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  <title>パスターまことの聖書一日一生３⇒４（旧約聖書　新約聖書　聖書通読ブログ）</title>
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  <dc:date>2018-01-13T06:40:33+09:00</dc:date>
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   <title>パスターまことの聖書一日一生３⇒４（旧約聖書　新約聖書　聖書通読ブログ）</title>
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   <description>聖書を一日一章読み進み、一日一生を得ることを目的に、既に四回目の通読に入りました。三年半で聖書を読み終えます。</description>
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  <description>聖書を一日一章読み進み、一日一生を得ることを目的に、既に四回目の通読に入りました。三年半で聖書を読み終えます。</description>
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   <title>マルコの福音書12章</title>
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<![CDATA[
イエスの宮清めの事件の後、祭司長、律法学者たちは、イエスを殺そうと考えるようになった（18節）。イエスは、たとえをもってその心を指摘する。ぶどう園の農夫の物語である。農夫が遣わしたしもべたちは、これまで旧約聖書の時代からバプテスマのヨハネまで、遣わされてきた預言者たちのことである。ユダヤ人は、預言者を受け入れず、悔い改めようとしなかった。むしろ、エリヤやエレミヤの例に見られるように人々は預言者たちを捕らえて辱め、打ちたたき、これに従おうとはしなかったのである。愛する息子は、イエスご自身を指している。つまり、このたとえは、イエスの受難を予告しているのである。そして、続く律法学者との問答において、イエスは単にこれまでの預言者たちと同様に扱われるのではなく、神のいけにえとして受難することを語っている点に注目すべきである。イエスの死は、単なる妬みや敵意によるものではなく、神のご計画であり、目的であった、ということだ。というのは、ユダヤ人が祭壇にささげるいけにえは、傷のないものでなければならなかった（出エジプト12:1-8）。そこでこれらイエスを罠に陥れるための問答は、イエスが十字架にささげられるべく傷のない神の小羊であることを証していく。<br>
ところで、当時パレスチナは、ローマの支配下にあり、三つに分割統治されていた。北側のガリラヤとベレヤ、東北のバシャン、そしてユダヤとサマリヤである。それぞれの地方を、ローマ皇帝に任命された３人の王が統治していた。ところが、ユダヤとサマリヤを任されたアケラオ王は、能力不足で、結局、この地方だけは、ローマ帝国の直接統治区域とされていた。そしてユダヤとサマリヤの地方は、特別に軍隊が駐留し、この地方に課せられる税金も、ローマ皇帝（カイザル）に直接治められていたのである。このような税金制度に、強く反対するユダヤ人グループに囲まれながら、イエスは「カイザルに税金を納めるべきか納めるべきでないか」と質問されたのである。しかしイエスはこの罠に陥ることなく、カイザルの支配が及ばないもう一つの世界、天地万物をお造りになった神の支配の下に私たちがあることを明確にしている。信仰的に保守的で聖書を生活規範の第一とするパリサイ人には、そのツボを押すだけで十分であった（13-17）。<br>
続くサドカイ人の神学的な議論（18-27）については、復活を否定する彼らの核心的な問題を、彼らが自分たちの神学的唯一の根拠とするモーセの書から論破している。つまり、彼らが信奉するモーセは、アブラハム、イサク、ヤコブにご自身を現し導かれた神と出会っている。モーセは永遠の神と出会い、永遠の神と共に歩んだ。復活や永遠のいのちは、この神の性質とともにあるものであり、否定されるものではなく信じるべきものである。　<br>
最後に律法学者は、イエスの正しさを認め、イエスを受け入れざるを得ないことを認めている（28-34）。こうして「カイザルのものはカイザルに、そして神のものは神へ」「神は死んだ物の神ではない」「心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ」という名言も残されることになる。このような方が十字架にかけられたのである。<br>
こうした出来事を背景に、マルコは、さらに伝道的なエピソードを挿入する。「ダビデ自身がキリストを主と呼んでいるのに、どういうわけでキリストがダビデの子なのだろうか」（37節）つまりメシヤをダビデの子と理解するだけであっては不十分ではないか、ということである。ダビデ自身が、自分の子孫から出るキリストを主と呼んでいる。来るべき方は地上の権力を超越したお方なのだ。つまりは、この地上の政治的な救い主という以上の意味を持つ、まさに、全歴史の万民の救い主ではないか。イエスの十字架は、単にこの時代の陰謀による事件だったのではなく、神の子羊を永遠の罪の赦しのためにささげる神のご計画だったのだ、というわけで、イエスを救い主として受け入れるか否かのチャレンジを与えているのである。<br>
そして、最後の、律法学者とレプタ銅貨を投げ入れた貧しいやもめの話は、対比的で、示唆に富んだこの章のしめくくりとなっている。イエスを罠に陥れようとした律法学者たちは、外面的な体裁を大事に、金銭を愛し、見栄を張る、偽善的な信仰生活をしていた。これに対して、貧しいやもめは、自分のために銅貨を一枚残すこともできたが、そんなことをせず、ただ、その純粋にすべてをささげて生きる姿勢を明らかにした。神を呼び求めながらも、目に見える世界を強力に意識して生きているパリサイ人と、はっきりと神の支配を覚えて、神にささげて生きている者の違いがそこにある。キリスト者として生きることは、かつてアブラハム、イサク、ヤコブがそうであったように、目に見えない神を覚え、その神に従い、神の導きを最善として生きていくことに他ならない。聖書を教えられながら神の力も聖書も知らないような生き方であってはならないのである。<br>
