よっちんのフォト日記

旅先や日常で感じたことを
写真と文章で綴ってみたい。
そう思ってブログを始めてみました。

こんな集落がありました-長野県飯田市:旧大平宿

2015年08月31日 | 信州(南信)
Old Ohdaira Post Town, Iida City, Nagano Pref.

さてさて、伊那から諏訪へとやって来たワタクシ達の信州旅行も、最終日を迎えることになりました。
長野県下諏訪町の下諏訪温泉にある「旅館 梅月」でワタクシ達は、気持ちのいい朝を迎えておりました


朝からお風呂に入ってサッパリとした気分で、朝食をいただきました。お宿に泊まると朝食がまた楽しみなんですよねぇ


ここの朝食には本格的なお蕎麦が出てきたのでビックリ。さすがに信州ですね。
身の締まった鶏肉も美味しく、ワタクシ達は朝からお腹いっぱいでありました。
女将さんに笑顔で見送られ、ワタクシ達は大阪への帰路についたのですが、もちろんまっすぐ帰ったわけではないのですよ


ワタクシ達は飯田市といっても、中央アルプスの深い山の中にある大平宿(「おおひら」ではなく「おおだいら」と読みます)に
向かって行ったのでありました。この大平宿について、ちょっと説明させていただきますね


江戸時代に飯田と木曽を結ぶ街道として大平街道が作られ、山深い大平の地に土地を開墾し、人々が住むようになりました。
大平は林業や物資の輸送、そして峠の宿場として発展していき、最盛期には戸数が70を超える集落となったんです


しかし、鉄道や幹線道路の開通によって大平街道の価値が無くなって行き、さらに林業の衰退によって大平の集落は人口が激減します。
そして、住民の総意により昭和45年に集団移住により村としての250年の歴史を閉じたんです。
ですので、もうこの集落は廃村であり、住民は誰もいないんですよ


やがて、名古屋の開発業者がこの地に別荘開発の計画を行なったのですが、飯田市の登山者を中心とする市民有志が観光地開発に反対しました。
反対運動が活発化し、ちょうどオイルショックによって開発業者も倒産したことによって、別荘開発は頓挫しました


現在、NPO法人の「大平宿を残す会」が江戸時代や明治時代の建造物を維持しており、いくつかの建物は宿泊が出来るんです。
ワタクシは一度この大平宿を訪ねたくって、今回初めて訪れてみたんですよ


そこには時間が停まったような風景が広がっておりました。旧宿場町といっても、妻籠や馬籠のように飲食店も土産物屋もありません。
なにせ、ここには誰も人が住んでいないのですから、およそ「観光」という言葉とは無縁です


ではでは、大平宿をゆっくりと見ていくとしましょうか。実に実に、ワタクシには興味深いのです

使用したカメラ:FUJIFILM X-T1


この集落は昭和45年から時間が停まっているわけですが、昭和45年といえば大阪万博が開催された年でした。
あの頃の大阪の街を思い出した時、同じ時代にこんな風景が残っていたことに驚きを感じます。
高度経済成長はあくまでも都市部を発展させましたが、農山村はそうではなかったことを実感しました



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最後の夜は馬肉を満喫-長野県下諏訪町:下諏訪温泉・「旅館梅月」

2015年08月30日 | 信州(南信)
Japanese Style Hotel“Baigetsu”, Shimosuwa Town, Nagano Pref.

さてさて、信州旅行の3日目も夕刻となりました。この日は長野県下諏訪町の下諏訪温泉に宿を予約していたんですよ。
温泉街としては上諏訪温泉の方が規模が大きく、お宿の数も多いのですが、古くからの温泉街の風情がある下諏訪温泉をワタクシは選びました


下諏訪温泉でワタクシが選んだお宿は「旅館梅月」という、こじんまりしたお宿でした。
一日5組限定の宿だということ、源泉かけ流しの温泉だということ、そして料理が自慢であるということでこのお宿を選んだんです。
結果的には、とてもいい宿を選びました。接客も、お部屋も、お風呂も、そして料理も素晴らしかったんです


