では一致するでしょう。)それに対して、労組に好意的であっても批判的であっても、共通の課題のもとで、じっくり相手方と議論していこうという方々もいらっしゃいます。この方達は、むしろ今こそ、対立する相手方と議論するべきだと考えているのでしょう。かくいう僕のその一人です。

組合旗を容認する/容認しないという対立に正面から向き合い、議論を深めなければいけないという考えには、日本の社会運動を巡る歴史と現代の新しい社会運動の潮流をどう受け止めるのかという課題が隠れています。今、労組で奮闘している方は、前者の歴史の負の遺産を悩み、後者の潮流に戸惑われておられることでしょう。そうでない労組の支持者のみが、一般の個人参加者の意向なんて無視してよいという結論に至るはずです。他方、3.11後はじめてデモに参加したという方にとっては、そんな歴史なんて知らないし、興味ないし、関係ないということになるかもしれません。しかし、福島第一原発が、昨年たまたま偶然に爆発したのではなく、多くの人には見えていなかった原発の歴史の負の遺産が積み上げられ、あくまでその結果として爆発したのと同じように、今僕らが直面している脱原発運動の内部対立も、そこに至る歴史を持っています。そうした歴史を知れば、これまでデモや社会運動に疎遠だったということも、決して偶然ではなく、日本の社会運動の歴史の一つの所産であることがわかるでしょう。そして、日本の労働組合運動が、負の遺産だけでなく、「正の遺産」も残してきた(少なくとも残そうとしてきた)ことを真面目に考えれば、労組はイメージが悪いといって一蹴することはできなくなるはずです。

といっても、組合旗を容認する/容認しないという両立場の相互理解のためには、必ずしも、まず最初に歴史に関する知識が必要というわけではないかもしれません。僕は、「丁寧な議論」を訴える二人の福島出身者の方のコメントに胸を打たれました。ある意味では一番の当事者ともいえる方々から、こうした発言があることを、どちらの立場にある方も謙虚に受け止めなければならないでしょう。この社会が変わらなければならないことを痛烈に感じておられるからこそ、対立を無視したり回避したりするのではなく、今こそ丁寧な議論をと仰っているのです。同じ課題のもとで、対立する相手と議論することは、自分の立場や考えが変わる可能性に賭けることです。政府や東電や社会に対して「変われ!」と要求している僕たち自身が、自分たちの変わることを恐れているようでは、変わるべきものも何も変わることはないでしょう。
スローなデモにしてくれ (BLOG BLUES)
2012-07-25 19:15:35
こんにちは。「官邸前デモ」で検索しているうちに辿り着き、思うところがありましたので、投稿します。

もう、投稿意見の大勢を識り、ブログ主様も考えを深められたかと存じます。

脱原発の主張は、必然的に、脱大量電力消費社会へと繋がってゆく。官邸前や関電本社前デモを運営している有志の方は、若く、言葉も貧弱でしょう。でも彼らは、そのことを、皮膚感覚で、解っている。首都圏反原発連合の一角を占める、素人の乱の松本哉氏の「金持ちがのさばる消費社会が気に食わない」の発言、行動に明らかでしょう。僕らも、解りましょうよ。

彼らは議論が苦手で、虫酸が走るくらい嫌いなんだと思いますよ。そうした相手に議論を迫るのは、ここまで大きなうねりを作り上げて来た彼らの努力に対し、僕はほとほと感服している、余りにも大人気ないじゃありませんか。取り下げてあげてください。お願いします。日の丸を受容するのは、♪~兎追いしかの山~という愛郷心が、無意識下にあるからでしょう。原発は、郷土破壊だから。