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   <category>福音書</category>
   <dc:date>2018-01-13T06:39:22+09:00</dc:date>
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   <title>マルコの福音書11章</title>
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<![CDATA[
ここからはエルサレムを舞台としている。いわゆる勝利の入場であるが、これは旧約預言の成就として語られている。イエスは二人の弟子たちを先に遣わすのであるが、事前に何らかの手配でもしていたのであろうかと思わされるところである。しかし、それはむしろ信仰を試される命令であったのだろう。イエスに命じられた通りにしてみたところ、そのような備えがあった、ということである。それはちょうど、エリヤが後継者エリシャを見出したエピソードに通じるものがある（1列王19:19）ｆ。<br>
イエスは歓喜を持って迎えられた。迎えた者たちは巡礼者でもあるが、イエスを「来るべき方」、ダビデの子として呼んだ。しかし不思議なことに彼らの信仰告白は表面的なもので、彼らの人生を従わせるものではなかった。マルコは、こうした巡礼者の行動に意義を唱えたパリサイ人たちについては触れていない。しかしエルサレムに到着した後、宮を調べたものの、時刻が遅かったので何もしなかったことをあきらかにしている。マルコは先に、イエスが、群衆の集まったのを見て奇蹟を行ったことを記しているが、ここでも、何やら、宮清めをする前に下調べをしているイエスの姿がある。こうしてみると、マルコは、効果的に物事を進めるイエスを描いているようでもある。<br>
ともあれイエスは、その日、ベタニヤに帰った。それは、オリーブ山の東麓に位置する。今日エルサレム市内には、ミクベ（沐浴場）付きの家の跡が発掘されているが、そこは金持ちが泊まる場所であるという。貧しい人々は、エルサレム郊外に宿泊先を見つけていたようである。イエスはまさに貧しい人々と共に行動した、ということなのだろう。ともあれ、口先の歓迎、宿泊先のないエルサレム、全ては象徴的である。 <br>
いちじくの木とぶどうの木は、伝統的にイスラエルの象徴とされる。よってこのいちじくに対する呪いも行為によるたとえと考えるべきなのだろう。イエスは単に破壊的な奇跡を行ったわけではない。そこに神の民に対するメッセージがあった。つまり、必要とされる時に実を結んでいないいちじくは、まさに主の来臨の時に備えられていないイスラエルそのものであり、神がそのイスラエルをお裁きになるというしるしである。続く宮清めの裁きも同様に行為のたとえである。つまり、実際に神が望んでいるところとは異なる、腐ったぶどうというべき、形式化世俗化した信仰の状況に、神がさばきをくだされることの象徴なのである。神殿は、単に動物の生贄をささげる宗教儀式をする場となり、さらにビジネスの場、いわゆる貪欲に金儲けをされる場となっていた。しかしイエスは、神殿は祈りの場、神とよき時を過ごす場として見ていたのである。また、そこには「あらゆる民の」ものであった、という本来の神の期待を示した。<br>
マルコはイエスが旧約聖書を引用して自らの教えの正しさを論証したことを記録するが、それはイザヤ書56:7とエレミヤ書7:11の合成である。そこには二つの文脈が意識されている。一つは、外国人の改宗者がやがて神殿に喜んで迎えられるというもの。そしてユダヤ人に対する容赦ない裁きがあるというものである。実際、もう間もなく、ユダヤ人と非ユダヤ人の隔ての壁は、イエスの十字架により打ち壊され、一つとされるはずであった（ヨハネ11:51-52）。そして、イエスを受け入れないユダヤ人には裁きがくだされるという。<br>
祭司長や律法学者たちがイエスを恐れたのは、これが権威ある神のことばとして語られるのを感じたからであろう。いちじくのたとえと、宮清めの出来事は絡みあっている。マルコは二つの出来事を取り上げながら、当時の読者のみならず、今日の読者も、イエスの言葉にどのように応答するかで、それにふさわしい結果を得ることを語っている。<br>
いちじくの木が枯れたのは、祈りのパワーについて語っているのではない。イエスと神との硬い結びつきを証している。神を信じ神と一つである、イエスの言葉の権威を示している。ただイエスは本質的に赦しの方であることをわかっていなければならない。だから、イエスの権威を問題にする祭司長、律法学者長老たちとの最後の議論は、実によくできた「落ち」となっている。イエスの権威を天からのものと素直に認めるのか、それともあくまでもイエスを認めることができず、苦し紛れに「分かりません」と答えるのか、ご自身を神と等しくされるイエスを、どのように受け止め、応じるのかが問われている。マルコの書き方は実に伝道的で、読者に決断を促そうとしているのである。主イエスを、神の子、救い主として認めたいところではないだろうか。<br>
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   <category>福音書</category>
   <dc:date>2018-01-12T07:09:20+09:00</dc:date>
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   <title>マルコの福音書10章</title>
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<![CDATA[
1節、これまではガリラヤを舞台とする記録であったが、ここからはユダヤ伝道を記録している（10-15章）。マルコの章立ては単純であるがそれは、神学的、意図的な構成によるもので、実際のイエスが、このようなまとまりのある行動をとったわけではない。実際、マルコは、ルカが記録したエルサレムへの途上の記事（ルカ9-18章）を大幅に削除している。ともあれ、一般にガリラヤは粗野で、国粋主義の強い土壌であり、ユダヤはエルサレムを中心とし、洗練され、都会的で宗教的正統主義の強い背景を持っていた。<br>
