「黒田清輝ー日本近代絵画の巨匠」 東京国立博物館

東京国立博物館
「生誕150年 黒田清輝ー日本近代絵画の巨匠」 
3/23~5/15



東京国立博物館で開催中の「生誕150年 黒田清輝ー日本近代絵画の巨匠」を見てきました。

明治日本の美術界を牽引し、いわゆる外光派の画家として知られる黒田清輝(1866~1924)。振り返れば東京国立博物館は黒田と縁が深い。作品を数多く所蔵し、画家を顕彰する黒田記念館を有しています。

この場所だからこそ開催し得た展示と言えるかもしれません。出品総数は200点。初期から晩年、さらに遺作までを網羅します。過去最大のスケールです。黒田の画業を詳らかにしています。


黒田清輝「婦人像(厨房)」 1892(明治25)年 東京藝術大学

冒頭は「婦人像(厨房)」。黒田を代表する作品の一つです。2度目のサロン入選を目指して描かれた一枚、特徴的な青みがかった画面が目を引きます。モデルはマリア・ビヨー。パリ近郊の農家に生まれ、画家と恋愛関係にあった女性です。取り澄ました表情で前を見据えては座っています。頬はやや赤らみます。光がちょうど前髪から両手のあたりに差し込んでいました。これぞ黒田の光。どこか清々しさも感じられます。

その後は時系列です。画家修行時代の作品が並びます。「田舎家」はミレーの影響下にある作品です。戸外での農村の一コマを描いています。さらにレンブラントの模写や裸婦のデッサンなども興味深い。黒田は18歳で渡仏。元々は法律を志していました。後にラファエル・コランに師事。絵を学び始めます。パリではミレーだけではなくシャヴァンヌにも感化されていたそうです。

サロンに入選したのは25歳の時です。作は「読書」。モデルは先の「婦人像」と同様のビヨーでした。窓際で腰掛けては本を読む女性の姿。ややきつめのシャツなのでしょうか。体のラインがくっきりと浮かび上がっています。スカートは青というよりも藍色です。思いの外に厚塗りで力強い。襞のラインが際立っています。

さて今回の黒田展ですが、私としては意外なサプライズがありました。というのも全てが黒田の作品ではなく、彼が学んだ同時代のフランス絵画も出ているのです。


ラファエル・コラン「フロレアル(花月)」  1886年 オルセー美術館(アラス美術館寄託)

これが殊更に充実しています。例えば師のコランの「フロレアル」です。野辺に裸で横たわる女。左手で草を持っては口に添えています。表情はやや官能的です。下草しかり、花々の筆致は素早い。白くうっすら光る身体とは対比的です。向こうには水辺が広がります。黒田の理想とした作品の一つでもあるそうです。


ジャン=フランソワ・ミレー「羊飼いの少女」  1863年頃 オルセー美術館

ミレーも数点。うち「羊飼いの少女」に魅せられました。夕景に染まる大地で羊が群れています。その前で立つのが少女です。祈りを捧げているようにも見えます。静謐ながらも情景はドラマテックです。ほかにはシャヴァンヌやピサロ、シスレーも各1点ずつ出品。オルセーやプティ・パレ美術館からも作品がやって来ています。

27歳で帰国した黒田。2年後には東京美術学校の講師になり、白馬会を結成するなど、日本の洋画壇に「新風を吹き込み」(キャプションより)ました。

この頃に描かれたのが「湖畔」です。おそらく最も有名な一枚ではないでしょうか。

やはり印象に深いのは清涼な青みです。浴衣の水色に湖の青。僅かに黄や朱色も混じっています。モデルは後の妻である照子。団扇を手にしてポーズをとっています。不思議と表情はやや険しい。左手で岩を抑えています。安定感のある構図です。そして絵具は薄塗りです。もちろん油彩ではありますが、遠目ではさも水彩のような感触さえ与えられます。

いわゆる腰巻事件にも言及がありました。「裸体婦人像」です。第6回の白馬会への出品作。豊満な裸婦人が描かれていますが、当時は「風俗を乱すもの」(キャプションより)として、半身を布で覆って展示されました。西洋美術を輸入することにも力を注いだ黒田です。かの地の美の理想を体現するヌードを日本に定着させるためにも、出品する必要があったのかもしれません。

文展の開設に参加し、最後は帝展の院長にも就任した黒田。晩年はフランスのアカデミズムをより強く意識した作品を世に送り出します。

一例が「野辺」です。長い髪を垂らしては地面に横たわる女性。裸です。布をお腹のあたりに寄せています。目はうつろ。左手で一輪の花を摘んでいました。なにやらラファエル前派をも思わせる一枚ですが、師のコランの「眠り」との共通点が指摘される作品でもあります。


黒田清輝「鉄砲百合」 1909(明治42)年 石橋財団石橋美術館

「鉄砲百合」も目を引きました。うっすら水色を帯びた百合を中心とした花園。色は透き通っています。何でも黒田は花を好み、自邸に温室まで構えていたそうです。百合はややトリミング気味です。前景へ強調するように描かれています。背後の赤い花もアクセントになっていて美しい。花の作品は何点か出ていましたが、いずれも素直に惹かれるものがありました。

肖像画の注文も多く受けていたそうです。ただどうでしょうか。比較する対象かどうかはさて置き、このところ見る機会のあった明治の洋画家、五姓田義松や原田直次郎らを知っていると、迫真性という観点で物足りない面も否めません。この辺は判断も分かれそうです。

絶筆は「梅林」です。横35センチほどの小品。療養中に病室から見える風景を描いています。筆は荒ぶっていて断片的。判然としません。率直なところ黒田と言われなければ黒田とはわかりません。ただキャプションによれば、小品においてこのような実験的な作品を描くこともあったそうです。まるで全てが引きちぎられそうにうち震える梅林。どこか寂しげでもあります。画家の心境の表れとも言えるかもしれません。


黒田清輝「智・感・情」 1899(明治32)年 東京国立博物館 重要文化財

ラストはこれまたよく知られた「智・感・情」でした。パリ万博での銀賞受賞作。ポーズと題名との関係には未だ議論があります。身体を象る赤い輪郭線が際立っていました。さも仏画を描くような細い線です。3幅対での構成、背景は金地です。近年に修復されては色味も蘇りました。


黒田清輝「舞妓」 1893(明治26)年 東京国立博物館 重要文化財

ほか黒田とほぼ同時代の日本人洋画家の参照や、戦災で失われた東京駅の壁画などについての展示もあります。引き出しの多い内容ではありました。



5月15日まで開催されています。

「生誕150年 黒田清輝ー日本近代絵画の巨匠」@seiki150) 東京国立博物館・平成館(@TNM_PR
会期:3月23日(水) ~5月15日(日)
時間:9:30~17:00。
 *但し金曜日は20時まで開館。
 *土・日・祝日、及び5月2日(月)は18時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
休館:月曜日。但し3月28日(月)、4月4日(月)、5月2日(月)は開館。
料金:一般1600(1300)円、大学生1200(900)円、高校生700(700)円。中学生以下無料
 *( )は20名以上の団体料金。
住所:台東区上野公園13-9
交通:JR上野駅公園口より徒歩10分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、京成電鉄上野駅より徒歩15分。
コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )