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「環境経済」という視点で考える

2016-11-19 21:07:30 | ビジネス

今日、某大学が年に1回くらいで開催している、「公開講演会」へ出かけてきた。
「環境経済学」という視点で、戦後の公害問題と経済、社会の関係について大阪市立大の宮本憲一先生の講演だった。
講演会を聴きながら、1960年代~70年代の日本の豊かさについて、考える部分が多くあった。

特に1960年代というのは、日本が第二次世界大戦後急激に発展を遂げた時代というだけではなく、日本が世界から注目された時代でもあった。
その多くは、華々しいものが多いという印象があるのだが、その陰に隠れるように「公害病」と言われる、経済発展がもたらした「人的社会問題」もクローズアップされた時代でもあった。

その代表は、やはり「水俣病」だろう。
熊本の水俣にある「チッソ」が八代海沿岸に垂れ流したメチル化水銀を原因とした、食物連鎖によって起きた公害病である、ということは今では知られているが、その当時は企業だけではなく経済政策を優先していた政府や行政などが隠ぺい策を取っていた、という話には驚きもあった。
「水俣病」をはじめとする「四大公害病(「水俣病・新潟水俣病・イタイタイ病・四日市喘息」)」は、その当時の経済政策が起因となっただけではなく、今のような「東京一極集中化」を作り出す要因でもあった、という内容には考えさせられるものがあった。

また、「日本版マーキーズ法」が日本の自動車産業の世界的進出に大きく関与した背景には、自動車メーカーの様々な思惑があり、トヨタや日産が乗る気ではなかったのに対し、自社での技術開発に手を上げたのはマツダとホンダであった、という事実に意外な気がした。
しかし考えてみれば、その当時、ホンダは四輪車の製造・販売の認可が下りた直後で、何としても四輪車の事業を発展させる必要があったはずだ。
四輪車事業に対して、人一倍思い入れがあった本田宗一郎からすれば、「日本版マーキーズ法」はピンチではなく、チャンスと考え、技術開発に投資をするコトを考えたのではないだろうか?
また、マツダにしても「ロータリー」の技術を活かすためのチャンスと、とらえていたのかもしれない(自動車のエンジンについて詳しくはないので、違っているかもしれないのだが、当時のテレビCMの印象から、このような背景があったのでは?と、考えている)。
マツダとホンダが、自社での技術開発に手を上げたことで、日本の自動車業界全体が「日本版マーキーズ法」の沿ったクルマを作るコトになり、それが日本の自動車産業全体を押し上げ、世界市場で受け入れられるようになった、というのは良かったことなのかもしれない。
そして、自社での技術開発に手をあげた2社の姿は、今現在の企業イメージと重なる部分があるような気がした。

高度成長期に起きた「公害病」は、決して企業だけの問題ではなく、その当時の経済政策や行政の思惑、何より社会全体が「公害に目をつぶっても、経済優先」という思考であった、という話は、今でも考えるべき問題だろう。
その一方で「環境ビジネス」と呼ばれる、ビジネスを聞くようになって久しいのに「環境ビジネス」の本質を考えなくては、それは「環境」という名がついただけの「金儲け」になってしまっているのでは?という、懸念も感じた。

余談だが「水俣病」そのものは、50年以上たってもいまだ解決をしていない「公害病」で、水質汚染による公害は時を経て拡散するコトはあっても、収束するには至らない・・・という事実は、「東京電力福島第一原子力発電所事故」の後始末の難しさを改めて教えられた気がする。



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