そうした中で幾つかの論争が記録されている。まず離婚の問題が取り上げられた。もちろんそれらは、イエスから熱心に教えを受けようとするための議論ではなく、イエスをことばの罠に陥れ、名声を危うくさせるためのものであった。そこでイエスは彼らの質問に直接的には答えず、むしろ結婚の本質的な考え方を示して答えとしている。つまり結婚は神によって創造された人生における第二の結び合わせである。これまで血縁でつながっていた家族の絆が解かれ、それに勝る新しい絆が出来上がる、それはまさに神の奇跡的な導きである。結婚は神の御業による結び合わせなのである。答えを要求しない彼らにはそれで十分であった。しかし弟子たちには正しい理解が必要であった。そこでイエスは弟子たちに離婚についての考え方を説明する。それは先の結婚観を前提とするものだった。つまり意図的な離婚と再婚は神の御前における罪である、と。<br>
次に子ども達に対するエピソードは、挿入的にも思われるが、ここで言わんとしていることは、神の目に価値なき人はいないことだ。またイエスは子どものように素直で単純に信頼する態度を信仰者のあり方として評価している。それだけに、後に続く衒学的で、理屈ぽく信仰を考える金持ちの話は、対照的に配置されていると言ってよい。<br>
彼は一見、信仰について極めて探求的であり、真面目のようだ。しかし彼はあれこれ理屈をこねまわしているが、単純に考えれば、イエスよりもこの世の富の方が大事な人なのである。彼はお金を惜しんで、イエスに従うことのできない人であった。それは、全てをささげて従った弟子たちとは大違いである（28節）。信仰は理屈ではないのだし、あれこれこの世のことに心が分かれるような人では、飛び込むことのできない世界である。だが、世的な祝福とは比べられないイエスの素晴らしさを思えば、子どものように単純に献身していくことができる世界でもある。<br>
 32節はイエスの三度目の受難予告になる。結局イエスに従う道は、この世的には栄光に満ちたものではないし、むしろ報われない道である。それはこの世の上昇志向とは全く一線を画するあり方である。ゼベダイの子ヤコブとヨハネの願いと言われるエピソードは、この問題を具体的に指摘している。人は目に見える権力や地位を求めようとする。しかし、自らをささげきったイエスの弟子たちが求めるべきことは、完全に自分をささげ尽くすことであり、神の命に服し人々に仕えることである。ただそれは単純に考えられているような滅私奉公ではない。むしろ信仰的な投資である。信仰によって自分の命も体も主にささげ、実を結ぶ人生なのである。報われないようでありながら、天における報いは大きい。霊的な価値に目覚めたもののみが希望を持つことのできる祝福である<br>
最後に盲人バルテマイの物語に注目しよう。彼は、イエスに近づくことを妨害されたにも関わらず粘り強くイエスを求めた。それは、特権的に自分たちの利己的な願いを気安く語りかけるゼベダイの子らとは全く対照的な状況である。実に哀れとしか言いようがない。しかし、彼を救ったのは、イエスを求めた信仰である。祈りは信仰の表現である。実に、私たちは求めるべき方に率直に自分の必要を訴えねばならない。いかなる妨害があろうとも、確かに、主は聞いてくださるお方であることを、確信することだ。心配しないでよい。主があなたを呼んでおられる、という言葉を自分のものとすることだ。<br>
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   <category>福音書</category>
   <dc:date>2018-01-11T06:23:14+09:00</dc:date>
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   <title>マルコの福音書9章</title>
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<![CDATA[
冒頭の一節は何を意味しているのか。「神の国が力を持って到来する」これをイエスの再臨と結びつける考え方があるが、そうだとしたら当時の弟子たちには全く意味をなさないことばである。むしろ、十字架と復活によって完結するイエスの公生涯そのものが、神の国が力を持って到来していることに他ならなかったのである。そういう意味で、一般に変貌山と呼ばれるこの後の出来事は、そのもう一つの象徴的な出来事と理解される。イエスは、ペテロとヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山へと登られた。この山については、種々の説があるものの、結局、ガリラヤ湖周辺のどこかの山、とされ場所は、特定されていない。そこで、イエスの御姿が変わる出来事があった、とマルコは記録する。「姿が変わる」のギリシャ語は、メタモルフースタイ。ギリシャでは、神々が人間に姿を変えること、あるいは逆に人間が神々の姿になることを表現する時に、用いられた特別なことばである。また、イエスの衣が真っ白に輝いたとある。ユダヤで白は、神的な世界を表す色とされており、それは、イエスが世俗を越えた、神的な存在としてご自身を表したことに他ならない。弟子たちは、イエスが神であると確信させられるような超自然的な出来事を体験したというわけだ。となれば、これを変貌と呼ぶのは間違いであるとも言われる。というのも神であられるイエスが人間に姿を変えられたことそのものが変貌であると言えるからだ。それはむしろ、イエスの元々の姿、神として解放された姿であった、というわけである。<br>
ペテロは、この出来事に「恐怖に打たれた」（6節）と言う。それはペテロに、神が何であるかということ、またそのご性質を深く教えるものとなった。確かにペテロは、自分が「キリストの威光の目撃者である」（2ペテロ1:16）と語っている。大切なのは、私たちも、このメタモルフースタイなイエスを目撃する霊的な成熟へと至ることだろう。<br>
それはどのようにして可能になるのか。次のエピソードがヒントを与えてくれる。山を降りると、ほかの弟子たちは、トラブルの最中にあった。彼らは悪霊を追い出せないでいたばかりか、絡んでくる律法学者に対応しきれないでいた（14節）。「ああ、不信仰な時代だ。いつまで、私はあなたがたと一緒にいなければならないのか」（19節）、イエスの苛立ちがストレートに吐き出されている。だがこのエピソードは二つの事を取り扱っている。一つは、父親の不信仰である。父親は「できるものなら」という不信仰を露骨にした。息子を助けたい父親が息子の危機状況にあってなお信仰を抱けないでいるのである。「できるなら、と言うのか」というイエスの叱責に父親は目を覚まされた。ある写本では「涙を流しながら」そして「私は疑う者です。この不信仰な私をありのままにお助けください」と絶叫するのである。適切な信仰になるまで、私たちを変えてくださいと祈る必要はない。まさにこの父のように、助けを受けるには全くふさわしくない、不信仰な私をありのままにお助けくださいと心から叫ぶことである。そしてもう一つのこと、それは弟子たちの不信仰である。それにしても、これだけの奇跡を起こすイエスはなぜに弟子たちに、奇跡的に信仰を与えられなかったのだろうか。まさに律法学者を相手に、打ち負かされている弟子たちは「霊が何度も火の中や水の中に投げ込みました」と言える惨めな状況である。それは、「どうしてでしょう。私たちには追い出せなかったのですが」（28節）と無力さを神に訴えなければ行けない私たちの現実に通じる。必要なのは、信仰の行為である祈りである。ある写本には「断食」と加えられている。イエスの弟子に必要なのは、霊的な精進、信仰的な姿勢と態度、そして力を築き上げるための自己訓練であろう。パウロがテモテに牧会者として常に自分自身にも教えることの重要さを語ったように、弟子たちも、自分たちの不信仰を乗り越え、神の人であることに目を覚まし続けていなければならなかった。<br>
