高原千尋の暗中模索

行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しく止とゞまる事なし。

『最後の証人』柚月裕子

2010年07月22日 | 書籍・ことば
 久しぶりに読んだミステリーの新作『最後の証人』が面白かった。
著者の柚月裕子氏は、その処女作『臨床心理』がいきなり『このミステリーがすごい!』大賞(2008年)で大賞を受賞するという快挙を成し遂げたミステリー小説界の期待の新人作家である。そのことは『最後の証人』の読了後に知ったことではあるが、そうしたタイトルとは関係なく彼女の書く文章に私は響くものを感じた。私はとても好きな作家ではあるが、柚月氏への評価においては、おそらく好き嫌いがはっきりと分かれるだろうと思う。

 まずは本の内容を紹介しよう。

 「元検察官の佐方貞人は、刑事事件を専門に扱うやり手弁護士だ。そんな佐方の許に、かつて在籍した地検の所在地で起きた殺人事件の弁護依頼が舞い込む。高層ホテルの一室で起きた刺殺事件。物的証拠、状況証拠ともに、依頼人が犯人であることを示していた。男女間の愛憎のもつれが引き起こした悲劇。世間やマスコミの誰もが、依頼人に勝ち目はないと見ていた。しかし佐方の、本筋を見抜くプロの勘は、これは単純な事件ではないと告げていた。敗戦必至の弁護を引き受けた佐方に、果たして勝算はあるのか。やがて裁判は、誰もが予想しなかった驚くべき展開をみせる・・・・・。」(カバーから)

 事件の舞台は、東京から新幹線で2時間ほどの地方都市。著者の柚月氏が在住する山形、あるいは仙台あたりを彷彿させる。その地方都市で起きた殺人事件を巡り、被告の弁護を引き受ける元検察官の佐方貞人とこれに対峙する若き女性検察官・庄司真生との法廷内外での駆け引きが展開されていく。この駆け引きとオーバーラップするかたちで、ひとつの交通事故を巡る悲劇が語られていく。事故の悲劇と殺人事件が重なる時、事件の意外な真相が明らかになる。

 内容を書きすぎるとネタがばれるのでこの辺にとどめたいが、テーマはきわめて現代的である。たとえば主人公の佐方が元検察官、ヤメ検という設定であるところは、『反転 闇社会の守護神と呼ばれて』の著書田中森一氏や、小沢一郎氏に対する東京地検特捜部の捜査方法を厳しく批判する郷原信郎氏などを想起する。あるいは、2006年3月3日に高知県春野町の国道で起きた白バイとバスの衝突事故で、バスを運転していた片岡晴彦さんが業務上過失致死罪で禁固1年4カ月の判決を下された事件を彷彿させる。さらには、警察の杜撰な調査で冤罪を負わされた足利事件の被告、菅家利和さんの悲劇が脳裏を過ぎる。こうした現代社会の歪みが『最後の証人』には色濃く反映しているように思われる。

 著者の柚月裕子氏が現代社会の歪みを意識して、それをテーマとして本作品を執筆したというわけではないだろう。Webサイト「小説家になりま専科」のインタビューにおいて、柚月氏は以下ようにコメントされている。

 「私が小説というものに最初にはまったのがシャーロック・ホームズの物語でしたが、魅力を感じた理由は謎解きや暗号解読よりも、ホームズとワトソンの関係だったり、人間らしさだったんですね。清張作品でもそうで、作品のなかに描かれている人間の逃れられない業とか、犯罪にいたるまでの動機とかに強く魅かれます。そうした人間の感情や深い部分を描く作家の作品を好んで読んできたように思えますね。」(柚月氏)

 柚月氏の小説はミステリーというよりはむしろ人間ドラマとしての色合いを強く感じる。人間の心を描く手段として、たまたまミステリーという手法を選んだといわれても違和感がない。それくらい人間描写に魅力を感じる。それを裏付けるように、先のコメントに続いて柚月氏は次の言葉を続ける。

 「以前、酒田市出身の作家である北重人さんが山形市で行われている『小説家になろう口座』の講師として来てくださったときに『人間を描きなさい』と言われたことがありましたが、その言葉は今でも印象に残っています。」

