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広島・原爆資料館を見学/ 東京新聞より転載

2017-03-29 14:42:59 | ◆74歳/2017年

修学旅行・卒業文集

愛子さまの思い出

「原爆ドーム」

丹下健三/青年期を広島で育ち建築家になる

「原爆資料館」建築に応募

 

「原爆資料館」

ピロティーから「慰霊碑」と「原爆ドーム」望む

ル・コルビジェを参考に設計

 

 

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10年前訪問

広島平和記念公園

政令指定都市・・・広島駅前に南北に伸びる100m道路 広島市内を流れる7本の川 日本全国から寄贈され市内を走るカラフル市電 どれも広島を美しい町にしています それ以上に広島が美しいのは「広島平和記念公園」です 広~い園内に点在する原爆記念施設 色々な施設が一つに纏まって点在する「広島平和公園」 散策していると祈りの空間につつまれます 

 

「丹下健三」・・・広島への思いが誰よりも強い建築家 青春時代を広島で育ち上京 36歳で「原爆資料館」の設計に参戦しました 「丹下健三」が生まれ育った広島に対する篤い思いやヒラメキは、「原爆資料館」に全て凝縮されました   

10年前「広島平和記念公園」を散策し感動

 

 

 

「原爆資料館」

丹下健三/36歳設計

 

 

 

広島平和記念公園

「原爆資料館」から「原爆ドーム」へ続く一本の道 

 

 

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取り壊しが検討された「原爆ドーム」 

青春期を広島で過ごした「丹下健三」 

川を挟んでだ向こうにある「原爆ドーム」に注目

 「原爆ドーム」は計画の予定範囲外でした

他の設計者は「原爆ドーム」に気づかない

36歳の「丹下健三」のヒラメキが結実した

「原爆資料館」

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「慰霊碑」の向こうに「原爆ドーム」 

 

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愛子さま 卒業文集(全文転載)

世界の平和を願って

卒業を控えた冬の朝、急ぎ足で学校の門をくぐり、ふと空を見上げた 雲一つない澄み渡った空がそこにあった 家族に見守られ、毎日学校で学べること、友達が待っていてくれること・・・なんて幸せなんだろう なんて平和なのだろう 青い空を見て、そんなことを心の中でつぶやいた このように私の意識が大きくかわったのは、中三の5月に修学旅行で広島を訪れてからである

 

原爆ドームを目の前にした私は、突然足がうごかなくなった まるで、71年前の8月6日、その日その場に自分がいるように思えた ドーム型の鉄骨と外壁の一部だけが今も残っている原爆ドーム 写真で見たことはあったが、ここまで悲惨な状態であることに衝撃を受けた 平和記念資料館には、焼け焦げた姿で亡くなっている子供が抱えていたお弁当箱、熱線や放射能による人体への被害、後遺症など様々な展示があった これがじっさいに起きたことなのか、と私は目を疑った 平常心で見ることはできなかった

 

何よりも、原爆が何十万人という人の命を奪ったことに、怒りと悲しみを覚えた 命が助かっても、家族を失い、支えてくれる人も失い、生きていく希望も失い、人々はどのような気持ちで毎日を過ごしていたのだろうか 私には想像もつかなかった

 

 

 

 

 

最初に71年前の8月6日に自分がいるように思えたのは、被害にあった人々の苦しみ、無念さが伝わってきたからに違いない これは、本当に原爆が落ちた場所を見なければ感じることのできない貴重な体験であった その2週間後、アメリカのオバマ大統領も広島を訪問され、「共に、平和を広め核兵器のない世界を追求する勇気を持とう」と説いた オバマ大統領は、自らの手で負った二羽の折鶴に、その思いを込めて、平和記念資料館にそっと置いていかれたそうだ 私たちも皆で折ってつなげた千羽鶴をを手向けた 

 

私たちの千羽鶴の他、この地を訪れた多くの人々が捧げた千羽鶴、世界中から届けられた千羽鶴、沢山の折り鶴を見たときに、皆の思いは一つであることに改めて気づかされた 平和記念公園の中で、ずっと燃え続けている「平和の灯」 これには、核兵器が地球上から姿を消す日まで燃やし続けようという願いが込められている この灯は、平和のシンボルとして様々な行事で採火されている 原爆死没者慰霊碑の前に立ったとき、平和の灯の向こうに原爆ドームが見えた

 

間近で見た悲惨な原爆ドームとは違って、皆の深い願いや思いがアーチの中につつまれ、原爆ドームが守られているように思われた 「平和とは何か」ということを考える原点がここにあった 平和を願わない人はいない だから、私たちは度々「平和」 「平和」と口に出して言う しかし、世界の平和の実現は容易ではない 今でも世界の各地で紛争に苦しむ人々が大勢いる ではどうやって平和を実現したらよいのだろうか

 

 

 

 

何気なく見た青い空 しかし、空が青いのは当たり前ではない 毎日不自由なく生活ができること、争いごとなく安心して暮らせることも、当たり前だと思ってはいけない なぜなら、戦時中の人々は、それが当たり前にできなかったのだから 日常の生活の一つひとつ、他の人からの親切一つひとつに感謝し、他の人を思いやるところから「平和」は始まるのではないだろうか 唯一の被爆国に生まれた私達日本人は、自分の目で見て、感じたことを世界に広く発信していく必要があると思う 「平和」は、人任せにするのではなく、一人ひとりの思いや責任ある行動で築き上げていくものだから 

 

「平和」についてさらに考えを深めたいときは、また広島を訪れたい きっと答えの手がかりが何か見つかるだろう そして、いつか、そう遠くない将来に、核兵器のない世の中が実現し、広島の「平和の灯」の灯が消されることを心から願っている 

 

 

 

 

 

愛子さまの作文

「世界の平和を願って」・・・との題名で宮内庁が同日付で公開 昨年5月に広島市の平和記念公園を訪れた修学旅行で「私の意識が大きく変わった」と述懐し、目にした「原爆ドーム」や千羽鶴、核兵器のない世界を求めて燃え続ける平和の灯を通し「平和とは何か」を考えたと丁寧に記しています 

 

 

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「愛子さま」卒業文集 

東京新聞より転載

 2017・3・29(水)

 

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