スローな社会をめざす運動なんです。やあやあ我こそはと、旗指物をおっ立てるのは、アサッテの方向。野暮の骨頂です。スローなデモにしてくれ。
Unknown (Unknown)
2012-07-25 23:55:44
旗を下げろというのなら全ての旗が下がっていなければおかしいですし、上げても良いのなら全ての旗が立っていなければ平等ではないと思います。TwitNoNukesの旗と日の丸しか立てられないのであればそれは平等ではありません。日の丸だけは特別みたいな論調は支持しません。団体旗に全ての人が違和感を感じているかのような言い方も極端だと思います。日の丸に違和感を感じている人はいないのでしょうか?主催者のやりたいようにやらせて団体は別の日に行動するのもいいと思いますよ。彼らの運動は再稼働停止のみなのですから。これ以上団体旗に干渉してくるのなら彼らはそこまでの人たちなのでしょう。原発の問題は停止すれば全てが終わるものではありませんし、シングルイシューだけで全ての人たちが同調してくれるほど甘いものではありません。またこの問題で分裂や分断が持ち込まれることによって推進派に屈することになるかもしれませんがその時は一過性のムーブメントだったということであきらめるしかありません。
一過性ではない!紫陽花革命なのだ (BLOG BLUES)
2012-07-26 01:53:22
こんばんは。官邸前及び関電本社前のデモを運営している反原発連合有志の方は、旗を下げろとは言ってないと思いますよ。団体旗は、ご遠慮願いますと、お願いしてるだけじゃないの。

つまり、ぼくらが個人的に始めたことなんだから、参加したい人は、個人として参加してよってことでしょ。酌んであげなさいよ。六文銭を掲げたらどうですか。「やりたいことをやりてえな」の真田風雲録みたいで、カッコいいじゃん!下ろしてくださいなんてお願いされないと思うよ。

日の丸は、ふつう団体旗とは呼ばないよ、国旗と呼ぶんです。そりゃ嫌いな人もいるだろうけど、好きな人だっている。強要されているわけじゃないでしょ。どうしても嫌なら、自分は、日の丸が受容されるようなデモには参加しないと、毅然たる態度を取ればいいだけのことでしょ。

日の丸を受容するようなデモが一過性に終るのか、日の丸を拒否するデモが広範な参加者を集められるか、競い合おうじゃありませんか。

もっとも、答えは、厳然として出ている。なぜ、自らを省みて、忸怩たる思いを抱かないのか。僕には、不思議だ。僕は、革命を求める。だから、紫陽花革命に、今後も参加しつづける。
団体旗の自由と独立個人である自由 (無所属個人)
2012-07-26 02:53:43
ほぼ毎週、金曜夜の関電本店前の抗議に参加しています。
先週も参加し、主催者があなた方に話している様子も目撃しました。これを目撃することになったのは、あなた方の幟がかなり目立っていて、それを見た私に大きな違和感を抱かせるものだったからです。

縦1.5m、幅50cmほどの赤地に白字で「教育合同」、上に原発反対のようなことが書かれた小さなプラカードがおまけ程度に貼付けてありましたね。

貴団体の活動について、私はよく知りません。

原発問題に取り組んできたと主張されるのであれば、そうなのでしょう。しかし、私には、「教育合同」という字面と反原発が脳内で結びつきはしないのです。私も一賃労働者であり、勤務先はユニオンシップ制で強制的に雇用契約とともに組合員となりますが、他の業界の組合がどのような活動をしているのかなど知りません。おそらく、あの日、あの場所にいた多くの抗議参加者もそうであったのではないでしょうか?

金曜夜の関電本店前は、どこかの団体に属すかどうかに関係なく、個人が一人だけで参加できる希有な時間・場所なのです。それがこれまで大事にされてきたし、だからこそ、普段は仕事帰りに政治活動などすることのない労働者が金曜は残業もそこそこにスーツ姿で参加できるのです。そこでは、個人は、団体の構成員ではなく、個人として抗議できるのです。個人が集まってできあがっている抗議行動としてマスコミにも報道されるからこそ、たとえ映り込んでも、個人として参加している(つまりどこかの政治活動団体とは無縁である)という気持ちでいられるのです。

しかし、団体名だけの旗が翻る下にいる個人は、その人が望むかどうかに関わらず、ぱっと見たときに、その団体の構成員として認識されてしまいます。つまり、あなた方の幟は、関電本店前で翻ることによって、その周囲にいる個人の団体に属すことなしに抗議する権利を侵害していたのです。

少し近寄ってTwitNoNukes大阪のスタッフとあなた方との会話を聞いてみました。あなた方は政治団体ではないと言っていましたね。私はこれを聞いて、すぐにその場を離れました。この発言の欺瞞に呆れ、憤り、一刻も早くそこから立ち去りたくなったからです。

組合が政治団体でなくいられるのは、会社と従業員との間を形式的にとりもち、労使協調を実現するためだけに存在する場合に限られます。反原発や反貧困といったテーマは十分に政治的であり、このために組織として活動する団体が政治団体ではないということは嘘、偽りです。

