風が強く、急に空が暗くなり雷が聞こえるという不安定な午後、場所によっては雹が降ったとか。
5月だというのに最近はこの「大気が不安定」という言葉よく聞きますね。
どうなっちゃっているのでしょう。


葉ばかり茂ってたった1輪しか花をつけなかったシャクヤク、強風にされされる姿があまりに可哀そうで、切り花にして室内に入れました。

こちらはきょうのヤマシャクヤクです。

花は2、3日で花びらを落としてしまい、柱頭が徐々に大きくなり、秋には真っ赤に熟れてはじける姿が花の可憐なイメージとの落差でまたおもしろい。
このヤマシャクヤクは購入した時のタグにヤマシャクヤクの紅と書いてあったのでそのままブログにも書いていますが、実は種類があって見分けがなかなか難しいらしい。
山芍薬の種類と特徴(webからお借りしました)
| 種 類 | 葉の毛 | 柱頭(めしべの先) | 花の色 |
|---|---|---|---|
| ヤマシャクヤク | 両面とも毛が無い | 短く外側に少し曲がる | 白色 |
| ベニバナヤマシャクヤク | 裏面に毛がある | やや長く外側に強く曲がる | 白〜濃赤色 |
| ケナシベニヤマシャクヤク | 両面とも毛が無い |
園芸家によってはヤマシャクヤクの赤花もあるという。
ネットでいろいろ検索していたら、シャクヤクに関わる秋田県雄勝郡小野に伝わる「百夜通いの伝説」というのをみつけたので、コピペさせていただきました。
平安時代の女流歌人、小野小町は、出羽国福富の荘に郡司として派遣された小野良実の娘として、809年に桐の木田(現在の雄勝町小野字桐木田)で生まれた。
幼時から歌や踊りや琴や書道などが上手だった小町は13歳の時、役目を終えて都へ戻る良実と一緒に都へ出て宮中に仕えた。
小町は天性の美貌と才能で帝の寵愛を受け、多くの求婚者があったが、妬まれる事も多く、小町は36歳の時に都の暮しを捨てて故郷へ戻った。
小町を愛する深草の少将は、小町のあとを追って小野の里へやってきて求婚した。
小町は少将には直接は会わず、「私を心から慕って下さるなら、土手にシャクヤク(芍薬)を毎日1株ずつ、100株植えて欲しい。100株になりましたら御心にそいましょう。」と伝えた。
少将は毎日シャクヤクを1株ずつ植え続けたが、100日目の夜に嵐で増水した川に橋ごと流されて死んでしまった。
小町は深く悲しみ、99本の芍薬に99首の和歌を捧げた。
その後、小町は別当山の岩谷洞にこもって静かな余生を送り、900年に92歳で亡くなった。
ちなみに、小町が少将に会わなかったのは、その頃、疱瘡を患っていたからだそうである。
100夜のうちに治るようにと、磯前神社の清水で顔を洗って祈っていたそうである。
また、「百夜通いの伝説」には、シャクヤクではなく、カヤの実の登場する伝説も残っている。
伝説にも登場するほど魅力的な花であるということですね。
変わってこちらはきょうのヤマアジサイ。

日ごとにほんのり赤く色づいてきています。
そのうちに真っ赤になるのですが、今頃のやわらかな雰囲気も素敵です。
ひと色の花でも薄い色がだんだん濃くなるという成長の変化はみられますが、この紅はとても分かりやすく楽しめます。
明日もお天気は変わりやすいのでしょうか・・・














































(関西弁語尾上がります 笑)




























