休む勇気 休ませる勇気
休むって大事な行為。それが、分かっているからこそ、休むことで”逃げる”ことも、”怠ける”こともできる。休むことが、プラスの行為かマイナスの行為かその瞬間には分からないから管理しづらい。
自分自身、自分が現場に出ているメンバーであり、管理職であり、経営者である。
休みたい、逃げたい、サボりたい、休養したい、充電したい、パワーを蓄えたい、リフレッシュしたい、
気分を変えたい。様々な休み方がある。
休みは魔物。休むことの意味をぼやかしてしまう。見失ってしまう。
休むことが、停滞、下降という意味を持ってしまう。瞬間的な時間だけを見ればそう見えてしまうのも事実。だからこそ、休むということが不可解に感じることが多い。
同じように、辞めるということも不思議なことかもしれない。
いずれにせよ、休んだ後が大事なのだ。リスタート、別スタート。このリスタート、別スタートがあるからこそ、休んだことの効果・価値が見える。
休むのが先で、リスタート・別スタートが後。さらにいえば、行動の過去がある。
過去と今と将来。行動、休み、スタート。
この一連の時の流れを少し引いたところから、長い目で見なければ正しい休み方なんて分かるはずもない。また、行動、休み、スタートの経験も大事な要素。
自分を含む本人が、休みたいという意志や行動を示したとき、どう感じるか?
サボりたいのか、いっぱいいっぱいなのか、計画的なのか、瞬間的なのか、休ませたほうが良いのか、悪いのか。様々な思考や感情が入り乱れるのではないでしょうか。小生自身も自分自身の感情、思考、部下や同僚、家族などの表情、行動、言い訳、理由などが入り乱れて、錯綜し、違和感を感じることもある。
その違和感を解消するためか、休む理由を聴いたり、逆に意味付けを行なったりすることになる。
休むことよりもスタートのさせ方に意識を持っていきたい。
休むのは、当たり前。当たり前のこと。その当たり前のことに対して、違和感を感じることがおかしいのだ。大事なのは、休んだ後、どうスタートさせるかに意識と思考を集中する。その経過の中で、休み方を考えればいい。
この意識の転換ができるようになれば、少し引いたところで全体を見ることができる。
休み方は、スタートの仕方によって変わってくる。
休むだけを見るのではなく、スタートとセットで考えることこそが正しい休み方が見えてくる。
休む勇気、休ませる勇気ではなく、休むこと、休ませることが当たり前になる。
休んだ後のスタートこそ、大事な瞬間である。
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