よっちんのフォト日記

旅先や日常で感じたことを
写真と文章で綴ってみたい。
そう思ってブログを始めてみました。

懐かしい光景-兵庫県篠山市

2014年03月31日 | 兵庫
Sasayama City, Hyogo Pref.

さてさて、穏やかな春の日差しの中、兵庫県篠山市の散策を続けるワタクシですが、なんとも懐かしい光景に次々と出会いました。


河原町になんとも懐かしい本屋さんを見つけたんですよ。かつては駅前などには必ず本屋さんがありました
「小学館」なんて言葉が胸にジーンとくるなぁ。ワタクシ「小学校3年生」とか「小学校4年生」なんてのをよく読んでおりました。


時代の流れといえばそれまでですが、本屋さんがどんどん姿を消して行っています
ワタクシの家の近くでも、本屋といえば郊外の幹線道路沿いにある「ブックショップ」がありますが、あれは「本屋さん」ではありません。
こういう本屋さんが今も健在なのを見ると応援したくなります。ワタクシ、ついつい中に入って郷土史の本を一冊購入いたしました。


古い民家を背景にした消火栓…なかなか趣がある光景です。ワタクシはこういう光景を見つけては、レンズを向けるのが好きなんです。


アナログからデジタルへ…世の中は革新的に便利になりました。でも、その代償として失ったものを多いように思います。
ワタクシはその中でも最大のものが、人と人とのつながりだと思うんですよね


近所付き合いが薄れていき、家族の関係すら希薄になった。買い物に行っても会話を交わすことさえ無く、バーチャルな空間での付き合いに終始する。
なんだか寂しいですよねぇ。これから20年後、30年後ってどんな社会になっているのかなぁ。
どうも最近は、将来に対して悲観的に考えることが多くなりました。ワタクシ、根っからの楽天家なんですがねえ


丹波篠山といえば、美味しい食材が多い町としても有名です。その中でもまずは「丹波の黒豆」でしょうねぇ


丹波篠山を代表する地酒に「鳳鳴」というお酒があります。ワタクシは日本酒を飲まないのですが、「鳳鳴」の看板を町のあちこちで見かけました。
そういえば、丹波篠山の進学校に「篠山鳳鳴高校」っていうのがありますので、「鳳鳴」という言葉はこの地に関連があるのでしょうね。


丹波篠山を代表する味覚が「丹波栗」です。ワタクシ、焼き栗が大好きなのでお土産に買って帰りました

どこか懐かしい丹波篠山の町…町の散策を終えたワタクシは、次の目的地へと向かったのでありました

使用したカメラ:FUJIFILM X-E1


カメラもアナログからデジタルに変わり、撮影の仕方がずいぶん変化しましたね。
私は長い間、アナログのカメラにポジフィルムを入れて撮影してたので、どうしてもバシャバシャとたくさんの枚数を撮ることが出来ません。
もしかしたら、撮影に行っても日本一撮影枚数が少ないデジタルカメラユーザーかもしれないです



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旧街道の面影-兵庫県篠山市:河原町妻入商家群

2014年03月30日 | 兵庫
Kawaramachi, Sasayama City, Hyogo Pref.

さてさて、兵庫県篠山市にやって来て散策を続けるワタクシですが、篠山城址の東側に来ると古い家々が立ち並ぶ一画に辿りつきます。
ここが河原町妻入商家群と呼ばれる地域で、篠山城築城後まもなく町造りがはじめられ、城下町篠山の商業の中心として栄えた地域です。


京街道に沿って丹波地区に特有の妻入りの商家が立ち並び、近世から近代にかけての町並みがよく残っています
格子戸、袖壁、うだつなど江戸時代の城下町の姿を今に伝え、先日の湯浅の記事でも話題にした重要伝統的建造物群保存地区として選定されています。


お土産物屋さんやカフェなどもありますが、どちらかというとあまり観光地化されておらず
地元の人の生活感を感じることが出来るんですよね


それでも最近は歴史好きの人、カメラ好きの人などがこの町によくやって来るようになりました。
町の中では案内板なども整備され、散策しやすいようになっています。


ワタクシは例によって例のごとく、早朝に大阪を出発しました。兵庫県の宝塚のあたりで、高速道路が12kmの渋滞だったのですが
それでも9時には丹波篠山に到着いたしました。河原町の一帯もまだお店はほとんど開いておらず、通行する人も疎らでした


この日は3連休の中日でした。「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉がありますが、お彼岸を迎えて寒さもさすがに和らいでまいりました。
柔らかな日差しの中で、こういう場所に座って時間を過ごすのも悪くはないですね。
ただ、ワタクシは驚くほどせっかちなので、ゆっくり時を過ごすことが出来ません


いつの頃からでしょうか。我が国の住宅もフローリングの部屋が主流になり、畳敷きの部屋が少なくなりました。
でも、畳の上にゴロンと寝っころがるのは気もちいいんですよねぇ。
ワタクシは定年退職後に、最後の住処を建てたいと思っているのですが、その時には格子戸、縁側、そして畳敷きの部屋は欲しいですねぇ。


