大阪市北区で行政書士・海事代理士・マンション管理士を営んでいる原田行政書士法務事務所の駅ブログ

主に学生時代から撮り続けている全国の駅の写真等をブログで毎日公開しています。

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紀勢本線 紀伊宮原駅!

2016年02月29日 | 

和歌山県有田市にあるJR西日本の紀伊宮原駅は、亀山駅から新宮駅、紀伊田辺駅を経て和歌山市駅までの384.2kmを結んでいる紀勢本線の一般駅として、1925(大正14)年12月11日に開業しました(開業時は紀勢西線に所属)。

かつては単式ホームと島式ホームの2面3線を有していましたが、後に中線にあたる2番のりばが使われなくなり線路も撤去されたので、現在は単式ホーム2面2線を有する業務委託駅です。
1926(大正15)年9月に建てられた木造駅舎が、リフォームされているものの今も健在です。

2013(平成25)年度の1日の平均乗車人員は586人です。

 <紀伊宮原駅の年表>

 ・1925(大正14)年12月11日:国鉄紀勢西線の一般駅として開業
 ・1959(昭和34)年7月15日紀勢西線が紀勢本線の一部となり、同線の駅となる
 ・1987(昭和62)年4月1日:国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる

 
(駅 名 標)

 
(御坊方面を望む)

 
(跨線橋から和歌山方面を望む)

  
(駅舎・ホーム側)

 
(駅舎正面)


 撮影年月日:2013(平成25)年9月7日


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同和鉱業片上鉄道 備前矢田駅!

2016年02月28日 | 

岡山県和気郡佐伯町(現・和気町)にあった備前矢田駅は、備前市の片上駅から和気駅を経由して柵原駅までの33.8kmを結んでいた全線単線非電化の片上鉄道の駅として、1923(大正12)年8月10日に開業しました。 
しかし、片上鉄道が1991(平成3)年6月30日限りで廃止されたことに伴い、廃駅となりました。

長い相対式ホーム2面2線を有していて列車交換可能駅で、中線もありました。
開業時に建てられた赤い屋根の木造駅舎が廃止時まで残っていました。

備前矢田駅が属していた同和鉱業片上鉄道は、硫酸の原料となる硫化鉄を柵原鉱山から片上港へ輸送することを目的に建設されました。 開通後は硫化鉄のほか石炭や石灰石、木材、肥料などさまざまな物資を輸送し、1960年代までは地域経済を支える大動脈でした。 また、柵原鉱山の硫化鉄の埋蔵量は3000万トン世界有数を誇っていました。

しかし、石油の消費量が増え、その精製時に発生する硫黄が硫化鉄に取って替わるようになると、硫化鉄の需要は激減し、輸送量も急速に減少したため、同和鉱業は深刻な不況に陥り、1987(昭和62)年8月には柵原鉱石輸送が全面的にトラック輸送に切り替えられました。
会社側は肥料輸送や旅客列車の減便などで生き残りを図りましたが、沿線人口が希薄で過疎も進みつつあったため利用客は減り続け、ついに片上鉄道は1991(平成3)年6月30日限りで廃止され、それに伴い備前矢田駅も廃駅となりました。

 <備前矢田駅の年表>

 ・1923(大正12)年8月10日:片上鉄道の一般駅として開業
 ・1991(平成3)年7月1日:同和鉱業片上鉄道が廃止されたことに廃止に伴い、廃駅となる 

 
(駅 名 標)

 
(備前矢田駅構内)

 
(駅舎・ホーム側)

 
(備前矢田駅駅舎)


 撮影年月日:1991(平成3)年3月29日


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加古川線 河合西駅!

2016年02月27日 | 

兵庫県小野市にあるJR西日本の河合西駅は、山陽本線の加古川駅と福知山線の谷川駅とを結んでいる全線単線の加古川線(34.6km)の駅です。
もともとは播州鉄道の旅客駅として1913(大正2)年8月10日に開業しましたが、その後、播丹鉄道を経て国鉄加古川線の駅となりました。

単式ホーム1面1線のみを有する無人駅です。
かつては1940(昭和15)年10月に建てられた木造駅舎がありましたが、加古川線の電化に伴って2004(平成16)年12月に新しい簡易駅舎に建て替えられました。

