弘法大師というと、どうも偉すぎるというか、著作が理論的なものばかりで難解、人間味があまり感じられない…という声をたまに聞きます。
確かに日蓮聖人などの、和文による「湿気のある」文章や書簡がそれほど残されているわけでもなく、ほとんど漢文しかも美文調ですから、現代の私たちにとっては尚更、遠く感じてしまうのも仕方ありません。
しかしもちろん、弘法大師も「情なき人」であるはずはありません。それを彷彿させる歌をひとつ、紹介します。若かりし頃、唐・長安での一首。遠く日本を思い、また唐にある自分の姿をしみじみと思う心が伝わるような詩です。イメージされがちな難解華麗な文字ではなく、きわめて率直明快な文字を使用しています。
小山は築山、本国は日本、漢家は唐、花は牡丹。昶法和尚は、不明です。
在唐観昶法和尚小山 空海
看竹看花本国春
人声鳥哢漢家新
見君庭際小山色
還識君情不染塵
唐にありて昶法和尚の小山を観る 空海
竹を看 花を看れば本国の春なれど
人の声 鳥の哢 漢家に新し
君が庭際たる小山の色を見るに
還た識る 君が情の塵に染まらざるを
確かに日蓮聖人などの、和文による「湿気のある」文章や書簡がそれほど残されているわけでもなく、ほとんど漢文しかも美文調ですから、現代の私たちにとっては尚更、遠く感じてしまうのも仕方ありません。
しかしもちろん、弘法大師も「情なき人」であるはずはありません。それを彷彿させる歌をひとつ、紹介します。若かりし頃、唐・長安での一首。遠く日本を思い、また唐にある自分の姿をしみじみと思う心が伝わるような詩です。イメージされがちな難解華麗な文字ではなく、きわめて率直明快な文字を使用しています。
小山は築山、本国は日本、漢家は唐、花は牡丹。昶法和尚は、不明です。
在唐観昶法和尚小山 空海
看竹看花本国春
人声鳥哢漢家新
見君庭際小山色
還識君情不染塵
唐にありて昶法和尚の小山を観る 空海
竹を看 花を看れば本国の春なれど
人の声 鳥の哢 漢家に新し
君が庭際たる小山の色を見るに
還た識る 君が情の塵に染まらざるを










