還暦の路上ウクレレ歌手 ◇ホームレスの人々に笑いを、名古屋でライブ7年◇えぐれ笹島

2010-01-01 13:46:55 | 社会
還暦の路上ウクレレ歌手 ◇ホームレスの人々に笑いを、名古屋でライブ7年◇

えぐれ笹島

 私は今年、還暦を迎えた路上芸人。日雇い労働者の町、名古屋市中村区笹島でウクレレ
片手に歌うようになって7年になる。演奏を聴いてくれるのは炊き出しに集まるホームレ
スの人々。たとえば平尾昌晃さんの名曲「星は何でも知っている」を替え歌にしたこんな
歌を披露する。

 星はなんでも知っている
 紅白歌合戦のおおみそか
 せんべいぶとんでビルのかげ
 新年を待ってる人がいる
 あったかいお風呂に入れてあげたいのに
 ボランティアの人のあげられるのは
 カイロとかぜぐすりだけ
 題名は「無力」という。

♪率直な気持ちを歌う♪
 
 毎週日曜日と月曜日の午後6時半ころになると、JR名古屋駅新幹線口前広場や若宮大
通の高架下で笹島日雇労働組合の仲間と炊き出しの準備を始める。たけのこご飯のおにぎ
り、天ぷらそばや名古屋名物「鬼まんじゅう」。全国の支援者から届く食材でつくるささ
やかな夕食が配られると、いよいよ私の出番。派手な格好の私がウクレレをかき鳴らして
も、驚く人はもういなくなった。

 人気アニメの主題歌や往年の歌謡曲の陽気なメロディーにのせてリストラの悲哀や時の
首相、大企業への怒り、路上暮らしの厳しさを歌う。
 
 「そんな歌は聴きたくねえ」と詰め寄られることもある。熱田神宮の祭りに招かれて
歌った時には胸ぐらをつかまれ、暗がりに連れ込まれた。コンビニ弁当などの残飯集めや
少年による襲撃事件などを歌詞にしているのだから無理もない。その時は「現実を分かっ
てほしいから歌っている」と、相手の目を見て一生懸命説明し、ようやく理解してもらえ
た。

 楽しみにしてくれるお客さんもいる。「うるさくてごめんねー。寝られんでしょ」。炊
き出し常連のおばあちゃんに声を掛けると、「いいよ、おもしろいから」と言って、「お
きもち」と手書きした箱に50円玉を投げ入れてくれた。お金をいただく気持ちなど毛頭な
く、箱はただの飾りだったのに--。彼女にとっての50円の重みを考えると、胸が締め付
けられた。聞きたくない人と「歌って」と言ってくれる人。どちらの気持ちも私にはよく
わかる。

 私は高校卒業後、電機メーカーなどに勤め、最初の結婚。離婚後は一人息子を育てなが
ら必死で働いた。豊かではないが、十分満足な暮らし。けれどその息子が交通事故で死ん
だ。11歳の時だ。

♪「ギター説法」に感銘♪

 体の中から内臓をはぎとられてしまったかと思うような虚脱感。そんな時、中学の同級
生と再会して2度目の結婚。タクシー運転手の夫はいい人だったけど、警察官だった私の
父親と同じ大酒飲み。今度は1000万円の借金を返すために働いた。その夫もアルコール依
存症がもとで病死する。

 何もかもうまくいかず、息子の墓がある寺に身を寄せた時のことだ。住職がギターを弾
きながら説法しているのを見ていいなあと思い、ウクレレを手に入れた。

 7年前、故郷の岐阜県高山市から逃げ出すようにして名古屋にやってきた。宝くじ売り
場で働き始めたが、イヤなことがあっても公園で大声で歌っていると忘れられた。

 もともと私は歌が好きな目立ちたがり屋なのだ。会社勤めのころは忘年会の「宴会部
長」。ゴルフ場のキャディーをしていた時には意地悪なお客さんのことを替え歌にして仲
間うちの飲み会で歌い、おおいにうけていたものだ。

 「よかったら来て歌わないか」と公園で誘ってくれたのが笹島日雇労働組合の大西豊委
員長。京都大学を卒業後、サラリーマンをやめて30年以上も名古屋で組合活動をやつてい
る。炊き出しや集会についていくようになり、私は初めてホームレスの実情を知った。北
風の冷たさ。独り身の心細さ。70、80代の高齢者、体の不自由な人もいる。自分の生活で
手いっぱいだった私は、路上暮らしの人々にひとときでも心から笑ってほしいと思うよう
になった。

♪遺書のつもりのCD♪

 今年、初めてのCDを手作りした。4年前に脳の血管の病気で頸動脈に37本のコイルを
入れる大手術をし、再び激しい頭痛に襲われたのがきっかけ。これまで出会った人たちに
向けての遺書のつもりだった。CDにはオリジナル曲もふき込んだ。その一つ「ゆうやく
んが泣いた」は、テント村を運営する若者のことを歌ったもの。今年、彼がよく知るひと
り暮らしの老人が亡くなっているのが見つかったが、役所は関係者と連絡もとらずに火葬
してしまった。通夜をやってやることもできず、悔しくて、ゆうやくんは毛糸の帽子をあ
ごまで引き下ろし、顔を隠して男泣きしたのだ。

 大病してからは障害児施設で月に数回働きながら路上ライブを続けている。私の歌でお
客さまを癒やそう、助けようだなんて思っていない。癒やされているのは私だから--。
夢は70歳までにメジャーになること。そして喫茶室や風呂がある小さな「憩いの家」をみ
んなのために建てたい。   (えぐれささしま=路上芸人)

*2009.12.30 日本経済新聞

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