ひもかわ日記

原田製麺に嫁いでまいりました私(たまに旦那様)がご紹介する日々の出来事です。

こどもってすごい・その2

2011-04-17 | 日記
2月のある日たーきが

「赤ちゃんが外にいる」

と言い出しました。

「じゃあ、お外じゃ寒いからおうちの中においでしよう」

というわけで二人で「おいで~おいで~」しました。

それからしばらくしたら

「赤ちゃんきたよ」と、たーき。

「どこにいるの?」

「お母さんおなか、きたよ」

その数週間後に赤ちゃんが授かった事をしりました。

前回に引き続き、本当に本当にこどもってすごい!


私達には見えないものがたくさん見えて、

いろんなものとお話して遊んでいるから、

毎日楽しいんだろうなぁ、と思いました。

一人で遊んでいるように見えても、誰かと遊んでいるのかもしれませんね。


たーきは「あかちゃんとおはなしするー!」といって

毎日お腹に話しかけたり、耳をつけて声を聞いています。

最初は「はい、はい」しか言っていなかった赤ちゃんも

最近は「おはよー、げんきよー」と言っているそうです。

そんなわけで11月に家族が増える予定です。

どうぞよろしくお願いします。


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こどもってすごい

2011-04-10 | 日記
皆さんは子供の頃、赤ちゃんがどうやって生まれてくるか知っていましたか?

私は小学生の低学年頃までお腹を切ってでてくるものだと思っていました。

ある日母に尋ねたところ、どうやら私が思っているのと違う事に気付きました。

でもはっきりとは分からず、お尻のあたりから生まれてくるようだ、

という事が、すっきりしないまま記憶の中に残っています。


恥ずかしながら、私自身、妊娠・出産を経験するまで

知識はあっても、きちんと勉強した事がありませんでした。

自分が妊娠したのをきっかけに、

何冊かの本を読みましたが、その奇跡と神秘の世界に非常に感動しました。


人類が30億年かけて進化してきた過程が
お腹の中でたった10ヶ月たらずで行われている事。

それは1日にすると1000万年余りの進化に相当すると言う事。

お腹の中の赤ちゃんはちゃんとお母さんの事を分かっている事。

生まれてくるときは誰に教えられたわけでもないのに
ちゃんと上手に回旋運動をしながら出てくる事。

などなど・・・


たーきにもどんな風に生まれてきたのか教えてあげたくて、

本を一冊購入しました。


「いのちってスゴイ!赤ちゃんの誕生」大葉ナナコ 素朴社


赤ちゃんを授かって生まれてくるまでが分かりやすく書かれています。

内容としてはもう少し大きい子向けかも知れませんが

絵も大きくわかりやすいので、2歳になった頃たーきに読んであげました。

たーきも熱心に見入っていたので

なんとなく「たーきはお母さんのお腹にいた時どんな風だった?」

とたずねました。

「うーんと、、、(しばらく考えて)おーい、おかーさーん、って、いった」

「そうなんだ~たーきの呼ぶ声聞こえてたよ」

「ねんね、してた」

「おふとんで?」

「ううん、おふろ、ねんね、してた」

「あたたかいお湯だった?」

「ううん、みず!あかたい(あったかい)みず!」

うわ~すごい!!

これがうわさの胎内記憶だね!!と驚く気持ちを抑えてお話しました。

胎内の記憶はいつかは忘れてしまうかもしれませんが

自分がどんな風に生まれてきたか知ることは大切な事だと思います。

自分自身を大切にし、他人も大切にできる子になってほしいです。

ほんとうにこどもってすごい!
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入園式

2011-04-08 | 日記


たーきも4月から保育園です。

たーきも、私も保育園一年生。

二人とも緊張気味・・・


あんなにたくさんの子供達が、

みんなきちんと整列して大人の話を聞いている姿や、

大きな声で歌を歌っている姿に感動してしまいました

たーきもそのなかに混ざって

わけも分からずぽーっとしているようでしたが

保育園から帰るとき「ほーくえん、おもしーかった!」と言っていました


たーきも保育園でがんばっているんだなぁ・・・と思うと

私も「仕事がんばろう」と気合がはいります

どんな風に成長していくのか楽しみです
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がんばろう、日本!

2011-04-01 | 日記
ご無沙汰しております。

東北地方太平洋沖地震、大変な事になりました。
被災された皆さまへ心よりお見舞い申し上げるとともに、被災地の一日も早い復興をお祈り申し上げます。

地震発生からまもなく停電、翌日の停電明けで見たテレビの映像に目を疑いました。
徐々に明らかになっていく被害の全容。
そして町中からモノがなくなり、混乱していく人々・・・

被災地にいる知人達の安否もわからず、
原発事故の不安を抱えながらも、
モノがなくなっていく状況に対応すべく、
フル稼働する工場。

目が回るような20日間でした。


石巻に中学時代の恩師が住んでいます。
地震発生から3日後、友人から無事を確認し
さらに4日後には直接先生とメールで連絡を取ることができました。
「被災地の方に比べたら、私の周りに起こっている事はたいした事ない!」
って歯を食いしばってがんばっていましたが、
先生からのメールを読んで
今まで胸につかえていた物がとれて、涙があふれました。
大変なのは先生の方なのに、逆に勇気をもらいました。
早速仲間に義援金の呼びかけをしました。
驚くほどたくさんの同級生やその家族がすぐに反応してくれ、
その日に先生に支援物資を発送する事ができました。
卒業してから20年近く、本当に変わらない絆でつながっているんだな、
とまた元気がでました。


1日でも早く被災地の皆様が普通の生活にもどれるよう祈っています。
そして自分達にできることを少しずつでもやっていきましょう!!

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