どうか、旧来の組織をベースにした運動論を見つめ直し、TwitNoNukes大阪が主催し続けてきて、今や毎週のように数千人が集まるようになったあの時間・場所を尊重する方向に、思考を柔軟に転換して、一緒に闘って下さい。

旗・幟があなた方のアイデンティティだと固執するのであれば、他の個人の自由・権利を侵害しない違う場所・時間で、それこそご自由に、あなた方だけで抗議を行って下さい。
既に集結できる母体を形成できているのだから。

一人で声を上げるには心細いし、かといって既存の団体に属するのも気がひける、しかしやはり声を上げたいという個人が気軽に参加できる時間・場所を、どうか、あなた方の一方的な権利意識・考え方・決定で侵さないで下さい。
Unknown (通りすがり)
2012-07-26 09:23:44
反・脱原発運動が広がるにつれて、いずれは必ず向き合わなければならない問題です。

これほどまでの成功の理由の1つには「ノーカラー」を標榜した作戦が功を奏したこともあったでしょう。
また、日の丸に対する意識の変化、またそれを拒みきれないウラ事情などもあるでしょう。
市民の運動です。不完全な部分や整合の取れない部分が出てくるのは仕方のないことで、主催者側は自分達の無謬性に固執するべきではありません。
そういった弱みや欠点も含めて、率直に認めて手の内を明かした上で、正面から対応すべきでしょう。

「組合旗があると参加をためらう人達がいる」という言い分は、日の丸があると参加をためらう人達がいるかもしれない以上、合理的な釈明になりません。
また、「日の丸がイヤで組合旗を掲げたいならそういう集会を自分たちで持てばよい」という回答も、脱原発以外の全ての旗を禁止するか、逆に全ての旗を認めればいいのではないかという指摘から逃げています。

運動慣れしていない「一般の」市民に対するイメージを気にするのはもっともですが、ここまでこじれてしまっては、もうごまかしは通用しない段階に来ています。
それでもなお (個人)
2012-07-26 09:39:50
3.16の集会に行く時、同じ電車に、扉近くに組合ののぼり旗をじゃまにならないようにまいて抱くようにして立っている中年男性がのっていました。その人の組合なり支部なりが、どのような議論をして、組合として参加を決めたのかわかりませんが、いろんな話し合いや抵抗があったのだと感じました。のぼりを出せない官邸前抗議なら、もっとそうだと思います。のぼりを掲げるのは、われわれは組合として討論し決めて参加しているという意志表示なのです。のぼりを目立たぬようにとか、場所を考えてくださいというのではなく、立てるな、というのは、主催者が組合の参加を拒否しているのと同じことです。共産党のような大きな組織なら、参加していることは旗を上げるまでもなくわかるからよいかもしれません。きのうまで個人で参加していたのが、いろんな意見があるなかで組合分会として意志をまとめて参加するというのは大きな違いなのです。もちろん、大多数の労組は組合として参加を決めても、個人であるかのように参加しています。さっきの中年の人も官邸に来れば旗を示すことを我慢して個人であるかのように抗議していることでしょう。(納得できず、意見する人一人の後ろにはたくさんのそういう人がいます。)それを思うと悲しくなります。
いっそのこと、官邸前は個人の抗議の場所だから、団体は「できるだけ」ではなく、一切ご遠慮くださいとはっきり言ったらよいのかもしれません。

私個人としては、今までは、初参加の人の敷居を低くするという点で意味のあった規制ではあると思っているんですが、ここまで大きくなり、マスコミにもとりあげさせられ、デモのような抗議参加が社会的に認知されたのだから、これからは団体としてきちんと決議して参加する団体(町会でもよい。杉並とかからは町会参加がいくつも来るかもしれません)も続々いることをハッキリとわかるように参加していることがわかる旗なり、ブラカードは解禁したほうがむしろ増えると思うのです。
いろいろ参考にはなったが (Unknown)
2012-07-26 10:22:35
BLOG BLUESさんの「革命」表記には のけぞった。どこに「革命」が?
中東各地のタリハール広場でおきたことを、この人は知ってるのだろうか?
官邸前イベントで「紫陽花革命」言ってることは参加してるから知っている。まあ 軽くていいなと感じていたが、この人のように「僕は、革命を求める。だから、紫陽花革命に、今後も参加しつづける」って、・・・あなたの脳内革命をやってからにして。
つけたし。大阪教育合同労働組合書記長 竹林 隆さんからメール、きちんと読んでない人のコメントは無残ですね。
Unknown (70年代生まれですが)
2012-07-26 12:21:36
あのー、日の丸は政治団体じゃないからいいけど組合旗は政治団体だからダメとかいうコメが多いんで再度言っときますが、基本的にあなた方は相当に現場の認識が不足しています。

