詩はここにある(櫻井洋司の観劇日記)

日々、観た舞台の感想。ときにはエッセイなども。

ばらの騎士 東京二期会 東京文化会館 2017年7月29日(土)

2017-07-29 18:27:01 | 日記
開幕と同時に元帥夫人が全裸で「ヴィーナスの誕生」みたいなポーズでシャワーを浴びているという身も蓋もない場面からスタート。『水戸黄門』の由美かおるの入浴シーンみたい(笑)

歌舞伎の人間国宝の坂田藤十郎が20歳の舞妓と ホテルで密会。舞妓を部屋から見送るときバスローブ姿で 舞妓にむけて御開帳したのが週刊誌に載ったことがあったけれど、元帥夫人もオクタヴィアンに向かって御開帳という場面も。

オペラ全体がエロ全開。高校生の団体が入っていたけれど、こんなの見せていいんだろうか?と少々心配になるような演出でした。小ネタ、クスグリ、情報量が非常に詰め込まれていて笑える仕掛けが満載。会場で初めてお会いした天野さんの「グラインドボーン音楽祭」だからという言葉に納得。

グラインドボーン音楽祭といえば、タキシードやイブニングドレスに身を包んだ紳士や淑女たちが開演前や幕間に庭でピクニックやアフタヌーンティーを楽しむのが恒例。それは都会のオペラハウスと違って、肩のこらない、それでいて実験的な演出になるのも納得でした。

風変わりなようでいて、オペラの描く世界から大きく逸脱しないのが、演出したリチャード・ジョーンズの優れたところだと思いました。舞台装置や照明には細部まで工夫が凝らされているし、オクタヴィアンの女装姿は元帥夫人との同性愛のようにも見えるし、一筋縄ではいかない仕掛けが満載でした。

指揮者のセバスチャン・ヴァイグレはニューヨークのメトロポリタン歌劇場で『ばらの騎士』を指揮したばかりで自家薬籠中の物。出だしは不安があったけれど、尻上がりに素晴らしい演奏になったと思います。

ゾフィーの寺田浩子は中音域が好みじゃなかったけれど、元帥夫人の林正子、オックス男爵の妻屋秀和、オクタヴィアンの小林由佳が健闘していたと思います。個人的にはファーニナルの加賀清孝が元気な姿を見せてくれたのが嬉しかったです。

少年が演じる事の多いモハメッド役は文学座のランディ・ジャクソンが演じて、元帥夫人に心を寄せる召使いというこの演出の肝を達者に演じていた。黒人の演劇青年らしい。

全篇を通じて最も感動したのは、第3幕の三重唱から。どのような演出がされていたとしても、この部分の至高の音楽が毀損される事はない。今日告別式のあった日野原重明先生は『音楽の癒しのちから』という本に次のように書かれています。



たとえば、私はあなたが好きです。愛していますという気持ちを相手に伝えるのに、手紙を書くとか、あるいは甘く囁くといったことでなされます。私たちがその時に、言葉を用いて、自分の気持ちを完全に伝えることができるようであったならば、音楽などなくてもよかったのです。音楽というものは、言葉ではかなえられないコミュニケーションを、人と人との間に結ぶことができます。


あの美しい三重唱は、今回も激しく心を揺さぶってくれました。音楽がこれまで歩んできた人生に語りかけ、幸福だった記憶を蘇らせてくれたからだと思いました。指揮者や演奏者、歌手が力を合わせることによって、作曲者が意図した音楽世界を伝えようとする。それを聴いて喜んだり、感謝したり、涙を流したり、音楽が持つ偉大な力を実感させてくれた上演でした。

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