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女性マーケターから見た日々の出来事

「リア充」と「承認欲求」

2017-07-17 20:57:47 | ライフスタイル

この3連休、少しまとまった時間があったので、なかなか読み進められなかった本を読んだ。
PHP新書:超ソロ社会

この本でいう「ソロ社会」とは、結婚をしない独身者だけを指した社会を言っているのではない。
離婚をした人や長年連れ添ってきた伴侶を亡くした「独身者」も含めて攻勢される、「単身者社会」のことを指している。
平均寿命が80歳を超えるようになると、人生の伴侶を亡くした「独身者」も増えてくるようになる。
そのための社会保障や、社会整備などが必要となってくる、ということになる。
そのような指摘そのものも興味深い内容だったのだが、「ひとりでいる」ということの意味を、改めて考えたのだった。

現在Huffpostに「だからひとりが好き」という、企画がされている。
なんとなくだが、日本の社会全体が「ひとりでいる」ことに対して、ネガティブというかあまり良いイメージを持っていないような気がしている。
「ひとりが好き」という人が、増えると「自己中で寛容性の無い社会になるのでは?」という、懸念もされている。
だが、本当にそうなのだろうか?という、疑問を投げかけている。

むしろ、この本で興味を覚えたのは「モノ消費」から「コト消費」への消費の目的変化による「承認」と「達成」という内容だった。
とは言え、作者と違う視点で「承認欲求」を満たし、「達成感」を得ているのでは?と感じたのだ。
例えば、SNSなどで見かけられる「自分の生活の充実度」をアピールする言葉、「リア充」の投稿。
このような「リア充」アピールをする人達というのは、SNSなどでの友人・知人の登録数が100人以上いる「(表面上は)友人が多い社交的な人」なのでは?という、気がしたのだ。
SNSという繋がりが、本当に友人・知人なのか?という点は別にして、今の友人・知人の多さが一つの「社交性やコミュニケーション能力の高さ」を表しているように見る傾向があるのではないだろうか?
そのため、常に「実生活が充実をしている」アピールを、SNSという世界の中でし続ける必要があるのでは?という、気がしたのだ。

しかし本当に自分の日々の生活が充実しているのであれば、SNSなどでアピールする必要はないのではないだろうか?
むしろ、社会から自分を認めてもらいたいという「承認欲求」の行動なのでは?という気がしたのだ。
例えそれがSNSという社会の枠の中であっても、「承認された」という達成感と共に、満足感を得ているのでは?という、気がしたのだ。
そこには、「(ひとり)ぼっち」となる自分への不安(や場合によっては恐怖かもしれない)が、見え隠れしているような気がする。

それに対して「ひとりが好き」という感覚の人は、最初から「ひとりでいる」ことが当たり前なので、そのような不安はない。
だからと言って、他者とのコミュニケーションを拒絶しているのではない。

安倍さんになってから、「集団化した社会」を目指しているような印象を受ける時がある。
それは「ひとりでいる」ことを、マイナスだと考える社会なのでは?
その中で自分の存在を実感するために「リア充」という行動があるのだとすれば、それこそが問題のような気がするのだ。

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