単に日の丸が右翼をイメージさせるからダメだと言っているのではなく
首相官邸前の最前線で日の丸を掲げているのは、正真正銘、まぎれもない本当の右翼団体なんですよ!!
主催者の反原連とはお友達の関係の右翼さんみたいですけどね。

でも私自身は反原発デモに右翼の方が来てもいいと思いますよ。主張に理があればね。
反原発ならどんな主義の人間が来てもそれぞれ自由に自己責任で主張すればいいんですよ。左右の反原発がそれぞれ旗立てて何の問題もないですよ。

だけど、主催者が友邦の右翼団体の日の丸を掲げるのを認めておいて
必ずしも左翼とも言えない組合の方の旗を認めないのは明らかにおかしいし排他的でしょう。
しかもロートル左翼だとか、扇動団体だとか罵しりまくっているし。
彼らが思想的に右寄りのバイアスが掛かっているとは思いませんが、事実そう受け取っている人もいるくらいです。

それ以上に、参加者は一切、旗を立てるなと強圧的に言っておいて
自分たちの旗と、友邦の右翼の日の丸だけは最前線で翻しているというのは
どう考えても筋が通らないし、自分たちの掲げるデモの理想を自ら踏みにじっている。

これじゃあ、デモの私物化と批判されても仕方ないんじゃないですか。

まじでちゃんと事実関係を調べてから物を言ってくれますか。
こいう事実をまずちゃんと認識してから
なぜ現場にある右翼の日の丸はよくて組合旗がダメなのか説明してくださいね。
園良太くんの主張もよんでみよう (Unknown)
2012-07-26 12:45:50
このブログにも転載されていたが
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/3513dc46e78cf17ce0ef5aad7b1317ca
園君のブログ
http://d.hatena.ne.jp/Ryota1981/20120725
にある
「3.11以降の大状況とは何かと、反原発運動のナショナリズム・警察対応」を読むことをおすすめする
さらば、欲望の国 (BLOG BLUES)
2012-07-26 14:22:16
こんにちは。紫陽花革命は、清涼なものだから、暑苦しい連続投稿は、ふさわしくありませんね、失礼しました。これで打ち止めにします。

僕に脳内革命の必要を説いた方へ。僕は、ブログを開設しており、コメントに直リンを付けております。官邸前デモに関しするエントリも「スローなデモにしてくれ」のタイトルでUPしております。ご意見があれば、そちらで伺いますので、どうぞご来場ください。

僕は「紫陽花革命」を、もう十年近く前になるでしょうか、みどりの会議の中村敦夫氏が起草した「さらば、欲望の国」への第一歩と捉えています。その想いは、エントリで述べておりますので、くり返しますが、批判されるのであれば、そのコメント欄へお願いします。

僕は楽観的かも知れませんが、ってゆうか、夢を追う時には楽観的になった方がいいと信じているので、革命ー僕らのこれまでの、大量電力消費社会の在り様そのものからの脱却ーのうねりが、興りつつあると思っています。興りつつ、なのです。これをビッグウェーブにしていくのか、砕け散らしてしまうのか。僕はビッグウェーブにいきたいと思うから、今現時点では、このうねりを興してくれた首都圏反原発連合有志の方に、ありがとうと言い、彼らを最大限擁護するスタンスを取っております。

ビッグウェーブにましょうよ。ひょうたんから駒っていいますでしょ。現に僕らは、ひょうたんから駒を出しちゃった。官邸前通りをデモの群衆が埋め尽くすなんて、すばらしいことじゃありませんか。

スローな社会をめざして、スローな抗議行動をつづけていくのは、筋が通っている。つづけて、いきまっしょい。つづけいるうちに、自然に深化していくでしょう。桃栗三年柿八年、柚子のバカヤロ十八年って、それくっらいの気持ちで取り組まなきゃ、革命なんて成功しないと、これは、山本宣治の言葉。
Unknown (大椿裕子)
2012-07-27 10:28:14
随分軽い絶望だな (ゆう)さんの「この労組の方はよく言えば繊細、悪く言えば世間知らずのボンボンだと思われる。絶望とか簡単に使ってるが、随分軽い絶望だな、と思ったよ。こんな労組では、本当に生死の際に居る労働者の救済などできまい。」について。