だが、神の御国に与っているはずの私たちの現実は、神を信じない人々と同じであり、世俗的な関心に埋没し易い。誰が一番偉いかといった弟子たちの現実に近いのである。イエスは、そんな私たちに、「だれでも人の先に立ちたいと思うなら、みなのしんがりとなり、みなに仕える者となりなさい」（35節）と教えられる。ここからは一般的に「謙遜になる」ということが教えられてきた。しかし、「仕える者」と訳されたギリシャ語は「ディアコノス」。これは、当時のギリシャの世界では、食卓の給仕人を意味することばである。つまり、人の先に立ちたいという人は、給仕人になりなさいということだ。重要なのは、もてなす者ともてなされる者の区別である。給仕人は、接待するお客とは別の原理と関心で動いている。ということは、イエスが、給仕する者になりなさいと言われたのは、謙遜に仕えなさいということよりは、別の関心や原理で行動しなさい、ということだろう。次の「子供のようになれ」という命令も、謙遜になれ、へりくだれ、小さな者になれということではなくて、全く関心の置き所の違う者となれ、この世の関心とは違う関心の中で生きていきなさい、ということだろう。この世の序列意識や価値意識とは無関係でいなさい、むしろ神の世界に目を向け、信仰を鍛錬し、磨くような人生にこそ関心を持ちなさい、ということなのだろう。実際、私たちは、神の国へ入るや否や、神に与えられた勝利の冠をお返しすることになるのだ（黙示録4:10）。私たちが地上で得た栄誉も、また天上で得た栄冠も皆、神あってのことである。何一つ自分の力でなし得た者はない。真に謙虚な心は、全ての栄光を主にお返しするのである。キリストを信じることは、キリストのものの見方、考え方を学び、その中に生きていくことを意味している。この世の価値や原理とは全く違った発想で物事を受け止め、理解し、行動していくことを意味している。<br>
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   <category>福音書</category>
   <dc:date>2018-01-10T06:50:52+09:00</dc:date>
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   <title>マルコの福音書8章</title>
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<![CDATA[
四千人の給食と呼ばれるこの奇蹟は、6:30-44にある五千人の給食と非常によく似ている。この奇蹟は、デカポリス地方を舞台とし、異邦人が中心であったようだが、先の五千人の給食はベツサイダの近くガリラヤを舞台とし、ユダヤ人が大勢加わっていた。ただ前者が異邦人に対する者で後者がユダヤ人に対する奇蹟という違いがあるわけではないようだ。ヨハネはイエスに奇跡には記録されない多くのものがあったことを匂わせ（21:25）この奇蹟を省略しているが、なぜマルコは、同じような記録を一つに整理することもなく、取り上げたのだろう。これまでの流れから考えるに、結局、弟子たちの飲み込みの悪さを示しているのではないだろうか。<br>
信仰を教えられていても、「まだ分からないのか、まだ悟らないのか」（17節）という事態があるものだ。イエスは、神に信頼することを繰り返し教えたのであり、信頼することがどういうことであるかが、心の奥底にしっかり受けとめられるまでに、弟子たちに付き合ってくださったのである。<br>
そういう意味で、続くベツサイダでの盲人の癒しも、弟子たちに信仰が何であるかを教えようとするものとなっている。この奇蹟はマルコのみが記録するものである。ペテロの郷里（ヨハネ1:44）であれば、なおさらそれは記録に値することであったかもしれない（マルコはペテロの通訳者であった）。ただ、この奇蹟は、不思議にも瞬時になされるものではなかった。イエスは時間をかけて二度チャレンジをしている。大切なのは、イエスが諦めずに、この盲人の癒しに心を傾けたということだろう。というのも、この盲人は、イエスに「何か見えるか」と聞かれるまでは、信仰を働かせていなかったと考えることができる。だから「彼がじっと見ていると、目がすっかり治り、すべてのものがはっきりと見えるようになった」とある。彼は信仰を働かせて、神の業を求めたのである。信じるというのは、神の業が働くことを求めていくことである。自分の力で何かをすることではない。弟子たちはまさに、この盲人の癒しから学ばなければならなかった。そして一切の人間的な努力から解放されなくてはならなかった。私たちも同じである。<br>
27節よりは、大きな区分へと入る。イエスと弟子たちは、ピリポ・カイザリアの村々に出かけられた。そしてここで偉大なるイエスの正体について互いに理解を共有する出来事が起こった。イエスは弟子たちに、問いを投げかけた。「人々はわたしを誰だと言っていますか」これによって彼らは、自分たちの師が、旧約預言の約束のメシヤであることを確信していく。<br>
しかし、イエスは、彼らの確信を誰にも言わないようにと口止めした。それは、彼らが「信仰」のテーマと同様に、「メシヤ」についても十分理解していなかった、ということのためなのだろう。実際イエスが語るメシヤ像は、彼らが期待するものとは大きくかけ離れていた。実際イエスは、メシヤの最も重要な役割である十字架の苦難について語るのであるが、ペテロはそれを理解していない。そしてイエスはこの後、このメシヤの役割について、9:31、10:33と三度に渡って、繰り返し説明されるのである。十字架がイエスの生涯の頂点であり、究極であることを、弟子たちは知らなくてはならなかったが、実際にそれがはっきり理解されるのは、イエスの復活後になるのである。<br>
