「ジャン・フォートリエ展」 東京ステーションギャラリー

東京ステーションギャラリー
「ジャン・フォートリエ展」 
5/24-7/13



東京ステーションギャラリーで開催中の「ジャン・フォートリエ展」を見て来ました。

アンフォルメルを代表する画家として知られるジャン・フォートリエ(1898-1964)。記憶が定かではありませんが、私が最初にこの画家を見知ったのはおそらくはブリヂストン美術館、アンフォルメルの画風をとった作品、「旋回する線」だったかもしれません。

厚く塗られた白の画肌に切れ込みのような細い線が渦を巻いている。素早い筆致。そして瑞々しいまでの青の色彩。素直に惹かれたことを覚えています。

一方で今度は例えば「人質の頭部」を見た。画肌の質感こそ似たものはあれども、当時はとても同じ画家の作品とは思えない。ずしりとのしかかるような重厚感。頭部は損傷しているのか、どこか惨たらしくも見える。にも関わらず目を離せない何かがある。時間をしばし忘れて見入ったものでした。

前置きが長くなりました。私にとってのフォートリエ体験は「人質」と「旋回する線」で半ば断絶していた。そしてこの展覧会で初めてフォートリエという画家の全体像が漠然とながらも浮き上がってくるような気がしました。日本初の回顧展です。出品は国内外の美術館などから集められた90点。彫刻や版画を含みます。

さて何が浮き上がるのか。端的に画業です。と言うのも本展は基本的には時代別に作品を並べている。実のところフォートリエ、初期のいわゆるレアリスムから「人質」を経由して戦後のアンフォルメルと、かなり作風を変化させています。


ジャン・フォートリエ「管理人の肖像」1922年 ウジェーヌ・ルロワ美術館

初期作品を少し追ってみます。ここは私のまるで知らないフォートリエです。最初期、20代の頃の「管理人の肖像」(1922年)。取り澄ましたように立つ老婆。黒いドレスに身を纏っている。両手は前で組んでいます。いわゆるレアリスムの作品、しかしながらモデルから発せられる異様なまでの存在感。よく見れば顔は緑がかり、手は紫色を帯びている。フォートリエは何故にこの色を選んだのでしょうか。

もちろん全てが「管理人の肖像」のようではありませんが、1920年代の肖像画、モデルの内面を見据えて引き出したかのような作品が多い。迫力があります。


ジャン・フォートリエ「兎の皮」1927年 個人蔵

1926年から1928年の間は黒の時代と呼ばれるそうです。プリミティブなものに関心のあったという画家、アフリカの黒人芸術にも着想を得る。例えば「美しい娘(灰色の裸婦)」(1926-27年)です。黒というよりもグレーを背景に立つ女。輪郭は地の色と交わり、身体の線はあまり定かではなく、手先はもはや溶けてすらいる。もちろん顔の表情も伺い知れません。皺の一本一本、髪の生え際までを細かに描いた先の「管理人の肖像」からすればまるで別の画風です。

「黒い花」(1926年頃)はどうでしょうか。やや青色を帯びた黒を背景に咲く花。花瓶に入れられたものでしょう。黄色やオレンジの花を付けている。しかしここでも形態は不明瞭で、何の花か判別することは出来ない。そして引っ掻き傷のような線が瓶や花の形を微かに象っている。線は震えてもいます。

1930年代にフォートリエは一度、美術界から離れたそうです。世界恐慌の影響もあってか絵が売れなくなった。特に1934年からの2~3年はスキーのインストラクターをしたり、アルプス地方でナイトクラブを経営するなどして生計を立ている。絵画も殆ど制作しなかったそうです。

そして1939年には第二次大戦が勃発。この少し前の頃でしょうか。下地の紙に塗料を分厚く塗る技法などを探求する。そしてパリへと戻った。1942年には近作の個展を開催。また文学作品の挿絵を手がけるなどしていたそうです。


ジャン・フォートリエ「林檎」1940-41年 個人蔵

この時期に見られる厚塗りの作品、顕著なのが「醸造用の林檎」(1943年頃)かもしれません。そして興味深いのはその2~3年前に描かれた「林檎」(1940~41年頃)との比較。暗がりに紅色を帯びた色彩、べったりと白い絵具が塗りこめられる。右側の球体が林檎でしょうか。確かにそう言われれば果実のようにも見えて来ます。

しかし「醸造用の林檎」はもはや林檎の原型は留めていません。さらに厚く、また広い範囲で塗られた白い絵具。ちょうどスポンジに生クリームを塗るかのように広がる。そして紅色の色彩、微かに線で丸みを帯びたものが示される。林檎と言われてもにわかには分かりません。

