日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

(続) 山と河にて 18

2024年01月31日 02時29分54秒 | Weblog

 老医師と熊吉爺さん達は、囲炉裏端に用意された、お膳に盛られた御馳走を見て顔をほころばせ、好物のイワナの塩焼
きや魚卵の澄まし汁を肴に、秘かに作った自家製の白い濁り酒を満足そうに酌み交わしながら四方山話に花を咲かせていた。
 熊吉爺さんは、気分良く酔って饒舌になり、不動明王の祭祀に初めて参列し緊張気味な寅太達に対し
 「お前達は、中学生時代、街や学校での厄介者であったが、最近は見違えるほど真面目になり、街中のものも感心しておるわ」
 「昔は暴れたもんだからなぁ。変わればかわるもんだわい」「これも、お不動様のお陰だ」
と、愛想よく話しかけた。 寅太は古傷に塩を擦りこめられた様に、眉毛を逆八の字にして不機嫌な形相をして、イワナの塩焼きをつっいて食べながら聞いていた。 
 相棒の三郎も渋い顔をして、わざわざ少し横を向いて熊吉爺さんの視線を避け、美代子に頼んで山鳥の鍋汁をかけてもらった丼飯を勢よくほおばって旨そうに食べて鬱憤を晴らしていた。 
 そのうちに、寅太は業を煮やして
 「熊爺さん、そんな話はよしてくれ」
 「だいいち、黄色いジュースと白いドブロクでは話の釣り合いがとれないやぁ」
と、文句を言うと、見かねた美代子が強い調子で
 「熊吉お爺さん、彼等は、今では私の最も信頼できるお友達よ」
と言って、彼等を庇い、熊吉の話を遮ってしまった。

 熊吉爺さんは、彼女の剣幕に押されて黙ってしまい、代わって老医師が普段とは異なる静かな口調で、熊吉の話を受け継ぎ
 「お前達は、これから街を背負って立つ若い衆で、ワシ等が大いに期待しているので頑張ってくれよ」 
 「世の中では、若い時、不勉強で乱暴者と言われた者が、成長すると案外おとなしくなり立派になるもんで、お前達の恩師である山崎社長や施設長も喜んでいるぞ」
 「学校の成績なんて参考程度で、あてにならんもんだよ。勉強が出来なかった者が、社会に出て成功している例は幾らでもあるよ。勿論、その反対もな」
 「今日は、ご苦労であった。この御馳走はそのお礼だよ。たんと食べてくれ」
と何時に無く笑顔で言ったあと
 「それでだなぁ。丁度良い機会だから、お不動様について話しておこう。将来はお前達がワシ等に代わって祀ることになるんだかなぁ」
と、前置きしたあと 
 
 「富士山を初め、全国の山々の頂上には神社や祠があるだろう。これは、佛経が日本に渡来する以前から、人間は太陽と火に畏怖を感じて崇めてきたことに由来し、先祖様が代々に亘り山の神として敬ってきた暦史があり、お不動様は飯豊山の守護神で、麓の村や街の安穏と豊作を守護してるんだよ」
 「仏の最高位である大日如来の化身とも言われているんだ」 
 「怖い形相をしているのは、温和な仏様の教えでは判らぬものに、如来に代わって教えを説くためなんだ」
 「お前達のことを言っているんじゃないから誤解するなよ」
と、渋い顔をしている寅太と三郎の心の中を察して注釈したあと、なおも続けて
 「これから、おいおい地元の伝統や慣習を学んで、ワシ等の跡を立派に受け継いでくれ」
と、上機嫌で話した。

 老医師はそのあと「少し酔いが廻って来たので、ワシ等は母屋に戻るから、君達で多いに食べて遠慮なく話し合い、大助君とも親交を深めてくれたまえ」と言い残して、蜀蝋を消し仏壇の扉を閉じて整理すると、茶室の古屋から老人達は茶室から出て行ってしまった。 
 老医師は、大助のために、若い者同志で自由に話す機会を与えてやろうと内心気配りしていた。

 熊吉爺さんが、酔っておぼつかな足取りで入り口に出ると、愛犬のポインターが熊吉の酒の臭いを嫌い欅の幹の陰に後ずさりしたが、見送りに出た寅太を見るや近寄ろうとしたので、彼は慌てて部屋に戻り、鍋から山鳥の肉片を少し皿にとりポインターの傍に行き「コラッ お前待っていたのか」と言いながら肉片を与えた。
 ポインターは喜んで尾を振り前足を揃えて彼に寄ろうとしたが、熊吉が手綱を引張っていたので、悲しげな声を出していた。
 ポインターは、寅太に小さいころから何度もいじめられても懲りずになつき、何時も”コラッ コラッ”と呼びつけられていたので、自分の名は”コラッ”と覚え込んでいるらしく、熊吉爺さんと寅太が狩猟に行くときには必ずお供していた。 
 或る時。ポインターは、熊吉の鉄砲が外れて山鳥を撃ち損ねたが、銃砲の発射音とともに威勢よく雑木林に飛び込んでいったものの、獲物の山鳥が落ちていなく、仕方なくそばにいた、青大将をくわえて来たが、寅太が怒って、蛇の尻っ尾を握って振り回しポインターを叩き「この役立たず」と怒鳴られ、尻をこっぴどく蹴られて、再び、森の中に飛んでいったが、遂に獲物は見つからず、尾を垂れて悲しげな表情で戻ってきたが、熊吉が「俺の狙いが外れたらしい」と言ったので、彼はポケットから好物の煮干をくれて頭を撫でてやったことがあった。
 ポインターにしてみれば ”コノオッサン、自分に似て敏捷で少し凶暴性があり注意を要するが、なにしろ命名主であり、たまには煮干を御馳走してくれたり、抱いて頬々ずりして可愛いがってくれるので、無愛想な熊吉飼い主より、猟師としては見所があるわ” と思っているのかも知れない。