ともあれ、イエスは「十字架なしに栄冠はなし」と、イエスに続く弟子の歩みにも同じ神のみこころがあることを伝える。「捨てる」（34節）と訳されたことばはギリシア語でアパルネオマイ。これは、「否定する」とも訳されている。それは「神を否定する」という文脈の中で使われることばであるが、確かに、自分を否定しなさいという言葉は、神を否定することを前提にして考えるべきものだ。自分を否定することは、自分を無くすことではなく、神を否定しやすい自分を否定することに他ならないのである。神を否定するところにいのちはない。だから、キリスト者は、単に利己的に生きることが悪くて、他者のために生きるのがよいのだ、と考えているわけではない。むしろ、イエスをメシヤとして認め、イエスを遣わしてくださった神の栄光を語り伝えるように生きることが語られている。マルコだけが、「福音のために」（35節）を付加していることに注意したい。つまり、私たちは良い人になるように期待されているのではなく、神の子キリストの宣教者となることが期待されているのである。そして実際、キリスト者にとってキリストにあるいのち、つまり福音を広める働きのために生きることが、他人をも、自分をも救うことになることに気づかねばならない。いのちがいのちを呼び、いのちを燃え上がらせるのである。だから、福音宣教は、ただ信者を増やすというものではない。宗教教団を拡大、強化するというものではない。それは、家族や隣人、知人、そして自分のいのちをも救う、偉大な、栄えある事業なのである。この恵みを覚えて、福音を運ぶ器として歩ませていただこう。<br>
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   <category>福音書</category>
   <dc:date>2018-01-09T07:03:06+09:00</dc:date>
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   <title>マルコの福音書7章</title>
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<![CDATA[
福音書は、基本的に信徒教育用のテキストとして書かれている。実際にそれは、当時巡回伝道された時のメッセージをそのまま収録する形で、大衆のニーズに応えたと考えてもよい。だから、当時の読者の状況を踏まえて解説が加えられていたりする。3節と4節は明らかにそのような例であり、ユダヤ人の手を洗う慣習が説明され、そうしたユダヤ人の習慣を知らない読者への配慮が示されている。今日の私たちも、衛生的な意味で、食前に手を洗うのだが、それとは違う。むしろ宗教的な意味を持つ。<br>
3節「昔の人たちの言い伝え」は、俗にミシュナと呼ばれる、律法に基づいて作成された信仰生活の規律集のことで、そこにたとえば、この儀式については、指先を上に向けて両手を出し、水をかけてもらう、手首と指が濡れるまで、ひしゃく一杯分程度の水でこれを行う、また手の指先を下に向け、腕から指先に水が流れ落ちるようにする、これを守らなければ不浄であるなどと規定されている。ユダヤ人がこうした言い伝えにどれほど熱心であったかと言えば、たとえば、この儀式を守ることに一度失敗しただけで、除名処分にさせられた宗教的指導者がいたり、投獄されて与えられた水を、喉の渇きをいやすためではなく、手洗いの儀式に用いたために、死にそうになった宗教的指導者がいたりした、というほどである。つまりユダヤの社会では、いのちをかけて、昔の人たちの言い伝えを守り通すことをよしとした。<br>
E.P.サンダースという学者は、1世紀のユダヤ教が律法よりも契約を大事にする契約遵法主義であったことを指摘し、その議論に基づいて、ジョームズ・ダンという学者が、当時のユダヤ教は、いわゆる律法主義というよりも、安息日、食物規定、割礼などの言い伝えを重んじる言い伝え主義者とも言うべき当時のユダヤ教の状況をさらに明確にしている。実に、当時のユダヤ教は、旧約律法に生きるというよりも、そこから派生した言い伝えの教えを死守しようとする逸脱の中にあったと考えてよい。イエスは、そこを問題にし、律法とその精神に立ち返るように、律法主義者と衝突したのである。<br>
イエスが「神の戒めを捨てて、人間の言い伝えを堅く守っている」だけである、と批判したのはそういうことである。そして具体的に「コルバン」という言い伝えを守ろうとするあまりに「父と母を敬え」という旧約律法をないがしろにしている現実を指摘する。コルバンは、ヘブル語で「ささげ物」を意味するが、しばしば、財産を神へのささげ物としたのだから、もはや親を援助することはできなくなったと主張する者たちがいた。しかしそれは本末転倒である。「これと同じようなことをたくさんして」（13節）、神の戒めを捨て去っている問題があった。それは宗教的には熱心であっても、的外れな熱心である。だが、現代のキリスト者もさして変わらない部分があるのかもしれない。神ではないものにより頼むこと、信仰を自分の業に変えることはそうであるし、ことに注意せねばならぬことは、キリスト教界で人気のある説を立証するために歪められた釈義を用いることも結局同じ過ちを犯している、と言えるだろう。<br>
24節、スロ・フェニキヤの女は、異邦人であり、ユダヤ人から見れば汚れた人間であった。しかし、イエスはこの女の心を見ておられた。それは、イエスが自分の問題をなんとかしてくださるという深い信頼と、自分の娘を救おうとする愛である。イエスはこの女の求めに応えられた。<br>
また32節、耳が聞こえず、口のきけない人に対する癒しも同じ信仰をテーマにしている。ただ、信仰があったのは、この人物を連れてきた友人たちである。本人に信仰はない。だが注目したいところがある。この男がイエスの「天を見上げ、深く息をする」演技を見ながら、仰ぐべきお方、信頼すべきお方を教えられている点である。彼にイエスのことばは何も聞こえなかっただろう。しかし、「天を見上げ、深く息をする」イエスを見ながら、次にイエスが語ろうとすることば「開け」を、彼は強く聞きたいと願わずにはいられなかったはずである。彼は、信仰を抱いたのである。信仰は単なる知的同意ではない。それは、人格的な信頼である。そしてさらに望みえないものが起こりうると信頼して誠実な一歩を踏み出すことを意味する。彼にとっては、聞こえない耳を傾けることがそうであった。<br>