そして「人質」です。自身もドイツ軍に一時抑留された経験を持つフォートリエ。レジスタンスの人質たちの悲劇に取材したこの連作を、パリ解放後になって発表します。


ジャン・フォートリエ「人質の頭部」1944年 国立国際美術館

本展では「人質」を関連する版画をあわせて15点ほど展示。このスケールで接したのは私も初めてです。そしてここにもかつての「黒の時代」などと同じようにモデルは特定出来ません。暴力を受けた故でしょう。恐怖に怯え、歪み、陥没し、遂には死を迎えた頭部だけが描かれている。目は澄んでいるものもあれば、輝きを失っているものもある。明確な赤い血こそありません。しかしながらそれに代わるかのようなどす黒い何かが流れてもいる。その反面、色彩だけは恐ろしいほど美しい。周囲を覆う透明感のあるブルーやグリーン。何とも美しい輝きを放っています。

絵画における物語。必ずしもそればかり汲み取るものではないかもしれません。たださも黒くつぶされてまるで希望もない目をしたこの人質を前にしてどうしても感傷的にならざるを得ない。打ちのめされました。

さて戦後の展開。ここは一番馴染みのあるフォートリエかもしれません。例えば「籠」(1954年頃)、白地に水色の色彩が掠れながら広がる。中央にクリーム色の絵具です。例の厚塗りです。その上を曲線が断片的に囲んでいます。

裸体と題されたシリーズから一点、「無題」(1956年)に目が止まりました。何やら絵具の塊のようなものが中央に存在している。身体の一部なのでしょうか。先の「籠」同様、明瞭な形になる前の原初のようなものが描かれているようにも思えてきます。


ジャン・フォートリエ「黒の青」1959年 個人蔵

そう捉えると晩年の「黒の青」(1959年)や「雨」(1959年)も形になり得ぬ何か、言い換えればこれから立ち上がってくる現象が示されているようにも見える。何ともうまく表現出来ませんが、色や線のざわめき。それ故の心地良さ。そしてよく見れば切れ込みのような線はかなり早い段階からあった。フォートリエの変化、それも展覧会の一つの見どころではありますが、底に通じる要素は時代を超えていくつもある。そうとも言えるかもしれません。

「アンフォルメルとは現実を捉えるためのわなである」 ジャン・フォートリエ

「怒り狂う者 フォートリエ」(1964年、フランス。)と題された映像も面白い。晩年のフォートリエのインタビュー、字幕つきです。全15分でした。

画業を通すことで感じた初期作の魅力。もちろんアンフォルメル期の作品も好きではありますが、今回はむしろ「人質」以前に大いに惹かれました。これも回顧展ではなければ気がつかなかったかもしれません。現段階で望み得る最高のフォートリエ展としたら言い過ぎでしょうか。時間の許す限り堪能しました。

「Jean Fautrier: 1898-1964/Harvard Art Museum」

会期も迫っていたこともあってか、館内はそれなりの人出でしたが、不思議と静まり返っていました。「場」に張りつめる何とも言い難い緊張感。久々に美術館で味わったような気がします。

[フォートリエ展 巡回予定]
豊田市美術館:7月20日(日)~9月15日(月・祝)
国立国際美術館:9月27日(土)~12月7日(日)

7月13日までの開催です。遅くなりましたがもちろんおすすめします。

「ジャン・フォートリエ展」 東京ステーションギャラリー
会期:5月24日(土)~7月13日(日)
休館:月曜日。
料金:一般1100円、高校・大学生900円、小学・中学生600円。
 *20名以上の団体は100円引。
時間:10:00~18:00。毎週金曜日は20時まで開館。*入館は閉館の30分前まで
住所:千代田区丸の内1-9-1
交通:JR線東京駅丸の内北口改札前。(東京駅丸の内駅舎内)
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
良い企画でした。 (まっきい)
2014-07-26 11:59:01
会場のレンガの壁も作品を引き立てていました。
心にしみる企画展でした。
初期の絵も良かったですね。

私も 大原の「人質」を先に見たので良かったです。
そこでフォートリエに関心を持ったのですから。
 
 
 
Unknown (はろるど)
2014-08-22 00:15:16
@まっきいさん

こんばんは。本当に良い企画でしたね。仰るようにレンガの壁もまたより重みがありました。

初期の絵もたくさん見られて満足でした。

巡回先でも評判になればと思います。
 
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