 “人間を描く”という柚月氏の姿勢は、作品のなかでも別の形で表現されている。主人公佐方の元上司で地検幹部の筒井は「法より人間を見ろ」を口癖としていた。「法を犯すのは人間だ。机にへばりついて警察が持ってきた書類や証拠だけを見ているんじゃない。人として被告人を見ろ」と。
 こうした姿勢は柚月氏のデビュー作『臨床心理』においても同様である。詳しくは述べないが同書では、福祉施設の利権や障害者の性的虐待というデリケートな問題に敢えて着目し、主人公の臨床心理士が患者とのコミュニケーションのなかで葛藤しながら自らを乗り越えていく姿が読者のこころをつかむ。処女作からして人間描写が主眼となっているのだ。

 私が若い時分に愛読していた島田荘司が本格ミステリー宣言を行った1990年代の初頭から、ミステリーは人間ドラマという視点からトリックとその解明により趣がおかれるように変わったように感じる。それは松本清張が築き上げた“社会派”という流れへの決別であったとも言える。戦後の高度経済成長が終焉し、さらにバブル経済が発生しそれがはじけた時、清張的な“社会派”ミステリーはすでに時代の空気にそぐわないものになっていた。この頃になると事件や犯罪は人間の際限ない欲が生む出すことが多くなったように思う。特に経済犯罪が増加し犯罪自体がバブル化したとでもいうべき状況であった。

 ところがそれから20年近く時が流れた今日、時代はまた新たな歪みにはまり込んでいる。その歪みは多分に社会的なものである。貧困率の増加や派遣労働者の社会的孤立などが温床と見られる犯罪が目につくようになってきた。また社会の二極化が進むことと比例するかのように公権力の乱用と思われる冤罪事件、あるいはどう見ても政治的としか思えない事件が散見される。
 柚月氏が“人間を描く”ことに対し、真摯であろうとすればするほど、そうした社会状況が自ずとストーリーに反映されることになるのではないだろうか。それはまさに清張が辿った軌跡そのものである。
 とはいえ、柚月氏の作品はまだ過渡期にある。ミステリー小説としては確かに説得力に欠ける部分も感じる。例えば “最後の証人”が証言するというのは現実的には考えにくい。そこは性善説に立つ柚月氏ならではの展開であり、証言者を説得する佐方の言葉は柚月氏の作品の魅力そのものであるが、やはり納得しないミステリーファンも多いかもしれない。冒頭で、好き嫌いが分かれるかもしれないと書いたのはこうした点だ。それでも、柚月氏が“人間を描く”にこだわり続けるとすれば、時代は彼女を放ってはおかないだろう。彼女が持つ、閉塞化する社会への鋭い観察力と人間の性(さが)に対する深い洞察力、そして優しい眼差しを時代が求めているように思う。柚月氏はこれからさらに大きな存在になるに違いない。




 ところで、私はミステリーのハードカバーを買うということはあまりない。まして新人作家ということになるとなおのこと。『最後の証人』を手に取ったのは、新聞の書評を読んだのがきっかけだったような気もするが記憶は定かではない。もしかすると柚月氏の出身が岩手であり、山形に在住しているということに興味を抱いたのかもしれない。
 山形には学生時代に天元台のスキー場に行ったことがあるだけだ。天元台は福島と隣接する山の中にあるスキー場だから、山形入りしたというには心もとない。母方の祖父が実は山形の出身なのだが、そのことを知ったのは数年前のことである。実家があった札幌の土地を整理するために戸籍を調べているときに初めて知った。福島で学生時代を過ごしたときはその事実を全く知らずにいた。自分のルーツである山形をいつかじっくりと散策したいと思っている。私にとって山形はまだ見ぬ憧れの地なのである。
 一方、岩手は父方の出身の地である。親類がいるので岩手はそれなりに知っている。その岩手に生まれ、憧れの地、山形で活躍する作家がいる、ということに惹きつけられたのかもしれない。気がついたときには『最後の証人』が手元にあった。柚月氏の次回作が待ち遠しい。


<関 連>

賊軍の轍―②奥羽越列藩同盟

ジンギスカン



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