高原千尋の暗中模索

行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しく止とゞまる事なし。

3.11 乳がんの増加が示すもの

2011年05月03日 | 東日本大震災
 元キャンディーズの田中好子さんが乳がんで亡くなった。55歳という若さであった。私が子どもの頃、乳がんで人が亡くなるということをあまり耳にしたことがない。テレビのその手のドラマでも、乳がんを題材にしたものはあまり記憶にない。実際、日本の乳がん罹患率・死亡率はもともと世界の中でも低く、それが急増したのは、ここ20~30年のことである。現在では1年間におよそ3万5000人の女性が乳がんと診断され、約1万人が乳がんで亡くなっている。

 アメリカでは1950~89年の40年間に、乳がん死亡者(白人)が2倍になった。これに危機感を持ったアメリカ政府は膨大な統計資料を駆使した調査報告書を作成し、乳がんの増加は第二次大戦後の石油・化学産業の発展による大気や水の汚染が影響している、との説明を行った。この説明を不審に思った統計学者のJ.M.グールドは、全米3053郡が保有する40年間の乳がん死者数のデータをコンピュータに入力し、独自の分析を行った。その結果、1319の郡では乳がんが増加し、1734の郡が横ばい、もしくは減少していることが判明した。乳がん死者数には、明らかな地域格差があったのである。

 下の図は、グールドがマッピングした調査結果で、色の黒い部分は乳がん死亡者が増加している地域である。


High Risk Counties Within 100 Miles of Nuclear Reactors

 グールドはこの分布結果に、ある法則性が存在することに気づいた。それは次の図を見て頂ければ一目瞭然である。


 上図は、全米に設置されている原子力発電所104箇所の所在マップである。原発が集積する地域と乳がん死亡者が増加している地域が見事に重なっている。正確には、原子炉から100マイル(約160km)以内にある郡で乳がんの死者数が増加し、以遠にある郡では横ばいか、減少しているという相関性が認められるのである。

 これは何を意味するのか。福島原発事故を通して広く知られるようになったと思うが、原発は何もなく安定して稼働している状態にあっても、冷却水の循環パイプの接合部分などから微量の放射性物質が常に漏洩している。こうした微量な放射性物質が大気中に拡散し風にのって広がり、それが落下して食物や水に混入し人の体内に入り込む、あるいは呼吸で肺に吸い込むなどして内部被曝する。既稿「内部被曝は何故恐ろしいのか」で書いた通り、内部被曝はどんなに微量であっても細胞に深刻なダメージを及ぼす。微量であるほどダメージが大きいとさえ言える。グールドの論証は、原発が出す低線量放射線の影響が半径160kmにまで及ぶことを示している。恐るべき真実である。

 グールドは1996年にこの研究結果を書籍で発表したが、原子力シンジケートに厚い経済的サポートを受けているメインストリームの御用学者たちから徹底的にパッシングを受けた。多勢に無勢で、グールドの研究成果は顧みられていない。「内部被曝は存在しない」とする公式見解を持つアメリカにとって、グールドの研究は、まことに“不都合な真実”なのである。


 グールドの研究を日本に紹介している『内部被曝の脅威』の著者肥田俊太郎氏は、グールドの研究方法を日本に当てはめようとした。ところが、2002年当時、52基存在する原発から半径100マイル(約160km)で円を描こうとすると日本全土が全て円に含まれてしまう。つまり地域的格差を検証できない、ということに気づいたという。
 見方を変えれば、日本そのものがひとつの地域グループとも言える。グールドの研究が正しいとすれば、日本地域の乳がん死亡者数が増加していなければならない。それを示すのが下図である。


※東京都健康安全研究センターHPより

 図は右肩上がりの上昇カーブを描いている。図は乳がん死亡者の絶対数を表しているが、対10万人率で見ても、1965年当時3.9人であった死亡者数が2009年現在では18.5人にまで増加してきた。欧米ではもともと乳がん死亡者は日本の5~10倍であったが、近年では欧米の死亡者数が減少し、その差は数倍にまで縮小している。つまり日本地域は世界でも稀にみる乳がん死亡者数の増加地域ということが言えるのだ。