小さな宿ですので、内湯も露天風呂も大きくはありませんが、清潔で気持ちのいい温泉でした。
下諏訪温泉はお湯が熱いことで知られており、湯温が45℃くらいなんです。ワタクシは湯を埋めないと入れませんでした。
そしてそして、お風呂を済ませるといよいよ夕食ですな


ではでは、いただくとしましょうかね。どーですか。左から「かりんの食前酒」、「貝柱の酢の物」、「野沢菜のお寿司」ですな。
かりんは諏訪地方の特産品なんですよね。ワタクシ達はすぐに生ビールを注文いたしました


どーですか。これはビックリ「5ミリ厚の馬刺し」が出てまいりました。
ワタクシはこれまで何度か馬刺しを食べましたが、この分厚さには目を奪われました。
そして口にしてみると…美味ーい。柔らかーい。人生で最高の馬刺しかもしれません


どーですか。続いては「馬肉のたたき」が出てまいりました。馬肉のたたきは初めての経験です。
刺身とはちょっと違う食感がまた素晴らしく、いくらでも食べられそうな気がします


どーですか。これは「信州牛のそぼろの白玉包み」です。あっさりとした味付けなので、いくらでも食べられそうな気がします。
この日は客が2組だけだったので、女将さんが直接おもてなしをしていただき、楽しい話もいっぱい聞かせていただきました


どーですか。この日のメインは「桜鍋」、つまり馬肉のすき焼きなんですよ。この桜鍋用の馬肉の美味そうなこと。
それにこのボリューム。男というのは鍋料理になると鍋奉行になりたがるのですが、この日はすべて女将さんにお任せです


桜鍋を食べるのは初めての経験なので、待ち遠しくてたまりませんな。女将さんがやってくねかったら、生煮えのまま食べてしまったことでしょう


ああ、なんという美味さでしょう。この日は「刺身」「たたき」「すき焼き」と馬肉を堪能したワタクシ達でありました


どーですか。最後は「焼きおにぎりのお茶漬け」でシメとなりました。ああ、よく食べよく飲みました

旅館 梅月…長野県諏訪郡下諏訪町立町3313

使用したカメラ:FUJIFILM X-T1


6月頃にネットで予約をしたのですが、その翌日に女将から電話がありました。
「このたびは梅月を選んでいただきありがとうございました」という丁重なお礼と、「食事で食べられないものはございますか」という確認でした。
ワタクシが夕食時に女将さんに「丁寧な電話に驚きましたよ」と言うと、「そんなことは当たり前のことですよ。
それに、少しでも電話でお話をすると、なんとなくお客様の人となりがわかるので参考になるんです」と言われたので、
「私はどんな印象だったんですか?」と訊くと、「丁寧で穏やかな印象とメモしてありました」とのこと。ああ、よかった



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一度は見たい御柱祭-長野県下諏訪町:諏訪大社下社春宮

2015年08月29日 | 信州(南信)
Suwataisha Shrine, Shimosuwa Town, Nagano Pref.

さてさて、長野県下諏訪町の下諏訪宿を散策したワタクシ達は、4つある諏訪大社の最後の一つである
下社春宮へと向かいました。ここまで来たら、4つ全部足を運びたくなりますわな


ワタクシは朱印を集めておりますので、諏訪大社でも4か所で朱印を書いていただきました。
すると、「四か所全部お参りいただいたのですね」と言って、記念の落雁をいただいたんですよ。ちょっと得した気分でした


さて、諏訪大社というと社殿の四方に御柱と呼ばれる大きな木柱が立てられているのですが、
この御柱は7年毎の寅と申の年に社殿が新築される際に、新しい御柱に変えられるんですよね


この宝殿の造り替え、そして御柱を選び、山から曳き、境内に建てる一連の行事を「御柱祭」と呼び、
諏訪地方の6市町村の氏子たちがこぞって参加して行う一大行事なんですよね


御柱そのものは、長さ約17m、直径1m余り、重さ約10トンの巨木なんですよ。
柱を山から里へ曳き出す「山出し」が4月に、神社までの道中を曳き、御柱を各社殿四隅に建てる「里曳き」が5月に、
上社・下社それぞれで行われます。来年がその年にあたりますので、見に行きたいのですが日程的に無理なんですよねぇ


