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劉暁波さんの死去と中国

2017-07-14 18:48:28 | 徒然

ノーベル平和賞を受賞された、劉暁波さんが肝臓がんによる多臓器不全で亡くなられた。
劉さんが、肝臓がんに罹患し治療を求めていたにもかかわらず、中国政府がそれに応じ無かったことが、世界的なニュースとして伝えられたのは、2,3週間前だったように思う。
この時点で、既に末期の状態である、ということも報道されていた。

最初にこの報道があったとき、中国政府側がとった態度は、とても冷たいものであったように感じていた。
劉さんが亡くなる2,3週間前ということは、いくら投獄をしている状況であっても、体調が悪い=何かしらの病気に罹患している、ということが明らかであったはずだ。
にもかかわらず、積極的な治療も行わず、半ば放置という状態だったという報道だった。
もちろん、中国政府側は全力で否定している。

「肝臓がん」そのものは、早期発見が難しく、判明した時点で相当進行した状態で見つかるコトが多い。
「肝臓」そのものが、「もの言わぬ臓器(あるいは「沈黙の臓器」)」と言われるほど、分かり易く肝臓がんであるという分かり易い症状が、出にくいからだ。
「胆管・肝臓・膵臓」のいずれも「もの言わぬ臓器(あるいは「沈黙の臓器」)」と呼ばれ、がんに罹患していても、症状が分かりにくく、分かったときには相当進行した状態で見つかるがん種と言われている。
それだけではなく「難治がん」でもあるため、治療後の5年生存率も代表的な「胃がん・大腸がん」などに比べ、随分と低いのが現状だ。
それは、ある程度の医療設備が整い、全国のがん拠点病院であれば同質の治療が受けられる、日本の場合だ。
中国のがん治療の現実は知らないが、治療の地域差があってもおかしくはない、と感じている。

そのような状況で、患者本人が「治療を受けたい」と言っていても、なかなか治療をさせてもらえず、世界にニュースとして配信されてからの治療開始では、「見殺しにした」という印象を持たれても仕方ないような気がする。
中国側は「内政干渉」と言っているようだが、政治犯であろうとなかろうと、「病人が治療を受ける権利」は、人権の問題なのではないだろうか?
「終末期の状態で治療を開始した」というコトと、「病気をしている当事者が治療を受けたい」と言って、治療が開始された、とでは随分「治療の意味」が違ってくるのではないだろうか?

劉さんが亡くなられてからも、中国政府の発言は耳を疑うようなものだった。
「すぐに火葬をし、海へ散骨を遺族に求めた」という。
毎日新聞:劉暁波氏死去:中国当局は反論
中国側の反発は想像できることだが、「すぐ火葬をし、海へ散骨」という指示を政府がする、ということにも違和感がある。
やはりそこには政治的意図があるのでは?と、感じるのだ。

天安門事件そのものは30年近く前に起きた「民主化運動」だった。
当時の天安門で起きた出来事は、ニュース映像として世界中に配信され、世界中の人たちが見ることになった。
その後、中国は経済については自由主義経済を取り入れ、「世界の工場」と言われるようになり、今や「経済大国」とまで言われるようになった。
しかし、天安門事件により投獄された人や中国から逃げ、亡命をした人達が数多くいる。
そしてその人達の存在を中国政府は、「存在しない人たち」のようにしているように見える。
それが「今の中国の人権という考え方である」というコトを、改めて世界に伝えてしまったのが、劉暁波さんに対する治療や死去後の態度のような気がする。

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