※平成21年人口動態統計より

 上図を見ると、1985年から2005年にかけて乳がん死亡者数の増加がそれまでの2倍に上昇していることに気づく。肥田氏は青森・秋田・岩手・山形・新潟・茨城において1990年代後半に乳がん死亡者数が突出して上昇した原因を1986年に起きたチェルノブイリ原発事故にあるのではないかと推論している。その根拠として、気象庁の放射性降下物定点観測(秋田)におけるセシウム137の降下量が1986年にそれまでの計測量の10倍近くに達していたことに注目している。
 乳がんの潜伏期間は10~12年がピークであるといわれており、日本に飛来したセシウムが吸引や食物連鎖により体内に入り込むリードタイムを考慮すれば、1995年から2005年にかけて乳がん患者を増加させた可能性は十分に考えられることだ。田中好子さんが乳がんに罹患したのが1992年と報道されているが、チェルノブイリ事故との因果関係をあながち否定できないのではないだろうか。

 原発が漏洩する微量の放射性物質による160キロメートル圏での被曝やチェルノブイリ事故で放出されたセシウムが8,000キロメートルも離れた日本において乳がんを増発させるなど、低線量放射線による人体への被害を認め、内部被曝の許容量はゼロ以外は安全ではない、という立場をとるのはヨーロッパの科学者グループECRR(欧州放射線防護委員会)である。彼らが2003年に公表した報告によると、1945年から1989年までに放射線被曝で亡くなった人の数は全世界で6,160万人に達するという。実に日本の人口の半分に相当する人数であるのだ。
 一方、内部被曝は対外被曝と同様に許容量を定めることができるという立場をとるのが、「内部被曝は存在しない」というアメリカ政府の公式見解に追随するICRP(国際放射線防護委員会)である。彼らの試算では、放射線被曝で亡くなった人の数は117万人で、ECRRの50分の1ということになる。現在、国際基準となっている一般人の年間許容放射線量1ミリシーベルトという数値はICRPが設定した基準である。いわゆる「しきい値」と呼ばれる放射線の許容量は、ECRRから見れば実にあまい基準ということになる。

 放射線被曝リスクに対して厳しい立場をとるECRR(欧州放射線防護委員会)のクリス・バズビー科学部長は、今回の福島原発事故によって今後50年間に、100キロ圏内では19万1986人、100キロ~200キロ圏内では22万4623人、合計で41万6619人(該当人口1110万人)が癌を発症するという予測を発表している。つまり、27人に1人の割合で被曝が原因による癌を発症するというのである。私は残念ながらこの予測が外れるのではないかと心配している。現状の政府・行政機関の対応を見ていると、とてもそれで済むとは思えない。

 厚生労働省はチェルノブイリ原発事故から15年が経過した時点でも国が定めた濃度以上のセシウム-137を含む食品が発見されることがあったため、2001年に食品衛生法において輸入食品中の放射能を規制する暫定限度を設定し、「食品中のセシウム134及びセシウム137の放射能濃度が食品1キログラムあたり370ベクレルを超えてはならない」とし、輸入食品の検疫体制を強化した。実は、今日もこの基準で検疫は継続されている。370ベクレルという設定値は年間被曝線量0.048ミリシーベルトに相当する。チェルノブイリ事故の放出放射能に対して、事故から25年が経ってもこの基準を貫いてきたのである。そこにはチェルノブイリ事故で放出された放射能物質が危険かどうかの議論など存在しない。リスクを前提とし、それを回避するために水際で徹底的な対策を打ってきただけである。まったくもって正しい。
 しかし、同じ政府・行政機関が、福島原発事故においてはいきなりセシウムの暫定基準値を500ベクレルまで引き上げてしまった。しかも基準値さえ超えなければ、学校給食に供することまで強要するありさまだ。たとえば、ホウレンソウの放射線量が400ベクレルであれば、再設定された暫定基準値は下回るが、25年間守ってきた輸入の安全基準値は超えてしまっている。そんな危険な食材を学校給食に提供しているのだ。人でなし、悪魔、という他ない。

 ECRR・バズビー科学部長の予測を侮り、傍観することは人体実験に加担することに等しい。それが実証されてしまってからでは、一切、取り返しがつかない。


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