首相官邸前・関電前行動の旗・幟については賛否両論あると思います。しかし、そのことに伴い、大阪教育合同労組のこれまでの取り組みについて十分お調べになられたかどうかわかりませんが、「こんな労組では、本当に生死の際に居る労働者の救済などできまい。」というコメントに対しては、強い違和感を覚えます。

大阪教育合同労働組合によって支えられてきた、被解雇者(有期雇用を理由に、2010年3月末、兵庫県西宮市の関西学院大学を雇どめ解雇)としては、大阪教育合同労組以外に誰がここまで具体的な支援をしてくれただろうと思っています。親・姉妹・友人・元同僚に「やっても無駄」「闘っても負けるに決まっている」と言われ続けた中、「有期雇用をおかしいと思う、あなたの直感を信じなさい」と初めて言ってくれ、私とともに闘うことを決断してくれたのは、他でもない大阪教育合同の皆さんでした。私は、大阪教育合同によって救済されました。例え争議の結果が負けであっても、「有期雇用はおかしい」と声をあげることを認めてくれる仲間に出会えたことで、人として生き返ることができました。奴隷化から抜け出すことができたのです。

「こんな労組では、本当に生死の際に居る労働者の救済などできまい。」というコメントに対して、私自身の体験を持って事実と異なることをお伝えしたいと思いました。

関西学院大学雇どめ解雇事件当該 大椿裕子
Unknown (髭彦)
2012-07-27 16:03:58
官邸前抗議行動の広がりを取り上げた昨日の「クローズアップ現代」も、これまでのNHKの報道(無視)への反省も何もないまま、7.16大集会との関係にも全く触れず、警察の過剰規制にも触れず、森達也の「集団」云々のわかったようなわからないような締めのコメントでしたが、それでも今日本で能動的「市民=citizen」が自己形成し始めているということを、漠然とではあるにせよ肯定的に伝えていました。
政党・党派、組織労働者、組織(?)学生ではない、大きなデモ参加などの経験を社会的にも個人的にも全く持たなかった「普通の市民」が、自分の判断と意思で街頭に出て、そこで多くの市民と抗議行動を共にする中で共感と連帯意識と自信を持ち、それがスパイラルとなって抗議の輪が広がってゆくということは、かつての「ベ平連」の運動と思想を除けば、おそらく日本の歴史でも稀有の出来事なのではないかと思います。
格差が広がり、低賃金・長時間労働を強いられる非正規労働者が激増しているのですから、「普通の市民」といっても内実は様々です。現実には「階級」「階層」の矛盾は当然あります。ジェンダーの問題もあります。在日「市民」もいます。
それらを無視した、「普通の市民」の敷居の低い平和的デモの広がり論が、一種のブームになり、官邸前主催者の一部もそれに「舞い上がっている」のかもしれません。
しかし、大量の「普通の市民」が、脱原発に代表される現在の日本社会が解決を求めてやまない極めて切実な課題に対して自ら声を上げ、行動に起ち上がり続ければ、いずれ自ずと新たなそれにふさわしい政治と組織が必要となってくるでしょう。
もちろん既成の政党・党派、組織なども抜本的な自己革新を迫られるでしょうし、全く新たな形態の政党や組織がいろいろと生まれてくるだろうと思います。
そこでは、階級・階層・ジェンダー・在日などの問題を避けて通ることはできません。ですから、それらすべてをないことにした抽象的な「普通の市民」としてではなく、それらの現実の違いや矛盾を踏まえつつ、いざとなればそれらを超えて能動的な「市民=citizen」として共に連帯し、行動できる思想・メンタリティー・文化が育っていく必要があります。
日本社会でやっと生まれ、実践され始めた「非暴力」の思想と行動についても、さらに徹底して深め、共有してゆかなければなりません。
そうしてこそ、日本国民としては本来の「主権者」として、さらには「地球市民=global citizen」として、僕たちは成熟してゆけるのではないでしょうか。
そういう意味で、僕は「今日本で能動的「市民=citizen」が自己形成し始めている」のだと思うのです。
深く丁寧な思考と分析、行動が必要です。
運動の発展によって参加者の内部に生まれた対立や矛盾は、意図的に運動を破壊するための暴力的行動や攪乱行動などでない限り、参加者同士が互いに敬意を払いつつ対等な市民として互いの主張に耳を傾け、相互理解を深めながら丁寧な議論を交わす中で一致点を見出して行ってほしいと思います。。
そしてそれはできるはずです。この間参加し続けてきた市民の一員として、僕はそれを確信します。
官邸前の抗議行動の「ルール」も、もはや主催者が上から決めて「ご協力をお願い」したり、「ご理解をお願い」するものではなく、あくまで「非暴力」の範囲で、増え続ける参加者の市民自身が抗議の目的を達成するにふさわしい形を模索し、試行錯誤しながら決めてゆくものだろうと思います。
「たかが旗、されど旗」。
すべては福島で起きたことを絶対に二度と繰り返させないためです。
その大目的を決して忘れず、「小異」を大事にしながら「大同」につこうではありませんか。
