日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

(続) 山と河にて 18

2012年02月18日 07時38分43秒 | Weblog

 老医師と熊吉爺さん達は、囲炉裏端に用意された、お膳の御馳走を見て顔をほころばせ、好物のイワナの刺身や魚卵の澄まし汁を肴に白い濁り酒を満足そうに飲食していた。
 熊吉爺さんは、気分良く酔って饒舌になり、初めて参列した不動明王の祭祀に緊張気味な寅太達に対し
 「お前達は、中学生時代、街や学校での厄介者であったが、最近は見違えるほど真面目になり、街中のものも感心しておるわ」「昔は暴れたもんだからなぁ」
と、愛想よく話したところ、寅太は古傷に塩を擦りこめられた様に、眉毛を逆八の字にして不機嫌な形相をしていた。 相棒の三郎も渋い顔で時々箸で皿を叩いていた。 そのうちに、寅太は業を煮やして
 「熊爺さん、そんな話はよしてくれ」「第一黄色いジュースとドブロクでは話の釣り合いがとれないやぁ」
と、文句を言うと、見かねた美代子が強い調子で「熊吉お爺さん、彼等は、今では私の最も信頼できるお友達よ」と言って、熊吉の話を遮ってしまった。熊吉は彼女の剣幕に押されて黙ってしまった。 代わって老医師が、普段とは異なる静かな口調で、熊吉の話を受け継ぎ
 
 「お前達は、これから街を背負って立つ若い衆で、ワシ等が大いに期待しているので頑張ってくれよ」 「世の中では、若い時、乱暴者と言われた者が、成長すると案外立派になるもんで、恩師である山崎社長も施設長も喜んでいるぞ」 「今日は、ご苦労であった。この御馳走はそのお礼だよ」 「それでだなぁ。丁度良い機会だら、お不動様について話しておこう」
 「富士山を初め、全国の山々には神社や祠があるだろう。これは、佛経が日本に渡来する以前から、人間は太陽と火に畏怖を感じて崇めてきたことに由来し、先祖様が代々に亘り山の神として敬ってきた暦史があり、お不動様は飯豊山の神で、麓の村や街の守護神なんだよ」
 「仏の最高位である大日如来の化身とも言われいるんだ」 「怖い形相をしているのは、温和な仏様の教えでは判らぬものに、如来に代わって教えを説くためなんだ」
 「これから、おいおい地元の伝統や慣習を学んで、ワシ等の跡を立派に受け継いでくれ」
と、上機嫌で話したあと
 「少し酔いが廻って来たので、ワシ等は退出するから、君達で多いに食べて、遠慮なく話し合い親交を深めてくれたまえ」
と言い残して、蜀蝋を消し仏壇を整理して、茶室の古屋から出て行ってしまった。 老医師は、大助のために、若い者同志で自由に話す機会を与えてやろうと内心気配りしていた。

 熊吉爺さんが、酔っておぼつかな足取りで入り口に出ると、愛犬のポインターが熊吉の酒の臭いを嫌い欅の幹の陰に後ずさりしたが、見送りに出た寅太を見るや近寄ろうとしたので、彼は慌てて部屋に戻り、鍋から山鳥の肉片を少し皿にとりポインターの傍に行き「コラッ お前待っていたのか」と言いながら肉片を与えた。ポインターは喜んで尾を振り前足を揃えて彼に寄ろうとしたが、熊吉が手綱を引張っていたので、悲しげな声を出していた。
 ポインターは、寅太に小さいころから彼にいじめられても懲りずになつき、何時も”コラッ コラッ”と呼びつけられていたので、自分の名は”コラッ”と覚え込んでいるらしく、熊吉爺さんと寅太が狩猟に行くときには必ずお供していた。 
 或る時、熊吉の鉄砲が外れて山鳥を撃ち損ねたが、銃砲とともに雑木林に飛び込んでいったものの、獲物の山鳥が落ちていなく、仕方なくそばにいた、肥えた青大将をくわえて来たが、寅太が怒って、蛇の尻っ尾を握って振り回しポインターを叩き「この役立たず」と怒鳴られ、尻をこっぴどく蹴られて、再び、森に飛んでいったが、遂に獲物は見つからず、尾を垂れて悲しげな表情で戻ってきたが、熊吉が「俺の狙いが外れたらしい」と言ったので、彼はポケットから好物の煮干をくれて頭を撫でてやったことがあった。
 ポインターにしてみれば「コノオッサン、自分に似て敏捷で少し凶暴性があり注意を要するが、なにしろ命名主であり、たまには煮干を御馳走してくれたり、抱いて頬々ずりして可愛いがってくれるので、無愛想な熊吉飼い主より、猟師としては見所がある」と思っているのかも知れない。

 美代子は、残った寅太と三郎に向かい、引き越の手助けのお礼と思い
 「折角、マスターが料理を作ってくれたのに、お年寄り達はあまり召し上がらず、御馳走も沢山あるので、この際、此処で久し振りに同級会をしましょうよ」 
 「大助君と一緒にゆっくりとお話する機会も滅多にないと思うので・・」 
 「囲炉裏を囲んで話合うなんて、喫茶店と違いロマンチックな雰囲気で素敵じゃないの」
と、声をかけると、三郎も「中学卒業以来、そんなこともなかったしなぁ」と賛成し、寅太は
 「今日はもっと嫌味を言われると覚悟していたが、そんなこともなくヤレヤレだなぁ」
と、霧が晴れた様に笑顔を取り戻した。 大助も皆が笑顔で賛成したので気が楽になり
 「いやぁ 今日は本当にご苦労さまでした」「君達の温かい友情には心から感謝するよ」
 「どうやら、この街の若い衆の仲間入りさせてもらうので、無礼講でご馳走になりましょう」
と言って、四人は赤々と炭火が燃える囲炉裏を囲んで和やかに会食が始まった。 

 賄いの小母さん達も顔を出して「お赤飯も沢山炊いてあるわ」「看護師さんにもおすそ分けしてあげるの」「後始末は、私達がしますので気にしないでね」と言ってくれた。
 美代子は、大助を交え会話が弾む雰囲気が嬉しくて溜まらず、早速、お椀に魚卵の澄まし汁をよそって寅太や三郎のお膳に乗せたが、何故か自分と大助のお膳には大きめのお椀に山鳥や豆腐キノコ野菜類の具の沢山入った汁を乗せた。 これを見ていた寅太が「大ちゃん、イワナの卵の汁は、年に二度くらいしか食べられない珍品だよ」と薦めたが、すかさず美代子が「ダメョ 無理に薦めないで」「よく珍品のフグの刺身で命を落としたと言うじゃない」「大ちゃん、絶対に食べないでね」と言って、真鱈の煮付けやカキのフライをお膳に並べてしまった。
 寅太は「大ちゃん 美代ちゃん相手では、天下の名品を一生食べられず、先が思いやられ可愛そうだな」と同情し、三郎の顔を覗きこんで「駐在所の三男坊もいるし心配ないので、美代ちゃん少しウイスキーで飲ましてくれよ」「アルコールが入ると魚卵の汁も刺身も一層旨くなるので」と催促すると、彼女は「いいわ、いま、御爺ちゃんのウイスキーを持って来るからね」と機嫌よく返事をして母屋から、氷と一緒に持ってきた。


 
 
 

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