 美代子は、残った寅太と三郎に向かい、引き越の手助けのお礼を言ったあと
 「折角、マスターが料理を作ってくれたのに、お年寄り達はあまり召し上がらず、御馳走も沢山あるので、この際、此処で久し振りに同級会をしましょうよ」 
 「大助君と一緒にゆっくりとお話する機会も滅多にないと思うので・・」 
 「囲炉裏を囲んで話合うなんて、喫茶店と違いロマンチックな雰囲気で素敵じゃないの」
と、声をかけると、三郎も「中学卒業以来、そんなこともなかったしなぁ」と即座に賛成し、寅太は
 「今日は、爺さんにもっと嫌味を言われると覚悟していたが、そんなこともなくヤレヤレだなぁ」
と、霧が晴れた様に笑顔を取り戻した。 大助も皆が笑顔で賛成したので気が楽になり
 「いやぁ 今日は本当に有難うございました」「君達の温かい友情には心から感謝するよ」
 「どうやら、この街の若い衆の仲間入りさせてもらえそうなので、無礼講でご馳走になりましょう」
と言って、四人は赤々と炭火が燃える囲炉裏を囲んで和やかに会食が始まった。 

 賄いの小母さんやお手伝いのお婆さん達も顔を出して、一緒になり「お赤飯も沢山炊いてあるわ」「看護師さんにもおすそ分けしてあげるわ」「後始末は、私達がしますので気にしないでね」と言ってくれた。
 美代子は、大助が村の人達と愉快そうに会話を交し話が弾む雰囲気が嬉しくて溜まらず、早速、お椀に魚卵の澄まし汁をよそって寅太や三郎のお膳に乗せたが、何故か自分と大助のお椀には魚卵を避けて山鳥や豆腐キノコ野菜類の具の沢山入った汁を乗せた。 
 これを見ていた寅太が
 「大ちゃん、イワナの卵の汁は、年に二度くらいしか食べられない珍品だよ」
と薦めたが、すかさず美代子が
 「ダメョ 無理に薦めないで」「よく珍品のフグの刺身で命を落とした人がいると言うんじゃない」
 「大ちゃん、絶対に食べないでね」
と言って、真鱈の煮付けやカキのフライをお膳に並べてしまった。
 寅太は、苦々しく
 「大ちゃん 美代ちゃん相手では、天下の名品を一生食べられず、先が思いやられ可愛そうだな」
と同情し、三郎の顔を覗きこんで
 「駐在所の三男坊もいるし、少しくらい酒を飲んでも心配ないので、美代ちゃんウイスキーを飲ましてくれよ」
 「アルコールが入ると味覚が良くなり魚卵の汁も刺身も一層旨くなるので・・」
と催促すると、彼女は
 「いいわ、いま、お爺ちゃんのウイスキーを持って来るからね」
と機嫌よく返事をして母屋から、氷と一緒に持ってきた。

 寅太は、今日ばかりは多少破目をはずしても、老先生に叱られることはないと、アルコールの勢いもあり、三郎に対しドスの効いた声で
 「おいッ!ラーメン屋にいる真紀子に電話して来る様に言ってくれ」
 「この際、彼女にも美代ちゃんを見習って、もっと、俺に優しくして欲しいんだ」
と、強い口調で言うと、三郎は「嫌だよ。自分の彼女くらい自分でよべよ」とにべも無く断ったが、美代子が
 「いいわ、わたしが電話してお誘いするわ」
と言ったあと、寅太の肩を叩きながら
 「寅ちゃん、恋心はお付き合いの中で自然に芽生えるもので、焦ることはないゎ」
と、先輩ぶって話すと、大助は
 「自然か・・」
 「中学生時代の夏、河で転びそうなところを思いがけず助けて、偶然、水着の肌を抱いたからなぁ」
と感慨深げに回想して呟き笑っていた。
 美代子は、大助の数年前の確かな記憶に答えることも出来ず、彼の膝を軽く叩き、そんな恥ずかしい話をしないで。と、言わんばかりに彼の顔をチラット覗き見て、当時を思いだして懐かしんでいた。
 寅太も三郎も「ヘ~ッ そんなことが恋の始まりか」と答えてニンマリしながら妙に納得していた。

 会話が弾んでいるうちに、美代子の誘いで真紀子と受け付けの朋子さんに手の空いている若い看護師たち数名が嬉しそうに笑顔で入ってきて一層賑やかになると、寅太も酔いもてつだい滅多に見せない笑顔で益々上機嫌になり、美代子に
 「この街にも美人がこんなにたくさんいたのかぁ」 「美代ちゃん、三郎に一人くらい彼女を紹介しやってくれよ」
 「それに、大助君には街の青年会長になっもらいたなぁ」「俺は大助君の命令には絶対に従い、どんなことでも手伝うので・・」
と言うと、一同が手拍子を打って「それがいいわ」と賛意を示すと、大助は慌てて手を振って「それはダメだよ」と笑って返事していた。
 美代子は、大助が早くも若い人達と仲間になっている様子を見て、日頃、心に思い描いていることで嬉しくなり、寅太の肩をたたき彼の発想に感謝し、温かい友情を感じて軽く頭を下げて思わず両手をにぎった。
 寅太は、常に一目おいていた彼女の突然の態度に慌てて手をひっこめ、大助に向かいニコッと笑っていた。


 
 
 

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