「ハマース大勝」裁かれたファタハ・安武塔馬/アラビア・ニュース

2006-02-01 21:42:45 | 世界
1月25日に行われたパレスチナ立法評議会(PLC)選挙で、初参加のハマースは全132議席中、単独過半数を優に超える76議席を獲得。今後の組閣交渉を主導することになった。一方、1960年代末から40年近くにわたり、パレスチナの意思決定をほぼ独占してきたファタハは43議席しかとれず、権力の座から追われた。

 ファタハが危ないのは事前にわかっていた。

 10年来の和平交渉で、イスラエルから譲歩らしい譲歩を引き出せず、独立パレス
チナ国家樹立は夢のまた夢。汚職が蔓延しているのに誰一人追及されない。オスロ合
意以来、日本も含め国際社会が湯水のごとく支援金を注ぎ込んだが、自治区の生活環
境は一向に改善されず、職にあぶれた若者たちが街にあふれている。その一部は武装
集団となって誘拐や銃撃など絶えずトラブルを引き起こす。

 外にこれだけ問題を抱えているというのに、ファタハ指導部は内部で権力闘争に明
け暮れてきた。12月も半ばになってから若手幹部らがファタハを飛び出し、独立リ
ストで出馬する有様。

 当時の地方議会選でハマースが躍進し、危機感を高めたファタハは若手を懐柔し、
何とかリストを一本化した。しかし公認リストから洩れた候補者が立候補を取り下げ
ない。例えば西岸地区のある選挙区では、定数1に対しハマースとファタハがそれぞ
れ1名ずつ公認候補を擁立。そこに実に9名のファタハ非公認候補が加わる乱戦と
なった。

 これではファタハ候補同士の共食いとなり、共倒れするのも当然だ。

 だから今回の選挙結果には、「有権者を裏切り続けたファタハが鉄槌をくらった」、

「ファタハは自滅した」という側面が大きい。

ハマースの強み

 しかしもちろんそれだけではない。ハマースの主張や活動が有権者の共感を得たと
いう面も無視できない。

 例えば和平交渉に対する態度がそうだ。

 和平交渉を続けても、イスラエルは占領地からまったく出て行こうとはせず、逆に
入植地や分離壁をつくって占領の恒久化を図った。しかし、ハマースが粘り強く武装
闘争を続けたガザでは、イスラエルは一方的に撤退した。

 前回書いたように、この撤退実現にはシャロンの様々な計算が働いており、単純に
「武装闘争の成果」と結論出来るものではない。だが40年来の占領に苦しんできた
人たちが、「和平交渉では返ってこなかった領土が武装闘争によって返ってきた」と

受け止めるのも無理はない。

 それから、ハマースが行ってきた地道な社会活動もある。

 筆者は1990年代に日本のNGOの現地代表として、西岸・ガザ地区で様々なパ
レスチナ系組織と関わってきたが、その中で印象に残っているのはやはりハマース系
の組織である。

 ファタハやPFLPなど、PLO系組織とハマース系の組織との大きな違いは、地

域社会への密着度だ。

 PLO系組織は、大体欧米の大学で博士号をとってきたような開発経済分野のエリ
ートが運営している。英語に堪能で、しかも国連や西側世界がどんな開発分野(例え

ばジェンダーや平和構築など)に興味を持つかを熟知しているから、プレゼンテーシ

ョンが上手い。

 ドナーの側にはアラビア語が出来る人材は滅多に居ないから、流暢な英語を操るパ
レスチナ人エリートから、ジェンダーや平和構築など、開発分野のトレンドを押えた
プレゼンを受けると、ころりと参ってしまう。

 そうやってドナーを説得して資金を確保するところまではよいのだが、何しろ自己
資金が無いものだから、活動に継続性が無い。担当者がプロジェクトを投げ出して古
巣を飛び出し、別団体を立ち上げるということも度々起きる。

 こういう団体の場合、ドナーとのつきあいは生命線だから、やたらと会議や出張に
金がかかる。新たな団体が出来るたびに事務所の家賃や家具代、オフィス機器の経費
もかかってくる。

 資金源も発想も、ついでに言えば服装や食生活に至るまですべて外国仕込みだか
ら、本当に援助が必要な農村や難民キャンプに入っていくとどうしても浮いてしま
う。その村の複雑な人間関係も理解していないから、プロジェクトをめぐってトラブ
ルが起きると、収拾する能力もない。

 ハマース系組織は違う。財源は地域の喜捨(ザカー)基金や、湾岸諸国の信徒から
の寄金が中心だ。喜捨はイスラーム教徒の義務だから、こういった金は安定して供給
される。それに加えて、診療所や養鶏場、薬局、保育園など、収益のあがる事業も行
っているので自前の資金もある。だからドナー諸国の意向や事情に左右されることは
ない。医師や弁護士、技師など専門技術を持った人材も豊富で、しかも現地でリクル
ートしている。地域社会を熟知し、完全に溶け込んで活動しているから効率的だ。

「殉教者」の遺族の面倒もよくみる(もっとも、これは自爆攻撃というかたちで「殉
教」させた側の責任というべきか)。

 褒めすぎのように思われるかもしれないが、実際開発事業の現場に居るとハマース

には適わない、と思うことが多かった。

 昨年12月の地方選挙のあと、ハマースのハムダーン駐レバノン代表にインタビュ
ーして
「勝利は予想どおりでしたか?」
とたずねると、
「いや、予想以上だった」
と答えてから、各地方議会における予測得票率と獲得議席数をすらすらと並べるので
驚いた。しかも各選挙区の候補者名をすべて諳んじている。現場から離れたベイルー
トの広報担当官なのに、現場の事情を緻密に把握しているのだ。

