空(hanul 하늘)風(palam 바람)湖水(hosu 호수)2……青空を吹きぬける風が、湖水にさざ波をたてる。

私たちの暮らしは、美しい自然と共生をとりたい物です。そんな日々の暮らしで、感じたことを綴ります。

写真散歩(大正ロマンの街ー阪急電車・悠遊一日紀行より)

2017-03-18 22:04:14 | 日記

阪急電車の宝塚線は、歩いたことがありません。歩いてみました。 

悠遊一日紀行マップ

まずスタート地点、雲雀丘花屋敷駅です。案内板もありました。

    

地図には交番がありましたが、見当たりません。シュロの並木を上がりました。

突き当りを左に行くと、また突き当り。早咲きの桜でしょうか?

    

大きなお屋敷が並びます。お屋敷街です。

雲雀丘花屋敷駅の少し西に山手に向かうシュロの並木道があります。この道がお屋敷街への入り口です。この道の突き当たりを左へ折れ、また突き当たりを山手へと進みます。いまも鬱蒼とした木々のなかに、隠れるように建つ邸宅にいくつも出会います。小鳥の声を聞きながら、お屋敷をめぐるこの静かな坂道は格好の散歩道です。 この住宅街は、大正時代の初期、第一次世界大戦による好景気に乗って開発されました。雲雀丘・花屋敷の山麓に、西摂平野の眺望、山本の植木と造園技術を生かした庭、大正文化を象徴する洋式住宅が階段状に建築されたのです。電気や電話の線を地下へ埋め、便所は水洗にして下水を完備した、全国でも初めての高級住宅地。マンション化されている宅地も見かけられますが、往年の風格があちこちに残されています。』阪急電車資料。

    

細い道の繰り返しです。ようやく菩提寺さんを見つけました。

お屋敷街の中の小さなお寺です。境内に入ってすぐ、木の下に仏像が安置されていて、そこだけがあたりと違う不思議な密度に包まれているように思えます。』阪急電車資料

    

目の下に町が見えますが、遠くは霞んでいます。

    

ここからが迷いました。地図の道と実際の距離感がなかなかつかめませんでした。

迷って地元の方に尋ね、ようやく切畑群集墳1号墳まで行けました。

クリニックと消防署。

    

幼稚園。

幼稚園の左に、切畑群集墳1号墳。

長尾山丘陵の南斜面に築かれた古墳の中で最も東にある古墳。雲雀丘周辺では、ここの北の石切山から石材が容易に入手できたため、6世紀後半から標高100m~200mのところに古墳がいくつも築かれたそうです。この古墳は径約14m、高さ約3.5mの円墳。未発掘で遺物の出土は明らになっていません。

    

北に向かって歩きます。山の麓に大きな建物が見え、突き当たりました。

    

左を見ると安国寺さん。5歩歩いて、狭い階段。

    

階段を上がると、道の向こうに万年坂の地蔵石仏。

安国寺の前方右手の細い階段を上がると目の前に石仏が現れます。この石仏は鎌倉時代後期の作品で兵庫県下に十数例しかない磨崖仏の一つで、花崗岩の自然石の下部に蓮華座を彫り、その上にレリーフした地蔵立像を彫り出しています。

    

ご立派です。

ここで、おにぎり休憩をしました。


一息ついて、満願寺方面に坂を上がります。途中大学の案内がありました。下から見えた立派な建物です。

川西市の表示です。後で聞いた話ですが、この道の東が川西市満願寺町と満願寺が、川西市の飛び地です。

    

満願寺さんです。

奈良時代に聖武天皇の勅願によって聖道上人が創建したと伝えられています。多田源氏の祈祷所として栄えたところです。旧奥の院には、源頼光の四天王の一人で大江山で酒呑童子を退治した、幼名金太郎、坂田金時のお墓があります。 明治40年頃、このお寺の近くに温泉が発見され、花屋敷温泉と呼ばれ、後に開通した阪急電鉄の前身、箕面有馬電気軌道の駅名になり、駅周辺がその名で呼ばれるようになったといいます。花屋敷駅から花屋敷温泉まで日本初のトロリーバスがいまのバス道を走っていたそうです。

    

さて、山門と言うか仁王門です。

右が、阿像。鎌倉期の1326~28年に造られました。3.4m。

左が吽像。江戸期の1680年に造られ、3.42mだそうです。

お寺は、道の真中を歩くそうです。この位置が、阿吽像の目が交わる所です。

入ってみました。入山するには、100円ほどの浄財が必要です。

    

階段をあがるとすぐに、右に

    

大きく左を見ると鐘楼、そして大きく右を見ると観音堂

    

正面に金堂、左にお大師様

    

九重塔です。元は、奥の院にあり十三塔だったそうです。

源氏の七塔

三廟

毘沙門堂です。


春の彼岸のときだけ観音堂で、秘仏千手観音ご開扉です。

秘仏千手観音本 尊 千手観音  平安時代作  (千手千眼観世音菩薩)


ここでも。おにぎり休憩を取りました。


さあここからバス道を、川西能勢口駅まで最後の頑張りです。

きつい坂道です。スピードが出る出る。

    

豆阪口バス停で中に入り、花屋敷荘園開拓人記念碑を見ました。

フローレンス・ナイチンゲール像です。周りは、医療関係者の碑もありました。

一つ線路寄りには、銭屋五兵衛の碑もありました。

12時15分から15時頃までかかりました。

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