原発事故で故郷を奪われた者の一人として、心からのお願いです。
一部訂正です。 (髭彦)
2012-07-27 23:15:32
「日本社会でやっと生まれ、実践され始めた「非暴力」の思想と行動についても、さらに徹底して深め、共有してゆかなければなりません。」と書いてしまいましたが、正確には「日本の本土社会で広範にやっと生まれ、実践され始めた「非暴力」の思想と行動についても、さらに徹底して深め、共有してゆかなければなりません。」でした。
沖縄では戦後一貫して、本土でも祝島などで、すでに「非暴力」の思想と行動は展開されてきたからです。
議論の深化に瞠目しています (タヌキ)
2012-07-28 16:16:52
まず、もう一つの対立点を書かれたYIさん、ありがとうございます。まだお若い方なのに、洞察力あふれるご所見に感心いたしました。まさに論点はそこをめぐって深化されるべきでしょう。
また髭彦さんのコメントは、さらに問題の本質を提示するものとして、賛成いたします。
その上で、いくつか意見を述べたいと思います。
ひとつは、このまま人数が増えても、再稼動はとめられないのかという点です。というのは、時間前に終了宣言したときに、主催者としてこの抗議行動だけで再稼動が止められるわけではないとの発言を聞いたことと、もし聞き違いだったらごめんなさい、この間の議論の中でも、同様の意見が散見されますので、一言言わせてください。量的な拡大は、必ずある時点で質の変化をもたらします。つまり、官邸前の行動は、ひとつの社会現象にまでなってしまったということです。これは主催者のスタンスを超えてしまっているので七位でしょうか?確かに警備の強化に伴って、参加数が減ったかのような、あるいは分散させられて見えにくくなったような印象を持ちます。しかし参加するたびに思うのは、初めて参加したという人の多さです。もう誰に求められない、主催者にだって止められないのです。もちろんそれぞれの人にとってこういう風に成ればいいというイメージはあるでしょう。でも思い通りには行かないのです。であれば、どうやったらこのエネルギーを再稼動を止める、もっと言えば原発要らない社会創りに向けて有効なものにしていくことが出来るかでしょう。これが大同ではないでしょうか。
もう一つは、丁寧な議論に必要なものは、何かということです。これは聞く力です。相手の、あるいは誰であれ他人のいうことを先入観なしに、聞き取る力です。日本人は議論下手と言われます。僕もたくさん経験があります。それは意見に反対することイコール相手の人格否定になりやすいことです。議論がえてして利害の対立から生まれることから、無理もない面があります。しかし今必要な議論は、小異は小異として残しながら、有効な大同を探ることではないでしょうか?
以上論点を提示するだけですが、今回はここまでにさせていただきます。今後とも活発なご議論を期待いたします。
首都圏反原連の新しい注意事項 (個人)
2012-07-29 00:31:25
東京での個人参加者としての書き込みで、失礼します。首都圏反原発連合が注意書きの文面を改めました。労働組合旗は禁止はしないが、所属より反原発の訴えを、という趣旨から歓迎はしない、ということです。新しい注意事項からみると、大阪でのトラブルは、大阪呼びかけ人側の行き過ぎということはハッキリしたと思います。大阪は首都圏とは別主体だと思いますが、大阪教育合同労働組合さんは大阪の呼びかけ人に確認してその上で行動を考えていただけないでしょうか。常識的に考えて、首都圏反原発連合からはメールで返事が来ているとは思うので余計なことかとは思いましたが。
Unknown (薔薇、または陽だまりの猫)
2012-07-29 01:44:19
寄せられたコメントは、すべて「承認」して掲載しています。
ただ、今後は
「大阪教育合同労働組合書記長から 首都圏反原発連合へのメール(2)/CMLから」
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/3788eda5481ecb60947237311c406a63
を、お読みになったうえでコメントして頂きたいと要望しておきます。
自分の姿を良くご覧になっては。 (だいきち)
2012-07-29 14:24:50
お話を拝読したところ、申し訳ございませんが、組合の方は、単に主催者に「旗を降ろしてくれ」と言われたことに喰ってかかっているようにしか見えません。
一般的なマナーをわきまえた人であれば、他の方が主催されている集会に行って、「それはやめてくれ」と言われたら、まずは、その指示に従い、どうしても旗を掲げたいのであれば、別の場で事前に主催者と話し合って、合意を得てから旗を掲げるのが当然でしょう。
その場で、「行動の終了時間までずっと」議論を吹っ掛ける神経は、一般の参加者にしてみれば、とても共感できないし、脱原発デモに便乗して、なにか自分達の存在や主義主張をアピールしようとしているように誤解されても仕方ないのではないですか。
実際にメッセージボードではなく、団体の旗を掲げること自体、個人で参加している人から見ると、なにか胡散臭く見えます。