信仰生活が、単なる飾り物、敬虔な見せかけであってはいけない。それはイエスの時代の律法学者やパリサイ人の類である。敬虔さは心の発露でなくてはならない。そしてむしろ信仰は、何事かなす力なのであり、何事かをなすものなのであるから主の宣教の拡大のために、それを強く願わなくてはならない。「開け」と語る主のことばが、私たちの宣教の門戸をも開くものであることを信じて、誠実に宣教の努力を続ける者であろう。<br>
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   <category>福音書</category>
   <dc:date>2018-01-08T10:20:28+09:00</dc:date>
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   <title>マルコの福音書6章</title>
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<![CDATA[
場面はヨルダン（1章）からカペナウム（2-4章）、ゲラサ人の地（5章）、そしてイエスの郷里ナザレへと移っていく。イエスを小さなころからよく知っている地元の人々は、イエスの話を聞きながらイエスにつまずいた。<br>
イエスを預言者としても、まして神としても認めることができないでいたのである。彼らは、パリサイ人同様に、イエスの権威に躓いた。ところで、イエスが宣教を開始した後、ナザレを訪問したのは、これが初めてではない。ルカ4:16-30によれば、これは約1年後の二度目の訪問となる。最初の訪問で、イエスは怒り狂った人々に丘の崖っぷちから突き落とされそうになっている。それから1年後、彼らは、イエスの噂を耳にしていたのであろう、その話に耳を傾けるのであるが、やはり、イエスが神の子ではなく、大工の子であることに拘った。不思議なものである。イエスが地上の権力者の家に生まれていたならば、どんなにか違った形で受け入れられたであろうに、と思うのであるが、神はそうはなさらなかった。神は人間的にみれば最も愚かな方法を取られたが、後に最も優れた結果を生み出されることになる（ピリピ2:6,7）。興味深いことであるが、ここではイエスに人々が驚いているだけでない、イエスご自身も彼等の不信仰に驚いている。イエスの神性は明らかであるのに彼等はそれを受け入れることができないでいた。イエスはナザレの近くの村々を教えて回られた。さらに十二弟子を呼び、彼らを派遣し、ご自身の働きを拡大された。彼らは、汚れた霊を追い出し（7節）、悔い改めを説き（12節）、病人を癒した（13節）。彼らは喜んで、福音を語り伝えることを勧められたが、敵対的な環境において語り続けるようには進められなかった。宣教に粘り強さは必要であろうが、聞こうとしない者に強制する必要はないのである。さてこのガリラヤ伝道において、イエスは初めてヘロデに覚えられている。17節から29節は、いわゆる挿入であり、ヨハネの逮捕とその処刑のいきさつが描かれている。ヘロデは、ヨハネを殺した呵責から未だに解放されていなかった。<br>
というのも彼は、ヨハネの教えを喜んでいたのである。「非常に当惑しながらも、喜んで耳を傾けていた」（20節）ということばが彼の心の状態を良く表している。種まきのたとえで言えば、まさにいばらの地に落ちた種のようなもので、彼は信仰の芽を心に抱きながら世と世の欲求に打ち負かされる人生を歩んでいたのである。ヨハネは殺された。なお、マルコがこのエピソードを取り上げたのは、自身の福音書の頂点、あるいは折り返し地点である8章後半のペテロの告白に向かって、ヘロデのイエス観を取り上げておく必要があったからなのであろう。ヘロデも、ナザレの人々同様に、イエスを正しくは理解していなかった。さて五つのパンと二匹の魚のエピソードは、共観福音書（マタイ14:13-21、ルカ9:10-17）とヨハネの福音書と四福音書が、すべてとりあげる、唯一の奇蹟となっている。このエピソードには幾つかの意味があろうかと思う。まず、イエスはこの群集を「深くあわれんで」（マタイ14:14）また「喜んで」（ルカ9:11）迎えられたとあるが、このとき、イエスと弟子たちはすでに疲れきっていた。実際、親しくしていたバプテスマのヨハネが、虫けらのようにヘロデ王に殺される悲しい出来事の後でもあった。にもかかわらず、神のみこころは彼等を休ませることにはなかった。正直弟子たちはうんざりした。しかしまことの神の僕イエスは疲労感の中で神のみこころに従うことを厭わなかった。彼は極度の疲労の中でも主の必要に答え要とした。イエスの人生は神のみこころに献げられた人生であった。<br>
そしてこのエピソードは献げられた人生を神が祝し用いてくださることを伝えている。イエスの神の応答もそうであるが、少年が献げた二匹の魚とパンもまさにそのことを象徴している。さらにイエスはこの奇跡をもって、人々が、イエスご自身をバプテスマのヨハネの再来でも、かの預言者でもなく、神であることを認めることのできる機会とした。また嵐を静める奇跡は、再度弟子たちに、神であることを認めさせる機会を与えると同時に信仰を働かせる機会を得させようとするものであった。これまでの流れからすると、持つべき人が持っておらず、持つはずもない人が持っているというのがイエスに対する信仰である。当然イエスの弟子と自負し信仰者としてあるならー信仰的応答がなければならないーしかし彼らにそのあるべきものがなかった。神の身内として神のみこころを行う仲間として彼らに必須のものを彼らは持たなかった、イエスはそれを自覚させようとする。私たちも同じであるかも知れない。決して誇れるべきものを持たないでいる私たちの現実を覚えながらイエスに従うものでありたい。<br>
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   <category>福音書</category>
   <dc:date>2018-01-07T07:13:16+09:00</dc:date>
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   <title>マルコの福音書5章</title>
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<![CDATA[