10トンもの巨木を数キロにわたって曳いてきますので、御柱を後ろに回って見てみると、摩擦で木がすり減って平らになっているんですよ。
この巨木を氏子たちが勇壮に曳いてくる姿は、一度は見てみたいなぁ


ところで、ワタクシ達が境内をウロウロしていますと「万治の石仏→」という看板があったんですよ。
「万治の石仏って何やろな?」と好奇心旺盛なオッサン達は矢印の方向に向かって行きました


すると、なんとも愛嬌のある大きな石仏があったのですが、万治の石仏にはこんな伝説が書かれてありました。
「諏訪大社下社春宮に石の大鳥居を造る為にこの石仏を材料にしようと鑿を入れたところ、傷口から血が出てきたため職人達は祟りをおそれ、
その晩に職人達が夢枕で上原山に良い石材があるという夢を見て、その山に行き探したところ見つけることが出来職人達はこの石仏を阿弥陀如来として祀った」
なお、この石仏は芸術家の岡本太郎が絶賛したことで、広く知られるようになったそうです


下社春宮と万治の石仏の間に川が流れていたのですが、その川では小学生から中学生くらいの子供たちが楽しそうに泳いでいました。
こういう光景を見ると、都会育ちで川で泳ぐことが出来なかったワタクシは、とても羨ましく思えるんですよ

使用したカメラ:FUJIFILM X-T1


いろんな地方を旅すると、様々な逸話や伝説を目にする機会があるんですよ。
時には荒唐無稽な、時には史実に忠実な、いろんな伝説や伝承を見てきました。
そういうことも、私にとっては旅の楽しみの一つです



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皇女和宮に思いを馳せる-長野県下諏訪町:下諏訪宿

2015年08月28日 | 信州(南信)
Shimosuwa Post Town, Shimosuwa Town, Nagano Pref,

さてさて、長年の腐れ縁である「恐怖の雨男」との信州旅行なのでありますが、
この日のお宿は長野県下諏訪町の下諏訪温泉に予約を取っておりました。
お宿に行く前に、ワタクシ達は下諏訪の街をしばし散策することにいたしました。
こういう時に、同行者が同じような趣味や嗜好を持ってくれているのはありがたいですなぁ


下諏訪宿は中山道では江戸から29番目の宿場町(中山道は全部で69の宿場町)で、甲州街道では39番目で終着点。
つまり五街道のうち中山道と甲州街道が合流するという交通の要所であり、一方で諏訪大社の門前町として栄えるという街でありました


今回の旅で諏訪に宿泊しようと思った時に、ワタクシは以前に上諏訪温泉に泊まったことが二度ありました。
上諏訪温泉はホテルや温泉の規模も大きく、観光にも適しているのですが、今回は昔ながらの宿場町風情が残る下諏訪を選んだんですよ。
ですので、下諏訪の宿場町を歩くのも楽しみの一つでありました


ワタクシ達オジサン二人組は、カメラを片手に下諏訪の街をウロウロしていたのでありました


宿場町を歩いていますと、本陣岩波家という建物がありましたので、歴史が好きなワタクシ達は中に入ることにいたしました


様々な史料が展示されているのですが、ワタクシが一番興味を感じたのは皇女和宮の史料でありました。
皆様もご存知のように、いわゆる「公武合体」の政策として和宮は十四代将軍家茂に降嫁します。
その際、幕府は権威を示すためにお迎えのために2万人の人数を送り、京都からも2万とも3万とも言われる人数が中山道を通って江戸に向かいました。
行列の長さは50kmに及んだというのですから、それを「すごい」と思う人もいれば「アホ」と思う人もいるでしょう


ただ、わずか16歳で住み慣れた都を離れ江戸へ嫁ぐ和宮は、この本陣に泊まった際にどんな思いでいたのかなぁと思いました。
今の感覚で言えば、全く訪れたこともない異国の王様と結婚するようなものですからねぇ。
ただ、同じ16歳であった家茂が聡明であり、愛情深い人物であったことは救いであったことでしょう


しかしながら、この時代でも皇女が将軍家に嫁ぐことは「降嫁」であるわけですし、将軍が京に向かうのは「上洛」ですので、
あくまでも「京都が上」であり「江戸は下」だったんですよねぇ


