はっぱと風とおひさま

風にゆれてさらさらなる。おひさまの光にきらきらひかる。だからはっぱがすき。そんな私のよかった探し

尊重する

2017-05-16 | かんがえたコト


パパは出張が多い

単身赴任している広島から
この一週間の間に
東京に2回
名古屋に2回
山口に2回
それも違う日に
それぞれ飛行を乗り継いだり
新幹線を使ったり
ほぼ毎日移動だ

その間には接待したり
会議で発表したり
社内の仕事はいつしてる?
というくらいだ

東京にいるときのように
通勤電車にのらないのが
唯一の救いだけれども
飛行機も新幹線もなかなか疲れる

パパは次の誕生日がきたら55歳
若い頃のようには体が
ついていかないかない年頃だ

********


私はとても元気にしていた6年前
東日本大震災のあった年の秋
44歳のときに突然脳梗塞になった

今思えば
この年子どもは二人とも
それぞれ大学入学、高校入試で
私はとても神経をすりへらしていた

そこへの大震災
このときパパは金沢への単身赴任中

停電やら節電やら物がなくなるやらで
横浜には親戚もいない中
とても心細いおもいをした

そして入学式もなく新学期がはじまろう
としている頃に
岡崎の義母が倒れて入院

余震が続くので
横浜にはおいていけず
子どもも学校をやすませて
犬もつれて新幹線で岡崎には
何度か通った

5月になると義母が亡くなり
みんな悲しみの中でしずみこんだ

私はこのころフルタイムで
仕事をしていて
朝8時にうちを出て夜7時くらいに
帰る生活をしていた

マンションの自治会の役員もまわってきて
パパがいないので
月2くらいは日曜は自治会活動

大学生になったケリは
遅く帰るようになるし
高校生になったアシの行動範囲も
広がって
毎日の生活リズムもナカナカつかめず

そのうちに9月頃
ケリがウイルス性の風をこじらせ入院

仕事の昼休みにうちに帰って
家事をしたりお見舞いにいったり
心配するだけ心配して
それでも体はいつもより動いたし
充実した毎日だったけれど

ケリが退院した一週間後に
ほんとに突然に真っ直ぐあるけなくなって
脳梗塞と診断されて
10日間入院した

幸い後遺症もなく
元気ではあったけれども
次の年まで3カ月仕事はやすんだし
午前中だけ働くことにした

なによりもパパが単身赴任を解かれて
金沢から帰ってきた
とても助かったけれど
パパは金沢でまだやりたい仕事が
あったに違いないと思う

私は周りに頼る人もなく
パパは単身赴任だったので
意思疎通もそばにいるときのようにはいかず
義母が亡くなったことで
多分いつもよりもパパにきをつかっていたし
そんなこんなで
自分できがつかないうちに
疲れを溜め込んでいたのだと思う

そんな経験があるからこそ
いま、パパが忙しいスケジュールを組んで
バタバタしているのをみると
とても不安に感じてしまう

誰も倒れるなんて
思いはしないものだ
疲れは自覚できないうちにたまって
病気をひきおこす

だからパパには
もう少しセーブしたら?というのだけど
これでもそんなに忙しくしてないらしい

やる気になれば
もう少し他人にまかせたり
違うアプローチで仕事できるんじゃないかと
思うけれど
仕事のことは私にはわからないから
適正な助言になってるかはわからない

でも自分の健康は自分で守る
病気になったら仕事もできなくなくなるのだ
それを頭の隅において欲しいと思う

尊重するというのは
お互いに大切なことで

大変だけど毎日がんばって
仕事をしているパパのことは
えらいなとおもうし感謝している
忙しいには理由があるんだとおもう
だから
パパの行動や意見は尊重したい

6年前の私に
くよくよ思いなやまないでいいよとか
水分をもっととりなよとか
手を抜いてもいいよとか
気がつかないで
自分に言ってあげられなかったから
いま、パパにはつたえたい
そんな小言だから尊重してね

病気をして仕事ができなくなったり
家族に心配をかけたり
お世話になるのは思うよりも
つらいものだぜ







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