2012(平成24)年度の1日の平均乗車人員は169人です。

 <河合西駅の年表>

 ・1913(大正2)年8月10日:播州鉄道の旅客駅として開業
 ・1923(大正12)年12月21日:播州鉄道が播丹鉄道に譲渡され、同鉄道の駅となる
 ・1943(昭和18)年6月1日:播丹鉄道が国有化されて国鉄加古川線となり、同線の駅となる
 ・1973(昭和48)年10月1日:駅の無人化
 ・1987(昭和62)年4月1日:国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる
 ・1990(平成2)年6月1日:加古川鉄道部の発足により、その管轄となる
 ・2004(平成16)年12月19日:加古川線電化と同時に新駅舎竣工
 ・2009(平成21)年7月1日:加古川鉄道部の廃止に伴って神戸支社管轄へ変更され、加古川駅に被管理駅となる
 ・2013(平成25)年8月1日:駅構内終日全面禁煙化

 
(駅 名 標)

 
(谷川方面を望む)

 

 
(駅舎・ホーム側)

 
(河合西駅駅舎)


 撮影年月日:2015(平成27)年12月29日


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南海電鉄多奈川線 多奈川駅!

2016年02月26日 | 

大阪府泉南郡岬町にある多奈川駅は、全線単線の南海電鉄多奈川線(2.6km)の終着駅として、1944(昭和19)年6月1日に開業しました(開業時は近畿日本鉄道に所属)。

かつては頭端式の櫛形ホーム2面2線を有していましたが、後に北側のホームは使用されなくなったので、現在は1面1線の有人駅です。 ホームは、急行「淡路号」の廃止時に駅舎側の2両分を残して柵で塞がれています。
平屋の駅舎がホームの西端にあります。

2012(平成24)年度の1日の平均乗降人員は703人で、これは南海電鉄の全100駅中78位です。

多奈川駅は大阪府内で最も西に位置する駅で、多奈川線で唯一の有人駅です。

多奈川駅が属する多奈川線は、太平洋戦争中に重要な軍需工場だった川崎重工業泉州工場への資材輸送や従業員輸送用として1944(昭和19)年5月31日に開業した路線で、戦後は深日港から淡路島の洲本を結ぶ大阪湾フェリーや徳島を結ぶ徳島フェリーが発着していたので、これらの航路と接続する難波~深日港~多奈川間に急行「淡路号」も6両編成で運転されていましたが、その後、これらのフェリーはすべて廃止(又は休止)されてしまい、直通急行の「淡路号」も1993(平成5)年に廃止されました。

 <多奈川駅の年表>

 ・1944(昭和19)年6月1日:近畿日本鉄道の駅として開業
 ・1947(昭和22)年6月1日:近畿日本鉄道が路線を南海電気鉄道に分離譲渡したことにより、同鉄道の駅となる
 ・2006(平成18)年7月1日:ICカードPiTaPa・ICOCAの利用が可能になる
 ・2011(平成23)年4月1日:駅構内終日全面禁煙化

 
(駅 名 標)

 
(駅舎側からホームを望む)

 
(ホームから駅舎側を望む)

 
(駅舎・ホーム側)

 
(多奈川駅駅舎)


 撮影年月日:2010(平成22)年5月2日 


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北陸本線 大土呂駅!

2016年02月25日 | 

福井県福井市にあるJR西日本の大土呂駅は、米原駅から敦賀、福井を経て金沢駅までを結んでいる北陸本線(176.6km)の一般駅として、1896(明治29)年7月15日に開業しました(開業時は北陸線に所属)。

かつては単式ホームと島式ホームの2面3線を有していましたが、後に島式ホームの駅舎側の線路が撤去されたので、現在は単式ホーム2面2線の無人駅です。
1948(昭和23)年に建てられた木造駅舎が今も健在です。

2013(平成25)年度の1日の平均乗車人員は329人です。

 <大土呂駅の年表>

 ・1896(明治29)年7月15日:北陸線の一般駅として開業
 ・1909(明治42)年10月12日:国鉄線路名称制定により国鉄北陸本線となり、同線の駅となる
 ・1948(昭和23)年6月28日:福井地震により駅舎全壊
 ・1948(昭和23)年12月20日:新駅舎竣工
 ・1961(昭和36)年10月1日:貨物取扱い廃止
 ・1984(昭和59)年2月1日:荷物取扱い廃止
 ・1984(昭和59)年4月1日:駅の無人化
 ・1987(昭和62)年4月1日:国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる

 
(駅 名 標)

 
(跨線橋から福井方面を望む)

 
(敦賀方面を望む)

 
(駅舎・ホーム側)

 
(大土呂駅駅舎)

 
(駅 舎 内)


 撮影年月日:2015(平成27)年8月15日


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