パスターまことの聖書一日一生3(旧約聖書 新約聖書 聖書通読ブログ)

Pastorまことの聖書一日一生は、第三サイクルに入りました。ぜひまたご一緒に聖書を読み進んでまいりましょう。

エレミヤ書35章

2017年05月12日 05時26分38秒 | エレミヤ書
エホヤキムの時代の預言である。時間的には34章よりも前の出来事であり、なぜここにこの記録が置かれているのかはよくわかっていない。ともあれ、レカブ人は、南部の砂漠地帯で半遊牧生活をしていたが(1サムエル15:6)、イスラエルのカナン定着後は、その領内に住んでいたケニ人の子孫と考えられている(士師4:17)。レカブの子ヨナダブ(6節)は、北イスラエルのエフーの時代(BC840年)、バアル礼拝をイスラエルから一掃するために、アハブの家に敵対してエフーを支援した人物である(2列王10:15-17)。BC722年、北イスラエル王国が滅亡すると、彼らは南ユダに移住し、エレミヤの時代にはユダの高地に住み着いていたという。
神は、このレカブ人の家にエレミヤを遣わし、酒を飲ませるように命じる。「イグダルヤの子、神の人ハナンの子らの部屋」というのは、恐らく、神殿の内庭の部屋で、祭儀のための調度品が保管されている場所であったようだが、そこでエレミヤはぶどう酒の満たしたつぼと杯を出して、酒を飲むように勧める。するとレカブ人の人々は、先祖ヨナダブ以来、一生ぶどう酒を飲んではならない、と命じられたとおりに、それを行ってきたこと、そして、今もその通りに行うことが自分たちの意志であることを明言する。
レカブ人は、何から何まで融通のきかない人たちだったわけではない。彼らは住むべき土地には拘らなかった。彼らは、北イスラエル王国が滅びた際には、その土地に住み続けることには拘らず、南ユダ王国へと移動した。しかし、彼らは生き方については拘りを見せた。先祖ヨナダブの命に従って、一生ぶどう酒を飲まず、たとえ、主の宮に招かれて、それが神の人である預言者から許可されるようなことがあっても、それを拒否した。また彼らは、他人に同様の生き方を求めることはなかった。しかし、自分たちがその生き方を破ることについては、厳しかったのであり、まさに先祖ヨナダブの命に200年も忠実に生きたのである。
エレミヤはこれを例に、イスラエルの民に語る。レカブ人は先祖ヨナダブの命令を、忠実に受け継ぎ守り続けて来た。しかし、イスラエルの民は、シナイにおける神の命令を、同じように守り続ける事はなかった。レカブ人はその忠誠の故に祝福されるが、イスラエルの民には、わざわいがくだされる、と。
 わかりやすいメッセージである。大切なのは、神に選ばれたはずの者が、どれだけ不忠実な生き方をしているか、ではないか。私たちは、自分たちの譲れない生き方として、天地創造の神への信仰をしっかり持ち、その信仰の現れとして、日々の祈りと御言葉の時、そして礼拝の時を守っているであろうか。逆に、いとも簡単に神のことばを投げ捨て、自分の思いを優先させてしまっているのではないだろうか。何故神は敢えて不忠実な者たちをご自身の民として選ばれたのか不思議ではあるが、単なるご都合主義の信仰ではない、譲れない、動かない信仰の歩みをさせていただきたいものである。


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