ゲラサまたはガダラ（写本に混乱がある）の地に、汚れた霊に取り付かれた人がいた。彼の特徴をマルコは二つに要約する。一つは、もはや鎖を持ってしても、誰も彼をコントロールできなかったということ。そして二つめには、「夜昼となく、墓場や山で叫び続け、石で自分のからだを傷つけていた。」（5節）とあるように、もはや自分で自分をコントロールすることもできなかったことである。彼はどうにもならない自分に苦しんでいたのである。なんと不幸な姿であろうか。人間が自分で自分を制御しえない苦しみ、マルコは、彼が一つや７つの霊ではなく大勢の悪霊に悩まされていたと語る。彼は悪霊的に取り憑かれていたのではないが、サタンの支配のもとに意のままにされていたのである。それは程度の差はあれ多くの人間の現実に近い。そしてマルコはその解決はイエスにある、と語るのである。事実私たちにも自分が悪魔的になると悩まされ、いかんともしがたい、何もなしえないと思われる状況があるものだろう。そんな時に、聖書は究極的な解決、イエスの力による解決があると言う。ちなみにマルコは病人と悪霊につかれた人を区別している。<br>
これは十二年の間長血をわずらっていた女の例、と死んだヤイロの娘の例でさらに強調される。十二年の間、長血をわずらっていた女は、自分の病の癒しを求めてさ迷っていた。そして多くの医者からひどい目に合わされ、自分の持ち物を皆使い果たしていた。自分にはどうすることもできない状況にあって、ますます追い詰められていくことが人生にはある。そこで、この女は最後の願いをイエスにかけるのである。イエスに触れば、癒されるかもしれない、イエスに対する信仰を燃やすことで、この女は、究極の解決を得た。実に彼女の信仰の確かさはわずかの接触にその期待の全てを託したところである。信じようと頑張る行為は求められていない、知的な同意でもない、むしろ全ては神にかかっていると認め、神の業を当然のごとく待ち望む人格的信頼、あるいは身内的な愛の依存が求められている。そして注意すべきは、イエスはこの賞賛すべき彼女の信仰を自分で告白するように導かれたことである。まさに山の上にある町は隠れることができないものなのだ。<br>
ヤイロの娘の話しも同様である。イエスがヤイロの求めに応じて、ヤイロの家に到着した時には、ヤイロの娘は病気ですでに亡くなっていた。誰もが失意と悲しみの中にあった。もうどうすることもできない、遅すぎたという状況があった。しかし、人間が絶望するときこそがまさに神の機会である。イエスはヤイロの娘を死から呼び戻した。ヤイロの娘は生き返った。ここで、イエスはまことにご自身がいのちと死の主であることを示されている。<br>
イエスのもとに来るならば、いかなる人間的な手段でも解決しえないことが解決される、そのようにマルコは述べていく。これをどう受け止めていくか。昔物語として読み流すこともできるだろう。しかし、それはやはり信ずべき、神の力を仰ぐべき物語として読み受け止めるべきものだろう。<br>
助けを求めてくる人に対して、私にはあなたを助けることはできない。しかし、あなたを助けてくださる神がいる、ということは言いうるのである。その問題のために、多くの人々にひどい仕打ちを受け、何もかも失うような人に対して、その悲しみに共感し、その問題の解決は、私にではない神にあると語ることができる。<br>
マルコは、イエスについて、「神の子イエス・キリストの福音のはじめ」（1:1）と語り始めた。2章では、「人の子」という言い方をしている。それは、イエスが好んで用いた、救い主を指す称号である。政治的な救い主というよりも、霊的な救い主という意味が強調される。そして、悪霊を追い出し、病を癒し、死を打ち壊すイエスに、マルコは、「いと高き神の子」という称号を与えている。万物の支配者であるイエスを意識することばだろう。イエスにとって、大きすぎる問題はなく、手におえない傷もない。知恵や力が足りなく克服しえないものは何もない。いと高き神の子は、この私にも「恐れないでただ信じていなさい」（36節）と語ってくださることを覚えて、歩ませていただくこととしよう。<br>
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   <category>福音書</category>
   <dc:date>2018-01-06T06:33:18+09:00</dc:date>
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   <title>マルコの福音書4章</title>
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<![CDATA[
種まきのたとえが語られる。おそらくこの時イエスは、種まきの様子を見ていたのだろう。日常的な出来事から神の真理を教えるのがイエスの特徴であるが、当時は、種を詰めた袋の端を切り取って、ロバの背中に乗せ、畑の中を歩かせ、種を流れ落ちさせる、そんな方法が取られていたようだ。種が道端や岩地、さらにいばらの地に落ちるのはそのためである。方法はどうあれ、種まかれた土壌の状態は、神のことばに対する様々な応答を語っている。ある人は神のみことばに対して踏み固められたような堅い応答をする。パリサイ人はまさにそんな感じである。福音を受け付けようとしない堅い心を持っている。また岩地は、根が降ろせない場所である。聖書の話を喜んで聴いても、日照りや強風にたとえられる反対や困難に遭遇すると、いとも簡単に脱落してしまう人である。さらにいばらの地は、神の言葉を喜びながら、世に対する愛着も捨てられない人のことである。バプテスマのヨハネを投獄したヘロデがそうかもしれない。いざとなれば、神が後回しになってしまう人である。神の言葉に対する応答は様々である。ただ皆がだめな聴き手であるわけではない。よい心で神のことばを聞く者もいる。信仰において成長するような聴き方をする者、30倍、60倍、100倍と信仰の実を結ぶ者もいるのだ。<br>
基本的にこのたとえは、3:35、「だれでも神のみこころを行う人、その人がわたしの兄弟、姉妹、母なのです」の続きである。つまり、イエスの心のうちにあったのは、「神のみこころを行う」である。イエスは、率先して神のみこころを行う人として、マルコの福音書には描かれてきている。だから9節、23節「聞く耳のある者は聞きなさい」となる。家族なら、つまり奥義を分かち合う身内ならば、「神のことばに耳を聞いて、神のみこころを行い、実を結ぶ者になろう」というわけである。<br>
いずれ、イエスの語ることは、イエスが兄弟、姉妹、母と今見なしている者よりも多くの人々に、理解されるようになるだろう。「隠れているもので、あらわにされないものはない」のである。だが、神を認め、神に聞き神のみこころを行う、という心をもたなければ、イエスの身内になることはできない。そういう意味で、キリスト教の「信仰」は、単なる知的同意ではない、それは単純な信頼でも物足りない。やはり神のことばを喜び愛し、これを行うことをもって信仰している、と言うことができるのだ。<br>