やっぱり体の中に「日本人のDNA」が流れているのでしょうねぇ。最後の住まいは和風建築がいいなぁと感じています。
ただ、その夢が叶うかどうか…最近は不安がいっぱいです


こんな錆びついた消火栓に、心を惹かれるワタクシでありました

使用したカメラ:FUJIFILM X-E1


夜型、朝型という分け方をすると、私などは完全に朝型なのでしょうね。
朝早いのは全然苦にならないのですが、どこに行ってもほとんどお店が開いていないというのも考えものですよねぇ。
でも、早く行動するスタイルは変わりそうにないかなぁ



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静かな城下町-兵庫県篠山市:篠山城址

2014年03月29日 | 兵庫
Sasayama City, Hyogo Pref.

さてさて、この前の日曜日(3月22日)にワタクシは久々に兵庫県篠山市に行ってまいりました。
兵庫県篠山市…1999年旧多紀郡篠山町・今田町・丹南町・西紀町の4町が合併し篠山市が生まれましたが
ワタクシ達関西人は「丹波篠山」と呼ぶ方がしっくりくるんですよねぇ

丹波篠山は兵庫県の中東部にある城下町で、古くから京都への交通の要地として栄えてきたために町並みや祭りなどに京都の影響が見られます。
ワタクシが以前に丹波篠山に行った時は、京都の祇園祭を模した秋の祭を見ることが出来ました


ワタクシの丹波篠山の散策は「大正ロマン館」から始まりました。
この建物は大正12年から平成4年までの約70年間、篠山町役場として使われてきました
その歴史ある建物を重要建造物として末永く保存再利用するため、「大正ロマン館」としてカフェや土産物屋として利用されています。


町の中心部には篠山城址があります。篠山城は1609年に徳川家康の命令によって作られたもので
豊臣氏をはじめとする西国大名の監視が目的だったようですね。


この建物は大書院(おおしょいん)と言いまして、大書院は1609年の篠山城築城と同時にたてられました。
1944年に焼失してしまいましたが、2000年に市民の寄付などもあり再建されました


春の青空が心地よく、こういう日は町歩きが楽しいですよね


篠山城址の西側に御徒町という町があり、ここには武家屋敷がいくつか残っています。


その武家屋敷の一つ、安間家の建物は資料館として公開されているので、ワタクシは中に入りました。
安間家は1830年(天保元年)に立てられた武家屋敷で、篠山市の指定文化財になっております。


ワタクシ以外は誰もおらず、ワタクシは縁側にゆっくり座ることが出来ました
丹波の城下町は静かな佇まいで、どこか懐かしさを感じる素敵な町です。


内陸部の盆地に広がる丹波篠山は朝晩の気温が低く、これからやっと梅が満開を迎えような気配でありました。
ではでは、散策を続けましょうかね

使用したカメラ:FUJIFILM X-E1


私はこの篠山市のように人口が4~5万人程度の地方都市が好きなんですよね。
関西で言えば兵庫県だと篠山市以外に龍野市、豊岡市などがそうでしょうか。
適度に町が発達し、けれども穏やかで長閑な雰囲気があり、すれ違う人が「こんにちわ」と挨拶を交わすような町。
仕事を退職したら、そんな町に住みたいと思っています



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つれもて食べよら-和歌山県湯浅町:「かどや食堂」

2014年03月28日 | 和歌山
Restaurant“Kadoya”, Yuasa Town, Wakayama Pref.

さてさて、和歌山県湯浅町に早朝にやって来たワタクシは、歴史的な街並みもほぼ歩き終えました。
我ながら仕事ではフットワークが重いのですが、遊びになると軽いこと軽いこと
これでは仕事で大きな成功をおさめそうにないですなぁ


ここ湯浅は醤油生産の盛んな町であると同時に、漁港としても発展した町でありました。
せっかく漁港に来たのですから、何か魚介類を食べて帰りたいですよねぇ


町の中を歩いていると、このような幟をあちこちで見かけます。
「つれもて食べよら」…これは「つれもって(一緒に)食べよう」ということでしょうね。
湯浅町はしらすの水揚量、加工量ともに県内1位を誇り、「わかやまご当地グルメ30選」にも選ばれた「紀州湯浅のしらす丼」を
広くPRするため募集していたキャッチコピーが、「つれもて食べよら 紀州湯浅のしらす丼」に決定したそうです
となれば、「しらす丼」を食べに行くとしましょうかねぇ


JR湯浅駅にほど近い場所に「かどや食堂」というお店がありました。夜になれば地元の人がお酒を飲みながら、新鮮な魚介類を
食べに来るというようなお店ですな。ワタクシはこのお店に入ることにいたしました。