今は全てが「東京一極集中」になりましたが、いろんな権力が地方に分散する方がいいんじゃないかなと思うのです。
なんてことを書くと、東京に完全に差をつけられた大阪人の遠吠えに思われるかもしれませんね

使用したカメラ:FUJIFILM X-T1


信州を旅して中山道の宿場町を訪ねると、皇女和宮の降嫁の際の史料を何度も目にしました。
知らず知らずのうちに、皇女和宮に対してシンパシーを感じている私がいます。
その背景には、大河ドラマの『篤姫』で和宮を堀北真希さんが演じていたことがあるのかもしれません



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厳粛-長野県下諏訪町:諏訪大社下社秋宮

2015年08月27日 | 信州(南信)
Suwataisha Shrine, Shimosuwa Town, Nagano Pref.

さてさて、長野県の諏訪地方にやって来たワタクシ達はまず、諏訪大社の上社前宮と本宮に参拝したのでありますが、
ワタクシ達は温泉好きでありまして、諏訪に来たとなると温泉に入浴しないわけにはいきません。
ひとっ風呂浴びようと、長野県諏訪市上諏訪温泉にある片倉館千人風呂で汗を流すことにいたしました


かつて、日本の最大の輸出品が生糸であった時代、諏訪地方は日本最大の生糸の産地でした。
その中でも大財閥にのし上がった片倉製糸株式会社は、創業50周年を記念して諏訪に文化福祉施設を立てたいと考え、
温泉、社交、娯楽、文化向上を目的として建立したのが片倉館なんです。
今では大浴場が「千人風呂」として誰でも入浴できるようになっているんです。いいお風呂でありました


続いて、ワタクシ達は長野県下諏訪町にある諏訪大社上社秋宮に足を運びました。
諏訪大社には四つの神社があることは昨日のブログに書きましたが、ワタクシはこの秋宮だけは以前に訪れたことがあるんですよ


下社の御祭神は、男神の建御名方神(たけみなかたのかみ)、妃神の八坂刀売神(やさかとめのかみ)、兄神の八重事代主神(やえことしろぬしのかみ)です。
なにせわが国には八百万(やおよろず)の神々がいますので、神社に行くと必ず祀られているのが誰なのかを確認しなくてはなりません。
「建御名方神」は軍神として有名です。また、農耕神・狩猟神として信仰されているだけでなく、風の神ともされています


元寇(13世紀における2度にわたるモンゴル軍の日本襲来ですな)の際には、“神風”を起こしたとする言い伝えもあるそうなんです


この秋宮に来ると目につくのは巨大なしめ縄なんですよね。ワタクシは学生時代に出雲大社に行ったことがあるのですが、
出雲大社では巨大なしめ縄が印象に残りました。何か関係があるのかなぁと思って調べてみると、
下諏訪町の氏子さん達が出雲から職人を招いて、このしめ縄を作らせたということなんです。なるほどね


秋宮の神楽殿は、国の重要文化財に指定されており、現在の建物は1835年に完成しています。年号で言うと天保年間ですな。


天保年間などというと「大塩平八郎の乱」「モリソン号事件」「蛮社の獄」「天保の大飢饉」そして「天保の改革」などと、
あまりロクでもないことばかりが頭に浮かんでくるのも、幕末の混乱期を考えれば仕方がありませんねぇ


ワタクシなどは天保年間というと、「お伊勢さんへのおかげ参りの大流行」という印象が強いんです。
これは『東海道中膝栗毛』をむさぼるように読んだ、小学校時代の影響でしょう


古代、中世、そして近世へと…歴史に思いを馳せる時間は楽しいものです

使用したカメラ:FUJIFILM X-T1


諏訪地方の製糸業の隆盛というのは、今の私達には想像も出来ないほどのものだったのでしょう。
今回「明治日本の産業革命遺産」という、どうにも合点がいかない世界遺産が認定されましたが、
私などは以前に認定された「富岡製糸場」と一緒に諏訪や岡谷の製糸業も世界遺産に推挙してほしかったんですよねぇ。
ま、諏訪や岡谷の製糸業は欧米の影響なく、日本独自の力で成し遂げたものですから推挙しても選ばれない可能性が高いですね



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