さらに指摘を受けた内容に、組合の過去の活動を知らない、不勉強だ、など、自分勝手な意見の羅列で、相手の共感を得て物事を進めようという姿勢しかみられません。

私のような個人参加者からみると、組合の方の行動は一般参加者の気持ちを考えず、自分の思想・信条ばかりを主張する、独りよがりで面倒くさい、とても共感できるとは思えない方々に見えます。

思想信条、過去の活動の自画自賛を声だかに言うまえに、どうしたら一般の参加者から「組合の人が来てくれて嬉しい」と言われるようになるかを考えてはいかがでしょうか?
Unknown (デモ参加者)
2012-07-29 21:41:21
この竹林氏の抗議文にすら他の政治的主張が入り込んでいる。橋下市長云々という筋違いの与太話は、まっっったく不要だ。
反原発連合の主催者misao レッドウルフと警察・民主党との怪しい関係 (大阪の一市民)
2012-08-01 12:28:58
首都圏反原発連合なる組織で、金曜日の首相官邸前と関西電力前のツイッターデモの主催者が、

参加者が1万人を超えて増えて来たあたりから、

「デモに来るな!」「デモの参加者は危険でろくでもない!」「楽器を鳴らすな、騒ぐな!」と、
信じられないツイ-トを繰り返しています。

首相官邸前のデモでも、警察なんか目じゃないくらい、ひどい言葉でツイッターデモの主催者の「スタッフ」の腕章をつけた男が、参加者達を罵倒しているそうです。

みんなこの「首都圏反原発連合」の主催者を名乗る「misao レッドウルフ」とその一味が民主党や警察とグルだと気がついてきました。

↓その証拠写真を撮った方のブログです。

http://blogs.yahoo.co.jp/ykawasaku/23531026.html

misao レッドウルフと警官が仲良く耳打ちの写真の記事。

http://blogs.yahoo.co.jp/ykawasaku/23535531.html

首都圏反原発連合が、工作員となって日曜日の誰もいない国会に、脱原発のグループや市民を誘導している記事。

http://blogs.yahoo.co.jp/ykawasaku/23542210.html

misao レッドウルフが耳打ちしていたのは、東京の警視庁の警部だったとの記事。

警官よりも 誘導スタッフというのが 参加した人を 乱暴な言葉で罵倒しています 警察と慣れ合いでは 野田をのさばらせるだけです もう一度 この写真いつも 代表として出てくる タトーの女性 警官それも 帽子の階級を調べたら 警部という幹部と 耳打ち話の場面 この日 27日は 自分たちは開催しないので 危険ですから来ないでくださいと ツイッターで流していた日でした


