Accumulation journalière

とある社会人の日常と夢への道のり。

願いとは

2017年02月13日 22時41分22秒 | 日記
母の病状は一向に良くも悪くもならず、特に変化もなく日々が過ぎようとしています。

このまま、何もなければ同僚の結婚式の2次会に出席できるのですが・・・。
そればかりはどうなるか分かりません。

この前、無料で占いの鑑定ができるということで、
ちょっと占ってみました。

そこに、「母親に孝行しろ」と書いてあり、はっとしました。
偶然なのか、それを分かってのことなのかは分かりませんが、
多分偶然でしょう。誰にでも書けるわ、そんなこと、と思いました。

ただ、会社の先輩にも「手を握ってあげり」と言われたので、
この前、恐る恐る手を握り…はせず、指でつつきました。
すると、私の方が手が冷たく(冷え症)、
ずっと布団の中に入っている母の方が熱がこもっていました。

そんなんなら、手を握っても逆効果じゃん、と思ったので、
手を握る試みは諦めようと思いました。


ベッドの上で全くといっていいほど、動かない身体を見ていると、
今までのことが思い出されました。
私が物心ついた頃には、既に身体の不自由な母でしたが、
昔は今よりかは動けていました。

食事も母が作ったものを食べていたし、デパートにも出かけていました。
車も動かせていました。

しかし、徐々に出来る事が少なくなると、私は苛立ちを感じるようになりました。
何で前出来たことが出来ないの、と。

その頃の私は、身体が動かないことなんて、
一生懸命リハビリすれば治ると思っていました。
ドラマじゃ、一生懸命リハビリしたら歩けるようになったって、そういう展開が多かったし。
動けないのは、お母さんが頑張ってないからだ、と。
何度も八つ当たりしました。

私は、昔から、あまり母親思いの娘ではありませんでした。

母は、元々感情の起伏が激しく、ヒステリックになることも少なくはありませんでした。
朝ごはんもちゃんとしたものが出た記憶がありませんでした。
幼稚園の時、一度だけ父が休みの日に、朝ごはんを作ってくれた時は、
「おとうさんがいるときは、ご飯いっぱい食べれるけん、うれしい。
いつもは、パンとかだけやけん」
と言ったことを今でも覚えています。

だからか、私はあまり母親に良い印象を持っていませんでした。
もちろん、全てが悪かったというわけではないんですが。
思い返すのは、そういうことばかりですね。

だから、もし母が急に…ってなったとしても、
私は泣かないと思います。泣けない、のが正しいかな。


何度友達のお母さんが羨ましいと思ったか知れません。
学校の入学式、卒業式、運動会、文化祭。
大抵の行事はお母さんが来ていて。
何でうちのお母さんなん?とも。

だから、世間一般でいう母親に対する気持ちというのが全く理解できません。
母親が出てくる歌とかまったく共感できません。
ある意味サイコパスです(笑)


今更、何の親孝行をしろっちゅうねん・・・

でもまぁ、ひとつだけ母の願いを叶えられたと思うのは、
母校の大学に合格できたことだと思います。

そのことは、私が生まれたときにはもう書かれていました。
○○高校を出て、●●大学(私の母校)に進学してほしいと。


話も出来ない、身体も動かない今となっては、
現在の願いも分からないままですが・・・
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