hiroshi hara: saxophoniste

日々の思考の断片

しんみり

2017-06-02 06:42:47 | 日常
大川信一郎さんのお通夜へ。

一昨日にお知らせをいただいて、そのとき思うままに以下の記事を書いたが、その時は掲載をためらった。


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社会は人なり。
人付き合いももちろんのこと。


ある時、私の楽器を診てくださったその方は、ケースから取り出し、私が良かれと思い習慣にしていた、コルクでキーを全て塞いだ状態を見て、やんわりと「意味が無い」と言った。

「意味が無い」とは極端な表現かもしれないが、その時の楽器の状態、私の様子を鑑みて発した言葉だったのだろう。

もしそれを他の人から言われたら私は反論したかもしれないが、プレイヤー、講師、営業職などを経てリペアマンとなり、色々な社会と、サクソフォンそのものを知り尽くしているその方の言葉に、不思議と力が抜けた。

その方のリペアマンになりたての当時、もしかしたら技術力はまだまだだったかもしれないが、楽器を使う人が感じる、ガッチリと直してほしい部分と、どちらでも良い部分とのバランス感覚が絶妙で、そのさじ加減は技術力を超えた、かつてのプロ奏者としての目線であり、なによりも、アソビとゆとりを持った人柄に惚れ込んで、以降、つい最近までお世話になっていた。


留学する前からすでにフランス語も堪能だったそうだ。
生き方に憧れていたし、指針にしていたのに、私はこれからどうすれば良いのだろう。
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これを掲載することによって、それが本当のことになってしまうのではないか。その時はまだ半信半疑だったというか、信じたくないというのが正直なところだった。

2週間前にお見舞いした際、もう言葉を発せられず、動くのは目だけだったが、それでもこちらの話すことは聞こえていて、理解もできているとのことだった。

あまりの様相に愕然としながらも、平静を装って話しかけて、近いうちにまた来ようと思いつつ、程なくして病室を去ろうとあいさつした時、右目から涙が出ていた。

人徳のある人を絵に描いたような、大川さんの人生はこれから一層ひらけて行くだろうと思っていたのに、この無情さになんと言って良いのか、適切な言葉が出てこない。


こんなにしんみりと書き綴ることは本人も望んでいないかもしれないが、時間をおいてやってくる悲しさの波に息が詰まりそうになり、その気持ちをどこかに残しておきたいと思った次第。
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