こやつらは「イベント屋」と呼ばれる連中で人を集めて金を稼ぐそうです、デモの参加者からの寄付の収支報告も全くしていないそうです。

http://blogs.yahoo.co.jp/ykawasaku/23555060.html

ノーベル文学賞の「大江健三郎」さんですら、野田首相や民主党幹部との面会を拒否されていのに、

なぜか首都圏反原発連合の二-ト達が、あっさりと民主党の菅さん達に面会できて、
しかもデカデカと報道されている不思議を書いた記事。


大阪の関西電力前は、人通りが全くないのに、そこでデモをしている不思議。

やるなら関電や民主党の前原とグルで、福井の大飯原発を再稼働させた「橋下」のいる大阪市役所でデモをやるべきなのに、
明らかな誘導ではないのでしょうか。
精神科医                                          精神科医                (宮地達夫)
2012-08-02 17:17:56
組合の旗持ち込み賛成。脱原発が目的で参加しているだからいいんじゃないんですか。それより、首都圏反原発連合さん,野田との会見が実現しそうで、めでたい限りです。これでやっと「官許団体」になれましたね。まあ最初からその程度の事しか目指していなかったわけか。それで「再稼働阻止」をめでたく「阻止」できたわけだ。警察との連帯行動、今後も期待してます
Unknown (鳩)
2012-08-03 06:53:57
一口に「再稼動反対」と言っても、
その思いのベースにはみんないろいろあるわけで。
そのベースを超えた集まりに参加したいと思ってます。
だから、金曜の集まりも7時半までと自分で決めています。
正直なキモチ、団体の旗があるところに参加するのはイヤだなーと思っちゃいます。
Unknown (菜奈師)
2012-08-04 00:27:30
こうして反原発運動も分裂していくのかな・・・
Unknown (とり)
2012-08-04 14:04:17
これは「右も左もない」が“右の側・差別主義者や歴史修正主義者を受け入れるべき”という文脈でのみ語られてきた結果です。
本当に「右も左もない」のなら一般的に左の側とされる労働組合も受け入れたって良さそうな物なのに、現実は“右の側・差別主義者や歴史修正主義者”はOK、“左の側とされる労働組合”はNOですよね。
「右も左もない」という看板に偽り有りじゃないですか。
しまいには「我々に従えないなら出ていけ」と。
この“紫陽花革命”と称するモノは一体なにを目指しているのですか?
“大同につけない者は去れ”という社会ですか?
私はそんな革命だったらいらないですよ。
成功してほしくない革命です。
シングルイシューで、個人参加としてやる理由 (広津素子 HP( http://www.hirotsu-motoko.com ))
2012-08-12 21:27:53
 大阪での関電前抗議行動に参加されたとのこと、本当にお疲れさまです。また、有難く存じます。
 私は、自分のHP(http://hirotsu-motoko.com/weblog/index.php)で脱原発を訴えている者ですが、「この運動は、脱原発・再稼働反対のシングルイシューで集まる」という方針を最初に言い出した者であるため、その意味をご説明しますと、本当に脱原発を実現するためには多くの世論の支持が必要だからです。
 その時、労働組合旗があると、他の政党に所属していたり、労働組合に所属していなかったりする人の足が遠ざかってしまい、世論の大多数の支持が得られなくなって、結局、脱原発できなくなるからです。私は、純粋に、今をおいて日本及び世界を脱原発させるチャンスはないと思っておりますので、反原発を主張するだけでなく、「必ず、今、脱原発させなければならない」と、真剣に思っています。 
 そのため、個人として参加していただければ誠に有難く、組合旗を上げなくても、それぞれが個人として、十分に意志表示できると思います。そして、脱原発は、動員という強制ではなく、一人でも多くの日本国民、個人個人の心からの叫びを伝えたいので、今後とも、是非、個人としての参加を、よろしくお願いします。
広津素子さんへ (薔薇、または陽だまりの猫)
2012-08-12 22:20:55
申しわけありませんが、あなたの書き込まれたコメントの意味が、よく分かりません。
関連でリンクした「大阪教育合同労働組合書記長から 首都圏反原発連合へのメール(2)/CMLから」及び「関電本店前反原発抗議行動・団体の幟・旗について(大阪教育合同労組への返信)/TwitNoNukes大阪から」をお読みになっていらっしゃるとはとても思えないコメントですね。
管理人であるわたくしは「大阪教育合同労働組合書記長 竹林 隆」ではありませんから、直接お返事をする立場ではありませんが、あなたが「主催者」(=一方の当事者)であるのなら、一連の経過を把握されたうえで、コメントして頂きたいものです。

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