「う~ん」…ワタクシは悩みました。「しらす丼を食べるのだ」と思ってこのお店に入ったのですが
「釜揚げしらす丼」と「生しらす丼」の二種類があるではないですか


ちょっと塩味が効いた釜揚げしらすの美味しさは捨てがたい。されど、めったに食べられない生しらすも食べてみたい。
ワタクシ、しばし熟考…


どーですか。悩んだあげく「釜揚げしらす丼」をワタクシは注文いたしました。
ご飯と同じ量くらいのしらすがドッサリと登場してまいりました。あぁ、幸せ


今思うと、ワタクシは幼少の頃に「しらす」「ちりめんじゃこ」「めざし」などのように小魚を丸ごとよく食べさせられました。
中学校の時のお弁当なんて、必ず「めざし」「丸干し」がご飯の上に乗っていたんです。
そのおかげでしょうか。ワタクシは人が驚くほど骨が太いというか、頑丈なんですよ
こればかりは母親に感謝感謝ですね。


「これは醤油をかけていただくんですか?」と訊くと、「特製醤油をかけてますのでそのまま食べてください」とのこと。
湯浅醤油にミカンのはちみつ、紀州南高梅の梅干しで作った特製醤油だそうなんです。
しらすも特製醤油も美味~い。これはなかなか値打ちのある昼食でありました

お昼御飯も食べましたし、そろそろ湯浅の町を後にしようとしたときに、この地域らしいお店がありました。


駅前にミカンを中心とした柑橘類の問屋さんがありました。言うまでもなく和歌山県のミカン生産量は愛媛、静岡を抑えて全国1位です。
その中でもこの湯浅町がある有田郡周辺は「有田ミカン」の名前で知られるミカンの大産地です。
ワタクシ、小売りもしているとのことなので大好きなハッサクを買って帰りました。
かくして穏やかな春の日の、湯浅町へのワンディトリップは終わったのでありました

かどや食堂…和歌山県有田郡湯浅町湯浅1109-1

使用したカメラ:FUJIFILM X-E1


穏やかな陽光の中で過ごした一日は、とても楽しいものでありました。
ただ、この食堂で私の横に座った二人組は「花粉症がひどくて辛いんですよ」「目がしょぼしょぼしますねん」と言ってました。
私は花粉症とは今のところ無縁ですが、これだけ花粉症の人が増えてきたりPM2.5の問題があると不安ですねぇ



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思い出の銭湯-和歌山県湯浅町:甚風呂

2014年03月27日 | 和歌山
Jin-Buro Public Bath, Yuasa Town, Wakayama Pref.

さてさて、和歌山県湯浅町の歴史的な街並みを散策するワタクシですが、路地裏好きのワタクシとしましては
狭い路地に足を運ばないと気がすみません。ちょっと奥の方まで入っていきましょうかねぇ


日本国内だろうが外国であろうが、必ず路地裏をウロウロ歩くワタクシでありますが
ちょっと面白い建物がありましたので、そこに入ってみることにいたしました


建物は甚風呂といいまして、今はもう営業していないのですが、幕末の時代から四代にわたり昭和50年代中ごろまで営業されていた銭湯なんです。
今の建物は大正時代に造られたもので、このあたりは港にちかっく利用客には漁師さんが多かったそうです


現在は地域住民のコミュニティ施設として、また歴史民俗資料館として活用されているんです。
ではでは中に入ってみるとしましょうか。


ワタクシの実家は大阪の下町にある長屋で、家風呂がありませんでした。ですので、毎日のように銭湯に通っていたんですよ。
風呂上りにコーヒー牛乳やリンゴジュースを飲むのが大きな楽しみでしたねぇ


「時間ですよ」という銭湯を舞台にしたテレビドラマが人気でした。ワタクシも毎週見ておりました。
ちらっと女性の裸が映ったりするのを、ドキドキしながら、いやウハウハしながら見ていたものでした
あんなドラマがあったくらい、銭湯というのは生活に密着していたのですねぇ。


金属製の湯桶(大阪では「湯桶」と言わず「洗面器」と呼んでいました)が置かれてありましたが
ワタクシが銭湯に行っていた時は「ケロリン」と書かれた黄色いプラスチック製の湯桶だったですね。


銭湯の奥は簡単な資料館になっているのですが、中庭に井戸がありました。今でもちゃんと水が出ました。


資料館には昔の農具、家庭用品などが置かれてありました。この時計は100年前のものだそうです。
今も現役で「カッチカッチ」と時を刻んでおりました。
昔のアナログ機械というのは長持ちしますよねぇ。もちろんカメラもそうですね。


この蓄音機もちゃんと音が出ました。レコードは「ぞうさん」でしたよ。
コロムビアレコードっていうのもありましたよねぇ
懐かしい感いっぱいの甚風呂でありました。

使用したカメラ:FUJIFILM X-E1


今は家に風呂があるので、銭湯に行くことはほとんどありません。
実家の近くにはたくさんの銭湯があったのですが、そのうちもう営業をやめた銭湯も少なくありません。
今度実家に帰る時には、銭湯に行こうかな…そう思った私でした



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