「夜は寝て、朝は起き」の自然に成長する種のたとえ（26-29節）はマルコのみが記録するものであり、私は個人的にこのたとえが好きである。要点は、神のみことばを受け入れるなら、神のみことばには命があるから、それは神の恵みを受けて自然に成長するということだ。来る日も来る日も、信仰を持って、神のことばを喜び愛し神のみこころを行う心をもって聖書を読み味わっていく、三度の食事を繰り返すような単調な繰り返しであるかもしれないが、当たり前のようにみ言葉に養われ取り扱われていくならば自然な成長がある。点数を稼ぐかのようによい子であることを意識して、萎縮しながら神のみことばに服従するだけの人生に、本当の意味の成長はない。大切なのは、神の恵みの日々を過ごす中で、自然に育つ部分があることを知ることだ。<br>
続くからし種のたとえは、そんな結果を語る。その効果は素晴らしく、全く注目もされない小さな者たちですら、どんな木よりも大きく成長するのだ、という。だが湖の嵐の体験はもう一つの大切な真理を伝えている。ガリラヤ湖は、長さが21キロ、幅が12キロ、琵琶湖の2分の3ほどの大きな湖であったから、突風が吹いて荒れるなら小舟はあっという間に沈んでしまう。彼らは恐ろしい事態に直面していた。しかしその時こそ彼らが信仰を働かせる機会であった。学んだことは実践されなくてはいけない。頭で理解できたことを実生活に生かすのである。日々聖書を飽くことなく読むだけではだめで、信仰を働かせるべき時が来たら働かせてみる、神の御心に応答する、その積み重ねが、からし種の成長を得させるのである。<br>
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   <category>福音書</category>
   <dc:date>2018-01-05T07:47:40+09:00</dc:date>
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   <title>マルコの福音書3章</title>
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<![CDATA[
安息日の議論が続く。2章後半の記事は、マタイにもある。マタイは、祭司と預言者ホセアの例をあげ（マタイ12:3-4、7-8）マルコはダビデの例をあげている。おそらくイエスは、ダビデ、祭司、預言者の三つ例を語ったのだろう。そしてマタイは、ユダヤ人読者を意識してすべて取り上げたが、ローマ人読者を意識したマルコは、ローマ人にはあまり興味のない祭司と預言者の例を削除したのではないか。ともあれ、ダビデがモーセによって与えられた戒めを破ったことを咎められなかったのなら、ましてダビデの主でもあるキリストが人間の作った伝統を侵すことに何の異議があろうか（1サムエル21:1-6）、という（2:23-28）。<br>
安息日は、出エジプト20:8-11に定められている。たとえばモーセは、安息日の仕事を禁止し（出エジプト20:10）、「（料理のため）火をたいてはならない」（出エジプト35:3）、たきぎを集めてはいけない（民数15:32）とした。しかしこれに、荷物を運んではいけない（エレミヤ17:21）、穀物、食物を売ってはならない（ネヘミヤ10:31、13:15）といったことも加えられた。さらに後の時代になると、安息日に移動できる距離はいくらであるとか、できる仕事はなんであるとか、人を雁字搦めにする言い伝えの教えとして細目化していくのである。<br>
安息日は、本来人間に休息をもたらすため、神との麗しい交わりの機会を得させ癒しと回復を与えるためのものである（創世記2:2、3）。神は、人間を祝福するために、安息日を聖別してくださった。その日は、彼らがまことに神に栄光を帰す神の民であることを明らかにするしるしとなった（出エジプト31:13-17）。しかしイエスの時代には、そうした手段は目的と化し、人々は常識はずれな規則に縛られる宗教生活を強いられていたのである。イエスは常識に訴えた、実際信仰は型に嵌ることではなく命を受けることである。安息日は、神の祝福と恵みを味わう日である。<br>
権威を持って安息日の考え方を正すイエスに、パリサイ人たちは、敵意の目を向けた。その後、ユダヤの宗教家であるパリサイ人たちとヘロデ党の者たちは一緒になってイエスを葬り去るための相談をしたという。これは実に奇妙な連合である。ヘロデ党は、宗教的な党派ではなくヘロデ王を支える政治的なグループである。多くのユダヤ人は、ヘロデ王を嫌っていたから、厳格なユダヤ人とヘロデ党が手を組むなど考えられない。ユダヤ人は連合して、イエスの聖書解釈に反対したのである。そしてイエスの権威に反発した（3:1-6）。<br>
イエスは退かれた。イエスと組織化されたユダヤ教との間の最初の決定的な分離である。しかし、イエスの周りには次々と人々が集まってきた。公式のユダヤ教からは拒否されたにもかかわらず、一般民衆からは信任を得たのである。8節その範囲たるや、イスラエル中というべき広さである。もはやイエスはたくさんの人々に対処するために、弟子を任命し、その力を分かち合っている（13節）。しかしそれは実際的な必要のためではあったが、他方イエスご自身の教会が建て始められたことを意味した（7-19）。<br>
律法学者の反対は強まり、イエスの家族も誤解した。律法学者たちは、イエスが悪霊に憑かれていると考えた。イエスの身内の者は、気が狂ったと心配した。神の子でなければ悪人が狂人である。確かに、自分たちの聖書解釈の根本的な間違いを指摘された律法学者たちにとっては、自分たちの存在を脅かす悪魔的なもの、世間を騒がせ、社会秩序を乱す不安を思わされる身内の者にとっては、イエスは狂人と映ったことだろう。しかしイエスはいたって冷静である。むしろ大切なことを教えられた。神の民は、神のみこころを行う者たちである、と。神の心、神の考えを実行する人であると理解してよい。信仰は、単なる知的な同意ではない。それは、神のことばを理解しようとし、それを行おうとする。言われたとおりのことをするイエスマンになるのでもない。言われたことの意味を理解し、マインドやハートを実行することである。良い地は実を結ぶものなのだ。<br>
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   <category>福音書</category>
   <dc:date>2018-01-04T07:21:59+09:00</dc:date>
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