 PLC選挙の投票前日に会ったPLO大物幹部はその点対照的だった。豪放磊落で
筆者も好きなキャラクターではあるのだが、獲得議席数の予想を問うたら
「ファタハ60議席、ハマース30議席というところかな」
と言う。いくらなんでも呑気過ぎないか、と思ったが、果たしてそうだった。

衝撃の余波

 予測を上回るハマースの大勝で、関係諸国も一様に衝撃を受けている。米国やEU
諸国、日本などこれまでせっせとパレスチナ自治政府≒ファタハを支援してきたドナ
ー諸国政府は、困惑を隠しきれない。小泉総理は「ハマースも責任を自覚して共存共
栄の道を歩んでくれると良い」と珍妙なコメントを発したが、イスラエルの存在を認
めず、自爆攻撃を繰り返すハマースと、ハマースの存在を認めず幹部をしらみつぶし
に殺してきたイスラエルが果たして「共存共栄」出来るものかどうか。

 とりあえず、米欧諸国は
「ハマースがイスラエル殲滅と言う目標を捨て、武装部門を解体しない限り交渉は出
来ない」
という立場を打ち出した。ハマースとしても実際に政権与党となるなら、傘下の「カ
ッサーム旅団」を野放しにするわけにもいかず、自治政府の治安部隊にでも組み込ん
でいくしかないだろう。とりあえずはそこから始め、ファタハとの関係を修復し、自

治区の治安回復に取り組むのが先決だ。

 イスラエルは選挙直前まで、自治政府に対してハマースを選挙に参加させるなと圧
力をかけてきた。投票の前々日には、テロ容疑で無期懲役5回分の判決を受けて獄中
にあるファタハ候補マルワーン・バルグーティに異例のテレビ・インタビューを受け
させるなど、ハマースの勝利を食いとめるために様々な手を打ったが、目的は果たせ
なかった。

 しかしハマースの圧勝はイスラエルにとって必ずしもマイナスではない。「和平交
渉を再開しようにも相手が居ない」という理由で、西岸地区の入植地拡大や分離壁建
設など、ますます一方的な措置をとりやすくなるからだ。

 ただし、ハマース大勝が3月のイスラエル総選挙にも大きく影響することは必至だ。

リクードは
「ハマースが勝ったのはガザ撤退の結果」
という論理で、早速シャロンの政治路線を攻撃しはじめている。

喜ぶシリア

 ではレバノンとシリアへの影響はどうか?

 組織機構的な話をすると、パレスチナ民族の亡命政府にあたるのはPLOで、アラ
ブ連盟や国連から全世界のパレスチナ人の代表として認められている。一方、パレス
チナ暫定自治政府(PA)と、その議会にあたるPLCは、1993年のオスロ合意
の結果設置された、西岸・ガザ地区だけに限定される組織であり、機構上はPLOの
下にある。

 パレスチナ難民の生活環境向上や武装解除問題をレバノン政府と交渉しているのは
PLOであってPAではないから、論理的には、今回のハマースの大勝はパレスチナ
・レバノン交渉とは関係ない。

 とは言え、これまでパレスチナ側で対レバノン交渉を担って来た人材はほぼ例外な
くファタハのメンバーだ。今回の大敗によって、PLOとファタハは大幅な人事改造
をやるだろうから、当面レバノン政府との交渉も凍結するだろう。

 ハマースの勝利で得をしたのはシリアだ。

 シリアのバアス党政権は、レバノンと同じくパレスチナも一部と見なしている。だ

から1960年代〜1980年代にかけて、故ハーフェズ・アサド大統領はPLOの
主導権をアラファトとファタハの手から奪い取ろうと権謀術数をめぐらせたが、遂に
果たせなかった。

 そのファタハがPLC選挙で当のパレスチナ人から裁かれ、権力の座を追われたの
である。そして、自国の強い影響下にあるハマースがファタハにとってかわったのだ。


 本来、シリア・バアス党にとって、ハマースの母体であるムスリム同胞団は危険極
まりない存在だ。1970年代後半から80年代前半にかけて、バアス党は同胞団の
テロ攻勢で、政権転覆の危機にさえ瀕した。

 そんなハマースだが、パレスチナ問題では対ファタハ、対イスラエルのカードとし
て使い道がある。ということで、シリアは米国やイスラエルの再三の圧力をはねつ
け、オスロ以来15年近くにわたってハマース指導部をダマスカスに匿い続けた。そ

のハマースが自治区で合法的に権力を奪取したのだ。

 シリアにしてみれば、リスクを承知で買った株が、15年の隠忍自重の末に大当た
りした、というところだろう。

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安武塔馬(やすたけとうま)
レバノン在住。日本NGOのパレスチナ現地駐在員、テルアビブとベイルートで日本
大使館専門調査員を歴任。現在は中東情報ウェブサイト「ベイルート通信」編集人と
してレバノン、パレスチナ情勢を中心に日本語で情報を発信。
<http://www.geocities.jp/beirutreport/> 著作に『間近で見たオスロ合意』『アラ

ファトのパレスチナ』(上記ウェブサイトで公開中)がある。

【アラビア・ニュース】  齊藤力二朗  会員以外の転載希望者は個メールで受付
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中東
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パレスチナ オスロ合意 ベイルート パレスチナ人 ジェンダー パレスチナ問題 ムスリム同胞団 テルアビブ 専門調査員 立法評議会
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