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インドネシアのイスラム武闘派

2016-01-18 23:18:03 | Weblog


インドネシアの首都ジャカルタの中心部で発生した1月14日の爆弾テロ事件は、ISが犯行声明を出した。ISがそのテロ活動の場を中東・欧州からアジア太平洋地域に拡大させたものだとして、大きな関心が寄せられている。

ただ、よくわからない部分も多く、ISがいったい何の目的で世界最大のイスラム人口を擁するインドネシアを攻撃の対象に選んだか、という点がその1つである。米国が主導する有志連合軍はイラクとシリアのIS拠点を空爆してきた。有志連合には英米仏の外、いくつかのヨーロッパの国やアラブのイスラム国、オーストラリアが参加している。インドネシア軍はIS空爆に参加していない。逆に、インドネシアの民間人のイスラム教徒がIS支援のために個人的にシリアに渡っている。

この種の事件がインドネシアの代わりにオーストラリアで起きたのであれば、オーストラリア軍によるIS攻撃に対する報復テロという解釈が成り立ち、話は分かりやすくなる。だが、ISがジャカルタを攻撃し、世界最大のイスラム人口を抱える東南アジアの大国インドネシアの世論を敵に回そうとする意図がわかりにくい。北朝鮮の支離滅裂な冒険主義の真意と同じ程度に読み解くのが難しい。

インドネシアからのニュースによれば、シリアに入ったインドネシア人、バハルン・ナイムが攻撃のための資金を提供したという説も出ている。もし、事実だとすれば、それは次のことを意味する。目的は不明であるが、テロ攻撃を繰り広げることを目的とする凶暴な団体ISに、インドネシア建国以来の、インドネシア現代史の中の宿痾ともいえるインドネシアの武闘派イスラム組織が共鳴して、再び活発に動き始めた、ということである。

2010年以降しばらくの間、インドネシアの武闘派イスラム組織は鳴りを潜めてきたが、それ以前は活発なテロ活動を続けていた。2009年にはジャカルタのマリオットとリッツ・カールトンの2つのホテルで自爆テロ事件がおき、7人が死んだ。2005年にはバリ島で自爆テロが起き、23人が死んだ。2004年にはジャカルタのオーストラリア大使館前で爆弾テロがあり9人が死んでいる。その1年前の2003年にはジャカルタのマリオット・ホテルで爆弾事件があり、12人が死んだ。2002年にはバリ島で爆弾事件があり、202人が死んだ。2000年にはインドネシア各地で教会が攻撃され19人の死者が出ている。

これらの事件はインドネシアから大勢の若者がアフガニスタンにわたり、タリバンとアルカイダの影響を受けて帰国していたころに起きた。この時期のインドネシアの武闘派イスラムは、インドネシア・イスラム国家の樹立を夢想していた。

インドネシア・イスラム国家樹立はインドネシアの過激派イスラムにとって見果てぬ夢なのである。インドネシア共和国の指導者たちは、独立にあたって、イスラム国家とするべきか、世俗国家で行くか、激しい論争を繰り広げた。最終的には、多数派のイスラム教徒が譲ることで、イスラム以外の宗教を信じる人たちの離反をさけ、共和国内にとどまることができるようにするため、イスラム国家を退け、世俗政治の国家を選択した。以来、インドネシアは世界最大のイスラム人を抱える国でありながら、イスラム教は国教ではなく、プロテスタント、カトリック、ヒンドゥー、仏教とともに公認5宗教の1つであるにすぎない。

インドネシアが旧宗主国オランダと独立戦争を戦っていたころから、イスラム国家樹立を目指すダルルイスラムの運動が激しくなり、オランダ撤退後は、共和国に対して武装闘争を始めた。小規模とはいえ、インドネシアは共和国樹立当初からイスラム神政主義者による分離運動を、ジャワ島とスラウェシ島で経験している。

ダルルイスラム運動を指導したカルトスイルヨは1962年にジャワ島で共和国軍にとらえられ、軍法会議の判決で死刑になった。以後、カルトスイルヨはイスラム国家自立を夢見る戦闘的イスラムのヒーローになった。

スハルト時代のインドネシアはイスラム教徒の政治活動の抑圧を続け、カルトスイルヨの流れをくむイスラム国家樹立イデオローグは隣国のマレーシアなどに逃れていた。1998年のスハルト大統領退陣以後、イスラム過激派の動きが活発になった。2002年の202人が死んだバリの爆弾事件を起こした武闘派組織ジェマー・イスラミアを指導したと疑われたアブバカル・バアシルもカルトスイルヨのイスラム国家の考えを引き継いでいる。バアシルはスハルト政権のイスラム弾圧でマレーシアに逃れ、スハルト退陣でインドネシアにもどってきた。

2002年のバリ島爆弾事件を始め、21世紀初めの10年ほどの間のインドネシアの爆弾事件は、思想的にはカルトスイルヨのイスラム国家運動の流れが、アフガニスタンのタリバンとアルカイダの武装闘争と共鳴することで生み出されたものである。したがって、タリバンやアルカイダがその活動範囲をインドネシアに広げたとは解されなかった。

今回またインドネシアでは、ダルルイスラム運動の記憶という古い革袋に、ISという新しい酒が盛られたのである。

(2016.1.18  花崎泰雄)
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2 コメント

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インドネシア (mof)
2016-01-22 21:00:13
私も、有志連合軍にもいない、2,4億の90%がイスラムというインドネシアを何故ISがターゲットに?と思ったので、幾つかのヨーロッパ紙(FAZ140116, NZZ150116, LM140116, TG140116)をネットで読んでいました。

仰るように、「インドネシアの武闘派イスラム組織が共鳴して、再び活発に動き始めた」ようです。暫くなりを潜めていた幾つかの過激派グループが、動き始めたのをインドネシア警察が既に認めていて、クリスマス前にはISと連絡のあった数人の過激派イスラム教徒が逮捕され、アルカイダにも連絡のあった、インドネシアでも一番古い過激派でバリでのテロの中枢と言われるJemaah Islamijah (JI)にも年末に動きがあったようです。

東横線でイスラム女性と日本女性との英会話を聞いていて、日本女性がその話し相手に「これからチャーチに行くのですか?」という問いに、髪を包んだイスラム女性が「チャーチ、ではありません、モスクです!」と可也明確に返事をしていたのを解さずに同様な会話をのんびり続けていたのに驚いた去年でしたが、日本でのイスラムに関する一般の知識が、「キリスト教のひとつ」程度のものであることを不安に感じています。

マレーシアにも動きがあるようで、ISが影響を及ぼす地理的範囲が急速に広がっていることから、直接の脅威のない国では難しいとは思いますが、日本でもイスラムの歴史と政治的(「イスラム国家樹立イデオローグ」という意味での)「可能性」の存在を知るためにも、啓蒙が続けられることを祈りたい気持ちです。
Unknown (hanazaki)
2016-01-24 23:18:53
近頃の若い人の中には、イスラム教だけではなく、キリスト教、仏教、神道などについても無知な人が多いようです。宗教の歴史についても、その政治的役割についても。
イスラム原理主義を口にはしますが、進化論を排斥しているキリスト教原理主義については何も知りません。そのような彼らにとってはモスクはIslamic church で、お寺はBuddhist church なのでしょう。

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